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バレンタインはほろ苦い2

「であるからに、悪羅百鬼は推定でも300年以上生きている人間、つまり寿命を止めるなんらかの異能を所持していると、私は考えてます」


 社会科の薄毛教師が熱く語りながら教室内を巡回していると、悠馬のカバンへと激突し、カバンの中のものが散乱する。


「あっ…」



 ***



 放課のチャイムが鳴り響き、生徒達は仲のいいグループで固まりながら話をしている。


 そんな中、珍しくぼっちで取り残されている悠馬は、溜息を吐きながら机に突っ伏した。


 扉から最も近い位置に席を持つ悠馬が、なぜ真っ先に教室を出ずに、机に突っ伏しているのか。


 その理由は数十分前にさかのぼる。


 6限の時間。偶然悠馬のカバンに引っかかったあの社会科教師は、カバンの中から溢れ出たチョコレートを見て、きっと嫉妬をしたのだろう、反省文を要求してきたのだ。


 罪状は学校に不要物を持ち込んだから…らしいが。


 いや、正確には悠馬が持ち込んだわけじゃないし、そんなことで反省文を要求してくるなら他の奴らのカバンの中も確認しろと言いたいのが本音だった。


 しかしながら、これ以上クラスメイト(主に男子)の反感を買いたくない悠馬は、大人しくその反省文を受け入れることにしたのだった。


 だから悠馬は、今から反省文を書いて提出しなければならない。


 しかも、提出先は反省文を要求してきた社会科教師ではなく、担任の鏡花に、だ。


 総帥秘書と絡むだけでも面倒なのに、さらに面倒なものを自ら持っていくのは勘弁してほしい。


「暁、お前何してる?まさかバレンタインチョコを貰えなくて凹んでいるのか?」


 ほら、噂をすればなんか来たし。

 思わず口にしそうになった悠馬だが、それをギリギリのところで抑えて声のした方を向く。


 後ろの扉から入って来たのは、キッチリとしたスーツに身を包んだ、Aクラスの担任兼総帥秘書の鏡花だった。


 10月のオクトーバーの一件で足と肋骨を骨折していた鏡花は、少し長いお休みをもらい、1月中旬から職場へと復帰している。


「違いますよ。チョコをもらった反省文を書いてます」


「く…モテる男は辛いな?暁よ」


 めっちゃバカにされてる気がする。

 笑いを堪えるように口に手を当てた鏡花だが、目元が笑っているためバレバレだ。


 笑いたい気持ちはわかるが、出来ればご本人の前では笑わないで欲しかった。


「あーあ。なんで誕生日に限ってこんなことになるんですかね」


「そういえばお前、誕生日だったな。誰にも祝われていなかったから忘れていた」


「真里亞に祝われましたよ!」


 とことんバカにしてくる鏡花に怒鳴る悠馬は、反省文を書きながら溜息を吐く。


(なんなんだこいつは?俺を煽りに来たのか?もう一回足をへし折って長い休暇にしてやろうか?)


「三枝か…お前、もしかして三枝にも手を…」


「何でそうなるんですか!出してないですし俺は現状で満足してます」


「そういえば、10月の褒賞は届いているか?」


 10月、オクトーバーの一件で悠馬は、そこそこのお金を手に入れ、彼女達と高級ホテルでお泊まりした。


 きっと、その時のお金のことを言っているのだろう。


「ええ。すごい量が振り込まれてました」


「当然だ。総帥秘書の私が負けたのだからな。その窮地を救ったとなると、それなりの額も見込める…そうだ。お前には謝らないといけなかった」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる鏡花は、だんまりになると、歩き始める。


 コツコツと響くヒールの音が、いつもは騒がしいはずの教室にこだまし、静かな教室では妙な雰囲気が漂っている。


 これはアレだ。

 教師と生徒が、放課後の夕暮れの教室で禁断の関係に陥ってしまう展開だ。


 いや、そんなことには絶対ならないけどさ。


「なんでしょうか?」


「お前はあの一件で、暁闇だとバレてしまったんじゃないか?」


 数秒の沈黙。

 悠馬は10月の一件で、周りの生徒達に暁闇だということを知られてしまった。


 そのことについて負い目でも感じているのか、彼女の表情は徐々に曇り始めていた。


 どうやらこうやってハブられているのも、それが原因なのではないかと言いたそうだ。


「大丈夫ですよ。普通に引っ叩かれたりとか、バカにされたりとかしますし、寧ろ気にしてたのは俺だけだったんじゃないですか?」


 悠馬も最初こそビビっていたが、暁闇だと知られた翌日から、通や美沙やアダムが接触してくれたことにより、みんな元どおりというか、元よりも酷いいじめ方をするようになってしまった。


「そうか。余計な心配だったな」


「いえ、ありがとうございます。心配して貰えて嬉しいです」


「口を動かす前に手を動かしたらどうだ?」


 クソ、コイツぅ!

