可愛い来訪者
「……」
時刻は18時と少しを回った頃。
暁悠馬は、昨年の出来事、そして新年の出来事を思い返しながら本を読んでいた。
今日は1月13日。
クリスマスもカウントダウンも正月も、そして冬休みも終わった1年最後の学期だ。
クリスマスはなかなかに悲惨な結末だったものの、正月は花蓮の実家へと挨拶に行き、そして異能島に戻ってきてからはみんなで初詣に行ったりと、充実した時間を過ごせた気がする。
順風満帆とも言える日々を送っている悠馬は、満たされた表情だ。
ちなみにだが、クリスマスパーティのあの日、男子組にはなんの進展もなかったようだ。
彼らの性格を鑑みるに仕方のないことだが、その話を聞いたときは思わず「だろうな」と発言してしまい、悠馬は新学期早々、男子たちに襲われた。
そんなことがあってから、早くも1週間。
特になんのイベントがあるわけでもなく、事件に巻き込まれることもなく日々を過ごしている悠馬は、少しだけ退屈していた。
なんというか、1人の時間が暇というか、物足りないというか…
全てのイベントが終了しているこのタイミングでは、残るイベントは学年末試験のみ。
フェスタや文化祭、異能祭や夏祭りがないこの学期は、本当に何もないのだ。
文字通り、退屈な3学期。
叶うことなら、2年の新学期までタイムリープしてくれないかな?
そんな妄想すらしてしまう。
「あー!なんか楽しいこと起こらないかなぁ!」
本をパタンと閉じた悠馬が、そう叫んだ直後だった。
悠馬の願いに応じるかのように、室内にインターホンの音が響き渡る。
ちょうど暇をしていた悠馬は、椅子から飛び上がると猛ダッシュで玄関へと向かい、確認もせずに扉へと手をかける。
この暇を紛らわせる相手なら誰でもいい。
今日は通でも栗田でも、モンジでも山田でも追い払わない!
そんな決意を胸の内に秘めた悠馬は、扉を開けると同時に鼻をくすぐるフローラルな香りを嗅いで、目を大きく見開いた。
「花蓮ちゃん!?」
「ごめん、来ちゃった…」
金髪ではなく、茶髪へと髪色を変えた花蓮。
なにやら次のお仕事で、茶髪にしなければならなかったらしい。
はい可愛い。好き。結婚しよう。
茶髪の花蓮とぱっちりと目があった悠馬は心の中で叫ぶ。
花蓮は金髪だろうが茶髪だろうが、すごく可愛い。
まぁ、モデルもアイドルもやっているのだから、どんな服でも髪色でも似合ってしまうのだろう。
彼女のスペックの良さが伝わってくる。
とりあえず寮の中へと花蓮を連れ込んだ悠馬は、ルンルン気分だ。
さっきまでは通でも栗田でもいいなどと妥協をした発言をしていたが、花蓮が来るのは悠馬のご機嫌メーターをマックスにするために行われるイベントのようなものだ。
流石に花蓮はこないと思っていた悠馬は、まさかのラッキーイベントに歓喜している。
「お茶飲む?」
「うん。できれば暖かいのがいいわ」
「はーい」
椅子に座る花蓮と、キッチンでお茶を淹れる悠馬。
その姿は、完全な夫婦そのものだ。
早く結婚しろお前ら!
八神がいたらきっと血涙を流し、中指を立てながらそう叫んでいるシーンだ。
「ところで花蓮ちゃん、今日はどうしたの?」
「理由なんてないわ。ただ、会いたくなったから来た」
「そういう花蓮ちゃん、すっごい好き」
理由なく会いに来てくれる彼女なんて、最高じゃないか!
献身的っていうか、優しいっていうか、ただ顔を見て何気ない会話をするためだけに来てくれる!
