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バレンタインはほろ苦い

 2月14日といえば、何を思い浮かべるだろうか?


 真冬。違う。バレンタイン。違う。チョコレート。違う。


 みんなが好きな人からチョコレートを貰えるかと一喜一憂するこの日、実は悠馬の誕生日である。


 しかしながら、悠馬はこの日に生まれてきたことを心底後悔していた。


 ベッドにうな垂れ、拳を叩きつける悠馬を見るからに、彼は真剣に悩んでいるご様子だった。


 何しろ、チョコは貰えても誕生日は忘れられるのだ。チョコと誕生日プレゼントは1つで済まされるし。


 そのせいで男子からは白い目で見られるし。


「終いにはバレンタインに夢中で男子の殆どは俺の誕生日忘れちゃうし!」


 そんな誕生日当日。


 まだ眠たい頭を無理やり覚醒状態へとシフトした悠馬は、上体を起こしカーテンの隙間から覗く日差しを見てため息を吐く。


 またこの日が来てしまったのか。と。


 ここ最近は誰からも祝われなくなった誕生日といえど、今年は彼女がいるし、友達も少なからずできた。


 きっと、みんな誕生日くらい覚えてくれているだろう。


 そんな期待と、忘れられていたらどうしようと不安が押し寄せては引いて…を、繰り返し、軽いうつ状態へと陥る。


「学校休もうかな…」


「自分の誕生日は祝われなくても、花蓮ちゃんの誕生日はお祝いしてあげたいなぁ…」


 甘々な誕生日をプレゼントしてあげたい!


 そんな想像をして口元を緩めた悠馬は、よし、学校に行くか!と、つい先ほどの自分の発言を全否定して立ち上がる。


 実は花蓮と悠馬、誕生日が同じである。


 互いに2月14日が誕生日ということもあり、今日は大いに楽しめそうだ。


 徐々にテンションが上がってきた悠馬は、冷蔵庫を開くと水と果物を取り出し、そのまま台所で食事を摂る。


 朝、一人暮らしの学生となると食器を洗うのも面倒だし、みんなこんな食べ方になるんじゃないだろうか?


