美月とデート
春休み。
もうすぐ学年も上がるとあってか、やけにテンションの高い高校生たちが目立つ。
きっと、3年生がいてはしゃげなかった分、3年生が卒業した今はしゃいでいるのだろう。
そんな光景を微笑ましく眺める悠馬は、大きな噴水の前に腰掛け、頬杖をついていた。
今日は待ちに待ったデートの日だ。
夕夏や花蓮、朱理や美月と定期的にデートをしている悠馬。
まぁ、それが付き合っている彼氏彼女としては当然のことだろう。
「ごめん、待った?」
悠馬が振り返った先には、銀髪の少女が立っていた。
真っ白なロングスカートに、Gジャンを羽織った彼女は、左腕に悠馬からの誕生日プレゼントである、ピンクゴールドの腕時計をつけていた。
「可愛い…」
いつもいつも可愛いと思っているが、今日の美月の可愛さは、油断すれば可愛いが口癖になりそうなほどの可愛さだ。
紫色の瞳で悠馬を捉えた彼女は、彼の小さな発言を聞いて、頬を緩めた。
「悠馬、待ち合わせ場所に着くの早すぎない?」
「あ、いや、まぁ…デートだし…」
美月の言葉で我に帰った悠馬は、噴水のすぐ横にある、飾りのような時計塔の時計を見る。
時刻は10:40。
元々悠馬と美月は、11時からデートの約束をしていたわけであって、美月は20分前に到着したということになる。
だというのに、それ以前に悠馬が座って待機していたのだから、明らかに早すぎる。
「遅刻していく男は嫌われそうだから」
悠馬は基本的に時間を厳守する人間だ。
特に彼女とのデートで、だらだらとしていて遅刻したなんて笑えないし、それなら一層、早く到着して1人で待っていた方がいい。
それが悠馬の考えだ。
「ぷ…あはは!じゃあ、行こっか?」
「うん」
悠馬の発言が面白かったのか、笑顔を見せた美月は、数秒笑った後に悠馬へと手を伸ばし、悠馬が手を握ると歩き始めた。
「そういえば今日は、どこに行くんだ?」
悠馬は今日のデートの内容の一切を知らない。
その理由は単純に、今日のデートのエスコートは美月がしたいと言ったからだ。
そんな美月の企てたプランが気になる悠馬は、手を引いてくれる美月を伺うように問いかける。
ほんのりと冷たい美月の掌が、柔らかくすべすべで気持ちいい。
「内緒!でも、私がしてみたかったデートだから、悠馬はつまらないかも?」
「好きな人とのデートなら、座ってるだけでも楽しいよ」
悠馬がつまらないと思う可能性も示唆する美月と、そんな彼女とは真逆の悠馬。
悠馬は美月とのデート前、噴水広場で待っていることでさえ楽しいと感じていたのだから、デートが始まれば、それ以上に楽しみを感じること間違いなしだ。
男っていうのは、飽きさえしなければ単純な生き物なのだ。
「人、ちょっと少ないね」
「3年生がいなくなって、人口密度は低くなったからな」
卒業式も終わり、高校3年生は大学進学か、就職という道を辿る。
異能島には大学が存在していないため、当然のことだが、高校を卒業すれば本土に帰ってしまうわけだ。
ちょっと寂しい気持ちになりながらも、悠馬は美月に手を引かれながら進む。
***
歩くこと数分。
たどり着いたのは、第3学区の駅から、ほんの少しだけ離れたところにある小さなお店。
外れにあるということもあってか、決して人通りが多いとは言えない空間に店を構えるのは、ちょっと気の毒に見える。
世の中にあるお店の中には、美味しくても潰れるお店というものもある。
それは純粋に、立地の問題だったり、値段の問題だったり、土地代の問題だったり…
理由は様々だが、この店の場合、美味しかったとしても、立地上大した売り上げにはならないはずだ。
ちょっと可哀想だなー。などと考えながら、美月に手を引かれた悠馬は、手動式のドアに付けられていたどこか懐かしいベルの音を聞く。
美月がドアを開くと同時に、扉についてあったベルがカランカランと店内に響き渡り、中から落ち着いた調子の音楽が聞こえてくる。
中は喫茶店になっていた。
しかも全てがアンティーク調で、どこまでもこだわり抜いたかのような、落ち着いた調子の色が広がっている。
まるでひと昔前にタイムスリップしたような感覚に陥ってしまうほど統一された、時代を感じさせる空間には、年齢は60代程だろうか?メガネをかけている、白髪の紳士がカウンターに立っていた。
