ホワイトデーは頑張りたい
「ねね、悠馬くんいつになく真剣そうだね」
「真剣、というより私には怯えているように見えますが…」
「あの悠馬の顔は、焦ってるのよ。前に一度見たことがあるわ」
「ところで私たち、なんで脱衣所の扉から覗いてるの?」
自身の寮の中で、顎に手を当て歩き回っている悠馬。
扉の隙間から覗いている人物が4人もいるというのに、それすら気づいていない悠馬は焦っていた。
そんな彼の姿を観察しているのは、夕夏、朱理、花蓮、美月の恋人4人衆だ。
今日は3月14日のホワイトデー。
休日ということもあり、暇をしていた彼女たちは、こうして集まっている。
「そういえば悠馬って、今日三枝さんとご飯食べるんだっけ?」
「うん。悠馬くん、誰にも誕生日祝われなかったのが寂しかったみたいで…」
「1番最初に誕生日を祝ってくれた三枝さんに、感極まってご飯の約束をしたらしいの」
「バカですね ♪」
バレンタインデーのことを思い出す4人は、苦笑いを浮かべながら本日の悠馬のご予定を語る。
「でも三枝さんって、彼氏とか居ないのかしら?」
真夏のバーベキューで一度だけ顔を合わせたことのある花蓮は、不思議そうに呟く。
真里亞は第1の中でも、三大美女の一角として知られる、超のつくほどの美人だ。
そんな彼女ならば当然、彼氏の1人や2人いるに違いないだろう。
悠馬と一緒に食事をして、修羅場にならないかしら?
悠馬の心配はしなくていいが、真里亞の彼氏が乱入して修羅場になることを危惧する花蓮は、不安そうだ。
まずは最初に、なぜ悠馬の心配をしなくていいのかを話そう。
悠馬はそもそも、真里亞のことがあまり好きではない。
顔、ではなくて性格的なところと、そして身長が好きじゃないらしい。
そんな悠馬が、真里亞へ手を出すということはまずないだろう。
苦手意識を持ってるようだし、そもそも好きでもないのに、ホワイトデーの夜に何かしでかす可能性は極めて低い。
「手を出したら去勢よ」
「そうだね」
「そうしよっか」
「そうしましょう」
口では興味ないと言っていたが、もしかすると手を出すかもしれない。
そんな可能性もあるが、その場合は去勢させるということで満場一致している。
勿論、悠馬は知らないから、これは悠馬が事を起こした後のお楽しみだ。
「あ、行くみたいですね」
「21時には帰ってくるらしいけど、後つける?」
「うん、なんだか探偵みたいだし、追いかけよっか?」
「楽しそう…」
彼女たちは真剣な表情の悠馬の後を、気づかれないように追いかける。
***
「緊張するな…」
バレンタインから1ヶ月が経過した今日この日、ホワイトデー。
誕生日を真里亞から祝ってもらった悠馬は、その場の勢いで飯を奢るなどと言ってしまい、こうしてディナーへと向かっている。
チ○ルチョコ(10円程度)を高級ディナー(数万円)で返さなければならない悠馬は、そんなことよりも、真里亞と何を話すべきなのかを考える。
Aクラスの悠馬は、基本的にCクラスのメンバーと関わりがないし、仲のいい友達もいない。
唯一名前を知っているのだって真里亞だけだし、悠馬の脳内では、Cクラスは真里亞以外存在していないようなものだった。
一体何を話せば、気まずい雰囲気は無くなるだろうか?
