フェスタ3
時刻は19時を回り、辺りが暗くなったタイミング。
一度ホテルへと戻された生徒たちは、再びスタジアムの中へと集まり、そして静かにその時を待っていた。
今から行われるのは表彰式。
フェスタの優勝者を表彰し、そして願いを1つ叶えるという、とんでもない式が始まろうとしているのだ。
ちなみに2位以下に景品はない。
まぁ、そんなことはどうでもいいだろう。
「なぁ、暁の奴、何願うと思う?」
「俺だったらマーニーちゃんと1日デート券とか?」
「アホ死ね。お前の願望は誰も聞いてねえよ」
「んだと!?八神、お前は何願う?」
「俺は…うーん、花咲さんに頭ナデナデとか?」
「うわきっしょ…人妻取ろうとするなよ」
「モンジ、テメェも同類だろ!」
各支部が静かにしている中、能天気な会話を繰り広げる1年Aクラスの面々。
帰ってきた八神と共に、モンジ、栗田は面白おかしく、悠馬の願うこと…ではなく、脱線して自分たちが願いたいことを口にしている。
八神はまだ怪我は完治しておらず、包帯を巻いていたり、絆創膏を貼ったりしているものの、その表情はフェスタ開催前よりもずいぶん晴れて、そして心の重荷がなくなったように見える。
「通は何願う?」
「一生分の金」
八神の質問に対して、意外とまとも(?)な願い事を口にした通。
てっきり女だなんだと口にすると思っていたAクラスの男子たちは、彼の発言に驚きを隠せずにいる。
明日は雨でも降るんじゃないだろうか?
ちなみに明日のイギリス支部の天気予報は雨だ。
文化祭のドーナツ屋さん並みの意外発言をした通は、驚いているクラスメイトたちの顔を見て、ドヤ顔で補足を始める。
「お前ら、バカだな。1人の女とデートするために、願い事を叶える権利を使う?笑わせるなよ?」
「んだと!お前も同じようなこと考えるだろ!」
「バカが!結局は金なんだよ!金!金があれば可愛い女の子はたくさん言い寄ってくる!自家用クルーザーに豪邸!高級車を庭に並べて、毎日札束風呂!」
「ああ…一瞬でもお前がまともなことを言ったと思った俺が間違ってたよ」
「結局女なんじゃねえか」
「お前の願い事が一番クズでクソだよ」
男子たちの冷ややかな視線。
通の言いたいことを訳すと、彼は異能王からお金をもらって、その金で色々なものを買って、女の子をたくさん捕まえるというバカな妄想を繰り広げているのだ。
お金があれば、可愛い女の子はそこそこ言い寄ってくるはず。
実際、言い寄ってくる。
一番まともに見えて、一番まともじゃない願い事を口にした通。周りの男子たちは、興味を失ったように離れていく。
「南雲さんは何願います?」
「オレは…」
Aクラスの男子たちの会話を耳にした碇谷は、南雲なら何を願うのか気になったようだ。
興味津々の碇谷の横で一瞬だけ硬直した南雲は、湊にだけ話した一件を真っ先に思い浮かべる。
父親を殺したであろう犯人を見つけ出す。
きっとそれを願えば、異能王ならなんとかしてくれるはずだ。
「オレが願うことは、何もねえな」
「マジですか!流石っすね!欲しいものは全部手に入れてる的な!?」
自分の秘密を口にしない南雲に、碇谷は勘違いをする。
碇谷にとっては憧れの存在である南雲は、どうやら欲しいものを全て手に入れているように見えるらしい。
彼にとって南雲は孤高。
南雲を神として崇めていると言っても過言ではない碇谷は、目を輝かせている。
「覇王、アンタは何願うつもりだったの〜?」
続いて第7高校、松山覇王。
恋人である禊の横に座った覇王は、そのジトっとした眼差しを見て背筋を震わせる。
実は覇王、入学して間も無く禊とお付き合いをしていた。
だというのに覇王は、そんな禊をほったらかして、花蓮を攻略しようと四苦八苦していたのだ。
正真正銘のクソ野郎。
2人の女の子と同時に仲良くする器用さすら持ち合わせていない男が、松山覇王だ。
きっと悠馬が知ったら、アイツ彼女をほっぽり出して人の彼女に手を出すなんて、信じらんねえ!とブチギレることだろう。
