フェスタ4
「んんん…?」
想定外の願いに、場内は静まり返っていた。
まぁ、優勝者が突然、戦神と戦いたいなどと言い始めれば、この空間が凍りつくのも仕方のないことだ。
何しろ戦神は架空の存在とも言われているわけであって、何を言ってるんだ?こいつは?と思われてもおかしくない。
「連太郎くん?どうしたの?」
「あ、いや…」
静まり返った場内で、珍しく驚きを隠せていない連太郎に気づいた加奈は、不思議そうに問いかける。
この中では最も悠馬について詳しいであろう、腐れ縁とも呼べる連太郎が、普通ここまで驚くだろうか?
そんな加奈の疑問は、すぐに払拭されることとなった。
「悠馬、今何も願ってなかったぞ…?」
連太郎の異能は聴覚強化。
文字通り聴覚を強化する異能は、観客席からグラウンドまでの距離など余裕で聞き取れるはずであって、聞き逃すことはあったとしても、聞こえないことはない。
連太郎はエスカが悠馬の肩に手を当て、何かを囁いた直後に異能を使ったため、悠馬が以前に話していないのは明白だ。
つまり今の願いは、悠馬の願いではない。
「どういうこと…?」
理解が及ばない2人は、不可解な行動をとるエスカへと視線を向ける。
「戦神と…」
エスカから何かを囁かれた悠馬は、驚きはしているものの、否定も反論もせずに言葉を繰り返す。
「いいかい?アリスくん?」
悠馬と同じく、驚き呆気にとられているアメリカ支部総帥のアリス。
そんな彼女に確認を行うエスカの顔は、イタズラをしている子供のようなものだ。
「あ、ああ…しかし条件がある」
「うんわかってる。観客並びに他支部の総帥は立ち合い不可…でしょ?」
「ああ」
アリスも、フェスタの願いが絶対なのは知っているのだろう。
しかもそれが非人道的な行為などではなく、ただ戦いたいという願いなのに、それを拒絶することはできない。
況してやアメリカ支部の代表選手、キングのせいで他支部の総帥からの目は冷たいものになっているわけで、ここで拒むということは、さらにアメリカ支部の品位を落としかねない。
最初から拒否権などないアリスは、最低限の条件だけをつけて悠馬の願いを承諾するようだ。
これで他支部の学生たちからは、子供のワガママに付き合ってくれる、寛大なアメリカ支部総帥…という風に見えなくもないだろう。
「君の願いは近いうちに…」
「あ、はい…」
叶えたい願いではないはずだが、エスカの話についていくことのできない悠馬は、とりあえず返事だけして、学生たちの歓声を背中に浴びる。
「それじゃあ!みんな、4日間ご苦労様!君たちのさらなる活躍を、僕は陰ながら期待しているよ」
悠馬の願い事も決まり、表彰を行う。
表彰は1人ということもあってか、すぐに終わりを迎えた。
***
「はぁ…はぁ…」
そして現在。
悠馬は表彰式で着ていた制服から私服へと着替え、人通りのないテムズ川沿いを必死に走っていた。
「なんなんだよあいつら!急に手のひらクルーしやがって!」
なぜこんなにも慌てているのか。
その理由は悠馬が優勝したことが原因だった。
昨日、いや、今日の決勝前まで悠馬をバカにしたり、賄賂だと言っていた生徒たちは、実力を知ったことによってフェスタの閉幕宣言後に、事あるごとに接触しようとしてきた。
その都度悠馬は軽い受け答えをしていたわけだが、何より他支部の学生の人数だってかなりの数のため、全員の受け答えをしていたら夜が明けてしまう。
フェスタ閉幕の花火が打ち上げられるのが20時で、現在は19時55分。
ギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際を駆ける悠馬は、今日の約束を忘れてはいない。
「花蓮ちゃんと花火…!」
前夜祭の後、2人で花火を見ると約束した悠馬は、こうしてドタバタと走っているのだ。
やっと終わったフェスタ。
フェスタは色々とあったが、これのためにフェスタがあると言ってもいいだろう。
フェスタの存在意義=花蓮との花火だと思っている悠馬は、周りのことなど気にも留めずに、鼻歌交じりに駆け抜ける。
ちなみに目的地は、ビッグベンのちょっと先にある、真新しい時計塔だ。
