テストと書いて絶望と読む
始業式当日と言えば、当然テストだろう。
いや、一部地域や、他の学校では開催されないのかもしれないが、ここ日本支部の国立高校が並ぶ異能島では、学期はじめに毎度テストが行われる。
そして学年が上がった今日この日も例外ではなく、第1異能高等学校ではテストが行われるのだ。
クラス内では男女問わず阿鼻叫喚の声が聞こえるものの、悠馬の前の席に座っている夕夏は余裕そうで、右隣に座っているオリヴィアは、目をキラキラと輝かせて遠足気分だ。
英雄の子孫で親も完璧なのだから、きっとオリヴィアも、テストくらい満点なんだろう。
彼女の余裕そうな横顔を見た悠馬は、そんなことを考えながら黒板を見る。
ちなみに、唯一の救いなのは、このテストは成績に反映されないということだ。
だからといってふざけると、テストの成績が親にも郵送されるため手は抜けないが、そこまで緊張することのないテストである。
「…よし、時間だ。問題と答案用紙を配るから、荷物をまとめろ」
騒めく生徒たちを無視して、時計を確認した鏡花はテストの準備をするように促す。
今日のテストは、国語と数学と英語の3教科だ。
案外ちょろいというか、期末や中間よりもはるかにテスト数が少ないため、テストが終わるとすぐに帰れる。
昼で帰れるということもあってか、周りの生徒たちも気合が入っているように見える。
「テスト時間は40分。不正行為と見なされる行為は厳禁。何か問題があれば、手をあげるように」
慣れた手つきで問題用紙を配る鏡花は、注意事項だけ述べると、教卓の椅子に座り足を組む。
「では、はじめ」
興味なさそうにテストの開始を宣言した鏡花はさておき、悠馬は真剣な表情で問題用紙を見つめる。
1番最初のテストは、国語だ。
国語といえば日本人、日本人といえば、国語。
でもまぁ、日本人の中には国語が嫌いな人も少なからずいるわけで…
しかも国立高校の問題ともなってくると、ちょっと難しい。
難しい文章に眉間に皺を寄せる悠馬は、それでもなんとか問題を理解して、答えを記入していく。
そして30分ほどが経過して、悠馬はテストの解答を終えた。
勉強をしていなかったといえど、それなりの点数は取れるはずだ。
自身の答えの出来具合に満足をした悠馬は、視界の端に映った挙動不審な人物の姿を発見し、その人物を横目で見る。
慌てているというか、キョロキョロ周囲を見回しているというか…
明らかにカンニングと疑われそうな行動をとっているオリヴィアの顔には、先ほどまでのような、輝く眼差しはなかった。
一体どうしたのだろうか?
アメリカ支部でもテストの文化くらいあるだろうし、わけがわからないということはないだろう。
そんなことを考える悠馬は、国語の問題に視線を落とし、そして彼女が慌てふためく理由に、1つの答えを見つける。
あれ?この娘もしかして、日本語読めないんじゃね?
海外に転校して真っ先に躓く問題だ。
基本的な言葉は海外に行くときは覚えて行くのが常識だし、ありがとうくらいの文字は書けるようにしておいたほうがいいだろう。
しかし、転入初日に、国立高校の問題を解くとなると、話は変わってくる。
貴方は突然、転校した先で、他の言語の、国でもトップクラスの難易度の問題を解けと言われて、文章を読むことができるだろうか?
きっと大半の人はできないだろう。
結論を出した悠馬は、彼女の慌てふためく姿を見て、自身の答案用紙をそっとオリヴィアの方に寄せた。
あからさまなのはバレるから、彼女のテストには、このくらいの協力しかできない。
いきなり洗礼を浴びているオリヴィアに同情した悠馬は、善意で答案用紙をオリヴィアに見せた。
これできっと、彼女もこの局面を切り抜けられるだろう。
そんなことを考え1人安堵する悠馬だったが、一瞬だけ彼女と視線が合い、そして机を指差された。
(なんだこいつ!?見にくいからもっと寄せろってことか?なんて図々しい奴なんだ!)
自身の答案を指差し、何か口パクで伝えようとするオリヴィアを見た悠馬は、その結論に至り、彼女が図々しい奴なのだと知る。
(なんて野郎だ!人が善意で答案見せてるのに、指をさして見にくいとアピールしてきやがる!)
