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密会者たち

 真っ暗な廊下をコツコツと革靴で歩く音が聞こえてくる。


 日本支部、新東京。

 学生たちが春休みに突入したということもあってか、まだまだ騒がしい21時前、完全に消灯された高層ビルの中を、1人の人物が歩く影があった。


 恐らくこういう行動が、お化けの噂や都市伝説に繋がったりするのだろう。


 高層ビルから見える新東京の景色を見下ろした細目の男は、その景色を鼻で笑ってみせると、無機質で大きな扉を開いた。


「よぉ。久しぶりだな。チャン」


 中国支部冠位・覚者の雷帝チャン・ウィルソン。

 扉を開いたチャンを見る仮面の男、日本支部冠位・覚者の道化の死神は、白いスーツに身を包んだ黒人の男と共に、デリバリーなディナーを食べていた。


「私の好きなピザは用意してあるのか?なければ帰る」


「あるぞ」


 気分屋なのか、自分の好きな食べ物がなければ帰るというチャンを呼び止めた死神は、仮面の下で何かを食べているのか、小刻みに仮面が揺れている。


「ところで今日は、我々3人で密会か?」


「本来ならもう1人くる予定だったが…あの総帥の使いっぱしりはやはり来ないか…」


 黒人の男に訊ねられた死神は、もう1人招待したと呟くが、どうやらその人物は来ないらしい。


 そしてこの白スーツの黒人の男は、ブラジル支部冠位・覚者の閃光のルーカスだ。


 冠位であり、覚者の3人が一同に顔を合わせるのは、恐らく世界会合やフェスタを除けば、これが史上初だろう。


「レッドでも呼んだのか?やめておけ。あれは脳筋だ。話にならない」


「中国の正義バカがよく言う」


「そう言う善人気取りのブラジル人は、どうやって不法入国したんだ?」


 ギクシャクした会話を行なっているようには見えるが、彼らの表情は非常に穏やかなものであって、突然キレて殺し合いが始まるということはなさそうだ。


 この会話は、彼らなりの冗談の言い合い。


 食事を食べる閃光・ルーカスの向かいに座った雷帝・チャンは、手を拭く間も無くピザに手を付けようとする。


「手を拭け。チャン。そいつぁ俺も食う」


 そんなチャンを止めた死神は、割り箸でチャンを指しながら注意をする。


「仮面で食べれるのか?」


「私もそれが疑問だ」


 食べると呟いた死神を興味津々に見つめる2人は、早く食えと言いたげだ。


「あいにく、俺は男に見守られながら食べたくない派の人間でな…」


 薄暗い室内で仮面を取ることを躊躇う死神を無視して、チャンは手を拭かずに、鳴神を使用してピザをとった。


 その動作は、凡人では見逃すほどの速度で、速さ的には悠馬の倍以上の速度があったと言えるだろう。


「手を拭けと言ったよな?」


「きちんと拭いた。動作が速くて見えなかったか?」


 死神は見逃さなかった。

 チャンが手を拭かずに、ピザをとった瞬間を。


 明らかに不服そうな死神に対し、手を拭いていないのに拭いたと断言するチャンは、死神を煽ってみせる。


「まぁいい。請求は全部お前のところに行くようにしてある」


「…それは本当か?」


「ああ。当たり前だ」


 死神の発言に、チャンは硬直した。

 まぁ、人の金でご飯をたべれると思い手を伸ばしたのに、自分のところに請求が行くなどと言われたら、誰だって驚くだろう。


「いつからだ?」


「お前に手紙を飛ばした時、すでにお前のクレジットで支払うことは決めていた」


「ふざけたピエロだ」


「嵌められたな、雷帝」


 2人の会話を聞きながら食事をとるルーカスは、愉快そうに呟く。


 この件においては、ルーカスは怒られることもなくご飯をタダで食べれるのだから、他人事なのだろう。


「まぁ心配するな。たかがデリバリーだ。数万で済む」


 3人で頼むデリバリーなんて、高校生1人ですら払いきれる金額だ。


 当然、ここにいる冠位メンバーが支払えないというはずもなく、殴り合いには発展しない。


「やはり美味いな」


