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地獄の聖夜も彼女次第

 大きな廊下の壁に張り付き、まるでスパイ映画のように静かに歩みを進める。


 側から見れば犯罪者、知り合いが見ても犯罪者なその行動をとる赤いコスチュームの犯罪者…ではなく悠馬は現在、花蓮の寮へと見事に侵入していた。


 侵入と言っても、この格好のまま花蓮の寮まで歩いてきたわけではない。


 流石にこんな変質者が補導時間になって歩いていたら、警察にも即バレするだろうし、電車に乗ることもままならないだろう。


 何しろ悠馬は今、サンタクロースの衣装を着ている。


 こんな奴が歩いていたら、「キチガイ発見したw」などと、ネットに晒されてもおかしくない。


 というわけで、悠馬は自身の異能であるゲートを使用して花蓮の寮へと侵入している。


 もちろん、今のところはバレていない…はず。


 自分の今日の任務が順調に進んでいる悠馬は、長い廊下の中盤あたりにある、扉の前で立ち止まる。


 ここはいつも、花蓮が眠っている部屋だ。


 豪華な天幕付きのベッドがあって、部屋は大きな作りになっている。


 みんなで寝泊まりしているなら、きっとこの部屋にいるはずだ。


 花蓮の寮には何度も訪れているが、彼女の寮の全てを把握しきれているわけではない悠馬は、挙動不審に周囲を確認し、扉に手をかける。


 音はなるべく出さないように、ゆっくり、ゆっくりとドアノブを回す。


 直後、ガチッという、ドアノブが何かに引っかかったような音が響いた。


「ひっ…」


 失敗した。

 回すスピードが遅かったためか、不思議な音を立てたドアノブに、身体がビクッと震える。


 わざわざこんなコスプレまでしてきたのに、プレゼントも渡せず身バレするなんて、死んでもゴメンだ。


 謎のプライドを持っている悠馬は、気を取り直してもう一度ドアノブを回す。


 こういう行為は今までしたことがないため、少し心が躍る。


 何かのミッションで豪邸に潜入し、スパイをやっているような、そんな気持ちになる。


 ドキドキとしながらドアノブを回し切った悠馬は、ゆっくりと扉を開けようとして、扉を引く。


 しかし残念なことに、扉が開くことはなかった。


 ガンッという音と、扉の鍵が閉まっているように何かが引っかかる。


「まじか?」


 花蓮の寮の室内一つ一つには、鍵が備え付けられているのだ。


 そのことを思い出した悠馬は、この部屋に彼女たちがいないことを悟る。


 さすがに、彼女たちが寝泊まりしている部屋に鍵は閉めないだろう。


 だってそうしたら、トイレに行く時大変だし…


 まるで探偵(笑)のような迷推理をした悠馬は、大人しくドアノブから手を離し、その部屋を後にする。



 ***



「何か音、しませんでした?」


「う、うん…もしかしてお化け…?」


 朱理の質問に、夕夏は青ざめた表情で答える。


 実は夕夏、お化けは嫌いなものの中でもトップクラスに位置している。


 理由は単純に、怖いから。


 可愛らしい理由だが、実際大の大人がお化けと遭遇しても、怖くないということはないだろう。


 誰だってお化けは怖いし、況してや夜の室内なのだから恐怖は倍増する。


「ちょ、夕夏!私の寮にお化けなんて出ないわよ!変なこと言わないで!」


 ベアーランドの一件でガチな心霊体験をしている花蓮は、怯えたように声をあげる。


 いつもは強気な彼女も、お化けにはトラウマがある。


「ま、まぁ、みんな落ち着こ?花蓮さんの寮、事故物件じゃないんでしょ?それに半年も住んでて心霊体験ないなら、お化けなんていないと思うよ」


 パニックな夕夏と花蓮を宥めるように、美月が話す。


 実際、花蓮の寮で過去に悲惨な出来事が起こったなどという事実はない。


 何しろ彼女の寮は、昨年理事が緊急で準備をした寮であって、それまでは発電所付近ということもあって建物は建てられていなかった。


 言うならば、未開発地域だったのである。


 だから過去に悲惨な出来事は起こっていない。


「何か物が落ちたんですかね?」


「け、けどここ、リビングから1番離れてるよね?」


「そうだけど、隣の部屋にも荷物は置いてるし…それが倒れたのかも?」


 不安そうな夕夏は、抱き合う花蓮と朱理に飛びつき、そしてプルプルと震えている。


「もしかして…泥棒?」


「いや、いやいやいやいや…」


 美月の出した意外な結論。


 お化けなど信じない美月は、物音の原因は泥棒ではないかと提唱する。


 しかし花蓮は、その可能性を否定する。


 なぜならこの寮は、厳重なほどの警備が整っている。


 まず寮に入るまでの入り口の門だって、セキュリティを解除しなければ警報が鳴るシステムになっているし、周りの塀だって4メートル以上の高さがある為、簡単に登ることはできない。