しかし彼女は、悠馬の怒りなど知らずに、必死になにかを訴えかけているように見えた。
それは悠馬のテストが見にくいなどというクレームではなく、もっと重要ななにかをアピールしたいような。
「あ…」
小さな声で呟いた悠馬は、ようやくそこで、彼女がなにをお願いしているのか気づいた。
彼女の机には、問題と答案用紙以外の何もかもが、存在していなかった。
つまりは、筆記用具も消しゴムもない状況で、30分以上着席していたのだ。
多分、今からテストがあるなどと知らなかったのだろう、彼女の慌てふためいていた原因を知った悠馬は、自身のシャーペンと消しゴムを手に取り、そっと手を伸ばす。
ちょっとポンコツなんだな。この娘。
その程度の認識で筆記用具を差し出す悠馬は、ある人物からの視線になど気づかず、静かに手を伸ばしたオリヴィアの手のひらに、消しゴムとシャーペンを置こうとする。
「すまな…」
「暁、オリヴィア。外に出ろ」
完全にオリヴィアに気を取られていた悠馬は、鏡花の視線など気にしていなかった。
お礼を言いかけたオリヴィアはビクッと身体を震わせ、目をくるくると回しながら鏡花の方を向く。
悠馬もだ。
あれ?これカンニング行為と見なされてテスト0点になるやつ?と言いたげに、鏡花を見る。
「聞こえなかったか?外に出ろ」
『はい…』
硬直している2人へと再び指示を出した鏡花は、呆れた表情で廊下へと出て行く2人を見つめる。
「…あの、オリヴィアさん?」
「…すまない。私のせいで、君まで…」
廊下へ出てすぐ。
全クラステストが開始されているということもあってか、話し声も聞こえず、人通りのない廊下には、オリヴィアと悠馬だけが立っていた。
オリヴィアは申し訳なさそうに悠馬へと頭を下げる。
「いいよ。あのテストは成績に入らないし、まぁ…」
悠馬のテスト結果は祖父に行くわけで、絶縁宣言をされた彼に何かを言われることはまずないだろう。
カンニングのことをそこまで問題視していない悠馬は、しょんぼりとしているオリヴィアに微笑みかける。
「でも驚いたな、まさかオリヴィアさんが、筆記用具持ってきてないなんて」
ぱっと見頭が良さそうで、ちょっとクールなお姉さんという雰囲気だが、案外ポンコツというか、抜けているところがあることに驚きだ。
冗談を言うように笑う悠馬を見たオリヴィアは、頬をピンク色に染めながら、その場でたじろぐ。
「て、転入初日に、テストがあるとは知らなかったんだ!私だって、テストがあると知っていればこんなヘマは…」
文化の違いなのかはわからないが、まぁ、転入初日にテストがあるなんて、事前に連絡を受けていないと知り得ない情報だろう。
特に、アメリカ支部から日本支部へと引越してきたのだから、オリヴィアがテストがあるのを知らないのも仕方のないことなのかもしれない。
「オリヴィアさんは親の都合で日本に来たの?」
「君に会いに来た」
「あはは、アメリカンジョーク?」
「……ああ、冗談だ」
なにこの間。
オリヴィアのまさかの返答に、笑いながらジョークだと判断した悠馬は、その後しばらく黙り込んだオリヴィアを見て立ち尽くす。
え?冗談だよね?
「家の都合だ。私はほら、アメリカ支部ではそれなりに名が知れているから、アメリカの学校では騒ぎになるんだ」
「ああ…」
家庭の事情というやつだ。
オリヴィアはおとぎ話に出てくる英雄の子孫であって、父親はアメリカ支部軍の英雄であって…と、アメリカ支部では知らない人がいないほどの知名度を誇っている。
おそらく、フルネームを名乗っただけでも大騒ぎになって、学校なんて行かないのだろう。
「じゃあ、日本支部で楽しまないとね」
日本支部では、幸いなことにハイツヘルムと聞いても、反応する人は少ない。
クラスメイトの女子たちだって、驚きはしていたがそれ以上深入りはしなかったし、大騒ぎにはならなかった。
「ああ!ところで暁悠馬。キミは…」
「おいお前ら。なにベラベラ話してる?まさか廊下に出された意味を理解してないわけではないだろう?」
教室の前扉が開き、鏡花は2人を冷たく睨む。
事情がどうであれ、カンニングと疑われる行為をした2人が、廊下で喋っていたら怒りもするだろう。
鏡花にひと睨みされ身体を震え上がらせた2人は、この後、長ったらしい説教を受けることとなった。
***
「はあ…」
テストも終わり、駅の方からは学生たちの賑やかな声が聞こえてくる。
そんな声を耳に入れながらため息を吐いた悠馬は、急な斜面に生えている雑草をむしっていた。
結局、テストはカンニング行為として取り扱われ、真面目に解いた国語のテストは強制的に0点。
残り2つの科目の受験資格も失った悠馬と、横でしゃがんでいるオリヴィアは、カンニング行為の罰として、第1の裏にある山の草むしりをさせられている。
「オリヴィアさんも災難だよね…転入初日から、こんなこと…」
普通だったら100パーセント学校が嫌いになってるはずだ。
転入初日からテストがあって、シャーペンを借りようとしたらカンニング行為でテストは0点、説教をされた挙句に草むしりなんて、嬉しいやつはいないはずだ。
草をむしりながら、悠馬は同じようにしゃがんで草むしりをするオリヴィアに話しかける。
「私は別に…こうして、キミとも仲良くなれたから」
「っ…」
思わずドキッとしてしまう。
クールな表情で微笑みかけて来たオリヴィアを見た悠馬は、その不意打ちとも呼べる微笑みに、耳を赤くする。
油断したら全部持ってかれるぞ!