「ところで死神。我々を呼んだのには理由があるのだろう?」


 チャンがピザを食べ始めると同時に、ルーカスが死神へと訊ねる。


 世界でたったの7人しかいない冠位が3人も集まっているのだ。


 そのメンバーを集めた死神が、ただ飯を食べたかったからなどという理由では日本支部へ招待はしないだろう。


 何しろ覚者は、その気になれば1人で国を滅ぼせる。


 そんな奴らを自国へ招待するメリットなんて、ほとんどない。


「フェスタの件だ」


「あの決勝か?話じゃ雷帝の弟子だそうじゃないか」


「出来の悪い弟子だ」


 フェスタの件だと言われると、真っ先に思い浮かぶのはあの鮮烈な決勝戦しかないだろう。


 ここにいる3人は、フェスタをリアルタイムで観ていた為、悠馬のことも知っている。


 弟子の話をされて嬉しいのか、満更でもない様子で出来が悪いなどと言っているチャン。


 どうやらチャンも、悠馬の実力は申し分ないと判断している様子だ。


「違う。飛行機事故の方だ」


 そんな2人の盛り上がりを無視した死神は、1人で本題に入る。


 今日2人をここに呼んだのは、アメリカ支部の生徒たちを乗せた飛行機が墜落した事故についてだ。


「お前らにはもう報告が行ってるんじゃないのか?」


「…ああ。1人だけ四肢をもがれ、穴を開けられていたと聞く。死亡時刻は、飛行機墜落よりも前だとも」


「それがどうかしたのか?」


 いつの時代にだって、狂気に染まった人間はごまんといる。


 それはチャンの学生時代だって同じだし、ルーカスの学生時代だって同じ。


 1人の学生が大暴れして、飛行機が墜落するなんてことは比較的よくある話で、珍しいことではない。


「まぁ、死に方なんてのは関係ないが、問題なのは行方不明者がキングやその他のフェスタ出場者だということだ」


「しかし四肢をもがれた学生もフェスタ出場者だろう?」


「…なるほど。つまり死神、お前はフェスタ出場者を狙ったテロだとでも言いたいのか?」


 フェスタ出場者5人のうち、4人が行方不明。


 他の学生たちの遺体は見つかっているというのに、将来有望な学生たちだけの遺体が見つからないのは、おかしな話である。


「テロではない。俺はあのお方が絡んでいると考えている」


「あのお方、ね」


 最近よく耳にする言葉に反応したチャンは、指で机をコツンと叩き、顔を上げる。


「何故そう考える?」


「そろそろ動き出す時間だからだ」


 時間遡行者の死神だからこそ知り得る情報。

 ルーカスの質問に対して、わけのわからない回答をした死神は、ゆっくりと立ち上がると、2人に背を向ける。


「本題はそれか?」


「ああ。協力体制が欲しい」


「我々にメリットはあるのか?」


 協力体制などと言われても、自支部にメリットがなければ、いくら響きが良くても参加はしない。


 1番重要な協力体制の内容を知りたげな2人は、死神の提案に耳を傾けた。


「現在日本支部は、俺の独断でアメリカ支部との協力体制を整えることに成功した」


 死神は自信満々にそう言い切るが、実際はアメリカ支部有利の協力体制だ。


 アメリカ支部がやりたくなければ文句をつけて協力を中止することだってできる、欠陥だらけの協力体制。


 しかし死神は、それで十分だと考えていた。


 争いごとで必要になってくるのは、最終的に、争いごとをするどちらの国と、より仲がいいのか。ということになる。


 特に非がない争いでは、基本的に仲がいい、関わりの強い国に協力を申し出る国が多い。


 世界でも有数の発言権があるアメリカ支部との協力体制と聞いたルーカスはピクリと反応し、顔を上げる。


 異能王も知らぬ間に、冠位・覚者が2人いるアメリカ支部と、冠位・覚者が1人いる日本支部が組んだというのだ。


 その時点で既に3人の覚者が組んでいるということはつまり、相当な戦力になるだろう。


 ブラジル支部のルーカスとしても、中国支部のチャンとしても是非仲間に入れてもらいたいところだ。


 冠位・覚者が5人で協力体制を組んでしまえば、向かう所敵なしな上に、4カ国の軍事力まで合算されるのだ。


