フェスタ5
イギリス支部、テムズ川沿い。
冷たい風が吹き荒れる中、打ち上がる花火。
そんな美しい花火になど目もくれず、向き合って立ち尽くす2つの影があった。
こういうのはドラマで言う失恋シーン、別れを切り出すシーンなのかもしれない。
2人の影の距離を見るからに、恋人同士という距離ではなかった。
「母さん…俺…」
今日の今日で傷が癒えるはずもなく、火傷した箇所に包帯を巻き、そして顔にもガーゼを貼っている男。
それはアメリカ支部代表のキングだ。
そして向かい合うようにして立っている女性は、当然のようにアメリカ支部総帥のアリス。
仕事に追われ、そして普通ならこんな場所に顔を出すことのないアリスは、無言のままキングを見ていた。
その表情には、怒りや愛情といった感情は一切見つけられない。
「俺はフェスタで2位になった!準優勝だ。確かにアイツには負けちまったけど…!それでもこの世界で2番目になったんだ!」
悠馬には負けたが、準優勝はした。
それを誇らしげに、子供がお母さんにテストの点数を報告するように伝えたキングは、アリスに褒められることを期待していた。
もともとキングの目的というのは、フェスタで優勝することなどではなく、母親であるアリスに振り向いてもらい、そして褒められること。
それさえ実現されるのであれば、優勝でも準優勝でも、些細な問題だ。
母親の…母さんの前でなら、プライドなんてどうでもいい。
そう言い切れるキングは、お褒めの言葉や叱責の言葉を想像しながら鼓動を高鳴らせる。
「そうか。言いたいことはそれだけか?」
「…え?」
しかしそんなキングに返ってきたのは、冷めた返事だけだった。
呆気に取られたように硬直したキングは、ゆっくりと顔を上げ、アリスを見る。
好きの反対は嫌いだが、嫌いよりも傷つくことがこの世界にはある。
それは無関心だ。
いくらかの苛立ちや怒りはあるだろうが、アリスの今の様子を見るからに、彼女の今の感情は無関心が大半を占めている。
今の彼女にあるのは、総帥としての業務的な対応だけ。
「お前はアメリカ支部に…多大なる不利益を被った」
キングはアリスに振り向いてもらうために、褒めてもらうために、八神へ過剰なまでの異能と言う名の暴力を振るった。
それは学生にとっては盛り上がるものであったのかもしれないが、各支部の総帥たちから見れば、アメリカ支部の評価を落とす、白い目で見られるものだった。
まぁ、レフリーの目を遮って暴力を繰り返したのだから、アメリカ支部は野蛮な奴が出場してる。と思われてもおかしくはないだろう。
一部の学生だって、アメリカ支部への評価を悪くしたはずだ。
加えてキングは決勝戦でも大失態を犯した。
悠馬との決勝戦の決着後、レフリーのジャッジが入ったにもかかわらず、キングは悠馬へと攻撃を仕掛けた。
結果は悠馬がキングに蹴りを入れ、大事にはならなかったものの、それはれっきとした違反行為であり、許されるようなものではない。
生徒たちは悠馬が怪我をしなかったから、何事もなかったからと問題視していないかもしれないが、アメリカ支部にとってはさらに肩身の狭くなるような行動だ。
つまり何が言いたいかと言うと、アメリカ支部はこの大会において、見損なわれることはあっても、関心されることはなかった。
アメリカ支部は野蛮で、そしてルールを守れない国だという印象を植え付けられたのだ。
それがすべて、キングのアリスに対する想いなわけなのだが、それを理解していないアリスは、家族としてではなく総帥として彼に接する。
「お前の顔はもう見たくない。2度と家に帰ってくるな。お前の帰る場所はない」
「な…」
アリスの言い放った一言。
それはキングに対する、絶縁宣言だった。
「ま、待ってくれ!俺はこんなにがんばって…頑張ったんだよ!」
「そうか。私は忙しいんだ。お前のワガママに付き合う時間はない」
目を見開き、頑張りを褒めてもらいたかったキングは、振り向いてもらいたかった彼は、必死に声をあげる。
しかしその言葉はアリスの心になど届くはずもなく、花火の音と共にかき消されて行く。
その空間には、キングしか残らなかった。
「どうして…アンタに…振り向いて欲しかっただけなのに…」
全てが空回り。
