八神は戦神をヒロインにしたい
「まじでお前って、戦神なのか?」
つい先日まで最強の存在、生きる伝説とすら思っていたアメリカ支部の覚者、戦神は、自身のベッドの上でバタバタと足を動かしながら冷ややかな視線を八神に向ける。
「今は戦神じゃない。オリヴィアだ」
「ああ、そう…」
「それで?何の用だ。まさか私の好意を知っていながら、悠馬に会いに行くのを阻むとでも言うのか?」
ここはオリヴィアの寮の中。
本日は休日のため、悠馬の寮に遊びに行こうなどと思っていた彼女は、半ば強引に寮へと入ってきた八神に、不機嫌そうな表情を見せる。
早く帰れと言いたげな彼女は、無反応の八神に向けて枕を投げる。
「女の子が枕投げちゃいけません!」
「キサマはモブキャラなのだからすっこんでいろ!」
「人をモブキャラ扱いしてんじゃねえよ!」
勝手にモブキャラ扱いされた八神は、不服そうにオリヴィアの顔面へと枕を投げつける。
「ぶふっ…」
その枕を思いっきり顔面で受け止めたオリヴィアは、痛かったのか、顔を抑えながら八神を睨んだ。
「もう一度聞く。お前は何しにここへ来た?用がないなら帰ってくれ」
「ふ…ふふふ…はははは!」
「何がおかしい!」
「お前ら知らないだろうが、俺はお前を呼び出したあの日から、悲しい生活を送ってるんだよ!」
八神はオリヴィアを屋上に呼び出したあの日から、振られたという設定になっているため、美沙と話すこともなくなってしまったし、話しかけることもできなくなった。
そんな八神は現在、歪んだ思想を抱いていた。
「俺がこんな悲しいことになってんだ…割りに合わねえだろ!」
「な、何を言う!それはただの八つ当たりじゃないか!」
「そうだ!お前に八つ当たりする!少なくとも、花咲花蓮様くらいの可愛さになって、テメェは悠馬と付き合うんだよぉ!」
「や、やめ…え?」
気の狂ったように叫び散らかす八神を見て、今から何が始まるのかと慌てふためいていたオリヴィア。
そんな彼女に向けて八神が吐いた言葉は、意外なものだった。
「はぁ…現状、お前の秘密を知ってるのは俺だけだ。お前だって、秘密を知ってるやつのほうが信用できるだろ?」
「た、確かに!」
すでに片足を突っ込んでしまっている八神からすると、乗りかかった船だ。
オリヴィアが悠馬のことを好きなのはマジなようだし、それを止める気もない八神は、なんか面白そうだし。と心の中で呟いて立ち上がる。
「それにお前…多分だけど学校通ってないだろ?」
「うぐ…バレていたのか」
「軍人の忙しさは知ってるつもりだ。学校に通いながら軍の仕事なんて、できるはずがない」
下っ端である補給係の八神ですらそう判断するほどの忙しさなのだから、戦神という高位の位につくオリヴィアが、学校に通えているはずがないだろう。
「お前には今日から、男としてドキッとする作法を、俺が直々に教えてやる!」
「…なんかお前、胡散臭いな」
「テメェ…人が善意で言ってるのに…」
八神が恋愛経験ゼロだと知らないはずだが、何か怪しいと判断したオリヴィアは、目を細めながら八神を観察する。
「言っとくけどな、俺は悠馬と1年間共に過ごして来たんだ。今のお前が、悠馬と付き合える可能性は万に1つもない」
「な!馬鹿を言うな!私はフェスタで、悠馬にナンパされたからここへ来てるんだぞ!」
「はっ!?まじで!?」
彼女の発言に、八神は飛び退く。
まさか悠馬が、フェスタ期間中に戦神に手を出しているなんて、誰が思うだろうか?
いや、悠馬に限って、女に手を出すことはないだろう。
「なんて言われたんだ?」
「日本支部へ来ないか?俺にはお前が必要なんだ!と言われた。あの時は心臓が止まりそうなほど驚いてしまったよ」
「あっ、ふーん」
何かを察した八神は、妄想に耽るオリヴィアを見つめながら、事実を突きつけるか迷う。
多分、悠馬はオリヴィアをナンパしたんじゃなくて、戦神をナンパしたのだ。
しかもそれは恋愛などではなく、力を求めて。
そのことを知らずに、勝手に惚れてホイホイ来てしまうのだから、オリヴィアのポンコツっぷりが一周回って可愛く見えてくる。
「悠馬、お前のこと覚えてくれてたか?」
「そんなわけないだろ。私はマスクをつけていたんだぞ」
そこまでわかっていてなぜ気づかない!
