戦神は突然に
始業式。
始業式と言われれば、なにを思い浮かべるだろうか?新たな出会い?上級生デビュー?
残念ながら、この異能島には上級生デビューはあっても、新たな出会いなんてほとんどない。
何故ならこの島には、クラス替えというシステムがない。
つまりは卒業までの3年間、クラス内の仲が悪くても、1人ハブられていても、その苦痛をひたすら受け続けなければならないのだ。
そしてクラス内に1人座るこの男、暁悠馬も、10月頃に闇堕ちだとバレてしまい一時はどうなることかと焦っていたが、なんだかんだでみんなと仲良くなれた。
というか、以前より虐められるようになった気がする。
今日が始業式だということもあってか、張り切って学校へ登校してきた茶髪の少年、暁悠馬は、まだ誰もいない教室の中、1人席に着く。
この教室とも、今日でお別れだ。
約1年間、クラスメイトたちと苦楽を共にしてきたこの教室は、明日からは新たに入学してくる1年生たちが使うことになるのだろう。
おもむろに席を立ち上がった悠馬は、自身の廊下側の席ではなく、ほぼ真反対に位置する、時計塔側の席に腰掛ける。
「ああ…俺もこっちの席が良かった…」
そう呟く悠馬。
無論、この席は好きな女の子の席だから、こっそり座って背徳感を…などという、邪な理由で座ったわけじゃない。
そもそも、この席は八神の席であるため、異性の席ではないのだ。
ただ、最後くらい別の席に座ってみたかったから、八神の席に座ってみただけ。
囁くような鳥の鳴き声と、視界にはピンク色に咲き乱れた桜、そしてはやくも登校してきた生徒たちの姿が見える。
きっとこの席だったら、暇な時に外を見られて、こんな風に美しい景色を毎日見られたのだろう。
そう考えると、出席番号で最後の番号の奴らが羨ましく思えてくる。
〝あ〟から始まる悠馬には一生縁のない席のため、来世ではこの辺に座れますように、とお願いをした悠馬は、自身の席へと向かって歩き始める。
「随分と早い登校だな。暁」
悠馬が歩き始めると同時に、教室の前扉がゆっくりと開き、スーツ姿の女性が現れる。
この1年Aクラスの担任をしている、鏡花だ。
「鏡花先生こそ…今日でこの教室が最後だから、悲しくて早く来ちゃったんですか?」
「まぁ、そんなところだ」
いつもなら、寝ぼけたことを言うな。お前は馬鹿なのか?と睨みつけてくるであろう鏡花は、落ち着いた様子で答える。
案外、この教室に思い入れがあるのは否定したくないようだ。
「お前こそ、こんなに早くに来て何してる?」
「…早起きしちゃって…」
「…お前の方が、私以上に張り切ってそうだな」
始業式の日に、こんなに早く1人で登校している悠馬を鏡花は鼻で笑って見せると、その場から去っていく。
始業式開始まで、あと1時間ほどだ。
***
「明日から俺ら先輩になるんだぜ?」
「俺ぁ、明日には彼女できてるもんな!後輩の可愛いやつ!」
「いや、世の中そんなに甘くないだろ」
賑やかな会話が聞こえてくる、東側校舎の3階。
始業式も終わり、新たな教室へと移動した1年Aクラス…もとい、2年Aクラスは早速、明日の入学式の話で盛り上がっていた。
どうやらモンジは、明日入学予定の可愛い女の子(仮)と、いきなり付き合う予定でいるらしい。
山田の現実見ろよ。と言いたげな視線が、痛々しく刺さっている。
「お前らは相変わらず、騒がしいな。席につけ」
そんな妄想話を繰り広げる男子生徒たちは、教室の前扉から入ってきた鏡花を見て、そそくさと席に向かう。
どうやら去年1年間で、鏡花に対する恐怖は定着したようだ。
学年が変わっても、調子に乗ることなく大人しく席に向かう男子生徒たちを見ていれば、彼らがどれだけ鏡花を恐れているのかわかる。
「まずは1年間、異能島を過ごしてみてどうだった?」
大人しく席に着いた生徒たちを見て、鏡花は質問する。
入学当初のAクラスといえば、みんなバラバラだった。
自分が中心と思っているような生徒が多かったし、栗田やモンジなんかはよく問題を起こして先生からも怒られていた。
しかし今では、栗田やモンジもたくさんの友達ができて、馴れ合いが〜なんて言っていた奴らも、友達を作って遊んでいる有様だ。
ここにいる生徒たちは、間違いなく異能島に入ってから変わったと言えるだろう。
自分のことばかりでなく、周りにも興味を持つようになったり、主従関係ではなく、友好関係を築き上げたり。
鏡花の質問を聞いた生徒たちは、それぞれ高校1年での生活を思い返す。
「お前らは間違いなく成長したはずだ」
「たしかに…」
「入学した時よりも、なんか楽しいもんな」
「異能も強くなったし?」
レベルは上がりこそしていないものの、それぞれ応用が効くようになったりと、異能島をエンジョイしている。
「ま、前置きはそのくらいにして。今日は転校生が来ている」
「え?」
「まじで?」
「男!?女!?」
前置きとは全く関係のない転校生の話を持ち出した鏡花に、クラスメイトたちの視線は一斉に上がった。
朱理の時ですら特例のような転入だったというのに、この期に及んで誰が転入してくるのだろうか?
