美月、悠馬の寮で泊まる
2月というのは、案外早いものだった。
誕生日というイベントがあったせいなのか、友情をさらに深め、恋愛感情もさらに深めた悠馬は、自身の寮のソファから夕焼けに染まる海を見つめ笑みをこぼす。
「はぁー、ほんと、楽しいな」
悪羅への復讐を忘れたわけではない。
ただ、現状どう刃向かったって、悪羅に勝てる方法はないわけだし、チャン以上の師匠が必要となってくる。
日頃の特訓は惜しまないが、まだ時期尚早のため悪羅への手出しはできない。
そんなことを考えていると、インターホンの音が鳴り響き、悠馬は時計を見上げる。
時刻は18時前だ。
下校をしてから約1時間が経過した中、連絡も寄こさずに訪れるのは誰だろうか?
などと考えながらソファから立ち上がり、ゆっくりとリビングを歩き、廊下を横切り扉を開ける。
「どうしたんだよ?美月」
扉を開けてすぐに立っていた銀髪の少女を見た悠馬は、不思議そうに問いかけた。
「ごめん…泊めてくれない?」
「あ、うん。いいよ。とりあえず中入ろうか?」
美月の突然の申し出に視線を逸らした悠馬は、彼女を寮の中へと連れ込む。
「い、いきなりどうしたんだ?泊めて欲しいなんて、入試以来じゃね?」
今では約1年近く前の懐かしい出来事。
美月に初めて泊めて欲しいと言われた時のことを思い出す悠馬は、廊下を歩きながら話す。
「実は隣の寮の子が、異能暴発させて壁に穴が空いたから修理中…最初はホテルに泊まろうと思ってたんだけど、異能島でサミットがあってるみたいでホテル貸切ばっかで…どこ泊まろうって考えてたら、悠馬の寮に泊まったこと思い出したから…」
悠馬の後ろをトボトボと歩きながら事情を説明した美月は、ダメだったら夕夏の寮に行く。と付け足す。
そういえば今日は、異能島でお偉方のサミットがあっているらしい。
なにやら議題が異能島のことだから、視察も兼ねて云々と聞いている。
「いいよ。俺の寮、1人だし。それに俺ら付き合ってるんだし、あんまり遠慮すんなよ」
遠慮がちに話していた美月にそう告げた悠馬は、リビングまで到着すると、テーブルの上に広がっているモノを見て鳴神を纏う。
悠馬のテーブルの上には、つい先日通から頂いた(誕生日プレゼント)成人向けの本が放置されていた。
「悠馬?」
「な、なんでもないよ!なんでもないからちょっと待ってね!」
本を閉じた悠馬は、美月に見えないよう本を背中に隠し、引き出しの手前まで駆け寄ると、一瞬にして本を引き出しの中にねじ込み、鍵を占める。
危ないところだった。
昨日、エロ本を読みながら朱理とふざけていた悠馬は、昨日の自分を殴りたい気持ちになりながら冷や汗を流す。
悠馬の奇行を訝しく思いながらも、美月はソファに座る。
「悠馬の寮で2人きりって、思えばずいぶん久しぶりだね」
そう言われてみればそうだ。
悠馬の寮で美月と2人きりになるのは、入学直後以来かもしれない。
入学試験の時の契約を思い出した悠馬は、どこか懐かしさを感じ、少しだけ笑いながら美月の横に座った。
「懐かしいよな。入試の時の約束。まさか美月が道端で虐められてるなんて」
「あはは…ほんと、あの時は人生終わったと思ってた。運悪すぎるし」
「確かに。まさかいじめっ子が全員同じ学校受験してるとは、ある意味強運だよな」
約1年が経過してある程度傷も癒えた美月は、笑いながら話をする。
「逆に、ここまで運が悪かったから悠馬と出会えたのかもしれないね」
あの時、あの瞬間いじめられていなければ、きっと悠馬と美月は出会うことがなかった。
そう考えると、幸運だったのかもしれない。
悠馬と出会ってからのことを思い出す美月は、髪をクルクルと指で弄りながら、目を瞑る。
「あの子達、見つかったのかな」
「ああ…そういえば行方不明なんだっけ」
美月を虐めていた女子達は、あの後行方不明になったと聞いている。
正直、ちょっと気になる話だ。
あのいじめっ子達が、意味もなく失踪するだろうか?