なにやら大戦中に大破したビッグベンに代わって、形だけでもという理由でビッグベン再建中に、簡易で建てられた時計塔で今は人もほとんどいないんだとか。
まぁ、要するに穴場というやつだ。
外出禁止宣言が出ているものの、それをガン無視で突き進む悠馬は、息を切らし、そして時計塔へとたどり着く。
「うん、簡易だな」
ビッグベンのような大きな塔を想像していた悠馬は、目の前に建っている劣化ビッグベンのようなものを見て1人頷く。
高さはそこそこあるが、大きさはビッグベンと比較にならないほど小さいし、階段で上まで登らないといけない鬼畜仕様だ。
高さは100メートルほどあることから、今から階段を登れば間に合わないだろう。
「ゲート」
目に見える範囲でゲートを使って移動しよう。
そんなことを考えた悠馬は、時計塔の90メートルあたりにある窓を眺めながら、ゲートを開く。
「っし。成功」
まだまだ簡単とまではいかないが、それなりにゲートの扱いも幅広くなってきた。
一度行ったところでなくても、目に見える範囲なら移動できるようになったし、失敗回数は多いが、座標だけでゲートを開くことも可能となった。
それなりに進歩している悠馬は、直後、笛のような音を立てながら漆黒の上空へと打ち上がっていく一筋の火の線を見て、口を開く。
「ああああ!!」
1発目の花火だ。
ギリギリ待ち合わせ場所に間に合うことができなかった悠馬は、叫び声をあげながら階段を駆け上がる。
真っ暗な階段から冷たい風が吹き荒れ、そして最上階へとたどり着くと…
そこには金髪の髪を靡かせながら、1人佇み花火を見ている少女の姿があった。
どこか儚く、そして美しい彼女を目にした悠馬は、息を殺して歩み寄る。
「好きだ」
小さく呟く。悠馬の脳内には、その1つの単語しか浮かんでこなかった。
バンッと爆発音を立てながら、赤色の火の粉を撒き散らし爆ぜる花火を背景に、悠馬は彼女へ静かに抱きつく。
「3分遅刻よ?」
「ごめん…遅れちゃった…」
いつもは時間厳守の悠馬だが、今日は約束を守れなかったからか、シュンとした様子で彼女へと謝罪をする。
きっと花蓮だって、悠馬と同じくらいこの瞬間を待ちわびたはずだ。
だからきっと、花蓮は怒っているに違いない。
そう判断し、ゆっくりと手を離そうとした悠馬は、花蓮に手を掴まれ動きを停止させる。
「え?」
「もう少し…このままで…」
「うん、わかった」
背後から花蓮を抱きしめ、悠馬は夜空に打ち上がる無数の花火を見届ける。
きっとこれが、青春というやつだ。
付き合い始めてから、約5ヶ月。
なんだかんだ、お互いに色々と初めてで、恋というものに疎い悠馬にとっては新しいことの連続だったが、ここまで大した喧嘩も別れ話もなく、互いに仲良くしていると思う。
「悠馬。好きよ」
「ん。ありがとう」
「ちょっと、そこは俺もだよって言いなさいよ」
「言わなくてもわかってるじゃん」
「こういうのはフンイキなのよ!」
夜空に散る花火を見上げ、イチャイチャする2人の影。
言わなくてもわかってるだろ?と言われた花蓮は頬を膨らませながら、悠馬に好きと言って欲しいようだ。
年頃の女の子からして見たら、こんなことを言わせなくても、すぐに言って欲しかったのだろう。
「好きだよ。花蓮ちゃん」
「えへへ…」
デレデレの花蓮。
きっと、覇王がこの花蓮の姿を見たら、可愛すぎんだろ!と暴れまわっていたに違いない。
悠馬だって、かなりドキッとしてしまった。
心臓が止まるほどに。
「ところで悠馬、なんで戦神と戦うこと…なんてお願いしたの?」
爆ぜる花火の音を聞き届けながら、質問をする。
当然といえば当然の質問だろう。
悠馬は戦神と戦ってみたい、異能を教えてもらいたいという気持ちは少なからず抱いていたが、それを口にしたことは今までで一度もない。
それは恋人の花蓮の前でだって同じだし、誰の前でも口にしていないのだから、いきなりどうしたの?といった感じだろう。
「俺、そんなこと一言も言ってないんだよ」
「え?」
「エスカは俺が願い事を決めた直後に耳元で、その願い事は公で口にしないで。とだけ告げて、勝手に戦神と戦うことになった」
「何を願おうとしたの?」
「同じ時間軸に、同一人物は2人存在することができるのか」
