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憧れた人

 季節は冬。

 どこかの寂れた道路を歩く白髪の少年、八神清史郎は、青い瞳の奥を黒く染め、悲哀に満ちた表情で歩いていた。


 ここは異能島ではない。

 日本支部の本土へと足を踏み入れている八神は、今日は平日だというのに、学校を休んで足を運んでいた。


「やっぱり、帰ろうかな…」


 ここまで来たというのに、決意が揺らいだ八神は立ち止まり、そして後ろを振り返る。


 後ろには誰もいない。

 振り返った先に続いているのは誰もいない寂れた道路と、そして古びた一軒家の数々。


 今八神が帰ったところで、誰にも気づかれないし、誰にも責められることはないだろう。


「やっぱ、國下か悠馬について来てもらった方が良かったかな…」


 八神が現在向かっているのは、とある墓地だ。


 その理由は、もう言わずともわかるだろう。


 八神は今、過去と向き合おうとしているのだ。


 3年前、悠馬の闇堕ちと同時期に起こっていた、戦争の記憶の。


 後方支援という立場でありながら、覚者の乱入によって自分以外が目の前で殺されてしまった八神からしてみると、それはかなりハードなものだ。


 自分1人だけが生き残ってしまったという罪悪感と、悠馬のように、何度も仲間の死を夢に見る。


 もしかすると、墓に行ったら相手の家族がいて、罵られるのではないか。なぜお前だけ生きているのかと叱責されるのではないか。そんな不安が脳裏に過る。


「…戻ろう。俺に墓に行く資格はない」


「え?帰んの?」


「わー!?」


 ここまで来て足がすくんでしまった八神は、何もしないまま異能島へと帰る決断を下す。


 そんな彼は、背後から声をかけられ、心臓が飛び出すほど驚いてみせた。


 さっきまで誰もいなかったはずの背後に、女子にしては身長が高めの人物が立っている。


「國下!?」


「いやー、来ちゃった?」


「来ちゃったって…」


 常識的に考えて、ありえない行動だろう。


 悪びれもせずに、八神をストーカーしていたであろう美沙は、ニヤリと笑ってみせる。


「だって八神ってさ?こういう肝心な時に逃げ出しそうだし!」


「うぐっ…」


 ちょうど今、本土のお墓までたどり着いたというのに帰ろうとしていた八神は、図星を突かれ反論できなくなる。


 たしかに美沙の行動は非常識かもしれないが、今この瞬間においては、八神を引き止めるために必要だった。


「そしてほら、予想通り帰ろうとしてたでしょ?どーせ、私と悠馬にも、ちゃんと御墓参りしたとか嘘ついて!」


 八神は悠馬にこの件を聞かれたら、絶対にちゃんとお墓に行ったと言ったはずだ。


 八神が言いそうなことを呟く美沙は、彼の頭を引っ叩き腕を引く。


「さぁさぁ、行こ行こー!」


「國下…お前、なんでこんなに俺に構うんだよ…」


 お墓まで連れて行こうとする美沙には、少し疑問を感じる。


 何しろ美沙は、愛坂隊長や、その他亡くなった軍人の親族でもなければ、知り合いでもない。


 何なら八神とだって友好関係程度はあるが、恋愛感情を抱いているようには見えなかった。


 そもそも美沙は悠馬を狙っていたわけであって、事実、八神を好きでないことは確定している。


「んー…なんでなんだろうね?私にもわかんないや!」


「なんだよ…それ…」


 美沙の行動理念がわからない八神は、訝しそうに美沙を睨みながら腕を引かれる。


 そもそも美沙は、連太郎と同じくノリや雰囲気で行動を起こすタイプであって、大抵の行動に意味などは持たない。


 自分でも何が起きるかわからないし、何をすればいいかわからない状態で適当に遊んでいるのと変わらないのだ。


 だから八神の墓参りについて来たのも、きっと意味のないことなのかもしれない。


 別に構われることは嫌じゃないため、全力で拒絶はしない。


「ね、八神はフェスタ楽しかったー?」


「なんだよ急に…」


「や、私らってフェスタ観戦してただけだからまぁ楽しかったけど、実際に戦ったりした八神はどうだったのかなー?って」


「ああ…まぁ、それなりにはね」


 フェスタ前まではあれだけ拒んでいたというのに、不戦敗を選ばなかったということは、八神の心の中にも少しは勝ちたいという気持ちがあったからだろう。


 そんな彼がフェスタをつまらなかったと言うはずもなく、それなりに楽しめた八神は、俯き加減で話をする。


「…愛坂隊長、8年前のフェスタ優勝者だったらしいから…」


「そゆこと…」


 3年前の八神が惚れ、そして尊敬し憧れていた人である愛坂も、フェスタで優勝していた。