結果として、振り向いてもらうどころか、絶縁宣言までされたキングは、その場に膝をつき項垂れる。
「何がダメだったんだ?…何が間違ってたんだ?」
キングは1人呟く。
「いや、ダメなところなんて1つもなかったはずだ」
「…俺は何も悪くない、俺は正しいことをしているはずなんだ」
親の考えていることなんて、自分の思考と同じなわけではないから完璧に思い通りにするなんてできない。
ならば人間は、どうすれば相手のことを思いやって行動できるのか。
それは妄想だ。
「……孤児のゴミ共のせいだ…アイツらがいたから、お母さんが狂ったんだ…出来損ないどもが…」
理解できないことがあるなら、それは妄想で補って、相手の思っていることを想像するしかない。
孤児が行方不明になってからというもの、アリスとキングの親子関係には亀裂が入った。
それが一番最初のヒビ。
それから日に日に亀裂が大きくなり、ついに空回りし続けた2人の親子関係はなくなってしまった。
「あのゴミどもがいたから…俺は…俺は!」
家族を失ったんだ。
ただ褒められたかっただけなのに。ただもう一度、一緒に過ごしたかっただけなのに。
大きく目を見開き、天を仰ぎそして1人狂人のように叫ぶキングの声は、花火の音と共に消えて行く。
***
「話は終わったのか?」
「ああ。急いで取引に向かうぞ」
一度室内へと戻ってきたアリスは、ソファで寛いでいるレッドに返事をし、そして指示を出す。
アリスにとってキングとの会話は小さな問題であり、そしてこれからの問題が大きなものである。
総帥としては完璧なのかもしれないが、1人の親としてアリスを見た場合、彼女は母親失格だ。
そのことを口に出さずに、心の中へと押しとどめたレッドは、彼女に聞こえないよう小さな溜息を吐く。
「家族は大切にしろよ…お前に残されたたった1人の家族だろう」
「何か言ったか?」
「いや、こっちの話だ」
「そうか」
流石に自分の上司に向かって細かなことを口にできないレッドは、外へと出て行くアリスを追いかける。
「ここか」
扉を出てすぐ。
本来であれば、どの支部の部屋なのかという張り紙がされてあるはずの扉に、なんの文字も記されていない扉。
その前で立ち止まったアリスは、声をかけることもなく扉に手をかけ、そしてゆっくりと開く。
「随分と遅かったな?」
「…悪い、少し用事があった」
扉を入ってすぐ、奥の真正面に立っていた男、死神は、両手を上げてオーバーなリアクションをしながら横にいる人物の肩を叩く。
「ジャクソン…!」
「総帥…」
完治はしているようだが、随分と老けた気がする。
いや、軍人として鍛えていた時間が病院生活に変わってしまったのだから、これが本来の年齢相応の見た目なのかもしれない。
「感動の再会中悪いが、お前ら暁闇の調査をしてたんだろ?」
「っ!?」
真っ暗な室内。
花火の微かな音と、そして花火の微かな光が照らす室内で、大した前置きもなく核心をついた死神は、固まったアリスを眺める。
「なんの話だ?」
「おいおい、下手に誤魔化せば俺は総帥にチクってもいいんだぜ?何しろ俺は何も損をしない。報告をされて損をするのはお前らだ。フェスタで恥の上塗りを重ね、さらに立場を危うくするつもりか?総帥サマは」
当然のようにトボけるアリス。
まぁ、今の立場が危ういことをわかっているアリスからしてみると、下手に地雷を踏み抜くわけにはいかないし、わからないふりをするのが得策だろう。
そんなアリスに対して、これ以上立場を危うくしていいのか?と脅す死神は、仮面の裏で笑みをこぼしながら近づく。
野蛮、ルール違反を平気で起こす支部が、まさか国際法まで破っていたなんて話になれば、問題はアリスだけでは終わらせきれない。
これ以上評価を下げることのできないアリスは、バツの悪そうな表情でその場に立ち尽くす。
「何が目的だ?」
こんなところに呼び出しているのだから、無条件でジャクソンを解放する。などという良心的な行為はしないだろう。
自分の立場を理解しているアリスは、死神の目的を尋ねる。
「お前に1つだけ忠告してやろうと思ってな」
「なに?」
死神からの忠告と聞いたアリスは、眉間にしわを寄せながら一歩後ずさる。
暁闇の調査を行った件について、何かするつもりなのだろうか?
