色々と想定外
八神清史郎は焦っていた。
1人寮の中で座り込む八神は、今日この日、2年に上がった途端に転入して来た金髪の少女に見覚えがあった。
それは4年前の第5次世界大戦、ロシア支部シベリアにおける、敵国の冠位・覚者である人物の強襲が起こった日。
隊長の愛坂を、そして我が子のように可愛がってくれた軍の仲間を全員失った頃に舞い降りた、〝神〟の名を冠するアメリカ支部の軍人。
「どうして戦神が…日本支部に来るんだよ」
日本支部の学生の中で、唯一戦神の素顔を知っているであろう八神は、4年前に見たその圧倒的な異能を思い出し、全身を震わせた。
八神は強襲してきたロシア支部の覚者と、戦神の戦いを影から見ていた。
覚者同士の戦いは想像を絶するもので、戦神は戦いの過程で、鉄のマスクが壊れてしまった。
そして偶然、戦神の素顔を目撃することとなったのだ。
今日異能島へと入学してきた彼女は、間違いなく戦神と同じ顔、そして声だった。
もう4年も前の話だが、当時のことを鮮明に記憶している八神が、彼女を忘れることはない。
「…なにをしにきた?」
冠位が転入して来るなど、立派な国際法違反だと言ってもいい。
何しろ冠位の転入を簡単に説明すれば、核兵器を他の国に放置して帰るようなものだ。
その危険性を知っている、戦神の強さを知っている八神は、彼女が日本支部へ訪れた理由を必死に考える。
「俺を殺す価値なんてないしな…」
いくら八神が戦神の素顔を知っているからと言って、わざわざ八神を消すためだけに戦神を投入するわけがないだろう。
ならば日本支部の、どこを警戒しているのか。
八神はそこまで考えたところで、オリヴィアがずっと視線を向けていた方向、そしてテストでの出来事を思い返す。
オリヴィアは会話中も、悠馬の方をチラチラと見ていた。
そしてテストでも、オリヴィアは悠馬になにかをして、カンニング行為と見なされ退場していった。
「目的は悠馬?」
悠馬の異能を知っている八神は、そこまできたところで、アメリカ支部がなにを探しているのかを悟る。
アメリカ支部が行なっているのは、きっと暁闇の調査で、フェスタのあの日に、悠馬が暁闇である可能性を考えたのではないだろうか?
オリヴィアが悠馬に好意を抱いているなどという可能性を微塵も考えない八神は、その危険性を1人知り、頭を抱える。
「いくら悠馬でも、アレには勝てない…」
もし仮に殺害命令なんて出されたら、悠馬が絶対に死んでしまう。
悠馬が暁闇だと知っていても不利だと判断した八神は、ベッドに頭を突っ込む。
「明日、戦神に…いや、オリヴィアに鎌をかけよう…」
唯一戦神のことを知っている八神は、この状況を早く打開すべく、行動を始めた。
***
「あー、なんか、どうしてもそこの寮がいいって言ってくる人がいたみたいで、まあ、1つくらいいいかなーっと思って譲ったわよ?」
端末越しに聞こえてくる、凛とした声。
思わず表情がとろけそうになる悠馬は、状況把握を行なって少し落ち着いたようだ。
つまりオリヴィアは、海が見えるこの海岸沿いの美しい一軒家のような寮に惚れ込んだというわけだ。
この女、見る目があるな。
実際は悠馬を追いかけて寮を指定しているのだが、それを知らない悠馬は、気が合う少女だと思い込み嬉しそうだ。
「それじゃあ、そろそろ休憩終わるから。また近いうち、会いに行くわ」
「ん。待ってる」
花蓮に通話を切られ、悠馬は満足そうに携帯端末の画面を暗くする。
「そ、その…今の電話は彼女となのか?」
「そうだよ?」
自身の寮へとオリヴィアを招き入れた悠馬は、女子特有の甘ったるい香りを漂わせるオリヴィアに興奮を覚えながら、飲み物を渡す。
「ありがとう」
「ん」
ところで、なぜオリヴィアが悠馬の寮にいるのか、という話をしておこう。
その理由は結構単純で、そして悠馬にとってはラッキー(?)な出来事。
オリヴィアの衣類や家具など、その全てが、大雨の影響で郵送が遅れているのだ。
つまり、オリヴィアの寮は現在もぬけの殻であって、ベッドもなければ机もない、冷蔵庫もなくて、唯一あるのは電気くらいのものなのだ。
そんな彼女に対して、お前1人で寮で待ってろや。なんて酷いことを言えなかった悠馬は、こうしてオリヴィアを寮に連れ込んだのだ。
決してやましいことをしたいとか、そういう邪な気持ちは持っていない…よ?うん。
少し間が空いて、ちょっと意識してそうに自分に言い聞かせた悠馬は、オリヴィアの胸元を見る。
発育の暴力だ…
異能島の中では、きっと朱理の胸が1番大きいだろうと噂されていたが、それを優に超える大きさを誇る、オリヴィアの胸。
朱理の胸を生で見たことのある悠馬は、制服越しですら彼女が勝ると判断できるその胸に、息を呑む。
「地面って見えるの?」
思わず疑問に思っていたことが、口に出てしまう。
こんなに胸が大きくて、日常生活で苦労しないのだろうか?