もう関わらない、二度と会わない人物だということはわかっているが、少し気になる。
「うん」
「気にしなくていいんじゃないか?俺たちは何も関わってないし、無関係だ」
悠馬も美月も、あの日以降彼女達に接触していない。
もちろん、裏で海に沈めたとか、山に埋めてきたとか、そんなこともしていない。
だから、美月が心配する必要なんてない。
そう言いたい悠馬は、髪を弄る美月をゆっくりと抱きしめ、宥める。
「ありがとう。悠馬のそういうとこ、好き」
「あ、ありがとう?」
男として当然のことなんじゃないかな?
そんなことを考えていると、風呂場からガコン!と壁をへし折ったような音が聞こえ、2人はビクッと身体を震わせる。
悠馬の寮の周りには、夕夏の寮しかない。
つまり今の音は、きっと自身の風呂場からの音のはずだ。
「夕夏か朱理…?」
「泥棒?」
何が起こったのだろうか?
「ちょっと見てくる」
美月にそう告げて、1人様子を見に行こうとした悠馬だが、美月は悠馬の手を掴み、そのままついてくる。
数歩歩いて、風呂場の扉を開く。
そこには黒髪の少女の姿があった。
「朱理…?」
「はぁはぁ…あら悠馬さん。虫がいたので処理をしていました」
扉を開けられたことに気づいたのか、真っ白な肌と、そして胸元をタオルで隠しながら荒く息をする朱理。
彼女はいつものように取り繕った笑みを浮かべ、余裕そうな表情で振り返る。
しかし残念なことに、いつもと違い彼女の表情は引きつっていた。
虫ってなんだろうか?黒い速いヤツは多分出ないだろうし、糸吐く系のヤツだろうか?
そこまで考えたところで、悠馬の視界には悲惨な光景が入ってくる。
「いや…浴槽…」
もしかして朱理、桶で蜘蛛を潰したとかじゃなくて、闇の異能をぶっ放したのだろうか?
真っ二つに割れた浴槽からはお湯が流れ出し、朱理の言う虫は見当たらない。
多分闇の異能で跡形もなく消し去ったのだろう。
「…すみません!」
ハッと我に帰り、へし折れた浴槽を見た朱理は、すごく申し訳なさそうな表情で悠馬へと頭を下げる。
「あ、いやいいよ。浴槽だけなら、買い換えれるし…」
何十万とするだろうが、壁とかの修理だと時間がかかりそうだし、浴槽だっただけ幸いだ。
それに悠馬は、オクトーバーの一件でお金も増えている。
それを使えば、修理費くらい賄えるはずだ。
「でも悠馬、多分今から浴槽取り付けしてくれるお店はないと思うよ」
「うーん、そうだよな…」
今日の間にお店に行ったって、今は夕方だし、取り付けは明日以降になってしまうだろう。
男の悠馬はシャワーだけでも我慢できるが、彼女たちはお風呂に入れてあげないと可哀想だし、わざわざ泊まりに来た美月にシャワーだけという対応もなんか嫌だ。
ここは男としてのプライド、そしてかっこよさをアピールしておくべきだろう。
「ごめん美月、災難続きで悪いんだけど、銭湯行こっか?」
プライドもかっこよさのカケラもない、銭湯という結論。
まぁ、一般的な結論だ。これをかっこいいと思っている悠馬がどうかしている。
「さっきの音なに!?」
悠馬が意見を出した直後に、向かいの扉が開いた。
そこから現れたのは、3人目の恋人である夕夏だった。
ちょうど夕夏も集まったところで、悠馬は美月の事情を説明し、朱理の風呂破壊のことを説明し、風呂に入っていない夕夏、美月、そして風呂に入りかけていた朱理と銭湯に行くことで決定した。
「ねぇ悠馬、銭湯ってなにが必要なのかな?」
「そっか、美月も行ったことないのか」
とりあえず朱理が服を着ないと行けないため、各々寮へと戻った悠馬たち。
銭湯に行ったことのない美月は、何を持っていけばいいかわからないようだ。
「シャンプーにボディーソープ、リンスに洗顔料、タオル2枚くらいかな?足りなかったら夕夏が貸してくれるだろうから、大丈夫だと思う。あと下着」
そう言って、悠馬はあまり使っていないバッグを手渡し、美月に必要なものを入れるように促す。
美月がバッグに入れようとしていた黒い下着をガン見していたのは秘密だ。レース生地の高価そうなヤツだった。
