面倒な奴
「いらっしゃいませ。本日はええと…年齢的に混浴はやめておいた方が良さそうですね」
銭湯の受付にたどり着いてすぐ。
悠馬と美月、朱理に夕夏を見た受付の女将さんは、一瞬だけ混浴の可能性を視野に入れたようだが、4人が高校生であることをすぐに悟ったのだろう、混浴を勧めないようにしてくる。
まぁ、年齢的にも、もし仮に付き合っているとしても、こんな歳から堂々と混浴をする度胸は、残念ながら今の悠馬にはない。
悠馬がするのは、ゲートを使っての覗きくらいだ。
「はい。別々で、女3人に男1人お願いします」
「はい。学割引いて4人で3200円ね。毎度」
悠馬が混浴がいいなどと駄々をこねると思っていたのか、ホッとした様子の受付の女将さんは、それぞれにロッカーの鍵を渡す。
「それじゃあ、上がったらここで待ち合わせで」
「うん!なるべく早く上がるね!」
「あはは…ゆっくりでいいよ」
女の子の風呂を急かしたくはないし。
手を振る3人を見送り、悠馬は1人男風呂へと向かった。
風呂破壊という突然の不幸の中、幸いだったのは銭湯が混雑していなかったことと、ピークを過ぎたのか、むしろ人がほとんどいないことだ。
夕夏や朱理、美月はナンパの対象になりやすいし、人が少ないと気持ち的にも楽になる。
ルンルン気分で暖簾をくぐった悠馬は、ほとんど人のいない脱衣所の中、歩みを進める。
「お…」
「あ…」
前言撤回だを
全て訂正しよう。
ここへ来たのは不幸であって気持ちもかなり重たい。いや、今重くなった。
可能ならここへ来るのは避けた方が良かった。
悠馬は目の前に立っている体格のいい黒髪男を見て、絶望する。
悠馬の目の前には、日本支部現総帥の寺坂陽一が立っていた。
悠馬からしてみると、かなり気まずい展開だ。
何しろ悠馬は、フェスタの時に寺坂との約束を破って鳴神まで使用した挙句、フルパワーで氷の異能を放ち、決勝戦をほぼ不戦勝のような状況にしてしまった。
それは最も寺坂が恐れていた事態であって、悠馬は、「まぁ、もう二度と会うことないだろうし、どうでもいいやw」的なノリで日々を過ごして来た。
だというのに今この瞬間、寺坂と対面してしまった。
震える悠馬は、引きつった笑顔を浮かべながらお辞儀をしてみせる。
「ま、まずはあけましておめでとうございます…」
「おめでとう。……別にそんなにかしこまらなくてもいいだろう…たしかに約束を破ったのはかなり頭にきたが」
「うぐ…」
やっぱり根に持ってる!
フェスタの一件を根に持っているご様子の寺坂の言葉を聞いて、頭が上げれなくなる。
今寺坂がどんな顔で話しているのか、なんていうのは、誰だってわかるだろう。
多分鬼のような顔で悠馬のことを睨んでいるに違いない。
「しかし。だ。君には色々と借りがある。だから今はもう怒っていないし、普通に接してくれると助かる」
頭を下げている悠馬には、2つの借りが浮かんで来る。
1つ目はまぁ、鏡花を助けたことだろう。
寺坂は鏡花のことが好きなようだし、オクトーバーの一件で鏡花を避難させたのは、感謝しても仕切れない。
2つ目は、おそらく美哉坂家のトラブルだ。
こっちは悠馬自身、関係があることだったため感謝されるようなことではないと思うが、借りと思われているなら、そういうことにしておこう。
「あ、はい…わかりました…」
「フェスタを最年少で優勝した気分はどうだ?」
「え…?」
約束を破った嫌味で言っているのか、純粋な疑問なのか。
無表情で質問をしてくる寺坂を一瞥した悠馬は、警戒をしながら口を開く。
「いつも通りですね。有名になったわけでもないですし、所詮限られた学生たちの試合ですから」
悠馬にとっては、その程度の認識だった。