何しろ悠馬は、女漁りで忙しいから。などという理由でデートをなかったことにはしない。
「お、俺の願いは…」
特に願いなど考えていなかった覇王。
今大会においては、悠馬との再戦のことを8割、そしてエミリーのことを2割程度で考えていた彼は、願い事などどうでもいいことだった。
悠馬に勝った後のことは考えていない。男らしいと言えば男らしい。
「ミソギ、お前とクルージング旅行とか?」
「えっ」
今適当に考えたけど。
特に願いたいことがなかった覇王は、一応、というか、恋人である禊とのお出かけもいいなー。などと考え、そんなことを口にする。
「そ、そんなことを言われても…嬉しくない…!」
顔を真っ赤に染める黒髪の少女、禊。
彼女の様子を見るからに、相当喜んでいることは容易に想像がつく。
おそらく鈍感な悠馬ですら、彼女が喜んでいて建前で嬉しくないと言っているのがわかるレベルだ。
「まぁ、負けちまったからそんなことできないけどな」
覇王は二回戦敗退。
仮に願い事が決まっていたとしても、優勝できなかった彼には願いを叶える権利はなく、そして口にしたところでなんの意味も持たない。
恥ずかしそうに頬を掻く覇王は、一度禊と目を合わせると、慌てて目を逸らす。
「その…いつもありがとな。禊」
「あ、うん、私ダメ人間が好きだから…そういう発言はいらないです」
冷めた表情に冷めた声でそう言い放った禊。彼女の表情は、周りの女子たちが通に向ける汚物を見る視線と何ら変わらない。
覇王はめちゃくちゃショックを受けた。
「異能王が来たぞ!」
「戦乙女に総帥もだ!」
日本支部の学生たちが、ワイワイガヤガヤと話しているタイミング。
ちょうどその時、グラウンドの中へと入場して来た各支部のお偉方は、あらかじめ用意されていた豪華な椅子に座り、最後の来訪者を待つ。
「まずは学生諸君。今回のフェスタはどうだったかな?と言ってもまぁ、最後の決勝はカオスすぎて、僕も驚いたけど」
一番最初にマイクを手渡された8代目異能王、エスカは、今大会を振り返り、そしてその言葉を聞いた学生たちからはドッと笑いが溢れる。
決勝のあれだけのことをスルーすることもできず、そして慰めも意味を成さないため、笑いへと変換したようだ。
自由奔放なエスカらしい、何も考えていないようなお言葉だ。
大失言とも取れる言葉に、隣に座っていたセレスに小突かれている。
「いや、本当に。今回のフェスタは、大いに盛り上がったと思うよ」
盛り上がったと言えば盛り上がった。
キングに感化された生徒たちや、覇王とフレディの激戦。
色々な気持ちが、思いがぶつかり合うこの大会は、声援やブーイングが絶えないものとなったはずだ。
「それじゃあそろそろ、本日の主役をお呼びしようか?」
エスカがニヤリと笑うと、スタジアム内の照明が1度全て真っ暗になり、スポットライトが入場ゲートの前で停止する。
「来たぞ」
「おーい!悠馬ー!」
いつもと変わらぬ歩調で進む悠馬に向けてかけられる、声援の数々。
特に通の声が大きかったからか、呑気な彼の声が耳に入った悠馬は、鼻で笑いながら歩みを進める。
今日の昼ごろまではブーイングや賄賂疑惑の嵐だったというのに、数時間もあれば、人間はここまで変わってしまうのか。
数時間前までの出来事を思い出す悠馬は、ブーイングが全て祝福の言葉に塗り変わっているのを肌で感じる。
「まずは優勝おめでとう。君はこれで…えぇと…」
「59回目です」
「あ、そうそう。59番目のフェスタ優勝者となったわけだけど、気分はどうかな?」
今回のフェスタが第何回目なのかすら忘れていたエスカは、横に座るセレスに冷たく睨まれながら補足を入れられる。
これはもう、正直セレスさんが異能王をやったほうがいいのかもしれない。
エスカが愚王、バカな王様と呼ばれる所以をここに来て知ることとなった悠馬は、作り笑いを浮かべながら、渡されたマイクを受け取る。
何を話すべきなのだろうか?