真里亞のことを知らない悠馬は、共通の話題があるのかどうか、なんてことを考えながら、セントラルタワー沿いに向かう。
今日のディナーの会場は、セントラルタワーの横にある、一流料理店の並ぶ高層ビルの中にある。
本来であれば、彼女たちをバレンタインデーのお返しとして招待したかったのだが、残念なことに真里亞との約束を反故にできない悠馬は、なんだか申し訳ない気分だ。
きちんと彼女たちには説明をしたが、きっと失望されているに違いない。
彼女を差し置いて、他の女をディナーに誘うのかと。
今日の夜は誠心誠意土下座をして、靴でも舐めよう。
そんな決意すらある悠馬は、夜ということもあってか、薄暗い青に染まる高層ビルの前で立ち止まり、ため息を吐く。
「真里亞とご飯、ね」
多分、他の男子生徒たちに見られたら殺されるんだろうな。
そんな可能性すら感じる悠馬は、真里亞が来る前に中へ入っておこうと、いそいそと自動ドアをくぐる。
そんな彼の背後には、彼女たちの姿があるということを知らずに。
エレベーターへと乗り込み、一気に30階へと登る。
「うわぁ…すげぇ…」
夜の青に染まる摩天楼。
月の光に美しく輝くセントラルタワーは幻想的で、まるで異世界に来たような感覚に陥ってしまうほどだ。
そしてこの高層ビルもセントラルタワーの次に高いためか、遠くには水平線と、煌めく星々が見える。
もうこのまま、エレベーターから出たくない。
そんな気持ちになる程、この中からの景色は美しかった。
チンという音を立てて、静かに開くエレベーター。
少し緊張した様子でエレベーターから降りた悠馬は、落ち着いた色合いの店内、そして程よい光を放つシャンデリアを見て、息を呑んだ。
わかりやすく高いお店だ。
見ただけでわかる、「あ、これ高いやつ」となるお店の内装が、目の前に広がっていた。
黒を基調とした内装と、そして主張が決して強くない、暗めな絨毯。
それでいて椅子は骨組みは黒で、所々白を使っているため、高価そうなオーラを醸し出している。
これは社長とかが飯を食う場所だ。
悠馬はそう思った。
「いらっしゃいませ。ご予約の暁悠馬様ですね」
「はい」
「お先に席にご案内します」
悠馬がエレベーターから降りると同時に現れたウェイターは、名前確認をするとすぐに席へと案内してくれる。
店の中はポツポツと人が入っていて、約2割程度のお客さんのはずだ。
中には第7高校元生徒会長の刈谷の姿もあるが、特に話すこともないし、無視して進む。
「こちらになります」
予約席という札を下げたウェイターは、刈谷の席から最も離れた、窓際の席へと案内してくれた。
グッジョブだ。
「お連れ様が来てからコース提供でよろしかったですか?」
「はい、それでお願いします」
ウェイターと話を済ませた悠馬は、大きな窓から見える景色を眺め、そして聞こえないようため息を吐く。
この景色を見るだけでも、数万円の価値はあるのかもしれない。
そう考えると、こんなところで毎日食事しているであろう刈谷は羨ましいな。
ちょっとカツアゲしようかな?
そんな良からぬことを考える悠馬は、エレベーターから現れた4人のことに気づいていない。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様…ではありませんよね?」
「あ、はい。予約しないとダメですか…?」
席は結構空いてるし、予約しなくてもいけるんじゃね?
そんなノリの4人は、コクコクと首を縦に振りながら、ウェイターに期待の眼差しを向ける。
「すみません、当店は完全予約制になっておりまして…」
「そ、そうですよね〜…」
わかっていてダメ元で話を聞いた夕夏たちは、門前払いを受けて大人しく帰ろうとする。
その時だった。
「そこのウェイター。彼女たちを通してくれ」
「か、刈谷さん?」
ウェイターは背後から聞こえて来た声に、驚きを隠せない様子で振り返る。
そこに座っていたのは、悠馬がさっき気づいた、第7高校元生徒会長の刈谷光男だった。
刈谷は水の入ったグラスを揺らしながら、花蓮と目を合わせると、すぐにそっぽを向く。
「…ご案内します」
おそらくお得意様であろう、大手警備会社の社長の息子から指示が降りたウェイターは、刈谷の近くの席へと4人を案内する。
悠馬の席から最も離れたテーブルだ。
「ありがとう、とは言わないわよ?」
花蓮は汚物を見るような視線は向けないものの、刈谷に警戒したように呟いた。
当然のことだろう。
悠馬は限りなくやんわりと刈谷との一件を説明したが、覇王は異能祭後の一件のありのままを花蓮へと話していた。
「これも罪滅ぼしさ。俺の自己満足だから、どうか俺のことは忘れてディナーを楽しんでくれ。会計を。彼女たちのコース分もだ」
花蓮への罪滅ぼしだと呟いた刈谷は、食事を食べ終えていたのか、ウェイターを呼んで会計を始める。しかも花蓮たち4人の会計も一緒にだ。
「あの人、花蓮ちゃんの知り合い?」
「ウチの生徒会長よ」
「ああ…例の」
クリスマスに花蓮の話を聞いていた3人は、刈谷のことを知っている。
