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奇跡の遭遇

 して、この状況は一体どういう状況なのだろうか?


 風呂を上がった悠馬は、大きめのソファに腰をかけ、店内を行き交う人々たちからの視線を浴びる。


「え?あれって第1の暁だよな?」


「横にいるの寺坂総帥じゃね?」


「すげぇ!スカウトかなんかか?」


「写真撮っていいかな?」


 横で瓶の牛乳を飲んでいる寺坂を、悠馬はチラッと見る。


「なんでコイツ、俺の横で待機してるんだ?」


 それは悠馬が1番最初に抱いた疑問だった。

 悠馬は鏡花に事情を説明するとは言ったが、何も今から事情を説明するわけではない。


 この童貞ぴゅあ総帥が何を期待しているのかは知らないが、即日関係修復は不可能だろうと踏んでいる悠馬は、寺坂に早く帰れと言いたげだ。


 悠馬は注目されること自体、あまり好きではない。


 どんな有名人だって、人気者だって、完全プライベートの日に注目されるのは嫌だろう。


 今の悠馬の気持ちは、有名人のそれと全く同じものだ。


 彼女たちと楽しく温泉に来たはずなのに、横には体格のいい男の総帥が座っていて、互いに沈黙という、最悪の空気だ。


 今すぐ帰ってくれないかな?コイツ。


 そんな言葉を心の中に秘めた悠馬は、牛乳を飲み干した寺坂を、もう一度チラ見する。


「なんだ?牛乳が飲みたいのか?」


「いや、いらないですよ」


 若干飲みたい気持ちはあるが、そんなつもりで見ていたわけじゃない。


 悠馬の早く帰ってくれというオーラに気づいていないのか、それとも気づいていて知らないふりをしているのか寺坂は、「風呂上がりの牛乳は最高だぞ!」などと呟いている。


 コイツ、10歳近く下の高校生に好きな人への対応を丸投げして、安心しきってやがる!


 さっきまでの慌てた様子はなく、どこか余裕すら感じられる寺坂の行動と言動に、悠馬は呆れてものも言えなくなる。


 多分コイツ、付き合ってもうまくいかない典型的なヤツだ。


 1人牛乳について熱く語っている寺坂を、悠馬は冷ややかな視線で見つめる。


「そういえば朱理ちゃんはどうだ?」


「朱理、ですか?」


 牛乳の話を中断した寺坂は、ふと思い出したように呟く。


 朱理が転入できたのは寺坂のおかげであるから、転入させた身である彼自身、少し気になっているのだろう。


 朱理が悠馬に好意を抱いていることも知っている寺坂は、興味津々だ。


「いつも楽しそうですよ。偶に毒を吐きますけど」


 敬語なしの毒を悠馬に吐くことはないが、浮気者、とか、身体で支払えなどという言葉を言われた覚えのある悠馬は、苦笑いで答える。


 もちろん、そういう彼女の一面も好きだ。


「…くっ、こんなガキでもできる恋愛が、私にはできないのか…!」


「…破局させてやろうか?」


 悠馬が順調に行っていることが許せないのか、順調に行っていない自分にショックを受けているのか。


 とりあえず、ガキと言われた悠馬は、作り笑いそのままに、寺坂へと怒りを向ける。


 それがお願いをする側の発言か?言葉は選べ!


 現状立場的に上の悠馬は、面倒な寺坂に若干のイラつきを覚える。


「…すまない、私としたことが失言を…」


「立場、よく考えてくださいね?」


「やはり牛乳を…」


「いらねぇよ!馬鹿か!」


 早く帰りたい。

 悠馬に賄賂で牛乳を献上しようとする寺坂に、声を荒げる。


(コイツは本物のバカだ!救えねえ!)


 総帥としての器は認めているが、恋愛面に関してはクソ以下だ!母胎からやり直してこいよ!


 とんでもなく間抜けな発言を繰り返す寺坂に失望しきっている悠馬は、頭を抱える。


 悠馬が頭を抱えていると、女風呂の暖簾が大きく揺れて、黒髪の女子生徒が現れる。


「あらあら。悠馬さん…そんなにしょんぼりして、もしかして1人が寂しかったんですか?」


 寺坂になど目もくれず、悠馬の隣へと座った朱理は、綺麗なオッドアイで悠馬の瞳をじっと見つめ、身体を密着させる。


「…色々あっただけだよ…うん」


 もうすぐこの状況からも解放される。


 朱理が上がって来たということは、もうすぐ2人も出てくるはずだ。


 そうすれば寺坂は付いてこないだろうし、空気を読んでさよならしてくれるはずだ!