足元見えてるの?
そんなことを考えていた悠馬は、慌てて自分の口を押さえ、失言に冷や汗を流す。
せっかく仲良くなったのに、この発言は終わった。
仲良くなって初日の奴に、遠回しに胸の大きさの話をされているのだ。
「え?何こいつ?」と思われてもおかしくない発言だし、夕夏や花蓮に聞かれていたら説教モノの失言だ。
初めてできた、リア充の青春を謳歌する会(仮)のメンバーになってくれそうだった(悠馬の妄想の中でのみ存在している団体)優秀な人材を、こんなところで手放してしまうなんて…
絶望に打ちひしがれる悠馬とは反対に、オリヴィアは首を傾げ、床を見ようとする。
「残念ながら、胸が邪魔で床は見えないな…」
「はぅっ…」
悠馬は理想の返事が返ってきて、驚きのあまり身体を震わせた。
こいつ、とんでもねえ爆乳に加えて、天然だ!
悠馬は知らないだろうが、オリヴィアは学校に通っていなかった。
だから同学年の人間に、胸の話なんてされることはなかったし、女子たちからも質問責めに遭うということはなかった。
加えて言うなら、オリヴィアはいつもバトルスーツを着て過ごしているため、彼女の本来の姿を知っているのは、家族とアリス、そしてレッドと限られた隊長くらいのものだ。
そんな上層部が、彼女の胸を見て、下品な話などするはずもないだろう。
言うなれば、無菌室のような状態で育てられたオリヴィアが、菌(悠馬)と接触しても、最初は気づかないのだ。
特に自分の胸の大きさを心配していないオリヴィアは、男の子がおっぱい大好きなどということを知らずに、的確に悠馬にダメージを与える。
このまま何カップか聞いたら、多分答えてくれるだろう。
しかし悠馬はそこで思いとどまり、テーブルに額をぶつける。
「悠馬?!」
「ちょっと煩悩を払っただけだ」
「煩悩?」
額から血を流す悠馬に慌てふためきながら、煩悩という単語を知らないオリヴィアは、首をかしげる。
「すまない、私は基本的な日本語を話せるようには勉強したつもりだが、文字は書けないし、難しい言葉は理解できないんだ」
「……んんん?」
え?どういうこと?
オリヴィアの補足を聞いた悠馬は、わけがわからなくなった様子で首をかしげる。
つまり彼女は、今日の国語のテスト、シャーペンがあろうと無かろうと、0点だったというわけだ。
「俺がカンニングで0点になったのって、全くの無駄!?」
ここにきてようやく、オリヴィアが天然なのではなくただの馬鹿だと悟った悠馬は、目をキョロキョロと動かしながら項垂れる。
なんかかなり損した気分だ。
オリヴィアと仲良くはなれたが、それでも割りに合わないと思う悠馬は、想定外の話にさらに絶望する。
「オリヴィア、質問だけど、どうやって異能島に入学したんだ?」
異能島の入試は、そこまで甘くないはずだ。
特に転入試験ともなると、実技試験ができないわけであって、純粋な学力と、書類上のレベルで合否が判断される。
つまりオリヴィアは、頭が良くないと入学できないはずなのだ。
「お金を積んだ」
「…ですよねー…」
当然のことのように、親指と人差し指で円を作ったオリヴィアは、不正入学したことを暴露する。
何をやってるんだ、寺坂と死神は。
一体いくら積まれたら、この国が動くのだろうか?