「こういうのって、花蓮さんの寮でしかなかったから楽しみかも」
クリスマスにみんなでお風呂に入ったことを言っているのだろう、準備をしながら微笑む美月は、まるで天使のようだ。
「2年は修学旅行もあるよ」
「うん!今から楽しみ!」
はやくも2年の話をしながら、2人が準備を済ませると同時に、脱衣所の扉をノックする音が聞こえ、2人は立ち上がった。
「準備できたよ〜」
「じゃあ今から外に出る」
荷物を背負い廊下へと出て、玄関へとたどり着き靴を履く。
いつものように扉を開いた悠馬の横には、ちょうど同タイミングで外へと出た夕夏と朱理の姿があった。
「夕夏髪結んだんだ。その髪型も…その、似合ってる」
「うん、最近ちょっと長くなってきちゃったから…ふふ、ありがと!」
夕夏は最近、料理を作るときも、髪が入るといけないからと言って髪を結ぶようになった。
その理由は間違いなく悠馬のせいだ。
実は悠馬が髪の長い女の子が好きだという事実を、花蓮が夕夏に流している。
だから夕夏は、髪を今以上に伸ばす気でいるのだ。
「まず最初に、浴槽を壊してしまいすみません…」
「ううん。虫が出たら誰だって驚くし、仕方ないよ」
「うん。そうだ、夕夏、今日は外出ついでに外でご飯食べて行こうか?風呂上がってからだと遅くなっちゃうだろうし」
夕夏のご飯を期待していなかったといえば嘘になるが、19時になろうとしている今の時間から風呂に入り、おそらく彼女たちは1時間近く入浴するだろうから20時、帰宅してそこから夕ご飯を作り始めることを考えると、夕夏に申し訳ない。
風呂上がりにまた汗をかいてしまうだろうし、彼女の手間を考えると、今日は外食にした方が効率的だろう。
「え…?いいの?」
「うん」
「じゃあ、甘えさせてもらおうかな?」
ということで、今日の夕食は外食で決定した。
「ところで、この辺で美味しいご飯屋さんとかあるのか?」
外食と決まれば、食べる場所だ。
常日頃から夕夏や朱理と食事をすることが基本の悠馬は、もちろん美味しいご飯屋さんを知っているわけではない。
ここは友達にヤンチャな子が多そうな美月に聞くのがベストだろう。
目を輝かせる悠馬は、期待と羨望の眼差しを美月に向ける。
「え、何その目…この通りならまぁ、ご飯屋さん多いし、案内はできると思うよ」
寮を出て、右へ数分歩いた先にある大通りに立ち入った美月は、そう呟いて大丈夫だよ!と3人に微笑みかける。
「人、多いですね」
朱理に言われてみてみると、たしかにいつもより人が多いように感じる。
中にはスーツを着た社会人も歩いているし、学生カップルもうようよといるし…
いつもと違う光景に首を傾げた悠馬だったが、疑問はすぐに払拭されることとなった。
「サミットと、バレンタインでできたカップルか」
サミットは今日の昼頃に開催され、お偉方が多いため明日帰る人が多いと聞くし、バレンタインでできたカップルは、初めてのデートを楽しんでいるくらいのタイミングだろう。
全てに納得した悠馬は、深く頷きながら歩みを進める。
「なるほど。恋人できて浮かれたリア充どもですね ♪」
「朱理、私たちも大差ないと思うよ…」
「そ、そんなこと言わないでよ美月ちゃん…」
朱理の浮かれたリア充という発言に、美月は思うところがあったようだ。
横で大差ないと言われた夕夏は、若干傷ついているように見える。
側から見たら面白い光景なんだろうな、これ。
当事者である悠馬は全然笑えないけど。
「あ、見えてきた!」
夕夏がそう言って指を指す先には、温泉が見える。
先程は銭湯と言ったが、この見た目なら老舗旅館の温泉に浸かりに来たと言った方が相応しいのかもしれない。
古い木造の建物に、木でできた戸に提灯の灯、石や和風な木で作り上げた庭が特徴的な、ぱっと見高級旅館だ。
「それじゃあ、入ろうか?」
「うん!」
ここまで豪華な見た目だと、ハードルも自然と上がってしまう。
温泉へ入る前から期待を膨らませる悠馬は、3人の返事を待ってから、ゆっくりと戸を開いた。
朱理の嫌いな虫は蜘蛛です。そして真っ先に美月に頼られるあたり、悠馬くんは信頼されてますね…