 勝手にそんなことを決めつけながらリンゴを貪る悠馬は、タネを吐き捨て水を飲む。


「夕夏の朝ごはんが食べたかったなぁ…」


 せっかくの誕生日、朝1発目から夕夏や朱理と美味しくご飯を頂きたかったのだが、それが叶わなかった悠馬は小さな声で嘆き、制服へと着替える。


 身支度を済ませれば、すぐに学校へと出発だ。



 ***



 教室に入ってすぐ。

 廊下や通学路で話す生徒たちの話を聞いていたらすぐにわかったことなのだが、今日は男女問わずバレンタインに洗脳されていた。


 それが悪いわけでもないし、むしろ高校生として普通の青春を送っていると言えるのだろうが、それでも…なんというか…その…


「俺の誕生日だっていうことも、知って欲しかったと思う」


 悠馬は1人呟く。


「だって、みんな俺の誕生日知ってるわけじゃん?おめでとうの一言くらい、欲しいなー…なんて…」


 そんなことを寂しく呟きながら引き出しに手を入れた悠馬は、何かプレゼントでも入っていないかと淡い期待を抱く。


 中には硬い包みに入った何かがあることに気づいた悠馬は、それをゆっくりと引き出しから取り出し、音を立てないように机の上に乗せる。


 誕生日プレゼントではない。


 バレンタインチョコだった。


「嬉しいよ?嬉しいんだけどさ?バレンタインに匿名でチョコ渡すよりも、誕プレ直接貰った方が嬉しいし、君のこと絶対に忘れないよ?」


「クソ…これだからイケメンは…」


 悠馬が徐々にテンションを下げていると、背後から通の愚痴が聞こえてくる。


 通は悠馬が振り返ると同時に目を逸らし、ため息を吐いた。


「おうおう、チョコレートもらってクールキャラ突き通してんじゃねえよ!」


 今日はバレンタインということもあってか、通はいつも以上に殺気立っている。


 通はいつも女子から敬遠される立場だが、ナルシストだし、自分が嫌われてることには気づいていないようだからいつチョコレートが貰えるのかと気が気でないのだろう。


 俺様よりも先にチョコ貰いやがって!という怒りが、ひしひしと伝わってくる。


「なんというか…ごめん…」


 別にクールキャラを演じたつもりはなかった悠馬だが、マセた通の心にはそう映ったのかもしれない。


 一応謝罪をした悠馬は、他のクラスメイトにバレないようチョコレートをカバンの中へと移動させ、チャックを閉じる。


「今年の誕生日も何も貰えないのか…」


 チョコレートを貰うよりも、プレゼントを貰いたい悠馬は心の中で絶望する。


「おっはー、悠馬。これあげるー」


 悠馬が感傷的になっていると、1番前の扉から入ってきた、ブラジャーが見えるか見えないかギリギリのところまで制服ボタンを開けている美沙が現れた。


 美沙は「この前のお礼ね♡」などという意味深な発言をすると悠馬の頭を撫で、おそらく手作りだろう、ラッピングされたチョコレートを渡してくる。


「あ、ありがとう…素直に嬉しい」


「おい!どういうことだよ悠馬!お前美哉坂ちゃんに朱理ちゃんに篠原ちゃんに花咲ちゃんまでいるのに、國下にも手ぇ出すのかよ!」


「そういうのじゃないから!」


 商店街で輩に絡まれていた美沙を助けた時のお礼…だと思う。


 などと言ってもキレられるのは目に見えているため、これ以上の弁明はできない。


 誤解だ〜と、違うを言い続けた悠馬は、周りの男子からの冷たい視線を感じて前を向く。


「まじで最悪だ…」


「あ、あの、暁くん!私からのバレンタインも、受け取ってくれないかなぁ?」


 この期に及んでいったい誰だよ!


 透き通るような声が左後ろから聞こえ振り返った悠馬は、金髪外国人、アルカンジュが立っていることに気づく。


「きょ、去年は色々お世話になったので…」


 彼女は頬を赤らめながら、手作りチョコレートを差し出している。


 悠馬は彼女の表情を見て唖然とした。アルカンジュの表情は夕夏が初めて告白してきたときの表情と良く似ていて、正直反応に困る。何しろアルカンジュにはアダムという彼氏がいるのだ。


 今日を穏便に済ませたかった悠馬は、なんとも言えない表情だ。


 誕生日だというのに友人関係がどんどん崩れているような気がする悠馬は、震えが止まらない。


「そんなに気にしなくてもいいのに…でもありがとう、美味しくいただくよ」


 震えながらチョコを受け取る悠馬は、必死に作り笑いを浮かべる。


「そういうわけにはいかないです…本当に迷惑をかけてしまったので、このくらいのことは…」


 アメリカ支部の一件のことだろう。

 自分が原因で、アメリカ支部が夕夏や美月を襲ったと思っているアルカンジュからしてみると、悠馬にはかなりの迷惑をかけたと思っているのだろう。


「悠馬…俺はもう、何も言わないよ」


 悠馬が考え事をしていると、背後の通は感情を失った顔で呟き、机にうなだれる。


 悠馬だって、今はうなだれたい気分だ。


 だって誕生日プレゼントもらえてないし、男子からはずっと冷たい視線が向けられるし。


「おはよう暁くん。私からもこれ。手作りじゃないけど、お世話になったから」


 続いて教室へ入ってきた赤坂加奈は、悠馬の隣の席に荷物を下ろすと、バッグの中からチョコレートショップの包み紙を取り出して差し出す。


「ちょっとまって?誕生日今日だっけ?」


 ここまで見事にスルーされ続けると、自分が誕生日を間違ったのではないかと思い込んでしまう。


 不安になった悠馬は携帯端末を開き、自身の誕生日とカレンダーを確認する。


 ばっちり、今日は悠馬の誕生日だ。


「赤坂、ありがと。お返しはちゃんとするから」


 若干凹みつつもバレンタインチョコを受け取った悠馬は、はやくもカバンの7割近くがチョコで埋まっていることに気づき、嬉しい気持ちと悲しい気持ちが激突する。


 この中の1つくらい、誕生日プレゼントにならないだろうか?