悠馬は死神が自分と同じ容姿だったことを思い出して、同じ時間軸に、暁悠馬という存在が2つ存在することは可能なのか?という疑問の回答を願おうとした。
妥当といえば妥当、その手のことに詳しい人物なんているはずもないし、全世界の文献を保有している異能王ならば、調べがつくのではないかと思った。
しかしながら、悠馬の願いは口にする前に塗り替えられることとなった。
「え?何?誰か2人いたの?」
「うん…まぁ、知り合いだけどさ…同じ空間に、2人いた。しかも片方は、過去の容姿で」
「なにそれ怖…」
あからさまに怯えた様子の花蓮は、両腕を組みながら悠馬へと擦り寄る。
ベアーランドの廃校舎で怖いものが苦手になっている花蓮にとっては、少し刺激が強かったかもしれない。
悠馬の予想では、死神は未来から来ている。
つまり時間遡行ということになるわけだが、それが可能なのかどうかを知ることができれば、答えは出たも同然だ。
まぁ、死神が変装してただけ、とか、そういう異能…とかいう理由なら何も考えなくてもいいのだが、これまでの死神の発言に引っかかっている悠馬は、これを機に秘密へ迫ろうとしていた。
「大丈夫だよ。お化けではないだろうし、誰かのいたずらかもしれないし…」
「あー!2人でラブラブしてるー!」
「私も混ぜてください♪」
悠馬と花蓮の会話を遮るようにして現れた、亜麻色の髪の少女、夕夏と、黒髪の朱理、そして銀髪の美月。
そんな彼女たちの突然の出現に驚く悠馬は、にししと笑っている花蓮を見て、誰の仕業なのかをすぐに悟る。
「ま。私って気が利く彼女だからさ?みんな呼んだわよ?」
若干抜け駆けはしたものの、完全な抜け駆けはせずに、遅れて彼女たちを目的地へと呼んでいたようだ。
「花蓮ちゃんって、天才だよね」
はいはい、気が利いてますね…などという適当な返事はせずに、心から天才だと思っている悠馬は、目を輝かせながら呟く。
これぞ平和、これぞハーレム。
「悠馬さんの横、失礼しますね」
「じゃあ私は背中〜」
「わ、私も横…」
真正面には花蓮、両サイドには朱理と美月、そして背後には背中合わせで夕夏。
両手に花などという次元ではなく、完全に囲まれた悠馬は、頬を緩ませながら脱力する。
「とりあえず悠馬くん、優勝おめでとう!」
「さすがは悠馬さんですね」
「おめでとう、かっこよかったよ」
「あ、ありがとう…」
彼女たちからのお祝いの言葉を受け取った悠馬は、照れたように頬を赤く染めながら、空を見上げる。
これは悠馬なりの、クールぶってる姿だ。
しかし悠馬が照れていることなどお見通しの彼女たちは、空を見上げる悠馬を見てふふっと笑う。
「優勝はしても、ピュアなところは変わりませんね」
「見てるこっちが恥ずかしいよ…悠馬」
「だまらっしゃい!まだ褒められ慣れてないだけだよ!」
朱理と美月の冷やかしで、花蓮と夕夏が笑う。
そんな彼女たちを見て、悠馬もつられて笑みをこぼす。
「綺麗だね、花火」
「ねー」
「こうして5人揃って見るのって、初めてよね」
「そうですね」
花火というイベント自体、そこまで回数があるわけじゃないため仕方のないことだが、こうして5人で集まって、なにかを見に行くということが初めてかもしれない。
初めてなのに、どこか懐かしいような感覚。
まるで家族で一緒に花火を見ているような、そんな気持ちになった悠馬は、夕夏の背中に軽くもたれかかりながら、小さな声を漏らす。
「ずっとこのままでいられたらいいな…」
「よし決めたわ!5人でデートは異能島に帰ってすぐ決行しましょう!」
「いいねそれ!」
「そうですね。みなさん予定が空いているタイミングで、お出かけしたいです」
「賛成」
決勝前夜に話していた、5人でお出かけするという話。
それが近いうちに開催されることを知った悠馬は、心の中でガッツポーズをしながら笑みをこぼした。
5人の楽しそうな声は、上空に打ち上げられる大きな花火の音によって、すぐにかき消されて行く。
しかし彼女たちの姿は、遠くから見ても、声が聞こえずとも、すごく幸せそうに見えた。
お祭り(フェスタ)の後はやっぱり花火!恋人と見る花火はさぞ美しいことでしょう…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