ちょうど暇をしていた悠馬にとっては、女神が降り立ったようなものだ。
「結婚しよう。許婚だけど」
「もう…恥ずかしい…」
「いいじゃん、2人っきりだし、照れた花蓮ちゃん、ずっと見てたいなぁ」
お茶を淹れ終えた悠馬は、コップを両手に持ち攻めの発言をしてみる。
花蓮の照れた姿は、いつだって可愛い。
多分この姿を見飽きることは、未来永劫来ないと言ってもいいだろう。
「ば、バカ…!」
悠馬の差し出したお茶をズズッと啜った花蓮は、表情が見られないようにそっぽを向く。
しかし悠馬から見える彼女の横顔は、随分と赤く見える。
そんな彼女を見ていると、無性にイタズラがしたくなる。
「ねぇ、花蓮ちゃん…」
「ひゃっ!?なに!?なに!?」
耳元で囁き、そっぽを向く花蓮を抱きしめる。
華奢でスベスベな腕と、そして染めたばかりの綺麗な茶髪。
豊満な胸をのぞかせる花蓮は、身体をビクッと震わせ、軽く抵抗してみせる。
「花蓮ちゃん、抵抗する気ないでしょ…」
「うぐ…」
悠馬の腕を掴んで引き離そうとするそぶりを見せるものの、その手には一切の力が入っていなかった。
悠馬は本気で嫌われたら困るため、軽い力で彼女を抱きしめていたわけだが、花蓮はそれ以下の力で抵抗しているため、彼女の抵抗する気のなさはすぐにわかった。
「図星だった?」
「し、仕方ないじゃない…!ちょっとは抵抗しないと、はしたない女だと思われそうだし、かと言って思いっきり抵抗すれば、本気で拒んでるみたいだし…!」
それは乙女の悩みだった。
正直なところ、花蓮も悠馬に抱きしめられるのは嬉しいし、ベタベタしていたい気持ちもある。
しかしちょっとは抵抗している姿を見せないと、「うわ、こいつ満更でもなさそう」などと思われ、はしたないと思われるかもしれない。
しかし強く抵抗すれば、悠馬は大人しく手を引くことだろう。
そんな悩みを抱える花蓮は、抵抗する気のない抵抗で悠馬を受け入れたのだ。
「あはは!思いっきり抵抗する花蓮ちゃんも見てみたいけどね!」
悠馬は一度だって、花蓮から本気の抵抗というものを受けたことがない。
クリスマスの時、サンタ衣装で迫っていれば見れたかもしれないが、それをしなかった悠馬からしてみると、花蓮の全力の抵抗というものは見たいものだった。
だって絶対可愛いだろうし。
「嫌!」
「え〜…」
「ちょっと…!触りすぎ…!」
抵抗を拒まれた悠馬は、花蓮の身体を優しく撫で回しながら身体を密着させる。
おそらくこうして、花蓮の全力の抵抗を見ようとしているのだろう。
悠馬の顔は、真っ赤に染まっている。
「っていうか悠馬、勉強はどうなの?」
「勉強?」
「そうよ。学年末試験まであと1ヶ月もないでしょ?」
ボディタッチをされながら話題を変える花蓮。
1年もあと少しで終了ということは、残るは学年末試験。
毎年年に一度ある学年末試験は、全科目テストがあるのに加え学期末試験よりも難易度が上がるため、学生たちはヒィヒィ言いながらテスト勉強をするものだ。
そんな地獄のテストまで、残り1ヶ月を切っている。
悠馬が赤点を取るとは思えないが、忘れていた!などという事件が起こりそうな気がした花蓮は、気を利かして聞いてみる。
「大丈夫。今回は学年1位を狙うつもりで頑張ってるから」
「そう。なら私から、ご褒美をあげようかしら?」
案外頑張っている様子の悠馬。
異能島は国立高校ということもあり、しかも競争率の高い第1と第6高校は、頭脳明晰な学生たちが数多く入学している。
そんな第1の中で1位を狙うと言っている悠馬は、かなり勉強をしているに違いない。
悠馬の手を握った花蓮は、そのままリビングへと移動し、そして悠馬を膝の上に寝かせる。
「よしよし。えらいえらい」
「は、恥ずかしいよ…花蓮ちゃん…」
「あら?2人きりだって言ったのは、どこの誰だったかしら?」
子供のように頭を撫でられる悠馬は、どうしようもなく恥ずかしい気持ちに襲われる。
悠馬だって年頃の男子だ。
それなりのプライドだってあるし、年頃の男子といえば強がったりして、こういうプレイはすごく恥ずかしく感じる。
夕夏の時はそこまで恥ずかしくはなかったが、流石にえらいえらいなどと言われて恥ずかしい悠馬は、顔を隠し、その場でうずくまる。
「うふふ、私の勝ちね」
「勝負だったの…これ…」
先ほどまでは悠馬優勢の状況下だったが、立ち場がすっかり逆転した花蓮は嬉しそうだ。
もう、こんな彼女の嬉しそうな顔を見てしまえば、なにもかもどうでもよくなってくる。
プライドもなにも、彼女の前では必要ない。