お前は馬鹿か?と言いたげに見つめてくるオリヴィアに、事実を突きつけたくなってくる。
どういう原理なのだろうか?
オリヴィアの思考回路が全く読めない八神は、3周ほど回って思考を放棄する。
「ま、お前は美人だしなんとかなるだろ」
悠馬は自分を受け入れてくれる女の子にとことん弱い気がする。
それはきっと、自分が暁闇として生きて来て、他人から許容されずに生きてきたからなのだろうが、そこを利用すれば、容姿の整っているオリヴィアがお付き合いできるチャンスは十二分にある。
夕夏たちに優るとも劣らない、美人でクールな容姿のオリヴィアなら、きっと悠馬を落とせるはずだ。
「まずは服からだな…お前、そのダッセェシャツで悠馬の寮に行くつもりなのか?」
オリヴィアが着ているのは、ただの真っ白なTシャツ。
今から好きな人の寮に行くとは思えないほどいい加減な服装だし、この服装は付き合って7年目くらいの男の寮に行く時の服装だ。
「これはダサくないぞ。これがアメリカ支部軍の、休日の服だ」
「ここは軍じゃねえよ!まず服買えやボケ!テメェいくら持ってんだ!」
ドヤ顔でアメリカ支部軍の説明を始めたオリヴィアに怒鳴り込む八神。
冠位と言うくらいだからそれなりに金も持っているだろうし、年頃の女の子だから、オシャレにお金を使ったほうがいい。
そんな、元軍人としての優しいアドバイスだ。
「3億…か?」
「30億ですね、これ。どこから盗んできたんですか?自首しましょうか?」
通帳を覗き込んだ八神は、彼女の所持金の額に息を呑む。
こいつはもう、一生遊んで暮らせるだけの貯蓄を手にしていたと言うのか…!
流石、実は第5次世界大戦の終戦は、新たな異能王の出現ではなく、戦神が強すぎたからだと噂される人物。
ハイツヘルム家が過保護な面(約20億はオリヴィアパパの)もあるのだろうが、凡人では使い切れないほどのお金を、彼女は所持している。
「これは私のパパから、何かあった時に使いなさいと言って渡されたものだ。使わないぞ」
「…その何かあった時が今でしょうが」
まさか高校の残り2年間を、真っ白なTシャツだけで過ごす気だったのか?
貰ったお金を使う気のないオリヴィアと、彼女の物欲の無さに驚愕する八神は、まず彼女の常識を崩す作業から始めた。
「先ずな、食費は朝昼晩で、毎月3万円だ」
「夜は悠馬と食べている」
「急にマウントをとるな、何故突然リア充アピールしてくる。敵か?敵なのか?」
「あ、いや…そういうつもりでは…」
「そして女の子は、流行りに敏感だから、その都度に応じて出費が嵩む」
「面倒だな…やめにしないか?私はこれでも…」
「悠馬はそんな質素な女にドキッとしないけどな」
「よし、何を買えばいい?」
悠馬は服装なんて気にするタイプの男ではないが、勝手に気合が入っている八神はオリヴィアを脅す。
彼女は彼女で、悠馬の話ということもあってかやる気を見せる。
「まずは最近流行りのピンクゴールド系の腕時計と、そして休日に遊びに行く時に着けるちょっとしたネックレスと…あとは服だな」
「ほう…単純だな」
時計とネックレスと服。
合計しても10万円にも上らないし、オリヴィアの通帳を見るからに、誤差の範囲で済むはずだ。
「あとは家具だな。お前の寮、生活感なさすぎだろ。こんなだったら、お前が普通の生活してないってバレるぞ?」
ベッドしかないオリヴィアの寮。
キッチンには冷蔵庫などはあるのだろうが、テーブルやテレビすらない彼女の寮は、まさに軍人そのもののようだ。
「でも悠馬の寮も大差…」
「アイツは男だし、男はあのくらい物欲がないほうが、付き合い始めてから楽なの」
新しいゲームを買ったからデートに行けないなんて言われた日には、即別れるだろう。
物欲のない悠馬を比較対象に出したオリヴィアに、女子のなんたるかを教授する。
「あとあの剣!物騒すぎるだろ!なんで飾ってんだ!」
「ああ、あれは〝蒼の聖剣〟だ」
「え…」
オリヴィアの寮に唯一飾ってある、まるで空の色を吸い込んだかのように美しく輝く、蒼色の剣。