異能を使われる可能性も視野に入れながら警戒する。
「暁闇は今大会の優勝者、悠馬なんかよりも遥かに強いぞ?だから手を引け。お前ら程度では手に負えない」
「…ほう?」
死神の挑発とも取れる発言にピクッと反応したアリスは、お前ら程度では手に負えないと言われたのがよっぽど気に食わなかったのだろう、立場が上であれば激怒しているはずだ。
この世界で異能王の次に発言権を持っているアメリカ支部からしてみると、それは自国が弱いと言われているような、そんな挑発として捉えられる。
「それとジャクソンの引き渡しにあたってだが…俺が協力を要請した場合、お前はアメリカ支部総帥として、俺に助力しろ」
「…国でも堕とすつもりか?」
アメリカ支部総帥として協力するということは、冠位、覚者である戦神やレッドも指揮下に入るということであって、それが死神の指示ともなると、冠位3人に総帥1人がチームを組むということになる。
そうなると普通に考えて、国の1つや2つ簡単に堕とせるだろうし、もしかすると異能王に対する反逆だって上手くいくかもしれない。
死神の意図が読めないアリスは、彼を詮索するように問いかける。
「いや…どちらかというと、日本支部が堕とされそうになった時に協力してほしい…無論、こちらから仕掛けるつもりはないが、可能性を鑑みての保険だ」
「保険、か」
死神が好戦的なのかどうなのかはわからないが、救いとしての協力を要請しているわけであって、この条件ならば、日本支部が攻められている以外での協力は拒否ができる。
つまりアメリカ支部からしてみると、日本支部が突如として宣戦布告でもされない限り、協力の義務がないと言ってもいいだろう。
それで不法入国の一件、そして隊長1人の引き渡しが完了するのだから、安い話だ。
「いいだろう。ただし、貴様が仕組んだ争いだと判明すれば、この約束はなかったことにしてもらう」
わざと戦争を仕組んで、アメリカ支部の戦力を削ぎましょう。なんていう罠だったら、危険すぎる。
死神が考えたなんらかの罠だという線を考えたアリスは、最低限の譲れないラインを考えて、意見を口にした。
「ああ。それで構わない。ほら、帰れ」
死神はアリスの条件を長考することもなく呑むと、直後にジャクソンの背中を押し、アリスへと引き渡す。
「それと最後に質問だ。死神」
「何だ?」
去り際にふと思い出したのか、扉に手をかけ立ち止まったアリス。
「暁悠馬…あれは覚者か?」
「フ…フフ…さぁな?氷の覚者とでも思うんなら、お前の支部に詳しい奴がいるだろ。そいつに聞けよ」
決勝戦でキングのことを派手に負かした悠馬。
そんな彼に一抹の不安を抱えているアリスは、死神の言葉を聞くと廊下へと出る。
「アリス総帥…私のせいで…」
「いや、むしろ好都合だ。お前のおかげで、ある程度情報が手に入れることができた」
「だがどうする?暁闇があの少年以上となると、少し厄介だぞ」
隊長も副隊長も調査に失敗し、そして実力もかなりのものと思われる暁闇。
これ以上下手に手出しをすることができなくなったアリスは、チェックメイト寸前だというのに笑みをこぼす。
「いるだろ?こちらにも高校生の覚者は。暁悠馬が覚者でも、暁闇が隊長クラスでも、戦神からしてみれば誤差の範囲だ」
アリスは死神の挑発を受け、そして今回のフェスタ、暁闇の一件を受けて、ずっと迷ってきた日本支部への戦神投入を決断した。
「アイツに隠密行動をさせ、暁闇の素性について調べてもらう。今すぐ戦神を呼べ」
「無理だ。アイツは今、暁悠馬の願いどおり、決闘のために準備をしているところだ」
「…そうか。ならばその間にジャクソン、お前から細かい話を聞かせてもらおう」
戦神が不在の中、秘密裏に進んでいくアメリカ支部の計画。
ジャクソンから細かい話を聞いて計画を詰めようとするアリスは、この後隊長であるジャクソンからのさまざまな情報を得て驚くこととなる。
勝者もいれば敗者もいる。現実は非情です…幸せになれる人もいれば不幸になる人もいる。一体どこで間違ったんですかね…