 自分から話しかけておいて、相手の動きが止まったら注意してくるなんて、なんて奴だ!


 絶対にどさくさに紛れて足の骨へし折ってやる!

 などと心の中で文句を呟く悠馬は、反省文を書き上げ、鏡花に提出する。


「まぁ、ふざけたことが書いてあるのは見逃すとしよう。帰っていいぞ」


「さようなら」


 帰宅許可が降りた悠馬は、机から立ち上がるとカバンを手に持ち、教室の前扉を開く。


「暁」


「なん…っ」


 振り返った直後に飛んで来たものを受け取った悠馬は、それが何なのかを知るために手のひらを見る。


「余りだ。くれてやる」


「あ、ありがとうございます」


 鏡花が投げて来たのは、チョコレート菓子だった。


 っていうか、教師がチョコを投げてくるのに何故悠馬は反省文を書かされたのだろうか?


 そんな矛盾を抱きながら廊下へと出た悠馬は、廊下の先で黒髪の女子生徒が待ってくれていたことを知る。


 それはほんの少し先。カバンを右肩に背負った少女は、暇そうに床を眺め立っていた。


 夕暮れの校舎の中、主人公を待ってくれている美少女。


 今の悠馬なら、何となくわかる。

 漫画でああいう恋に発展する理由が。


 前の悠馬なら、ばっかじゃねえの?なにこの茶番。と鼻で笑っていただろうが、悠馬は今、朱理の姿を見てときめいている。


「朱理?」


「はい、朱理ですけど?この浮気者 ♪ 」


 どうやら教室の中での光景を知られているようだ。

 ジトっとした眼差しでこちらを見つめ、笑みを浮かべた朱理は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「浮気したつもりはないんだけど…ところでどうして残ってたの?」


「優柔不断な悠馬さんが、その場の雰囲気に呑まれて担任教師をお持ち帰りしないようにするため」


 なんかイメージ酷くない?