フェスタは凄い、凄いと何度も言われてきたが、小物が多かったし、悠馬と実力が近かったのはサハーラくらいだった。
期待していた割に大した戦いをできなかった悠馬は、まるで興味なさそうに服を脱ぎ始める。
「ていうかそもそも、寺坂さんだって優勝してますよね」
「あ、いや、うん。そうだけど…君は嬉しくないのか?」
寺坂はてっきり、めっちゃ嬉しいです!神になった気分です!的な、悠馬の喜んだ返事を期待していた。
何しろ寺坂陽一という人間は、フェスタで優勝した後、はしゃぎすぎて学校側から厳重注意を貰うほどの喜びようだった。
だから悠馬も、自分と同じような反応を見せると思っていたようだが、寺坂の予想は簡単に外れてしまう。
「嬉しくはないですよ。何なら、フィナーレの方がやりきった感ありましたし」
フィナーレの方が緊張感はあったし、戀や一ノ瀬、そして覇王といった高レベル異能力者と激突できたため、熱いものがあった。
世間ではフェスタの方が重要視されてるし、優勝したなどという情報が流れ出れば悠馬は一躍時の人だが、ご本人はこんな調子だし、周りも悠馬に合わせて、言いふらしたりはしない。
あまり悠馬の日常に変化はないし、変わったことがあるとするなら、優勝したせいで冷やかされるようになったことくらいだ。
何なら悠馬、フェスタで貰ったトロフィーを壊している。
いや、これは意図的ではなく偶然なのだが。
興味なさそうに服を脱ぎ終えた悠馬を、マジかよこいつ…と言いたげに見つめる寺坂は、彼の肉体を見て硬直する。
「…なるほど。この肉体でレベル10の身体強化系の異能力者を仕留めたのか」
「…?」
「そして夕夏が惚れる理由もわかる」
決して太くはないが、程よく筋肉が付いていて、女子が好みそうな体格だ。
悠馬の身体をまじまじと見つめる寺坂は、自身の高校時代と比較をしているご様子だ。
「いい身体をしているな…」
「はあ…」
何で男にここまで観察されているんだろうか?
大事なところを隠す悠馬は、寺坂がそっち系の趣味なのではないかと疑いの視線を向ける。
寺坂は総帥だというのに、スキャンダルを聞かない。
普通ならメディアさんたちが、「総帥叩いたろ!」的なノリで、寺坂の女関係くらい漁りそうな気がするのだが、寺坂に女がいるという情報は聞いたことがないのだ。
ネットで調べても、高校時代の女関係も出てこないし、実はこいつそっち系なんじゃないか?
そう考えると、急に怖くなってくる。
「え、寺坂総帥って、そっち系の…」
「な…違う!私はただ、鏡花が休暇中にお前の話をするからだな!」
「あ、ふーん…」
どんな話なのかは知らないが、どうせ悪い話だろう。
鏡花が愚痴を言っていて、それを聞いているだけに違いない。
実際は、鏡花は毎日のように悠馬のことを褒めていて、寺坂が勝手にライバル視しているのだが、それを知らない悠馬はよくない話だと判断しスルーする。
「ごほん…して、夕夏とはどうなんだ?」
「どうって…順調ですとしか…」
気を取り直したように咳払いをした寺坂は、ガキのような質問をしてくる。
「そうか…羨ましいよ…」
悠馬の話を聞いて、何か物悲しそうな表情を浮かべた寺坂。
そんな彼を見た悠馬は、これからの展開を悟った。
これ絶対、長くなるやつだ。
「とりあえず、風呂入りません?」
男2人が全裸で、しかも脱衣所で話している光景なんて誰も見たくはないだろう。
通がこの場にいれば、悠馬と寺坂の全裸を見てゲロを吐いているはずだ。
寺坂に有無を言わさず、悠馬は風呂へと向かう。
「実は私は…鏡花のことが好きなんだ」
「でしょうね」
今まで知られていないと思っていたことが驚きだ。
いや、むしろ隠せているとでも思っていたのだろうか?