大金持ちの娘?息子?それとも、高レベルな化け物?
転入が許されないはずの異能島に、史上2度目となる転校生が来ると聞いてか、クラス内は混乱している。
何しろ、史上初の転校生である朱理が、つい去年転校して来たクラスに、また新たな生徒が入って来るのだ。
驚きもするだろう。
「入って来い」
みんなの混乱など無視した鏡花が合図をすると同時に、ゆっくりと扉が開く。
そこから入って来たのは、第1高校の制服に身を包んだ、金髪に蒼眼の女子生徒だった。
身長は165センチほどだろうか?
真っ白な肌と、程よい肉つき。そして髪は特徴的な縦ロールで、胸は暴力的なほどの大きさだ。
「金髪縦ロール…爆乳…そしてスタイル良いのに柔らかそうな肉体…ぐへへ…」
「お前、初対面でいきなり色目使うなよ」
転校生を見るや否や妄想を始めた通は、よだれを垂らしながら手をグーパーしている。
こいつは多分、妄想の中で転校生の胸でも確かめているのだろう、正真正銘のクズだ。
「は、はじめまして。私はオリヴィア・ハイツヘルム…です。この度日本支部へ転校してきました。よろしくお願いします」
「うぉぉぉお!」
「すげぇ美人!」
「最高だ!」
オリヴィアが頭を下げると同時に、男子たちは歓喜したように席を立ち上がる。
夕夏に美月、そして朱理が奪われたこの環境において、彼らからしてみるとオリヴィアは女神のようだ。
彼女たちとはまた違った可愛さというか、美しさの度合いが高そうなオリヴィアは、悠馬と目が合うと、慌てて視線を逸らす。
「?」
なんか、あからさまに逸らされたような気がする。
ちょうど目があった悠馬は、彼女が自然に目を逸らしたのではなく、慌てて逸らしたような気がして、不思議な気持ちになる。
「落ち着け。お前ら。そして今から席替えをする」
「やった…!」
この瞬間を、この時を待っていた。
1年間我慢をし続けた悠馬は、ようやくこの日が来たのだと知り、無言のまま悟ったような表情になる。
何がなんでも、ゲートで不正をしてでも、後ろの席を手に入れる。
悠馬の心の中には、その断固たる決意があった。
***
席替えが終わった休み時間。
悠馬は外を眺めていた。
悠馬は勝利した。
確かに、悠馬はあの瞬間に勝利したはずだった。
窓際の1番後ろの席、最高のポジションを手に入れた悠馬は、瞳に涙を溜めながら外を見る。
1年Aクラスの、窓際の席から見えた景色というものは、絶景だった。
第1のシンボルである時計塔と、そして噴水が目に入り、桜や校門まで見える完璧な配置。
悠馬の脳内では、この席さえ手にすれば、前の教室と同じ景色が目に見えるものだと、そう思っていた。
「なのに…!」
なんで山しか見えねえんだよ!