 寺坂とのお別れの時間が近づいている悠馬は、勝ち誇ったように口角を上げる。


「あら…寺坂総帥。お久しぶりです」


「ああ…久しぶり…」


「暫くここで待っておくことをお勧めします」


「?ああ、わかった」


 久しぶりの再会にも関わらず、朱理は総帥に向かって、この場での待機命令を下す。


 この温泉に、奇跡的に鏡花と寺坂がいることをいち早く知った朱理の、ナイスな判断だ。


 面倒な奴×2が、セットで居なくなる。


 朱理がそんなことを考えていると、再び暖簾が大きく揺れて、次は3人の女性が現れた。


 1人目は亜麻色の髪の夕夏、そして2人目が銀髪の美月、そして3人目は、担任教師の鏡花だ。


 まさかの展開に口をあんぐりと開けた悠馬は、俺、いらなかったんじゃね?ってか、今までの相談時間全部無駄じゃね?という疑問が浮かんでくる。


「鏡花…」


「陽…」


 感動の再会。という単語が相応しいほど、謎のオーラを醸し出す2人。


 なんでこんな感動のシーンみたいになっているんだろうか?


 朱理と悠馬はそのことが理解できずに、互いに顔を見合わせると首を傾げる。


「すまない鏡花。お前の仕事も確認せずに、私はサプライズでお前を喜ばせたい一心で、迷惑をかけてしまった」


「いや…私もだよ。ついカッとなって、心にもないことを言ってしまった。それにもう、仕事の心配はいらない。全部片付けた」


「!!そうか!」


 鏡花の仕事が片付いたと聞いた寺坂は、嬉しそうな笑顔を浮かべると同時に、何かを思い出したのか、険しい顔になる。


「…すまない、高級ディナーはもう時間を過ぎていて…」


「いいんだ。そんな高いところじゃなくていい。私は陽、君と一緒なら、どこでもいいんだ」


 くそ、もう結婚しちまえよ。

 ディナーの時間が〜とか、貴方とならどこへでも〜なんて、最早夫婦のそれじゃねえか。


 なんか裏切られた感のある悠馬は、不服そうな表情でいちゃつく2人を眺める。


「それじゃあ暁くん、ありがとう。ご苦労だったな」


「お疲れ様でしたー」


 2人仲良く退場する総帥と総帥秘書。

 まるで用済みと言いたげにご苦労と言われた悠馬は、もう2度と相談には乗ってやらねえ。と決意を固くした。


「朱理!人前で悠馬くんとベタベタしないの!」


 茶番のような夫婦劇を見せられた悠馬を、怒りから解放したのは夕夏の声だった。


 気づけば周囲からは、朱理と密着しているせいか、嫉妬や憎悪の入り混じった視線が悠馬へと向いていた。


 周りの学生たちからしてみれば、総帥の茶番劇なんかよりも、悠馬のイチャイチャの方がムカつくものらしい。


「外、出よっか?」


 密着する朱理を優しく動かし、周りの視線に耐えきれなくなった悠馬は立ち上がる。


 きっと外に出れば、視線も減るはずだ。




 外へ出ると、季節はまだ2月だということを思い知らされる。


 風呂に入っている時や、彼女たちを待っている時は温かい風呂に、暖房のついた空間だった為、外のことなんて完全に忘れていた。


 温まっていた身体の表面を、一瞬で冷ますような風が吹き荒れている。


「みんなは何が食べたい?」


 悠馬が聞かなかったからか、質問をしてくれた美月。


 こういうことは銭湯のロビーで決めるべき話だったのだが、周りの視線から逃げたいあまりにそれを忘れていた悠馬は、申し訳なさそうに歩く。


「お寿司、というものが美味しいと聞きましたが…あとラーメンというものも…」


『ん…?』


 朱理の不意な発言を聞いて、全員が硬直する。


 楽しげに話す朱理を見るからに、彼女はそういう類の食べ物を食べたことはないようだ。


 それを知ると同時に、疑問も湧いてくる。

 彼女は一体、今まで何を食べて生きてきたのだろうか?


「ごめん、朱理って本土では何食べてたんだ?」


「白米と野菜ですね。島に来てから初めて他のものを口にしました」


『……』


 表情1つ変えずに、当然じゃないことを当然のように話す朱理。


 それを聞いて黙り込んだ3人の間には、冷たい風の音だけが響き渡る。


「宗介さん、せめて愛娘には美味しいご飯を食べさせてあげてください…お願いします」


 今度手紙を書いて、タルタロスにでも送りつけよう。


 ここに来て地雷を踏んだ悠馬は、不思議そうな朱理を見て、少しだけ悲しい気持ちになる。


 彼女は今まで、世間で美味しいと言われるものを、一度も口にせずに生きてきたのだ。


「今日はお寿司にしよう?」


「え、あ、はい」


「そ、そうだね!」


 朱理のお話を聞いていた3人は、いつも通りにふるまおうと、必死に返事をする。


 今日はお寿司だと聞いた朱理は、にこやかな笑顔を浮かべていた。


「美月、今日は全部俺が払うから、回らない寿司にしてくれ…」


 こんな可愛い彼女の初めての寿司を、ただの回る寿司では終わらせたくない。


 いや、高校1年になってようやく食べる初めての寿司が、回る寿司なんて可哀想だ!