優勝はしたものの、ここで何を話すべきなのか全く考えていなかった悠馬は、一発ギャグでもしてやろうかと口を開こうとする。
しかしそれは、すぐに中断させられた。
寺坂の圧が悠馬に向いたのだ。
悠馬はフェスタで使うなと言われた雷系統の異能、鳴神を使用して相手を一方的に蹂躙した。
それは寺坂が最も恐れていた事態であり、それを破られた彼は、これ以上下手なことをするなと言いたげに睨みつけている。
そして横に座るアリス。
彼女もやけに不機嫌そうだ。
まぁ、みんなの予想通り、キングはアリスの息子なわけであり、そんな息子を一方的にボコボコにした対戦相手の顔など、見たくはないのだろう。
こっちもごめんだ。と言いたげに視線を逸らした悠馬は、手を小さくひらひらと振っているイギリス支部総帥、ソフィアとイタリア支部総帥、アルデナと目が合う。
2人も2人で能天気だ。
機嫌の悪い日本支部、アメリカ支部の総帥はさて置き、機嫌が悪いどころか、相手支部の選手に向かってこんなところで手を振るのは、空気の読めない奴のすることだろう。
たしかに2人とは面識のある悠馬だが、そこまで親しくなった覚えはないし、そもそも同じ国出身ではないし、みんなの前だし、どう反応すればいいのかわからない。
こいつら、本当にどうやって総帥になったんだろうか?
総帥は基本として、文武両道でなければならない。
学力は国基準においてトップクラスでないといけないはずだし、レベルだって、フェスタで優勝する程度の実力は持ち合わせていないといけないはず。
身体能力だって高くないといけないし、言うなれば完璧人間が就く職業というのが総帥なのだ。
だから総帥よりも実力があったとしても、頭が悪ければ軍人、隊長や冠位になるわけで…
アルデナやソフィアより頭が良くてレベルの高いヤツは、いなかったのだろうか…?
私情も何も挟まずに総帥を行なっているのは、ロシア支部、エジプト支部、オーストラリア支部くらいじゃないか。
こんな闇鍋のような空間に置かれる悠馬の気持ちにもなってほしい。
救いを求めるように、ロシア支部総帥、ザッツバームへと視線を移した悠馬は、彼が口角だけを上げて会釈をしたのを見て絶望する。
どうやらこの状況では、声をかけることもしてくれないらしい。
現異能王エスカはこの中で一番マヌケだろうし、もう誰にも助けを求めることはできない。
全支部に当たり障りのないようにスピーチをしろという寺坂の圧を一身に受ける悠馬は、冷や汗をダラダラと流しながら口を開く。
「正直、各支部の生徒一人一人がとんでもなく強くて、自分がどれだけ小さな場所で、力ある者だと誤解していたのかを学ぶいい機会になりました」
そんなこと微塵も思ってないけど。
心の中でそう補足する悠馬が思い浮かべるのは、サハーラやフレディのことだけだ。
他支部の中で本当に強かったのは、その2人くらいだろう。
「俺は今年異能島に入学して、初めてフェスタを経験しましたが…1年にしてこの経験を積めたことを、とても良かったと思います」
その気持ちは嘘ではない。
1年生という、入学して約半年とちょっとで、各支部の実力や、どんな人間が集まっているのかを知れたのは、自分の成長に繋がるはずだ。
そもそもフェスタの真の目的はそこであるために、総帥たち視点では、悠馬はきちんと成果を得られた側の人間に映っているはずだ。
「そっかそっか。それは良かったよ」
悠馬の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだエスカは、返されたマイクを手に取ると、悠馬を吟味するように見つめる。
「ここで毎年恒例、優勝者に対する願い事の実行…な訳だけど、君は何を願うのかな?」
「…あ…」
フェスタ1番の目玉と呼ばれる、優勝者の願いを叶える瞬間。
エスカがそのことを口にし、悠馬が何を願うのか、みんながみんな食い入るように見つめる中、彼は硬直した。
悠馬は願い事は特にないし〜などと言って、自身の願いというものを考えるのを、後回しにしてきた。
そしてなんだかんだで慌ただしくフェスタの4日間が過ぎたため、悠馬は残念ながら……何も考えてはいなかった。
さてさて。どうしたものか。
みんなが食い入るように見つめる中、時間をかけるわけにもいかない。
かといって変なお願いをするわけにもいかない。
脳を高速で回転させる悠馬は、パッと浮かんでくるものを想像していく。
お金は今は余ってるし、しかもこんなところで願ったら現金なやつだと鼻で笑われるだろう。
かと言って旅行などと言っても、学校は通常通りあるわけで、学生の本分は勉強だ!などと怒られそうだし…
そんなことを考える悠馬は、一瞬だけ頭によぎった死神の姿を思い出し、思い切って口を開こうとする。
しかし口を開く直前、悠馬の肩を叩いたエスカは、耳元で何かを囁くと、マイクを口に近づけ大きな声を上げた。
「彼は戦神との決闘をご所望のようだ!」
ん?あれ?悠馬くん、そんなことお願いするほど身の程知らずじゃないよね?…というわけで、その辺の話は次回…
そして通くん…君はいつもブレないね…