 寮の入り口のドアだって、鍵は二重になっているし、立て鍵もしている。


 加えて言うなら、無理やりこじ開けた場合、こちらもセキュリティが鳴るようになっている。


 つまりこの寮には、泥棒が入ることはほぼ不可能。


 例えば悠馬のようなゲートの異能や、もしくは見取り図や情報を完全に仕入れているよっぽどの泥棒でなければ進入できない。


「大丈夫よ…多分…」


「け、けど、一応確認したほうがいいんじゃないかな…」


 泥棒だろうがお化けだろうが、物が落ちただけだろうが、確認は怠らないほうがいいんじゃないか?


 そんな意見を夕夏が呟いた矢先だった。


 部屋の扉のドアノブが、カチャッという音を立ててゆっくりと回り始める。


「ひっ…!」


「夕夏、隠れて…異能使うわよ」


 時刻は0時を回った頃。

 ゆっくりと回るドアノブに反応した花蓮と朱理は、右手に異能を発動させながら警戒する。


 この時間帯に誰かが訪れるということはまずないだろうし、そもそも花蓮に連絡なしで侵入してくる輩なんているはずもない。


 その可能性から導き出されるのは、泥棒のみ。


 泥棒がこの部屋に入って来ようとしていると判断した花蓮は、キー…という音を立てて開く不気味な扉を、真剣に見つめた。



 ***



「はぁ…最後はこの部屋か…」


 トボトボと歩く悠馬は、全ての部屋の扉が閉まっていたことに不安を抱きながら、最後の部屋の前で立ち止まる。


 もし彼女たちが、他の男とヨロシクやってたらどうしよう?