 意を決したように、普通は行かない寿司屋を指名した悠馬は、口をぽかんと開ける美月を揺する。


「わ、わかった…」


 どうやら美月も、悠馬の気持ちを理解したようだ。

 普通の飲食店が並ぶ通りではなく、高級な店が並ぶ飲食店街へと入っていく。


 やはり、というべきなのか、学生が手出しできるような金額のお店は少ない為、普通の飲食店街と違い道がかなり空いている。


「いらっしゃーい」


 回らない寿司屋に入ると、大将がお出迎えしてくれる。


 新築のような明るい木目調の店内には、失礼だがやはり、というべきなのか、お客さんの姿はなかった。


 カウンターに4人並んで座った悠馬は、朱理の方へとメニューを送る。


「君らカップルかい?いいなぁ、もし将来エリートになったら、うちのことを広めてくれよ!」


 年齢的には五十代近いだろうか?

 ガハハ!と笑ってみせた寿司屋の大将は、オススメはイカ、ホタテ、ヒラメにマダイだよ!と付け足す。


 この島にある高級飲食店は、無論本土に店舗を構えている。


 大将はおそらく、卒業後に自分の店を布教して欲しいのだろう。


「ではそれを全部…」


 会釈をする夕夏と、その横で勧められた全てを注文しようとした朱理。

 しかしすぐに我に帰ったのか、自分がお金をほとんど持ち合わせていなかったことを思い出し表情が強張る。


「朱理、気にせず頼みなよ」


 オクトーバーの一件でお金が増えた悠馬は、最悪死神の金もあるし…などと考え、朱理に我慢をしなくていい旨を伝える。


「で、ではお言葉に甘えて…オススメを全部ください」


「ガハハ!お嬢ちゃん、身なりからしてお嬢様かなんかだろ!家では栄養バランス考えたのしか食べれないだろうから、島にいる期間くらい好きなもん食って過ごせやい!」


 お嬢様というか、元総帥候補の娘なんですけどね。


 大将の言葉は当たってはいないが、まぁそこそこの答えのため、否定も肯定もせずに頷く。


「えと…悠馬くん、本当に大丈夫?」


 悠馬の横に座っている夕夏は、財布のことを心配しているらしい。


 彼女もオクトーバーの件でお金が入ったことは知ってるが、これだけ彼氏が散財しているところを見ると、不安にもなるだろう。


 何しろ夕夏は朱理と従姉妹であって、事あるごとに悠馬にお金を払ってもらっている。


 いくら毎晩料理を作っているといえど、割りに合わない。というのが夕夏の見解だった。


「問題ないよ。夕夏も好きなの頼んで欲しいな」


「じゃ、じゃあサーモンとイクラをお願いします」


「私もサーモンとヒラメをお願いします」


「はいよ!兄ちゃんは何にする?」


「オススメを全部お願いします」


 ノリノリで寿司を握る大将を横目に、悠馬は店内で流れているテレビへと視線を向ける。


 そこにはちょうど、花蓮が映っていた。


「お、この娘も異能島の学生だろう?」


「そうですね」


 今日はドラマの撮影で島にいない花蓮を、こういった形で見れるのはすごく嬉しい。


 実は花蓮が茶髪になった理由は、ドラマの撮影の影響だ。


 茶髪の花蓮を眺めながらお茶を啜る悠馬は、大将の話に答える。


「実は昨日、あの娘もファンっていう奴が店に来てな!あの娘に彼氏ができてるって号泣してたんだ!」


「ぶはっ!」


 大将の不意な発言に、悠馬は危うくお茶を吐き出しそうになる。


 花蓮のファンがこの島にたくさんいることは知っていたが、予想外の話すぎて混乱する。


 何しろ悠馬こそが、花蓮と付き合っている張本人なのだから。


 次々と握られ、そして並べられていく寿司を眺めながら、「あ、実は俺の彼女です」などといえない悠馬は、黙り込んで寿司を口にする。


 こういう時は、変な失言をしないように相手への受け答えだけすればいいんだ。


 食べる順番があるのかは知らないが、マダイを口に運んだ悠馬は感動する。


 一切臭みがなく、ほんのりと脂の甘みを感じる。


 そして歯ごたえが程よく、舌に残った脂は、溶けるようにして喉の奥へと消えていった。


 これはきっと、朱理も喜んでくれるはずだ。


 回らない寿司も、回る寿司も食べたことのある悠馬ですら感動してしまうその味は、初めて食べた人にも感動を与えること間違いなしだ。


 それから悠馬と夕夏、そして朱理と美月は、調子に乗ったようにどんどんと注文を重ねていった。


「兄ちゃん…7万越したけど…払えるかい?」


「あ…ダイジョウブデス…」


 悠馬はこの日、浴槽代で6万円と、そして寿司代で7万円を支払い、世の中の厳しさを知った。

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