オクトーバーの一件で駆けつけた寺坂を見ただけで、悠馬でもこいつ鏡花のこと好きなんだ。とわかったレベルなのに、実は私は…なんて重要そうに切り出す内容じゃない。
衝撃の事実を話す瞬間だけど、何も衝撃じゃないし、もう知ってますって感じだ。
「しかし私は…彼女が出来たことがない…」
「え!?その顔で?」
寺坂の顔は八神と同じく整っている、万能型イケメンタイプの顔だ。
現に総帥をやっているし、頭脳やレベルは他の人よりも高いし、顔面偏差値もかなり上位。
元異能島の第1異能高等学校出身であって、異能祭優勝の立役者、フェスタ優勝者の肩書きまで待つ、おそらく日本支部最良物件だ。
そんな彼が、高校生活ですら付き合えなかったというのだから、悠馬が驚くのも仕方がないだろう。
「ああ…笑うだろう?私は高校時代、友人と遊んでばかりいて、女の子と遊んだことすらないんだよ…」
性格がどうなのかは知らないが、今の世代で言う通や栗田のように、男とつるんで遊んでいたようだ。
まぁ、実際そっちの方が気が楽だし、下ネタも言い合えるし、楽しいのかもしれないが…
「結果として、私は女の子とお付き合いするという機会を逃し続け、二十歳を過ぎた」
「お疲れ様でした…」
完璧に見える寺坂は、完璧すぎて彼女ができなかったのかもしれない。
哀れみの視線を向ける悠馬は、マヌケな寺坂の話を聞き続ける。
「私にとっては、鏡花が初恋なんだ。あんなに厳しくて、気の強い女性は見たことがない」
「…ドMなんですね」
断言しよう、この世界に、この国のお偉方の中に、まともな総帥も異能王もいなかったようだ。
みんながみんなどこかで狂っているし、どこかでバカみたいな発言をしている。
ソフィアやアルデナ、そして寺坂の本来の姿を目にした悠馬は、ザッツバームやアリス、他支部の総帥のことなど忘れ去り、一纏めにして罵る。
「そして今日だ」
「鏡花先生、異能島に居ますからね」
寺坂からすれば、絶好のチャンスだろう。
何しろ総帥は異能島への出入りの許可はかなり厳しく、一般のお偉方が来るよりもはるかに面倒な手続きが必要となる。
だからこうして、サミットが理由で異能島に訪れることができるのは年に一度だし、あとは異能祭の時に出入りできるくらいなのだ。
今日は寺坂にとって、絶好の機会のはず。
だというのに、コイツは男だけの銭湯で何をしてるんだろうか?
寺坂の行動に疑問を抱く悠馬は、その疑問をすぐに払拭される。
「私は今日、鏡花を誘ったのだ」
「ん?は?え?それは大人として夜の…ってことですか?」
コイツいきなり飛ばし過ぎてねえか!?
鏡花との関係がどこまで進んでいたのかは知らないが、今までの口ぶりから察するに、寺坂は童貞で、女耐性はほとんどないし、女性の前では多分口下手。
そんな彼がいきなり夜の誘いをしたとなると、結果は目に見えている。
「違う!これだから最近の子供は!」
「いや!テメェの発言が誤解を産んだんだよ!」
自分が変態だと遠回しに言われた悠馬は、相手が総帥であることなど忘れてツッコミを入れる。
あ、これ首飛んだわ。
発言後、悠馬はそんなことを心の中で呟く。
「普通に、今日の夜ディナーを予約しておいたから、一緒に食べようって…連絡したんだ」
「何時の予約して何時に連絡したんですか?」
「今日の20時に予約をしていて、今日の19時に連絡をした。すると鏡花から、私は忙しいので1人でどうぞ。という返信が来てな…」
そりゃあそうなるよ…
何しろ鏡花は、教師の仕事に総帥秘書の仕事まで受け持っているわけだ。
ようやく教師の職場へと復帰した鏡花はやることが山積みだろうし、久しぶりの職場に慣れる必要もある。
そんなタイミングで、時間ギリギリにご飯を食べに行かないか?と誘われたところで、断るに決まっているだろう。
は?こいつ、私忙しいってこと知らないの?と苛立ちすら覚えるかもしれない。
「教えてくれ!私が間違っていたのか!?」
「…普通に、もうちょっと早いタイミングで連絡すれば良かったじゃないですか」
「それだとサプライズの意味がなくなるだろう?」
「時間ギリギリなだけのサプライズなんて、誰も喜ばないと思いますけど…」
サプライズってほら、普通のディナーの後に、突然指輪を渡したり、そういうことをするのがサプライズなんじゃないの!?
突然連絡をすることがサプライズなら、この世の中のほとんどの人間は毎日がサプライズだ。
「そ、そんな…」
「素直に謝れば…」
「二度と連絡をするなと言われた…」
悠馬が言葉を言い切る前に、悲しげに話す寺坂。
それもそうなる。
鏡花の忙しさを知るのは、死神に悠馬、寺坂の3人。
そして1番の理解者であるはずの寺坂が、サプライズと称して鏡花にとっての嫌がらせをしてきたのだから、怒りもするだろう。
私の忙しさを知っているはずのお前が、なぜこんな時間ギリギリに連絡をよこすのか、と。
「…まぁ、俺から鏡花先生に伝えときますよ…」
期待の眼差しを向けて来る寺坂に、明日も鏡花と会わなければならない悠馬は、渋々期待に応えてあげる。
まぁ、それとなく事情を説明すればいいのだろう。
「ありがとう!次期総帥にならないか?」
「なりませんよ!」
やっぱこいつ嫌いだ!
元々寺坂のことがあまり好きではなかった悠馬は、この件でますます、寺坂のことが嫌いになった。