 だからきっと、八神はそんな理由もあってフェスタに出場したはずだ。


 憧れに近づくために、夢へ手を伸ばすために。


「その愛坂隊長のお墓が、この先にあるの?」


「うん。他の軍人のお墓も、ここにある」


「でも行かなかったんだ?」


「行けるわけないだろ…だって俺は…俺1人だけ生き残ってしまったんだから…亡くなった人の親族に恨まれる覚悟がないから…」


「今は覚悟あるの?」


「…うん。まだ怖いけど…少しはある」


 以前よりも少しだけ覚悟が増した八神は、美沙の質問にそう答え、古びたトンネルの中へと入る。


「昔はここも、よく来てたんだ…」


「え?軍人の墓でしょ?なんで?」


「親父が隊長やってるから…昔死んでいった仲間たちに、毎年花を置きに来てたんだ。…俺は4年前から、行くのをやめたけど」


 トンネルを抜けた先にあるお墓。


 数年前までは父親と一緒にわけもわからず来ていたが、今なら父親の気持ちもわかる気がする。


 隊長という立場でありながら、仲間を死へと追いやってしまった罪悪感。


 そして残された家族たちからの非難の声。


 きっと、毎年八神の父親も、八神のように苦しみながらその場に向かっていたに違いない。


「見えてきた」


 トンネルを抜けた先にある、ひらけた空間。


 山の斜面のため、坂道にはなっているものの、そこは中学校グラウンド二つ分ほどの規模のお墓になっていた。


「…人、あんまりいないね」


「うん」


 平日の昼間ということと、すでに11月ということもあってか、人はほぼいない。


 いるのは墓の入り口にある小さな建物の中の監視員らしき人物と、そして年老いたおじいちゃんくらいのものだ。


「早いとこすませないとねー。私たち、足ないし…下手したら民家に土下座して泊まらないとだし?」


「うん。そんなに時間をかけるつもりはないよ」


 八神がここにきて立ち止まっていたら、夕方になってしまうことだろう。


 車など免許すら持っていない八神や美沙は、バスや電車、そして船を経由しなければ異能島へと帰れないわけであって、1日で帰るのならばそう時間をかけてはいられない。


 通や栗田だったら、美沙の言った下手した場合の出来事を妄想し、美沙と2人きりで民家に泊まって熱い夜を…なんて考えるのだろうが、生憎そんな煩悩を持ち合わせていない八神は、小さな建物の中へと向かう。


「え?なんでそっち行くの?」


「…お墓の場所、知らないから」


「ああ…」


 八神は愛坂隊長のお墓を知らない。


 ここにあるということだけは知っているが、明確な場所まではわかっていないのは当然のことだろう。


 何しろ八神は、一度も墓を訪れたことがないのだから。


「こんにちは」


「…こんにちは」


 八神が向かった小さな建物の中には、60代ほどの老人が座っていた。


 体格から見るに、元軍人や格闘家なのだろう。


 そんなことを考察しながら歩みを進める八神は、来訪者リストに名前を書くと、老人の元へと近づく。


「…3年前に亡くなった、愛坂隊長のお墓を教えてくれませんか?」


「…見ねえ顔だが…その人の知り合いか何かかい?」


 八神を見定めるように、じっと視線を凝らす老人。


 どうやら老人は、八神が冷やかしや肝試しのようなノリでここに来た可能性を心配しているようだ。


「第5次世界大戦…後方支援部隊小隊所属の八神清史郎です…」


「ちょっと待て。確認する」


 以前に何かあったのかは知らないが、厳重にチェックをする老人は、パソコンをカタカタと入力し、そしてエンターキーを押す。


「ああ…アンタ、八神さんの息子かい。…気の毒だったな」


 気の毒だった、というのは、おそらくパソコンで八神の名を入力した結果、後方支援部隊の悲惨な結末でも出てきたのだろう。


 後方では八神しか生き残っていないため、気の毒としか言いようがない。


「…Aブロックの2列目の左端。そこが愛坂さんのお墓だよ。きちんと挨拶してきなさい」


「…はい」


 それ以上は何も言うことなく、沈黙が走る。


 随分と遅いお墓参りな為、老人から何か小言でも言われると思っていた八神だが、相手もおそらく元軍人。


 友や仲間を失う恐怖は知っているはずだし、しかも子供が自分と同じ経験をしているのだから、深くは追求しまいということだろう。


「…少し待っていろ。先人から、おそらく君宛だろう手紙を貰っている」


「先人…?」


 八神が立ち去ろうとするのを引き止めた老人は、そう言って建物の奥へと消えて行く。


 八神は以前、3年以上前にこの場所へは訪れていたが、先人の顔など知らないし、記憶にも残っていない。


 誰か知っている人だったのだろうか?