オリヴィアが積んだ金額など聞きたくもない悠馬は、鏡花の言っていた苦しみが何かということに気づき、ゾンビのようになる。
つまり鏡花は、不正入学でまともな学力を持っていないオリヴィアを、短時間で国立高校2年生並みの学力にしろと言っているのだ。
「確かに、学年末試験は1位だったけどさ…」
悠馬は1年次の学年末試験において、夕夏を差し置いて1位になるという偉業を成し遂げた。
それなりの学力は持っているつもりだが、日本語を書けない相手に対して、どうやって勉強を教えるべきなのか、そして短時間で、どうやって学力を底上げできるのかがわからない。
最初から詰んでいるとも言えるこの状況に、悠馬は救いを求めるように視線を彷徨わせる。
ていうかそもそも、彼女いるのにこの状況って不味いんじゃね?
ようやくこの状況の不味さを知った悠馬。
彼女がいるというのに、転校初日の女の子を寮に連れ込むというのは、かなり不味い状況では無かろうか?
慌てて椅子を立った悠馬は、脱衣所の扉まで駆け寄ると、オリヴィアに声をかける。
「ちょっと待ってて!すぐに戻るから!」
「あ、ああ」
薄茶色の扉を開いた悠馬は、脱衣所になど目もくれず、続いて見えてくる同じ扉の色をしたドアを開ける。
「夕夏、いる?」
「どうかしたの?悠馬くん」
悠馬が扉を開けると、そこにはちょうど、悠馬の寮へと向かおうとする夕夏の姿があった。
「えぇっと…」
何も考えず勢いよく飛び出してきたせいで、話をどうまとめればいいのかわからない。
悩みに悩んだ悠馬は、極論を言うことにした。
「実はオリヴィアがとんでもなく馬鹿で、鏡花先生に勉強を教えろって言われたんだけど、どうすればいいと思う?」
「…私も教えようか?」
少し悩む素振りを見せた後、ニッコリと笑った夕夏。
女神だ。
夕夏に飛びついた悠馬は、本物の神(夕夏)に歓喜して、頭を撫でる。
「ありがとう!助かる!」
「ところで悠馬くん、早速連れ込んじゃったんだ?」
「へ…?」
夕夏に抱きつく悠馬は、彼女の侮蔑の視線を見て、そして背中に感じる視線に寒気を感じ、ゆっくりと振り返る。
そこには悠馬の寮の扉を開いて、棒立ちしているオリヴィアの姿があった。
「待って!事情説明するから!」
「ウン、ワタシ、ユルスヨ?ユウマクンヤサシイシ、スキダカラ」
「夕夏さん!お願い!戻ってきて!」
自分が敗北したように、真っ白になってサラサラと崩れていく夕夏を、全力で揺する。
「やましいこと何もしてない!ちゃんとした事情があってこの寮に呼んだの!そうだろ!オリヴィア!」
「なるほど…これが修羅場というやつか…」
悠馬の願いとは裏腹に、さらにこの場をややこしくするような発言をしたオリヴィア。
悠馬は額に青筋を浮かべ、怒鳴り声を上げた。
「このドアホが!」
***
「というわけで、俺の向かいの寮に住むことになった、オリヴィア」
「よろしく頼む。夕夏」
あの修羅場をなんとか切り抜けた悠馬は、夕夏を横に座らせ、三者面談のような状態で自己紹介を進めていく。
「それで、彼女が俺の恋人の夕夏。隣の寮に住んでる」
「ご、ごめんね?さっきは取り乱しちゃって…災難だったね、荷物も家具も届かないなんて…」
オリヴィアの荷物が大雨の影響で遅れていると知った夕夏は、申し訳なさそうにオリヴィアと悠馬に頭を下げる。
「いや、こちらこそすまなかった…私が誤解を招くような発言をしたせいで…」
全くだ。危うく、リア充の青春を謳歌する会が解散するところだったじゃないか。
実際にそんな会を立ち上げているわけではないが、そんなことを心の中で呟きながら口を尖らせる悠馬は、夕夏に手を握られ我に帰る。
「私、オリヴィアさんに勉強教えたいな。ちょっと聞きたいことあるし」
女としての直感が、オリヴィアを危険だと伝えてくる。
彼女そっちのけで悠馬をチラチラと見ているオリヴィアに、何かを感じ取った夕夏は、ちょっとカマかけてみようかな?などと思いながら、微笑んで見せた。
「好きなら、早めに聞いておいた方がいいしね」
「ん?何か言った?」
オリヴィアが悠馬のことを想っているなら、この関係が縺れる前に、色々と話をしておきたい。
そんなことを考える夕夏は、小さな声でそう呟いた。
「ううん。なんでもないよ?」
いつも通りニッコリと笑って見せた夕夏は、オリヴィアのことを警戒しながらも、悠馬の耳元に口を寄せる。
「今日の夜のこと、忘れてないよね?」
すみません、投稿遅れました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)