お店の中にお客さんの姿はない。
「いらっしゃいませ」
マスターは挨拶だけすると、お店の中を案内することなく、カップを拭きあげる作業に没頭する。
「へぇ、美月って、こういうところに行きたかったのか?」
「う、うん…ほら、みんなドーナツ屋さんとかは行きたがるけど、中々こういう所には行きたがらなくて…」
年頃の学生たちからしてみると、少し敷居が高いというか、入りづらいお店であることには違いない。
何しろ店の中は落ち着いているし、静かな曲調の音楽が流れているというのに、年頃の学生はとにかく喋る。
それを自覚しているからこそ、こういった静かなところは敬遠するのだ。
人様の迷惑にならないように、と。
そしてその結果、人がいなくなる。
「はは、湊さんとかは?」
「湊コーヒー苦手だから…」
「なるほど」
コーヒーが苦手なのに、わざわざ喫茶店に入ろうなんて思わないだろう。
それならドーナツ屋さんや、ファストフード店に入って自分の好きなものを食べた方が、コーヒーを1杯飲むよりも安いし…と考えるのが通常の学生。
苦笑いの美月は、メニューを開くと目を輝かせた。
「食べ物もあるんだ…!」
嬉しそうな美月を眺めていると、すごく幸せな気持ちになる。
入試の時から顔を合わせている彼女だが、以前に比べると笑顔の回数も増したし、よく幸せそうな表情を浮かべるようになった。
それは間違いなく、湊や愛海、夜葉のおかげなのだろう。
悠馬は彼女たちに対して、恐怖や苦手意識を感じているが、それ以上に感謝もしている。
きっと、悠馬1人では美月はここまで笑顔にできなかったと思う。
「悠馬は何飲む?何食べる?今日は私が払うよ?」
「金に困ってないし、問題ないよ」
美月の奢る発言を聞きながら、軽く微笑む。
彼女は警視総監の娘だし、他の生徒たちの比にならないくらいお小遣いをもらっている。
だから美月はバイトをしなくてもいいし、こうして休日は、みんなと遊ぶ時間があるのだ。
「そう?困ったらいつでも言ってね?ほら、いつも悠馬にお世話になりっぱなしだからさ…」
「うん。わかった。…俺はコーヒーと、このホットサンドにしようかな」
「じゃあ、注文するね」
悠馬が注文を決めると同時に、美月が手を挙げる。
すると喫茶店のマスターはすぐにオーダー表を手にして2人の席へと近づいてきた。
「ホットコーヒーを2つと、ホットサンドを1つ、パンケーキを1つお願いします」
「かしこまりました」
美月の注文を慣れた手つきで受けながら、マスターは悠馬の方をじっと見つめる。
そんなマスターと目があった悠馬は、どこかで会ったのだろうか?と首を傾げた。
「君、強いね」
「…!?」
美月が注文を終えた直後のマスターの不意な発言に、2人は硬直する。
その理由が何故なのかはわからなかったが、ただ1つわかることは、このマスターが只者ではないということだ。
少なからず、一般的な喫茶店のマスターではない。
「あ、いや。私は元軍人でね。退役してから、ここで喫茶店を構えているんだ」
悠馬と美月の警戒したような視線に、マスターは慌てて訂正を入れる。
そりゃあそうだ。
いきなり強いね、などと話しかければ、誰だってなんだこいつ?ともなるし、秘密を抱えている悠馬からしてみると、自分の秘密を知られているという可能性を考える。
「そうだったんですね」
「ああ。私は昔から、人の強さを見る目だけはあってね。思わず口に出してしまったよ。はは」
昔を思い出すように、どこか遠くを見つめるマスターの体格は、確かに、そこいらの老人よりも遥かに筋肉質だ。
話を切り上げてカウンターの中へと戻っていくマスターを見送った美月は、悠馬の方へと向き直る。
「元軍人って、初めてみたかも!」
嬉しそうにそう話す彼女。
元軍人なんて、普通に生活していたら滅多にお目にかかれないし、況してや異能島の中では、例外を除いて元軍人と顔を合わせるなんてことはほぼないだろう。
「案外、そこらへんにいるよ」
同じクラスの八神とか、刈谷のところの木場さんとか。
マスターの他にも元軍人を知っている悠馬は、興奮気味の美月を見つめながら軽く微笑む。
「へぇ〜、まぁ、第1にも八神くんとか、南雲くんとか、湊とかいるもんね?」
「湊さん?」