 ここまでどの扉も開かなかったら、ちょっと不安になってしまう。


 心配性の悠馬は、寝込みを襲われていないか、お出かけをして事件に巻き込まれていないか、なんてことを考えながら最後の部屋の扉に手をかける。


 ここにいることを願い、そしていたとしたらプレゼントをバレないように置く。


 先程から何度も扉を開けてきた悠馬は、慣れた手つきでドアノブを回しゆっくりと扉を開く。


「メリークリスマス…」


 小さな囁き声で呟く。

 きっと彼女たちはこの時間には眠っているだろうし、まぁ、雰囲気で呟いただけだ。


 最後の扉が見事に開いたことに喜びを感じながら室内へと入った悠馬は、次の瞬間、頬に鋭い痛みを感じた。


「っ!?」


 まだ目が慣れていないため暗くてよくわからないが、ナイフで切られたような、そんな痛みだ。


 頬を触ってその傷を確認した悠馬は、手がしっとりと濡れた触感に、血が流れていると判断する。


「…誰だ?」


 彼女たちが、いきなりこんなことをするはずがない。


 不法侵入していることを忘れている悠馬は、自分のことを棚に上げ、警戒したように周囲を見る。


「どなたかは存じ上げませんが…少し痛いですよ」


「うぁ!?」


 悠馬の目が慣れる直前、闇でできた刀のようなモノが見えた気がして、身を屈ませて回避する。


 しかしその直後、綺麗な足が顔面にクリーンヒットして、悠馬は廊下へと転がった。


「った…闇?」


 今の口ぶりからするに、攻撃を加えてきたのは多分朱理だろう。


「待って、俺だよ、俺!」


「この期に及んでオレオレ詐欺かしら?」


「ちょ…!ま!」


 花蓮の冷たい口ぶりから察するに、彼女の機嫌はかなり悪い。


 そのことを察した悠馬は慌てて立ち上がると、嫌な予感がして廊下から飛び退く。


「ま…まじかよ」


 悠馬がさっきまで立っていた場所、その後ろには大きな風穴が空いていた。


 コンクリートに穴が空くほどの威力で放たれた風の異能。


 何となーく殺されることを悟った悠馬は、必死に弁明をする。


「ねぇ、なんで怒ってるのかわからないんだけど!ちゃんと説明して欲しいな〜…なんて!」


「貴方に話すことなんて、何もない!」


「ゆ…夕夏!?」


 雷を纏いながら接近してきた夕夏は、サンタコスチュームの悠馬の腹部を思いっきり殴る。


 夕夏がこんなことするなんて、よっぽどのことをしてしまったのかもしれない。


 転がりながら腹部の激痛に耐える悠馬は、冷や汗ダラダラだ。


 こんな怒り方をした彼女たちは、未だ嘗て見たことがない。


「絶対に何かしてる…」


 そう考える悠馬は、自分が変声機をつけて、そしてサンタコスチュームのことなど忘れている。


「ねぇ、話し合おう?」


「あは。面白いこと言いますね。喋るなゴミ」


「あ、朱理さぁん…」


 闇の異能を纏いながら急接近してくる彼女。


 悠馬はいつでも応戦できるものの、回避を優先した。


 下手に応戦をして、彼女たちに怪我を負わせてしまえばそれこそ一大事だし、なにより悠馬の場合怪我は治る。


 これで怒りが治るといいなぁ?などと考える悠馬は、背後から蹴りを入れられ回避ができなくなる。


「えっ…」


 背後には誰もいなかったはず。


 いや、いてもおかしくない。


 美月の能力を思い出した悠馬は、背後で美月が透過していたことを悟り前のめりになる。


「終わりですね」


「うぐ…!」


 右腕に鋭い痛みを感じ、表情を歪める。


 久しぶりに大きなダメージを負った悠馬は、自身の右腕を貫通し壁にぶっ刺さっている異能を眺め、全身を震わせる。


 結構マジで笑えない。


 この娘たち、なんでこんなに容赦なく異能使ってくるの?


 状況を全く理解していない悠馬は、今日ここで自分は殺されるんだろうなぁ…などと考えながら動かなくなる。


「美月、なんでみんな怒ってるの?」


「…誰?このおじさん」


「さぁ?」


「ていうか、なんで美月の名前知ってるわけ?」


「ストーカーさん?ですかね?」


 ゾロゾロと集合した彼女たちを見て、悠馬は懇願するような眼差しを向ける。


「とりあえず警察呼ぶ?」


「そだね」


「待て待て待て待て!なんで!?俺そんな悪いことした!?」


 なぜ警察を呼ぶ話になったのか。


 一応彼氏だし、彼女の寮にいても良くない!?ってか、どうしてストーカーとか、おっさんとか言われてるの!?


 自分の身に何が起きているのか、どうしてこんなことになってしまったのかわからない悠馬は、泣き喚くように話す。


「悪いことって…」


「アンタ、人の寮に不法侵入して捕まらないとでも思ってるわけ!?何が目的!?」


「泥棒!」


「ストーカー!」


「俺だよ!暁悠馬ですぅ!」


「悠馬くんそんな声じゃない!」


「悠馬のフリ?アンタよっぽど殺されたいようね?」


「死刑です」


「殺そ?」


「なんで!?」


 弁明を聞いてますます憤慨する彼女たちは、それぞれ異能を発動させながら詰め寄ってくる。


 認識阻害の異能でもかけられているのか?


 そんな恐怖を感じる悠馬は、自身の現在の衣装を思い出し、慌てて変声機を外す。


「…ごめん、わかりにくかったよね…泥棒じゃないよ」


「え?」


「ちょっと花蓮ちゃん、電気」


 慌ててつけ髭やカツラを外した悠馬は、パチっと明るくなった薄いオレンジ色のライトでその姿を露わにする。


 茶髪の髪に、レッドパープルの瞳。


 その姿は、誰がどう見ても暁悠馬本人だった。


「どういうこと?」


「実は…みんなを驚かせようと思って、サンタの衣装でプレゼント持ってきたんだ…」


「…ああ…」


「何やってるんですか…」


「だって!クリスマスだしみんな喜んでくれると思ったんだもん!」


 こいつバカじゃねーの??と言いたげな彼女たちの視線を見て、悠馬は半泣きで答える。


 喜んでもらえると思っていたが、どうやら彼女たちは、こんなことでは喜んでくれないらしい。


「…ていうか、悠馬さん、プレゼント…」


 状況説明も終えて、悠馬の真意を知った朱理は指をさしてプレゼントを見つめる。


「…あ」


 彼女の指の先に見えた赤い袋は、先程壁に大穴を開けた花蓮の風の異能によって、ぐしゃぐしゃになっていた。


「ああ…並んで買ったのに…うぅっ…」


 一生懸命買ったプレゼントって、案外簡単に壊れちゃうものなんだね…


 その場に項垂れて号泣する悠馬は、潰れてしまっているであろうプレゼントを想像し、胸が痛くなる。


 悠馬は彼女たちのクリスマスプレゼントを選ぶ過程で、そのプレゼントたちに愛着が湧いていた。


 こんな形でお別れになると思っていなかった悠馬のショックは、計り知れない。


『ごめんなさい…』


 早とちりで悠馬の計画を台無しにしてしまった彼女たちは、申し訳なさそうに謝罪する。


 彼女ができてから初めてのクリスマス。


 悠馬の聖夜は、こうして幕を閉じた。

プレゼントは無事でした。よかったね悠馬くん!

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