思い過ごし
「おはよう夕夏〜、今日はやけにツヤツヤね〜」
「おはよう夕夏ちゃん、何かいいことでもあったの〜?」
「おはよう。ううん、いつも通りだよ」
いつもよりも艶やかに見える夕夏は、ニコニコとした表情で女子たちに挨拶をしている。
そんな様子を教室の角で見守る悠馬は、満足そうに見える。
「なぁ悠馬、お前、転校生金髪外国人と隣の席とか、どんな引きしてんだよ」
そんな悠馬のことなど知らずに、通は話しかけてくる。
どうやら彼は、オリヴィアと隣の席になっている悠馬が羨ましいようだ。
「それに、一緒に奉仕活動って…ナニを奉仕されたか言ってみろ!」
「なんで俺が奉仕される側になってんだよ…」
奉仕活動をした側の悠馬が、なぜかオリヴィアに奉仕された体で話す通は、鼻息を荒くしながら、どんなドスケベイベントが起きたのかと気にしているようだ。
「残念だが、お前の望んでいるようなイベントは起きてない。俺は草をむしっただけだ」
「ケッ、つまんねー奴だな!俺様がお前の立場だったら、もう嫁にしてるってのに!」
「いや、お前まだ結婚できる年齢じゃないだろ」
悠馬が手を出さないのがおかしいと言いたげな通に、冷ややかな視線を送る。
「そういや、今日入学式だな!」
「そだな」
正直、1年の入学なんてどうでもいい。
2年である生徒たちは、入学式に参加できるわけじゃないし、特に1年生に興味があるわけでもない悠馬は、どうでも良さそうに返事をする。
「今年の1年はレベル9が最高なんだってよ!」
「そうなんだ」
なおのことどうでもよくなってきた。
新たな入学生となると、こう、ド派手に問題を起こしてくれる高位異能力者とか、そういう感じの存在の登場を少なからず期待していた悠馬は、興味を失って外を見る。
「なぁなぁ、連太郎はどう思うよ?今年の1年!」
「え〜、聞いた感じだと、俺らの代よりもヤバそうだな〜」
2人に近づいてきた連太郎。
そんな彼の聞いた感じ、というのは、噂などではなく、異能を使って聞いた感じなのだろう。
去年の入学直後を想像する悠馬は、男子のギクシャク具合を思い出し、溜息を吐いた。
「よし、1年には関わらない」
それが最も懸命な判断だ。
触らぬ神に祟りなし、関わることがなければ、1年生のいざこざにも巻き込まれないし、変に嫌われることもなく生活できるはずだ。
「お、八神〜!お前はどう思うよ!」
徐々にクラスメイトたちが揃い始め、近づいてきた八神に対して、通は声をかける。
いつものように大きく手を振る通の姿は、能天気そのものだ。
「ねぇ、オリヴィアさん」
しかし通の声とは裏腹に、八神は通に目もくれずにオリヴィアの前で立ち止まり、そして声をかける。
「なん…」
オリヴィアが顔を上げようとすると同時に手を伸ばした八神は、オリヴィアの顎をくいっと上げると、キスが出来そうな距離まで近づき、耳元で囁く。
「今日の放課後、屋上で待ってるよ」
「きゃー!」
「え!?え!?八神くんって、え!」
「な、ななな、どういうことだよ八神ィ!」
通の話などガン無視で、悠馬の隣に座るオリヴィアを顎クイした八神。
驚きの表情の通は、想定外の行動をとる八神に憤慨したように、ズカズカと歩み寄る。
「説明しやがれ!八神!てめぇ、女は作らないんじゃ…!」
「気が変わったんだ。俺だって、彼女の1人くらい作りたくもなるさ」
「あーあーあー…悠馬、お前のせいで八神変な方向に進んでねえか?」
「え、アレ俺のせいなの?」
過去の清算と言う名のお墓参りを済ませた八神は、フェスタ以前よりも遥かに成長している。
そのことは悠馬も知っているし、彼が変に取り繕ったり、もう自分のことを嫌っていないことは、見ていればわかった。
…しかし、まさか八神がいきなり女の子に誘いを入れるなんて、予想外すぎる。
それを自分のせいにされた悠馬は、驚きの表情を浮かべた。
クラス内は大パニックだ。
八神は巨乳好きだったのかと。
***
「どうしたものか…」