角度によっては、夜空を吸い込んだような、ブルーサファイアの輝きを放つ神器の名前を知った八神は、言葉を失い剣へと駆け寄る。
「…これが、初代異能王の手にしていた剣…」
噂では存在すると言われていたが、まさかこんなところで、こんな質素な寮でお目にかかれるとは思わなかった。
きっと、総帥ですらこの神器を見ることはできずに、生涯を終えるのだろう。
人類最高峰、異能王よりも珍しいモノを見てしまった八神は、オリヴィアのことなど忘れ聖剣を見入る。
「触らないほうがいいぞ。認められなければ、弾き飛ばされる」
「死ぬ?」
「いや、死にはしない。気になるなら触って見たらどうだ?」
蒼の聖剣を眼前にした八神は、所有者からの許可も得たところで、そっと手を伸ばしてみる。
そしてあと僅か数センチのところまで手を伸ばしたところで、蒼の聖剣は青色のプラズマのようなものを発して、八神の手を弾いた。
「った!結構痛いな!コレ!」
手を抑えてその場に転がった八神は、右手に残る、ジンジンとした痛みに表情を歪める。
レベル10異能力者から電撃を浴びせられたような、そんな痛みだ。
「ちなみに、強引に触ろうとして死んだ奴もいるらしい」
「そんな物騒なもの触らせんなよ!さっき死なないって言ったじゃん!」
八神は触れる寸前で弾かれ手を引いたが、強引に触ろうなどと考えていたら…と思うと、ゾッとしてしまう。
さらっとヤバいものを触らせようとしたオリヴィアは、睨む八神のことなど無視して、難なく蒼の聖剣に触れて見せる。
「ちなみに私は扱えるぞ」
「オリヴィアさんマジカッケェっす…」
男なら誰だって憧れる聖剣を手にしているオリヴィア。
目を輝かせた八神は、蒼の聖剣を元の場所に戻したオリヴィアを見て、ハッと我に帰る。
「でもそれ、隠しとけよ」
「なぜだ?これはオシャレだろう!」
「伝説の武器をオシャレとして飾らないでくださぁい!」
オシャレなどという理由で蒼の聖剣をインテリア風に置いているオリヴィアに、恐怖を覚える。
「その神器は世間にバレたら泥棒入るだろうし、下手したら殺し合いが始まるだろ」
「む…たしかに…これは仕舞っておこう」
「そうしてください…」
もし悠馬がこの寮に来た時に、ベッドと神器だけの部屋なんて見てしまったら、彼女がどういう人間なのかバレてしまうだろう。
鋭い悠馬なら、きっと軍人や諜報機関の人間だと気づき、彼とお近づきになりたいオリヴィアは終わってしまう。
「まずは家具からだな。お前はクール系だし、落ち着いた色で統一したほうがいいな」
「例えば?」
「白をメインとした机とか、あと壁紙とか…テレビもあった方が、生活感は出ると思う」
「ほう…」
自身のカラーを指定されたオリヴィアは、顎に手を当てながら大人しく話を聞く。
さっきまで帰れと言いたげだったのに、悠馬の話となるとここまで真剣になるのだから、チョロかわいい。
「あとは…お前の匂いだが…問題なさそうだな」
鼻をスンスンと動かした八神は、オリヴィアが決して香水臭くなく、ボディソープのいい香りだということに気づき、親指を立てる。
「八神、私は知っているぞ?」
「なにを?」
「女性の寮に上がり込み、女の匂いを嗅ぐのが日本の変態なのだろう?」
「ば…!」
変態だと言われて顔を真っ赤にした八神は、自身の先ほどの行動を思い出し、声を詰まらせる。
確かに、匂いを嗅ぐのは変態だったかもしれない。
「訂正させてくれ!俺は別に、邪な気持ちがあったわけじゃないから!」
「ははは、面白い奴だな。八神は」
慌てて弁明をする八神の必死さが、オリヴィア的にはツボだったようだ。
口に手を当てて微笑む彼女は、本当に楽しそうに見える。
「…そういえばお前、任務はしないって言ってたけど…本気なのか?」
彼女の今日までの行動を見るからに、彼女は本気で、任務を行う気がないように見える。
そのことを少し疑問に思った八神は、真剣な表情で問いかけた。
「………君には話してもいいか」
「聞かせてくれ」
笑顔を消して押し黙った彼女は、重苦しい雰囲気で話を始めた。
「私は怖いんだ…人を殺すのが」
それは戦神だから、覚者だから課された使命の物語。




