フェスタ2
「…暁くん、何したの?」
「鳴神〜からの右ストレートかな〜」
1秒にも満たない出来事。
悠馬が何をしたか目で追えなかった加奈は、不服そうに連太郎に答えを教えてもらう。
「…前総帥候補の宗介さんを倒したのは…」
「あれ?信じてなかったの?言ったじゃん、悠馬だって」
「信じるわけないでしょ?いくら暁くんが暁闇でも、貴方のいつもの冗談だと思うに決まってるわ」
連太郎がいつも冗談を言うため、宗介の一件もその類だと判断していた加奈は、ようやく悠馬の力というものを知ったようだ。
「それに私は、残念だけどオクトーバーとの戦いを見たわけではなかったから、こうして彼の本気を見るのは初めてなの」
「なぁるほど!そりゃあ驚くね〜!」
きっと加奈は、オクトーバーの一件も盛られて話されていたと思っているし、おそらく盛られていたのは事実だろう。
噂を鵜呑みにしないことは素晴らしいことだが、全てを嘘だとして聞き流していた加奈にとって、この戦いは驚きでしかない。
「んま、悠馬を怒らせた時点でこうなることはわかってたけど」
連太郎は口元を押さえるキングを、冷ややかな視線で見つめる。
何をされたのか全くわからなかった。
口の中に残る激痛と、そして一本歯が欠けた気持ち悪い感触、怒りに苛立ちといった感情を露わにするキングは、異能を発動させようとする。
戀も中々にふざけたことをしてくれたが、コイツも舐めてやがる。
前の試合でも苛立っていたキングは、気を取り直してこの試合に挑んでいたようだが、綺麗に元どおりだ。
「オイオイ、異能なんて使わせねえぞ!」
キングが異能を発動させようとした直後。
そのモーションを見逃さなかった悠馬は、大きく目を見開きながら白い歯を見せる。
「お前には実験台になってもらう」
キングが異能を発動させる前に右手を挙げた悠馬。
彼は冷気を纏いながら白い息を吐くと、周りには無数の雪が降り始める。
宗介戦で初めて見せたニブルヘイムの改良型、スイセンだ。
スイセンは何かに触れると氷の花を咲かせながら、氷の範囲を拡大させていく。
「まだまだ終わらせねえからな。ニブルヘイム」
上空からスイセン、下からは最上位異能、ニブルヘイム。
どちらも氷系統のトップレベルの異能を同時に使用した悠馬は、白い息を吐きながらニヤリと笑みを浮かべた。
「行け…!コキュートス!」
「ククク…ハハハ!コイツは傑作だ!」
「暁の奴…すげぇ…!」
容赦のない攻撃。
すでに試合会場であるグラウンドは凍りつき、とうに逃げ場などなくなっている。
スイセンだけでも十分に決着をつけることは可能だったというのに死体蹴りを続ける悠馬のその姿は、まさに悪魔そのものだ。
何より問題なのは、キングにただの一度も異能を使わせていないというところ。
まさに一方的。
八神対キング以上に、実力の差が如実に表れている。
そんな悠馬の攻撃を見て高笑いする南雲は、スタジアムの両脇から回るようにして渦を巻く2体の龍、コキュートスを見て口角を上げる。
スイセンにニブルヘイム、そしてコキュートスの同時使用。
本来、というか、普通の人間ならば2つを同時使用すれば凍りつくレベルなのだが、それを平気でやってのける悠馬。
身体には覇王のように霜など降りていないし、まだまだ限界を迎えていないのはすぐにわかる。
そしていつの間にか、スタジアムの学生たちの歓声は1つとしてなくなり、静まり返ってきた。
まぁ、当然の結果だろう。
1分ほど前まではキングが優勝すると信じて止まず、悠馬がこんな異能を使うことなんて、他の支部の連中は想像もしていなかったはず。
自分たちの応援していた選手がここまで一方的にやられていると、応援などを通り越して言葉が出なくなってしまう。
「ははは、喋れねえだろ?降参できねえだろ?」
2体のコキュートスに喰らい付かれ、そして顔以外を氷付けにされているキング。
そんな彼の元へと歩み寄った悠馬は、笑顔を浮かべながら氷に触れる。
「実は俺、まだ3つくらい異能を隠してるんだけど…全部喰らっていかない?」
「っ!」
真っ黒な瞳。