 そんな八神の疑問は、すぐに払拭されることとなる。


「もう三年以上も前だから、薄汚れてはいるが…」


 奥から戻ってきた老人は、薄汚れた手紙を八神へと渡す。


「…それは君の所属部隊の隊長だった人からだ。…つまり、愛坂隊長からだ」


「っ…ありがとう…ございます…」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が痛くなった。

 どうしようもない、やり場のない恥ずかしさや後悔といった気持ちが胸中に渦巻く八神は、無言のまま建物から出る。


「お墓、聞けた?」


「ん…」


 建物の外で待っていた美沙と合流し、お墓へと向かう。


 正直、この空間だけは1人で行きたかったが、また1人になってしまうと、足がすくんで逃げたい気持ちに囚われ、楽な方に行ってしまうかもしれない。だから美沙の同行には何も言わなかった。


「綺麗にされてるんだね…」


「隊長、人気者だったから…」


 三年も経てば、周りの人からは徐々に忘れられて行く。


 最初は月に1回お墓に来てくれていた人たちも、半年に1回にかわり、そして1年に1回…徐々に訪れる人は居なくなる。


 みんなそうやって辛いこと、苦しいことを忘れて行く。

 死んだ人の顔も声も、今ではもうあまり思い出せない。あんなに聞き慣れていた声だって、何度も見たはずの笑顔だって、今ではもう…


 しかし愛坂のお墓は、今年建てられたのではないかと思ってしまうほど、綺麗に見えた。


 きっと彼女の人望、人の良さが、皆の心を引き止めている。


 そこでようやく、渡された手紙の差出人を見た八神は、目を見開いた。


 そこに記されていた名前は、愛坂明美。

 第5次世界大戦で八神の配属された部隊の隊長であり、そしてここで眠っている人物の名だ。


 てっきり愛坂隊長の親族の書いた何かの手紙だと思っていたが、どうやら違ったらしい。


 八神は差出人の名前を見るや否や、美沙のことなど忘れ封を開ける。


 そのまま八神は、食い入るようにして書かれている文章を見た。




 清史郎へ


 この手紙が清史郎の手元にあるということは、私はもう亡くなっているのかな?


 先ずはなんでこんな手紙を用意してるのかっていうのは、軍人はいつ死ぬかわからないから。


 いつ死ぬかわからない私は、怖いから、不安だから手紙を書く。


 私の部隊に所属したことがある人に。


 清史郎は心の強い子じゃないから。

 きっと私や誰かが死んだら、ずっと引きずって、夢も何もかも諦めて、取り繕って生きて行くのかな?


 でもそんな生き方したらダメだよ?


 前述した通り、軍人はいつ死ぬのかなんてわからない。

 みんな死を覚悟して入隊してるんだから、清史郎が気に病むことなんて何一つとしてないよ。


 私はもう死んでるだろうから、清史郎が今、どんな表情で手紙を読んでいるのかはわからない。


 どんな気持ちでお墓参りに来てくれたのかもわからない。


 でも、人生の先輩として、一つ言わせてほしいな。


 清史郎には、変に取り繕わずに、無邪気な笑顔を浮かべていてほしい。


 ごめんね、最後に隊長らしくない、身勝手なお願いだけど。


 私は清史郎に、幸せになってほしい。


 そしていつか、また私のお墓に来て、報告してよ。


 清史郎の学校のお話とか、待ってるから。





 手紙に涙をこぼす八神は、その場に跪く。


「ごめん…ごめんなさい…もっと早く来ればよかった…なのに俺は…怖くて…怖かったんだ」


 どんな顔でお墓の前に行けばいいのか。

 お墓で誰かと鉢合わせたらどうしよう?


 愛坂隊長は許してくれるかな?


 恐怖や不安があった八神は、大粒の涙をこぼしながら項垂れる。


 答えは八神が考えているよりも、ずっとシンプルで単純だった。


 愛坂隊長は、八神が苦しむ姿なんて望んでいない。


 ただ、望んでいたのは、八神が笑顔でまたこのお墓に来てくれることだけ。


 そしてお土産話を聞かせて欲しかったんだ。


 3年も逃げ続けた自分がアホらしくなるほど、シンプルな答えだ。


「八神…」


 何かの制御が壊れたように、泣き噦る八神。


 その姿はまるで子供のように、いつも落ち着いている八神とは全く違う、彼の本来の姿を映し出しているように見えた。

補足ですが、八神くんは最初に手紙を受け取った際、愛坂隊長の直筆だとは思っていませんでした。お墓の前に着いて、手紙の裏の名前が直筆であることに気づいて…という感じですね。


ちなみに八神くんと美沙は熱い夜を過ごしませんでした。

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