「お、八神」


「ケッ、楽しんでんな」


 続いて教室へ入ってきたのは、八神だった。


 フェスタ以降、新たな出会いを求めていた八神は、つい先日好きな人ができたそうだ。


 その気になるお相手は、國下美沙。


 八神は清楚系が好きだと思っていたが、どうやら美沙のような、ちょっとギャルちっくな女子が好みだったらしい。


 バッグの中へと視線を落とす八神を見た悠馬は、早速話題を振ってみる。


「美沙からチョコ貰えた?」


「お前、わざとか?わざとだよな!?なぁ!貰えてねえよ!俺國下からチョコ貰えてねえよ!」


 悠馬の肩をつかみ、呪いのように耳元で囁いた八神は、俺は見てたからな…と付け足して去っていく。


 どうやら悠馬が美沙からチョコを受け取るシーンを見られていたようだ。


「なんか…まじでごめん…」


 八神はなんでもできる系人気クラス委員長だから、すでに美沙からチョコレートをいただいていると思っていたが…どうやら世の中は、そんなに甘くないらしい。



 ***



 昼ともなれば朝渡せなかったチョコレートを、昼休みと同時に渡し始める。


 まぁ、他クラスに好きな人がいたりする場合は、朝よりも昼に渡す人の方が多いだろう。


 廊下を歩くと、あちらこちらでチョコレートをいくつ貰えたという報告会や、好きな人にチョコレートを渡せたなどという、歓喜の声が聞こえてくる。


 おそらくだが、大体のバレンタインチョコは出揃ったのではないだろうか?


 しかし、ここまで誕生日を忘れ去られ、チョコの話だけになっているのを見ると悠馬の心には悲しい気持ちが込み上げてくる。


 廊下を1人で歩く悠馬は、クラスの男子にハブられていた。


 理由はチョコをもらい過ぎたから。


 いや、そりゃあチョコをもらい過ぎたら、当然浮くだろう。


 しかしながら悠馬は、今のところ彼女からチョコレートを貰えていない。


「まさか何もかも忘れているなんてことはないよな?」


 一向に何もアクションを起こさない彼女たちに、悠馬は軽くショックを受ける。


 これが破局、これが倦怠期というやつなのだろうか?


「鬱だ。死のう。今日何も貰えなかったら寮で炭でも燃やそう」


「あ…ごめん…」


 考え事をしていたら、前を歩いていた女子にぶつかってしまい謝罪をする。


「こほん。あら暁くん。久しぶりですね」


「なんだ。真里亞か」


 謝って損した気分だ。

 お前は碇谷と楽しんでろ。


 真里亞のことをあまりよく思っていない悠馬は、そのまま彼女を無視して立ち去ろうとする。が。


「待ちなさい。ほら、ちょうど1つ余ってますから。よろしければどうぞ?」


「…ありがとう」


 どういう風の吹き回しだろうか?