 きっと異能王だって倒せるだろうし、より安全にこの世界を立ち回れると言っても過言ではない。


「…王の首でも落とすのか?」


「落とすのはあのお方の首だけだ。あとは馬鹿の首だな」


 どこの支部だって、どこの人間だって、これだけの戦力を秘密裏に掻き集めていれば、謀反でも起こすのではないか?と不安になってしまう。


 異能王を殺すつもりで戦力を集めていると考えたルーカスは、尋問口調になりながら死神の答えを待ち、そして答えを聞いて背もたれに背中を預けた。


「あのお方…正直得体が知れない。本当に実在するかもわからない。死神、お前は何かを知っているのか?」


 ルーカスの疑問は続く。

 最近はよく聞くようになったあのお方の話だが、その人物は男か女かもわかっていない上に、どこの国を拠点としているのか、出身地すら不明だ。


 そんな人物を倒すための協力体制と言われても、名前も何も知らない相手を果たして追い詰めることができるのか。


「…ああ。お前には言ってなかったな…俺は未来から来たんだよ」


「……そういうことか」


 チャンは既に聞いたことがあるのか、無言のまま話しを伺っている。


「そう。だから俺は、当然だがあのお方について知っている」


 何故これほどの実力を持つ死神が突然現れたのか、何故素顔を隠すのか、何故こんなにも、秘密裏に行動を行うのか。


 全てに納得がいったのか、深く頷いたルーカスは、手に持っていたフォークを机に置くと、再び口を開く。


「協力体制というのは、あのお方を倒すまでの約束か?それとも未来永劫?期限はあるのか?」


 協力体制の期間を知りたいルーカスは、死神に訊ねる。


 曖昧な契約期間だと、適当に引き延ばされる可能性だってあるし、その辺はきちんと決めておきたいのだろう。


「あのお方を倒すまでだ」


「わかった。ブラジル支部は、あのお方の件に関しては日本支部、並びにアメリカ支部と協力する」


「中国支部も、元よりそのつもりだ。して、そろそろあのお方の時間だというなら、この先の物語についても教えてもらおうか?」


 机を指で叩いたチャンは、ようやくこの先の話について聞けるとあってか、少し嬉しそうに見える。


 そんな彼に対して、いつになく重苦しい雰囲気を放った死神は、両手を机の上に乗せ、話を始めた。


「先ず、あのお方の本名についてからだ。あのお方の本当の名前は……」


 死神はあのお方の名前や、少し先の未来のことについて、2人に話した。


 そんな彼の話を聞いたルーカスとチャンは、口を開いたまま動きを停止させた。


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。


「まさか…あの人が生きているのか?」


「この事実が世間に流れ出れば、間違いなく世界がひっくり返るぞ」


 あのお方のことを、どうやら2人も知っていたようだ。


 冠位であり、覚者である2人がこれだけ驚くということは、よっぽどの人物なのだろう、そしてそれと同時に2人は、協力体制を強いるのが妥当だということも納得する。


「まぁ、そんなわけで、これから少し忙しくなるぞ。俺が1番困るのは、お前らが計画前に死ぬことだ。わかってるよな?」


「…そう簡単に死ねるなら、ここまで登り詰めていない」


「その通りだ。決して慢心しているわけじゃないが、計画前に死ぬようなヘマはしない」


 死神の計画を聞いたであろう2人は、死神に向かって元気よく答えた。


 まぁ、覚者が殺された時が、この世界の終わりだと言ってもいいだろう。


 揉めることもなく、順調に話を纏めることができた死神は満足そうに伸びをすると、再び席に座り、椅子に背中を預ける。


「お前ら、見事に死亡フラグを立てたな」


 こういう、自信満々な奴らが真っ先に死ぬんだよなぁ…


 ようやく協力体制を整えることができた死神だったが、2人の発言を聞いて少しだけ不安になって来た。

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