オリヴィアは授業中、1人悶々と悩んでいた。
つい先ほど、容姿のいい知らない男から声をかけられた。
その理由は予想からするに、世間でいう告白というやつなのだろう。
顎クイまでされたオリヴィアは、無表情のまま考察を進める。
どうやら彼女は、八神の行動でドキッとしているわけではないようだ。
悠馬の方をチラッと見たオリヴィアは、頬を緩ませると目を瞑った。
(やはり私は悠馬のことを気に入っているようだ)
これが好意というやつなのかはわからないが、先ほどの男とは全く違う、ドキドキと心臓の高鳴る音が聞こえてくるのがわかる。
白髪の男なんてどうでもいい。
勇気を出して接触してきた八神をどうでもいいの一言で一刀両断したオリヴィアは、ノートを執る悠馬を見て頬に手を当てる。
「きゃっ」
カッコいい。
普段は落ち着いた様子で優しい人物なのに、フェスタではあのように、強引に迫ってきた。
俺と一緒に日本支部へ…お前が必要だ。
悠馬の吐いた単語を脳内で再生させるオリヴィアは、顔まで真っ赤で、今にも蕩けてしまいそうだ。
そんなオリヴィアを一度見た悠馬は、不思議そうに首を傾げ、黒板へと視線を戻す。
きっと、オリヴィアは八神に告白されて喜んでいるのだろう。
仲良くなったオリヴィアとの、リア充の青春を謳歌する会が早速潰れてしまうのは悲しいことだが、ここは八神の恋を応援すべきだろう。
頬を赤くするオリヴィアを見て、満更でもないと誤解している悠馬は、彼女とまだまだ青春ごっこをしたいと思いながらも軽く笑って見せる。
ま、青春ごっこは誰とだって出来るし、八神やオリヴィアを誘うことだって出来るはずだ。
実は隣にいるのが戦神だ、などと知らない悠馬は、能天気な表情で1日を過ごす。
して放課後。
決意を露わにした八神は、強張った表情で階段を登っていく。
戦神、いや、オリヴィアに対してあのような接触の仕方をしたのには理由があった。
おそらく彼女は、八神のことを知らないだろうが、そこは問題じゃない。
1番の問題は、八神があの場面で変な発言をしてしまい、周りが詮索をし始めることだった。
下手な詮索でオリヴィアが戦神だとバレてしまえば、Aクラスは大騒ぎどころか、オリヴィアに口封じで、全員消されてしまうかもしれない。
彼女の強さを知っている八神からしてみると、彼女を誘い出す方法はこれしかなかった。
誰にも警戒されない方法でオリヴィアを呼び出し、そして尋問する。
周りの生徒たちは、色恋沙汰と勘違いして、明日には「どうだった?」とか聞いてくるだろうが、そんなもの振られたと答えてしまえばどうでもいい…
そこまで考えたところで、八神は重要なことに気がついた。
「國下になんて説明しよう?」
1番効率のいい、そして安全な方法で誘い出した結果、告白をするような思わせぶりな態度でオリヴィアを呼ぶことになった八神は、焦りの表情を浮かべた。
八神は現在、美沙に惚れている。
その理由は誰でもわかるだろうが、フェスタやお墓参り、クリスマスというイベントを共に過ごして、この女の子いいな…と思ってしまったのだ。
だからこそ、今のこの状況をどうやって弁明するのかを考えていなくて、焦っているのだ。
「あー!ヤバい!」
一夫多妻ではあるものの、形上では、出会って1日目の女の子に告白する、軽い男というイメージになってしまうだろう。
しかも玉砕するのは確定事項だ。
そんな八神の姿を見たら、美沙はどう思うだろうか?
「優柔不断な男」
「ナルシストキッモ〜」
美沙が笑いながら言いそうなセリフを想像した八神は、オリヴィアに会う前からノックアウト寸前だ。
「終わった…終わったよ…」
せっかく好きになった女の子に、こんな形で振られてしまうのか…そんな絶望を感じる八神は、美沙を美化しまくっている。
彼女はビッチキャラだけど実は清純で、ほら、入学してから彼氏出来たことないって言ってるし、そう考えると美哉坂さんとかよりずっとお堅いし!