悠馬の中には、そんな危機感があった。
思わせぶりなんじゃないか?と言いたくなるような受け答え、これは誰だって、あれ?俺に気があるの?という可能性を考えてしまうはずだ。
「あと私のことは、オリヴィアと呼んでくれ。そっちの方が、親しみがあっていい」
「わかった、オリヴィア。俺のことも、悠馬でいいよ」
少しだけ距離を詰めて来たオリヴィアに、悠馬も応じるようにして距離を詰める。
「では悠馬と呼ばせてもらう」
「はは、なんか付き合いたてのカップルみたいだな」
お互いに慣れ親しんだ名前で呼びあうというシーンは、ちょっとこう、夕夏との付き合い始めが頭に浮かぶ。
美哉坂呼びから夕夏呼びに変えた瞬間を思い出した悠馬は、どこか懐かしそうな表情で草をむしる。
「っ〜!」
物思いに耽る悠馬は、オリヴィアの顔が真っ赤に染まっていることなど、知る由も無い。
「と、ところで悠馬…」
「ん?」
「キミは彼女はいるのか?」
「うん、いるよ?」
オリヴィアの不意な質問に、悠馬は表情を崩さず答える。
悠馬には現在、4人の彼女がいる。
周りにはもう知られているし、特に隠す意味もない話のため、なにも包み隠さずに答える。
「そ、そそそう…なのか…」
「それがどうかしたの?」
「い、いや!日本支部の学生の青春というのは、こういう話をすると聞いたから!」
「ああ!そうなんだよ!」
オリヴィアの反応を見ていた悠馬は、あることに気づいた。
それは、彼女は案外不器用で、悠馬と同じように、学生の青春というものについてあまり知らないということだ。
ああ、あんな風なのが青春なんだろうな〜と、去年まで憧れていた悠馬からしてみると、オリヴィアの気持ちはよくわかるもので、ついつい同調してしまう。
「特に学校が舞台の恋愛モノで、主人公が好きな人を庇って、一緒に奉仕活動!とか!」
「なんか今日のこの展開、俺が主人公だったらそっくりだな」
この物語の主人公が自分だという自覚のない悠馬は、オリヴィアの思わせぶりな発言になど気づかずに、笑顔で受け答えをする。
「あとは夜の学校で肝試しとか!」
「おお!それいいな!もう少し暑くなったら、みんな誘ってやってみよう!」
悠馬もしてみたかったような話題を取り上げるオリヴィアに、互いに興奮気味で話す。
「お前ら、随分と仲良くなったな?草むしりがお気に召したか?」
「鏡花…先生…」
2人で青春を題材に話に夢中になっていた悠馬は、不機嫌そうな声が聞こえて来て汗を流す。
すっかり忘れていたが、今は奉仕活動中だった。
先生がいないということもあってか、手を止めていた悠馬とオリヴィアは、鬼の形相の鏡花を見て冷や汗を流す。
「まあいい。暁、お前には今日からさらに苦しんでもらうからな。奉仕活動はここで切り上げて、オリヴィアを送ってやれ」
「は、はあ…」
まだまだ日が高いというのに、わざわざ送る必要なんてあるのだろうか?っていうか、苦しんでもらうってなに?
鏡花の発言に不安を抱きながらも、仲良くなったオリヴィアに親切をしてあげようとする悠馬は、振り向き彼女に訊ねる。
「オリヴィアの寮ってどこ?」
「ええっと…確か、第3学区ビーチ横、2号だ」
「え?」
(そこって、花蓮ちゃんが2つとも占拠した、俺の寮の前じゃね?)
そんな疑問が浮かんだ悠馬は、彼女の返事を聞いて硬直した。