まぁ、今回のこの行動で、刈谷が純粋な悪ではないということが判明する良い機会となったのかもしれない。
心の中でありがとう。と呟いた3人は、去って行く刈谷へと会釈をして、悠馬の方を見た。
「あ、真里亞ちゃん来てる」
話に夢中になっていた4人は、いつの間にか店に入って来ていた真里亞に気づく。
「…時々思うんですけど、貴方の財力って相当なものですよね」
「ははは…奮発したんだよ」
造船会社の社長の娘ですら驚くディナーを提供する悠馬は、ドレス姿の真里亞を見て、自分の姿を確認する。
悠馬はいつも通り、私服でこの場に訪れていた。
圧倒的場違いである。
「まぁ、まずはお招きいただきありがとうございます」
黒いドレスのスカートの端を待ちながら、真里亞は頭を下げる。
チ○ルチョコがこのディナーに化けたのだから、頭を下げたくもなるだろう。悠馬様様だ。
「バレンタインのお返しなんだから、感謝されるようなことじゃないよ」
「そうはいきません…だって私、チ○ルチョコしかプレゼントしてませんから。なんかごめんなさい」
「…ま、まぁ…ところで真里亞、なんで2人でじゃないとダメだったんだ?」
ウェイターに運ばれたディナーを口に運びながら、悠馬は訊ねる。
悠馬と真里亞は、決して仲がいいわけじゃない。
よくても顔見知り程度の真里亞が、何故2人きりで会うような環境を求めて来たのか、悠馬には理解が及ばなかった。
「こほん。そ、それはまぁ、私にも聞きたいことがたくさんあるんですよ」
頬を赤らめながら、視線をそらす真里亞。
どうやら彼女は、他の人には言えないような話を悠馬にしたいようだ。
提供された前菜を口に運ぶ真里亞は、しばらく無言になると、周囲をキョロキョロと確認する。
「そんなにやばい話なのか?」
誰にも聞かれてはいけないのか、周囲を警戒する彼女を見る限り、悠馬の想像では紅桜家が絡むような出来事が浮かんでくる。
多分マフィアが現れて銃撃戦が始まるんだ。
バレンタインデーのお返しだと思って、頑張ろう。
勝手にマフィアの銃撃戦に巻き込まれると思っている悠馬は、ごくっと生唾を飲み込み、彼女の話に耳を傾ける。
「い、碇谷くんってどういう人が好みなんでしょうか?」
「…は?」
悠馬が想像していた抗争とは全く違う、ノーマルな話。
想定外の質問をされた悠馬は、キョトンとした表情で首を傾げた。
「碇谷ぁ?」
「シッ!声が大きい!」
悠馬が声を上げると同時に、真里亞の手は悠馬の口を強引に塞ぐ。
それと同時に遠くの席でガシャン!と何かを落とすような音が聞こえたが、今はそんなことどうでもいいだろう。
「…お前、碇谷のこと好きなのか?」
前々から思っていたが、入学直後の合宿の肝試しから始まり、バーベキューで一緒に買出し、文化祭デート、クリスマスデート…
碇谷が話してくれたおかげでなんでも知っている悠馬は、真里亞が遊びではなく本気で彼に恋をしている可能性を知る。
「そ、そんなわけありません。第1、顔が好みじゃありませんし」
「ふーん」
表情見るからに、恋に落ちてると思うけどなぁ…
そう思った悠馬だが、こういうのは本人たちが気づくべきことであり、お節介を焼くことはしないほうがいいだろう。
「碇谷は自分を頼ってくれる人がいいんじゃないか?」
「子供の男っぽい理由ですね」
肝試しやその他の話からするに、碇谷は南雲に憧れていて、南雲みたいないい奴になりたいように見える。
「あ、違うかも。アイツ花蓮ちゃんに下心ありそうだった」
「……貴方、彼氏でしょう?碇谷くんと花咲さんが付き合ったら、私許しませんよ?」
バーベキューの時、花蓮の巨乳が〜などと言っていた気がするし、碇谷は巨乳が好きなのかもしれない。
しかし真里亞の胸は盛ってはいるものの、実際は絶壁らしいし、そんなことは言えないため、花蓮の話だけしてみる。
どうやら真里亞は動揺が隠せないようだ。
アイドルでモデルの花蓮が碇谷の好みとなると、いくら三大美女と謳われる真里亞でも分が悪い。
悠馬に、お前絶対別れるなよ?と遠回しに告げた真里亞は、フォークを悠馬に向けていた。
「おい…俺は花蓮ちゃんと結婚するんだ。碇谷になんて触らせねえよ」
そもそも碇谷ごときと花蓮ちゃんは釣り合わない!
あの完璧で可愛い花蓮ちゃんだぞ!?お前はどんだけ碇谷を過大評価しているんだ!
「てか、真里亞、お前今日良かったのか?」
「何がですか?」
碇谷が好きだという話を聞いて、悠馬はあることを疑問に思っていた。
そう、今日はホワイトデーなのだ。
ホワイトデーといえば、好きな人からチョコレートのお返しを待つ日と言っても過言ではないわけで、そんな日に好きでもない悠馬とディナーをして良かったのか?
「碇谷にホワイトデーのお返しとか貰ったのか?」
こんなところで油を売っていていいのか?
好きな人のところへ向かうべきなんじゃないかと判断した悠馬は、良心で訊ねてみた。
「え?私、碇谷くんにチョコなんてあげてませんよ?」
どうやらそれ以前の話だったらしい…
彼女が碇谷に惚れていることに気づくのは、もっと後のことになりそうだ。