実は清楚説を提唱している八神は、裏で美沙が、彼氏ではなくそういうフレンドに筆下ろしをしているとは知らず、1人妄想にひた走る。
美沙がどういう人間か、悠馬が説明してもきっと話を聞いてくれないことだろう。
「ま、まぁ?なんとかなるよね?」
投げやりになった八神は、明日のことは明日考えればいい!などと思考を放棄して、屋上の扉に手をかけた。
4月ということもあってか、外はオレンジ色に染まっていた。
ここは東側校舎の屋上だが、どうやら西側校舎の屋上と全く同じ形になっているようで、屋上から見える景色が同じであれば、西側校舎と勘違いしてしまうほどの同一っぷりだ。
そんなことを考えながら、東屋に座る金髪の女子生徒を目にした八神は、震える手を隠して前に出る。
「やぁ、オリヴィアさん」
「…初めまして。そしていきなりで悪いが、手短に済ましてほしい。私はこれから、〝悠馬〟の寮に行く用事があるんだ」
遠回しに、悠馬のことが好きだから告白なんてするなという警告文を出したオリヴィアは、フフンと鼻で笑って見せる。
これは青春の1ページでよくある、モブキャラが突然の転校生に告白をしてくるという、お決まりのイベントなのだろう。
こんな青春イベントを夢見ていた軍人の戦神、オリヴィアは、この後八神が振られたことに逆上して、襲ってくるのだろうなどと勝手な期待を寄せる。
「そっか。それじゃあ、手短にすませるよ」
「ああ。早くしろ」
言え、あの言葉を!
俺のモノになれと脅してこい!
そんな期待を抱いて目を瞑ったオリヴィアは、彼の次の言葉を聞いて思考を停止させた。
「お前、戦神だろ?」
「……え?」
オリヴィア・ハイツヘルム
アメリカ支部冠位で、覚者である、戦神の名を冠する彼女は、日本支部異能島へ編入して約28時間で身バレしてしまった。
「な、ななな!何を言っているんだ君は!」
目をぐるぐると回しながら、尻餅をつく彼女。
明らかに動揺を隠しきれていないし、彼女は隠密行動には向いていない。
軍人として数ヶ月しか働いたことのない八神ですら、見え見えの嘘をつくオリヴィアは、必死に両手を振って、違いますアピールをしている。
「わー、寺坂総帥に報告だー!」
「や、やめないか!君はアメリカ支部と戦争でもしたいのか!」
「やっぱり戦神なんだ」
「うぐっ…」
墓穴を掘ったオリヴィアに、思わず八神は笑いそうになる。
コイツ、チョロすぎる!
「…目的は?暁闇の調査?」
「そ、そんなことより、お前は何者だ!悪魔め…!」
尋問口調の八神に対して、キッと睨みつけたオリヴィアは、指をさしながら声を荒げる。
自身が戦神だと知られたら、即帰還というこの状況での八神というのは、2人の恋仲を引き裂こうとする悪魔そのもの。
勝手に、恋仲を引き裂こうとされていると誤解しているオリヴィアは、眉間に皺を寄せながらしゃがみこむ。
「……元軍人。お前は知らないだろうけど、俺とアンタは一度顔を合わせてる」
「くっ…私に恨みでもあるのか!」
「いや、感謝しかないよ。でも、今は邪魔だ」
お互いに勘違いをし合っている2人は、ピリピリとした雰囲気で睨み合う。
八神は戦時中の恩など忘れ、友人である悠馬を守るために。
オリヴィアは戦神などではなく、1人の女として、悠馬と添い遂げるために。
「お前はなぜ、悠馬に近づいた?」
「へ…?」
話を具体的にするために、悠馬へと近づいた理由を探ろうとした八神。
そんな彼の質問に、口をぽかんと開けたオリヴィアは、何度か思考を逡巡させて声を出した。
「き、キサマ…なんという辱めを…!それでも元軍人なのか!」
「…へ?」
顔を真っ赤に染めたオリヴィアは、八神がこれからしようとしていることを悟り、睨みつける。
これは所謂、「私は悠馬のことが好きなんだ!」と言わせておいて、「でも残念、お前と悠馬は付き合えないよ」と吐き捨てて仲を切り裂く展開だ。
自身が辱めを受けていると思っているオリヴィアは、モジモジとしながら、人差し指と人差し指を突っつき合う。
そこで八神も、彼女の考えていることが、ちょっとだけ理解できた。
何故なら、彼女の表情が…
「だめだコイツ、完全に雌の顔してる」
悠馬の話をした瞬間に、この表情だ。
これでは任務なんて務まるはずないし、演技だというなら女優にでもなった方がいい。
「わ、私はぁ…悠馬のことが好きだからぁ…その…いくら欲しいんだ?お金を積もう」
デレデレな口調で話した直後に、キリッとした表情で賄賂を始めようとするオリヴィア。
「待て待て待て待て!おかしいだろ!お前何しに来たんだ本当に!」
「悠馬と結婚するために来た!」
「はぁ!?任務とかないの!?」
「ある!だが知らん!私は悠馬が全てだ!悠馬と結婚するまではこの島から帰らない!」
なんなんだよこの思い過ごしは…
この後、八神はオリヴィアから任務の内容を聞いて、そして悠馬のことが好きだということを知って、連絡先を交換した。
結果として、八神とオリヴィアは仲良くなった。