八神と南雲の父親が軍人だということは知っていたが、湊の父親が軍人だと知らなかった悠馬は、不思議そうな表情だ。
「うん。南雲くんのお父さんと仲が良かったんだって」
「へぇ…」
南雲の父親はすでに死んでいるという話だから、おそらく死ぬ以前に仲が良かったということだろう。
意外と広そうで狭い世間の話を耳にしてしまった。
「そういえば湊さん、彼氏とかいるのか?」
「んー、良い人がいないって嘆いてるね」
「ははは、そうだよな。特にAクラスの男子は頭のネジが飛んでるし」
7月の一件から前に進むことを決めた湊だが、どうやら好きな人や彼氏はいないらしい。
Aクラスを見ていればわかるように、彼らはちょっと頭のネジが飛んでいるし、八神もむっつりスケベな為、湊の好みそうな男子はいない。
「悠馬も嫌だって言ってたしね」
「うぐ…なんか傷つく」
悠馬も例外ではない。
まるで自分は大丈夫だと言わんばかりに自信満々だった悠馬は、美月の発言を聞いてうな垂れた。
「あはは。でも、湊って何気に悠馬のことは信用してるみたいだから、安心してね」
「それはうれしい」
「おまたせしました」
悠馬のご機嫌が少し治ると同時に現れたマスターは、ほんのりとコーヒーの匂いを漂わせながらカップを2人の前に置く。
「こちらがホットサンドになります。こちらがパンケーキになります」
慣れた手つきで注文した商品を置いたマスターは、特に何も話すことなく、カウンターの中へと戻っていった。
「いい匂い」
酸味のないコーヒーの香り。
久しぶりに嗅ぐコーヒーの匂いは、どこか上品で、そしてお店の落ち着いた内装も相まってか、優雅に見える。
悠馬と美月は手を合わせると、コーヒーをひと口口に含む。
渋味を感じさせず、程よいコーヒーの苦味が、口の中に広がる。
決して酸味はなく、飲みやすくされているそのコーヒーは、悠馬の口に合う味だった。
「美味しい」
「ね。すっごく美味しい。来てよかった!」
悠馬の反応を見た美月は、彼が自分と同じ意見だったのが嬉しかったのか、微笑みながら、もうひと口、コーヒーを口に含んだ。
「今思ったけど、美月ってコーヒー飲めるんだな」
「ば、バカにしないでよ。私子供じゃないし」
「あはは…」
コーヒーを飲めない=子供、というような発言をした美月だが、夕夏と朱理はコーヒーが飲めない。
遠回しにその2人が子供だと言った美月に、全てを知っている悠馬は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、最近お父さんに聞いた話なんだけど…」
コーヒーを飲んでいる悠馬に、ふとなにかを思い出した美月は話を始める。
その表情はいつになく真剣で、笑い合えるような話じゃないことをすぐに把握した。
「最近、本土で行方不明者が増えてるって」
「行方不明者?」
「うん、私たちが異能島に入学した後かららしいんだけど、大人子供関係なく、行方不明者が増えてるんだって」
「へぇ…」
ニュースでもあっていない話に少し驚いた悠馬だったが、すぐに落ち着いたようにコーヒーを飲む。
悠馬は祖父の家に帰ることはないし、そんな時間に巻き込まれる心配はないと言ってもいいだろう。
それに、異能島の学生が行方不明になったという話はないのだから、犯罪者たちも、異能島には侵入できていないということだ。
ならばこの島で心配するだけ損だし、本土へ帰った時だけ心配すればいい。
「しかも、レベル7以上の人が行方不明になってるらしくて…」
そこまで来たところで、悠馬はある人物たちが思い浮かんだ。
ここ1年で急激に増えた事件ということは、美月をいじめていたあの女たちも、初期の被害者ではないのだろうか?
異能島への入学を希望するほどの実力があるということは、レベル7以上だということは間違いない。
「ま、心配することはないだろ…」
レベル7以上の人間を犯罪者が誘拐したって、やれることはたかが知れている。
そんな短期間で人間の思想を変えるのはまず不可能だし、レベルだってそう簡単には上がらない。
オカルトというか、都市伝説というか。
神隠しにも近いその話が美月は好きなのか、熱く語り始めている。
「それと、異能を強制的に強くするクスリが本土で出回ってるとか!」
そんな美月見て微笑んだ悠馬は、彼女の陰謀説などを聞きながら、ホットサンドを口にした。