優しく頭を撫でられる悠馬は、どこかくすぐったくも気持ちいいその手の心地に身を委ね、目を細めていく。
「ね、悠馬」
「…なに?」
うとうととしながら、花蓮へと返事をする。
「なんでもない」
「だろうと思った」
これがいわゆる、なんでもない、呼んでみただけ!と言うやつだ。
どこか嬉しい気持ちを感じる悠馬は、ふと顔を上げ、そして彼女の胸元に付いているペンダントを見る。
「あ、つけてくれたんだ」
「当たり前でしょ。悠馬からのプレゼントだもの」
悠馬が花蓮へと贈ったクリスマスプレゼントは、開閉式のロケットペンダントだ。
彼女は豪華なネックレスなどをあまり好まないため、こういうちょっとしたお洒落なペンダントを好む傾向にある。
「ほら、みんなで撮った写真をここに入れてるの!」
悠馬から貰ったプレゼントのペンダントを開けた花蓮は、そこに嵌め込まれている5人で撮った写真を見せる。
これはクリスマスパーティで撮影した、悠馬と彼女たちのはじめての集合写真だ。
ちょうどその大きさまで縮小されている写真は、ちょっと見にくいものの、花蓮はそれで満足している様子だ。
「気に入ってくれた?」
「うん!私、こう言うの好きなのよ。だからその…ありがとう。すごく嬉しかったわ」
正月の時は付けていなかったし、気に入ってもらえなかったのかな?などという不安を抱いていたが、そんなことはなかったようだ。
「それと、ごめんね?」
「え?なにが?」
「ほら、私のプレゼント…」
「あー…」
悠馬の大破したプレゼントたちは、幸いなことに袋や包みはボロボロだったものの、中身は無傷だった。
しかし花蓮はお仕事やお勉強が忙しく、クリスマスの予定を空けるのに精一杯だったため、せっかく買ったクリスマスプレゼントを本土の事務所に忘れていたのだ。
しかもそのプレゼントは行方知れず。マネージャーに連絡しても、もう見つかることはなかった。
あの時の花蓮の泣きっぷりといったら、見ているこっちが泣きそうになってしまうくらいだった。
「いいよ」
気にしてないと言えば嘘になるし、はじめてのクリスマスプレゼントを貰えなかったのは少し悲しかったが、それでも花蓮の仕事については理解しているつもりだ。それに忘れ物は誰にだってある。
高校を卒業すれば引退すると言っていた為、大学や就職した後は気にしなくていいだろうが、今は我慢するしかない。
「ごめん…本当は実家に帰った時に渡すつもりだったけど…これ」
ポケットの中をガサゴソと漁り、小さな紙袋を取り出した花蓮。
どうやら彼女は、遅れながらクリスマスプレゼントを買い直してくれたらしい。
「そんな高価なものじゃないけど、受け取ってもらえると、嬉しいな…」
「開けていい!?」
彼女からいただいたプレゼント。
歓喜する悠馬は、頬を赤らめる花蓮を見つめながら我先にと紙袋を開封する。
今が人生で最高の瞬間なのかもしれない。いや、きっとそうだ。これから先、これを上回る喜びはそうはないだろう。
悠馬が開けた紙袋には、開閉式のキーホルダーが入っていた。
「その…悠馬のプレゼントの真似だけど…」
「すっごく嬉しい…!ありがとう、花蓮ちゃん!」
本当に嬉しい。
彼女が一生懸命選んで、わざわざ買い直してくれたプレゼントだ。
それが嬉しくない奴なんて、そうはいないだろう。
喜ぶ悠馬は、花蓮の膝から頭を起こし、彼女を抱きしめ押し倒す。
「っ〜、ゆ…」
彼女の上に馬乗りになり、強引に唇を奪う。
唇が包まれるような柔らかい感触と、そしてさっきよりもずっと強い抵抗。
今度の悠馬は、花蓮が拒絶しても離しはしなかった。
「んんっ…!悠馬、強引…」
「ごめんね、今はそんな気分だったから」
彼女を無性に襲いたい気分になってしまった。
嬉しさが感極まったという理由もあるのだろうが、自分を抑えきれなくなった悠馬は、彼女の上から退く気配はない。
「え…?悠馬?」
悠馬は彼女の衣服に手を伸ばし、そしてゆっくりと脱がせようとする。
「花蓮ちゃん、今日、したい」
「悠馬の変態…」
「ダメかな?」
「いいわよ…今回のお詫びも兼ねて、今日は私のことを好きにして。…いいえ、違うわね。彼氏へのクリスマスプレゼントを忘れた、愚かで間抜けな私を罰して」
「花蓮ちゃん…!」
罰する(意味深)行為を行う2人は、お互いに微笑みながら電気を消した。
花蓮ちゃん、悠馬くんにあげる予定だったプレゼントを誰かに回収されちゃってます…見つからなかったけど喜んでもらえて良かったね!
次回は物語の核心に迫っていきます。