衆人環視の前だということなど無視して余力を残していると断言した悠馬は、目を見開いたキングからゆっくりと手を離す。
「えーっと?名前なんだっけ?前夜祭で俺をボコボコにできたから、今日もチョロいと思ったの?いやぁ、マヌケだね。それでアメリカ支部最強なんて、よく名乗れるな」
鳴神の使用をやめた悠馬は、ゆっくりと歩き、キングから距離をとる。
その光景を、審判は凍えながら見守っていた。
すでに決着はついていると言ってもいい状況。
身動きの取れないキングに反撃のチャンスがあるとは思えないため、すぐに試合を終了してもいいような気もするが、やはり審判は神奈の催眠の下にいるようだ。
「正直に言うと、お前は前夜祭で俺と一緒にボコボコにした覇王よりもずっと弱い。自分の実力と相手の実力の差を見誤ったな…いや、お前は人を見る目がなかったと言うべきか」
優れた観察眼も持たずに、ケンカを売る相手を間違えた。
ヴァズですら2発で気づいたと言うのに、戀との準決勝で何も気づかなかったことを鑑みるに、キングに伸び代はない。
これがコイツの限界だ。
「だから断言しといてやるよ。お前はこのフェスタ出場者の中で、1番の小物だ」
「ふ…ざけるなよ!俺はフェスタで優勝して…お母さんに認めてもら…」
「んなこと知らねえよ。家族ごっこは他所でやれ。そんな話して俺が同情して降参するとでも思うのか?」
キングの過去も背景も、悠馬にとってはどうでもいいことだ。
問題なのは、キングが悠馬の友達を傷つけたということ。
そしてそれをダシに使ったということだ。
今更何を言われようが、どんな事情があろうが、手加減をする気は微塵もない。
「止めさせろ!」
「止めなくていいぞ」
「ど、どっちですか…?」
室内で言い争う2人。
寺坂は試合を止めさせろと言い、仮面の男、死神は止めなくていいと言う。
どっちだよ…と言いたげな係員は、めんどくさそうな表情でその言い合いを傍観する。
「死神…!お前は他支部に日本支部の警戒でもさせる気か!幸い暁悠馬は炎を使っていない!今ならまだ取り返しがつく」
「それだと俺が困るんだよ。せめて炎を使わせて試合は中断してもらわなくちゃ」
「なぜお前が困る!そもそも何が目的だ!」
死神が何に困るのか理解すらできない寺坂は声を荒げる。
「お前には関係のないことだ。しかし、お前の未来には関係するかもしれない。鏡花と結婚したいなら、俺の言うことを聞け」
「ケッコ…コケッコ…」
さすがは師弟と言うべきなのか、驚いた時の発言がニワトリ…いや、総一郎に似ている。
鏡花に惚れている寺坂にとっては、今の発言は恥ずかし照れるようなものであって、そしてそれが事実ならば、強く出ることはできない。
何しろこのまま黙っているだけで、結婚…できるかもしれないのだ。
いや、普通に考えればできないだろうが。
嘘を吐いた死神のことなど知らずに顔を赤面させる寺坂を見るからに、彼は女性経験というものが乏しいのだろう。
彼の照れ具合は、中学生が「アイツ、お前のこと好きってよ〜」と言われたレベルだ。
「本当だろうな!本当にこれを見過ごすだけで私はきょ、鏡花とケッコ…」
「まぁ、1パーセントくらいは関係しているかもな」
「ほう?」
寺坂に恋愛経験がないであろうことを悟った死神は、ほぼ関係していないと断言するものの、どうやら彼は理解できていないご様子だ。
1パーセントと言われて怒ることもなく、真剣に考えるようなそぶりを見せる彼の姿は、係員の目にはこう見えているはずだ。
こいつ、本当に総帥なのか?と。
「これで私も鏡花とお付き合いを…」
話を膨らませる寺坂。
少し刺激が強すぎたのかもしれない。
上の空の寺坂を見た死神は、係員を手で追い払うと扉を閉ざす。
「これでお前の思い通りになるぞ。悠馬」
程よい距離をとった悠馬は、無表情に戻ると、両手を身体の前に突き出し集中する。
キングは頑張って喋ってはいるものの、何を言っているのかはよく聞き取れないし、今の悠馬にとってはどうでもいい話に違いない。
血をダラダラとこぼして頑張っているようだが、聞く耳を持たない悠馬は、自身の手のひらに集中していく熱量を感じ口角を上げる。