2年の窓際の席から見えるのは、一面緑の山。
桜なんて咲いていないし、緑と茶色以外、何も見えない。
美しい景色を期待していた悠馬は、入学試験で使った山しか見えない現状に絶望していた。
こんなことになるなら、席替えをしなかった方が綺麗な景色が見えていたはずだ。
廊下からは、噴水や時計塔、そして桜が見えている。
「クソゥ…」
「あはは…悠馬くん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ?」
しかし何も、全てが悪いわけじゃない。
席の位置自体は完璧だ。
悠馬の方を不思議そうに振り返っている夕夏は、何を隠そう悠馬の前の席だし、隣の列の前の方には、美月も見える。
朱理は少し遠いが悠馬よりも前の席のため、悠馬は授業中、黒板を見るフリをして彼女たちを観察できるのだ。
そこだけは最高だ。
あと隣も、変な奴じゃなさそうだ。
「へぇー!オリヴィアさん、アメリカ支部出身なんだ?」
「髪キレイ!触っていい?」
「ああ、構わないぞ」
悠馬の隣は、本日転校して来たばかりの金髪縦ロールのオリヴィアさんだ。
さっそく女子たちに囲まれている彼女は、質問責めに遭い、そしてその様子を遠巻きに男子たちが伺っている。
ふと、悠馬は、オリヴィアの前の席に座っている女子生徒が目に入り、そして哀れみの視線を向けた。
オリヴィアの前では、自身の胸を何度も触り、そしてオリヴィアの胸を振り返って確認し、口をパクパクさせ…を無限ループさせているアルカンジュの姿があった。
…元気出せよ、アルカンジュさん。
君のいいところは、胸じゃなくてその優しさだろ?
同じアメリカ支部出身だというのに、まな板とメロン。
どうしてこんな格差社会になってしまったんだろうか。
死んだ魚のような目で口をぽかんと開けたアルカンジュは、絶望したように項垂れてしまった。
「えー!オリヴィアさんって、あのハイツヘルム?!」
「アメリカの英雄の娘ってこと!?」
「あ、ああ…恥ずかしいが、事実だ」
悠馬の耳に入ってくる、オリヴィアのお話。
ハイツヘルム、というのは、混沌と初代異能王が戦ったおとぎ話の中で、初代と共に混沌と戦った英雄のことだ。
夢半ばで死んでしまう登場人物ではあるが、作中では初代異能王の良きライバルとして、そして世界のために命を賭した英雄として記されていた。
そして現在も、ハイツヘルムは度々噂になる。
おそらくオリヴィアの父に当たる人物は、アメリカ支部でも現英雄として、〝鬼神〟八神と同格、アメリカ支部内ではそれ以上の人気を博している。
そんなハイツヘルムの娘が転入してきたと言うのだから、女子が驚くのも当然のことだろう。
悠馬だった驚いている。
何しろジャクソンと同格、それ以上の実力を持つ隊長の娘が、隣の席にいるのだ。
何かの間違いで、名前なんて知られてないよな?
そんな不安が頭によぎり、そして悠馬はチラッと、オリヴィアを確認する。
「あ…」
するとまたしても、彼女と目が合ってしまった。
あからさまに視線を逸らすオリヴィアを見た悠馬は、もしかするとを想像し冷や汗を流す。
今の目の逸らし方とか見てると、ちょっと警戒されてたりするのかな?
もしかして、暁闇だってバレてて、パパに言いつけられるのかな?
バース殺した犯罪者見つけちゃったよ!なんて…
だとしたら笑えないなぁ…怖いなぁ…
オリヴィアの反応にあらぬ誤解をした悠馬は、テンション低めに前を向く。
すると夕夏は、じっと悠馬を観察していたご様子で、2人は目が合わさる。
「うわ!」
「むー…悠馬くん、オリヴィアさんが好みなの?」
「ち、違うよ…ただ、話が聞こえてきたから見てみただけだって…」
頬を膨らませる夕夏が可愛くて、思わずそうだよ。と返事をして、もっと不機嫌にしたくなってしまう。
確かに、オリヴィアは守備範囲に入っているが、自ら手を出す気のない悠馬は、夕夏に弁明する。
「そっか?ふーん?」
「ちょっと?夕夏さん?俺のこと信用してなくないですかー?」
夕夏のツンとした対応に、悠馬は彼女に手を伸ばす。
「私はいつだって悠馬くんのこと信用してるよ?うん」
「ちょ、ちょっと!適当な返事に聞こえるんですけど!」
信用してなさそうな奴が吐くセリフを口にした夕夏に、悠馬は慌てて飛びつく。
「あ、あの?夕夏?割とマジで、俺現状に満足してるからさ?ね?」
「じゃあ、今日の夜試させてもらうね?」
「え!?ナニを!?」
夕夏の返事に、悠馬はイケナイコトを期待するような眼差しで声をあげる。
きっと、今日の夜はそう言うコトをしてしまうのだろう。
喜びを隠しきれないのか、表情を緩める悠馬。
そんな彼を、金髪の少女はじっと観察していた。