 確かに今日はチョコレート沢山もらったけど、場の雰囲気に呑まれたことなんて一度も…ないはず。


 過去を思い返す悠馬は、その場の勢いで何かをした記憶がないと判断する。


「というのは建前で、花蓮さんの寮まで連れて行ってください。この前泊まった際に忘れ物をしてしまって…私この島の地形に詳しくないので」


 建前だと聞いて一安心した悠馬は、1つ返事で承諾し、朱理の後を歩く。


「チョコレート、何個貰ったんですか?」


「んー…1.2.3.4.…7個?」


「なら私のは要りませんね。そこらへんの男にでも差し上げますか」


「ちょ!ちょっと待ってよ!朱理!?俺欲しい!俺ずっとお前から貰うの楽しみにしてたんだけど!」


 カバンから取り出した包装を、軽々しく何処かへ投げようとした朱理の手を掴んだ悠馬は、それでも投げようとする朱理を壁に押し付け、手をつく。


「冗談ですよ。はい。差し上げます」


 限りなく壁ドンに近い体制になったまま、ゆっくりと手を下ろした朱理は、悠馬へと包装を差し出す。


「ありがとう!」


「あら、そんなに喜んでくれるとは思いませんでした」


「好きな人から貰えて嬉しくないものなんてないよ」


 誕生日など忘れて、彼女からチョコレートをもらえたことを喜ぶ悠馬は、そのままのテンションで階段を降り下駄箱を開く。


 それと同時に、下駄箱の中から大量の包みが落下した。


「……やっぱりさっきのチョコ、返してもらえませんか?」


「朱理…嫉妬?」


 その光景を目にした朱理は、冷たい視線でそう呟いた。


 悠馬はなにもしていない。いや、チョコは入っていたけど、それは悠馬が意図した行為ではないし、絶対に嫉妬のはずだ。


「…彼氏が他の女からチョコをもらってるのを見て気分がいい彼女なんていませんよ。況してや匿名だなんて」


「…ごめん、全然配慮できてなくて」


「口でなくて、身体で謝って欲しいですね。今日の夜にでも」


 ニッコリと作り笑いを浮かべる朱理を見て、一度全身に駆け抜けた悪寒を感じ、ぶるっと震える。


 今日の夜はやばそうだ。多分殺される。きっと全裸で土下座させられて踏みつけられるんだ。



 ***


 電車に乗ること5駅。


 第7高校地区で下車した悠馬と朱理は、第7高校の学生たちで賑わう駅を抜け、商店街を抜けようとしている真っ最中だ。


「よぉー!暁ー!花咲さんにチョコ貰いに行ってんのか?そんな可愛い娘連れて!夜道には気をつけろよ!」


 知らない人から声をかけられる。

 しかも夜道には気をつけろという脅しまでセットでだ。


 どうやら第7高校は、第1の面々よりも過激派が多いようだ。


「男に刺されるとは限りませんしね」


 横で物騒な発言が聞こえたような気がした悠馬は、目を白黒させながら、一気に商店街を抜ける。


「あ、ここからの道はわかるの?」


「バカにしないでください。ここからは一本道なのでわかります」


 そうしてたどり着いた花蓮の寮。


 今日は珍しく門が開いていて、セキュリティは扉だけのようだ。


 門を抜け、十数メートル歩いた先にある花蓮の寮の大きな扉の前で立ち止まった悠馬は、インターホンを押し、その場で待機する。


「あ、朱理!開いてるから入ってどうぞー!」


 インターホンから聞こえた声は、花蓮の声だ。


 思わずにやけそうになる口を押さえながら、扉を開いた朱理の後ろについていく。


 大きな玄関。そして2つに分かれた階段と、四方にある大部屋4つ。


 確か右手前がキッチンで、左手前がリビング、右奥がメイド控え室で、左奥が図書室、真正面の階段を上った先に、浴場、花蓮の部屋、寝室などがある。


 そして真っ先に出迎えてくれるのは、大きなシャンデリア。


 これ落ちてきたら、間違いなく死ぬだろうなー、なんて考えながら、悠馬は靴を脱ごうとする。


「悠馬さんは上がらなくても大丈夫です。すぐに済む用事ですから」


「そっか。ならここで待ってる」


 朱理がそう話したため、大人しくそれを受け入れた悠馬は、玄関の横にある椅子に座り、朱理が戻ってくるのを待つ。


 今日の夜はプレゼントを持って花蓮の寮に行く予定だし、そう急いで会う必要はないだろう。


「悠馬さん、少し手伝ってくれませんか?」


 1分ほどが経過しただろうか?


 リビングから聞こえた朱理の声に、靴を脱いだ悠馬はお邪魔しまーすと呟いて中へ入る。


 それと同時に鳴り響く発砲音。ではなく、クラッカーの音。


 思わず目をパチクリさせた悠馬は、そこにいる面々を見て驚きを隠せなかった。


「なんでみんないるの?」


「おいおい、水臭えこと言うなよ悠馬!今日は花咲ちゃんとお前の誕生日だろ!ちゃぁんと覚えてるんだぜ?俺らはよぉ!」


 大きな声でそう呟いた通は、隠し持っていたクラッカーを悠馬めがけて発射し、悠馬には紙くずがかかる。


「わ、忘れてたんじゃ…」


「んなの、フリに決まってんだろ!」


「そうそう、悠馬くんこっちの方が喜ぶと思って!」


 悠馬はどっちでもいいけど、夕夏は落としてから上げるのが好きだったようだ。


「さ、悠馬!座りなさい!ご飯にするわよ!」


 花蓮がそう告げると同時に、悠馬は空いている席へと座った。


「悠馬のチキンもーらい」


「あ、おい!」


 本日の主役からチキンをパクって行く野郎が、この世界のどこにいるだろうか。


 しかし悠馬とて、通に振り回されるのは慣れているため、カウンター策くらい用意している。


「八神のチキンもーらい」


「ぁぁぁあ!俺のチキンが!くそ!一生恨むからな!」


 悠馬からチキンを取られた八神は、発狂寸前だ。


 その光景を目にしてくすくすと笑う女性陣。


 美沙に笑われたことが満足だったのか、顔を少し赤くした八神は、今回は許す。と小さな声でつぶやき、他のものを食べ始めた。


 こういう誕生日がしたかったんだ。


 みんなと和気藹々と、大きなサプライズを用意して行われた誕生日パーティは、悠馬の記憶に大切な思い出として刻まれた。

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