「俺、炎はあんまり使い慣れてねえからさ…少し実験手伝ってくれよ」
実は悠馬、フレディの異能の使い方に憧れていた。
獄炎ムスプルヘイムという、ムスプルヘイムの進化形態、言うなればスイセンのような異能を使ったフレディに対抗意識を燃やしているのだ。
皮膚がチリチリと焼けていくような感覚を感じながら、手のひらに集まった炎の球体を圧縮させる。
それはプロミネンスなどという生ぬるい異能ではなく、おそらくは太陽を縮小させたもの。として考えたほうがいいのかもしれない。
悠馬の身体はシヴァの再生の恩恵により再生しているが、悠馬の周りの氷は自然と蒸発し、そして白い煙が上がっている。
覚者とまではいかないが、フレディのムスプルヘイムよりも温度は高いに違いない。
「じゃあな。準優勝、おめでとう」
そう吐き捨てた悠馬が放った一撃。
「この試合…日本…」
流石の審判も、この状況では催眠は効かなかったようだ。
骨折などという生温い次元の問題で終わらないと判断したレフリーは試合を終了させようとしたが、それはもうすでに遅い。
悠馬はすでに異能を放ったわけであって、今から異能を消滅させるというのは不可能だ。
目を大きく見開くキングを見ながらニコニコ笑いをした悠馬は、空いた右手をパーにして、そして小さな声でつぶやいた。
「爆発しろ」
悠馬の発言とともに、会場内に立ち込める熱風。
それは一瞬にしてニブルヘイム、スイセン、そしてコキュートスを溶かし、水へと変容させるほどの火力だった。
しかし悠馬とて、鬼ではない。
きちんと殺さない程度に加減はしているし、最後の一撃は至近距離で爆発させたわけじゃない。
おそらく意識は失っているだろうが、火傷程度で済んでいるはずだ。
「この試合、レフリー判断により、日本支部代表、暁悠馬の勝利とする!そしてここに、新たなフェスタ優勝者の誕生を宣言する!」
しんと静まり返ったスタジアム内。
誰もが呆気にとられ、そして誰もが予想していなかった試合終了を迎えた。
「ふざけんじゃねぇ…!俺はまだ終わってねえ!俺は優勝して花咲を貰って、お母さんに…認めてもらうんだァ!」
レフリーが悠馬へと近づき、右手をあげるように指示を出そうとした直後。
身体は少し焦げているように見えるキングは、みっともない表情で悠馬へと駆け寄りプラズマを纏いながら殴りかかる。
試合が終了したにも関わらず、相手選手へと危害を加えようとする。
それは立派なルール違反であり、そして犯罪となんら変わらない。
「は?」
それに反応を見せた悠馬は、一瞬にして鳴神を纏うと跳躍をしてキングの脳天へと踵落としを決める。
「おい…花蓮ちゃんは景品じゃねえぞ。ふざけるな」
悠馬に言ってはならない言葉、ナンバーワン。
見事に地雷を踏み抜いたキングは、試合終了後に襲いかかるという前代未聞の愚行、恥晒し行為並びに、見事に返り討ちになり気絶をするという偉業を成し遂げる。
「うおおおー!」
「いいぞ!あかつき!」
「お前最高だ!」
キングに完勝した悠馬に向けて聞こえてくる、各支部からの声援。
「ほんと、お前らは勝手だよな」
さっきまで応援していた相手がここまでボコられていて、そしてさっきまでバカにしていた相手が優勝したというのにこの手のひらの返しようだ。
これが人間の心理なのかもしれないが、些か納得のいかない悠馬は、不満そうに頬を膨らませながら右手をあげることなくその場から立ち去る。
「んま、今日は花蓮ちゃんと花火見るし、気分はスカッとしたし、もうどうでもいいや〜」
キング以下の奴らのことなんて、もうどうでもいいだろう。
何よりこの大会が終われば、もう2度と会うことも声を聞くこともないのだから。
そのことに気づいた悠馬は、今日のこの後打ち上げられるであろう花火のことを想像しながら、上機嫌に控え室へと消えていった。
フェスタ編も終盤…と言ってもまだまだ終わりません笑
そして先に謝罪をしておきます。フェスタ終盤からインフレが進むと思われます。相手の実力だったり、レベルがアホみたいに高い輩だったり…
そういえば昨日はバレンタインだったみたいですね。私は1日お家で待機していました٩( ᐛ )و