 手のひらに残っていた最後のチ○ルチョコを悠馬の手に乗せた真里亞は、そのまますぐに回れ右をして歩き始める。


「ああ。そうだ。お誕生日おめでとうございます」


 数歩歩いたところで振り返った真里亞は、悠馬に向けてそう呟くと、一度笑みを向けて立ち去る。


「!真里亞、ホワイトデーは飯奢るよ!お前が嬉しくて涙流すくらいのやつ!」


 真里亞はいい子。真里亞素晴らしい。真里亞可愛い。


 今日始めて誕生日を祝われた悠馬は、歓喜しながら廊下を駆け抜ける。


 そんな悠馬の後ろで、真里亞が顔を赤面させていたのは知る由もない。


「ホワイトデーにご飯?まさか2人!?」


 屋上へと駆け上がる。全力ダッシュだ。


 天にも登る気持ちの悠馬は、意外な人物からお祝いの言葉を貰ったことに歓喜していた。


 多分、Aクラスの金魚の糞系女子が誕生日を祝ってくれても、今と同じテンションになっていたはずだ。


 屋上の扉を勢いよく開いた悠馬は、それと同時にジャンプし、そして屋上の床にスタンと着地する。


「やったぜぇぇええ!」


 ついに祝われた。

 昼過ぎまで、ずっとこの時を待っていた。


 まさか真里亞が誕生日を知っているとは思わなかったが、そんなことはどうでもいい。


 悠馬は自分の誕生日を知っていて、祝いの言葉を言ってくれる人がいるだけで満足なのだ。


「真里亞いい奴だな!まじで!」


 今までの発言に手のひらを返すように1人叫ぶ悠馬は、屋上を走り抜け、フェンスをガシャガシャと揺らし喜びを露わにする。


「おい、さっきからうるせぇぞ!」


 屋上になれば1人になれる。

 勝手にそんなことを思っていた悠馬だったが、先客がいたようだ。


 叫びフェンスを揺らす悠馬の背後には、不機嫌な表情をした同級生の男子が五人、座り込んでいた。


「あー、えー、Cクラスの」


 冷たい視線を向けてくる五人を確認した悠馬は、それがCクラスの面々、つまり真里亞の配下であることを知り、笑みを浮かべる。


「真里亞っていいやつだよな!」


「おお!お前も真里亞さんの良さがわかったか!」


「ったくよぉ!そう思うなら最初から言えよ!」


「お前のこと嫌いだったけど仲良くなれそうだぜ暁!」


 この嬉しさを誰かと共感したかった悠馬は、首をコクコクと縦に振りながら、本当にいい奴だよ。可愛いし。などと、相槌を打ちながら会話に混ざる。


「つーかいいよなぁ、暁は。真里亞、なんて呼べてさ。俺ら真里亞さんって呼ばないと、怒られるぜ?なんか程よい距離感保たれてるっていうか」


「へぇ…意外だな。クラスメイトには優しそうなイメージだったけど」


「バカ言え。確かに優しいけど、距離置かれてんだよ」


 この五人は、そのことを気にしているようだ。


 というか、Cクラスの男子は大抵そうなのかもしれない。


「でもお前ら、チョコは貰えたんだろ?」


 悠馬に渡す時の口ぶりからするに、チョコは余り物だった。


 それはつまり、クラスメイトに配って余ったものを悠馬に渡したんじゃないだろうか?


 チ○ルチョコだったし、みんなもらってるはずだ。


「貰ってねえけど…」


「オイ、お前は?」


「俺も貰ってねえよ…」


 悠馬が発言した直後から疑心暗鬼になる五人。


 悠馬は完全に言葉の選択肢を間違ったようだ。


 真里亞はクラスメイトにチョコレートを渡していない。


 ということはつまり、悠馬の時は気まぐれだったのか、誕生日プレゼントだったのかの二択だ。


「おい暁、まさか真里亞さんに貰ったとか言わねえよな?」


「え…?いや、そんな…」


「だっておかしいよな?真里亞さんのことずっとバカにしてたお前が手のひら返すなんてよ!何があったのか言ってみろよ!」


 激昂するCクラスの生徒たちを見るからに、今から始まるのは集団リンチというやつだ。


 まだ死にたくない悠馬は、この場を安全に切り抜けようと、携帯端末を取り出す。


「悪い!連絡きたからちょっと待って!」


 これぞ最強のプラン。


 連絡きたからちょっと待ってください。


 そんなこといきなり言われると、待つしかないだろう?


「なんでお前らも見るんだよ…」


 幸い通知は来ていたものの、Cクラスのメンバー達からも確認されながら、メッセージの内容を確認する。


「お前が逃げないようにするためだ」


「いや、ほら」


 1番上の通知を開いてみせた悠馬は、タイミングの悪すぎる内容だったことに気づき、無表情で携帯画面をロックする。


「みた?」


「お前のこと、やっぱ嫌いだ」


「くそ!ぶっ殺してやるッ!」


 携帯端末に送られていた内容。


 それは真里亞からのメッセージだった。




 バレンタインチョコのお礼でご飯へ連れて行ってもらえるのは嬉しいのだけれど、半端な店に連れて行ったら絶対に許しませんからね?


 それと、2人きりでの食事を望みます。




 なんと絶妙なタイミングでの連絡だろうか?


 最初から囲まれていた悠馬は、当然逃げられるわけもなく、五人の同級生に詰め寄られる。


 そこから先は地獄だった。

花蓮ちゃんと悠馬くんは同じ日が誕生日です!迷った結果2人とも同じにしました!


そして八神くんは美沙狙い…

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