フェスタ
「…なるほど」
準決勝前に戀の発した言葉の理解が済んだ悠馬は、深く頷く。
戀はキングに、自分には勝てないという現実を突きつけるだけ突きつけてあえて降参したのだ。
プライドの高いキングからして見ると、かなりフラストレーションの溜まる行動だろう。
ああいう輩は常に自分が1位、目立っていないと怒り狂ってしまう。
「戀パイでも防戦一方か〜」
「アイツ、やっぱ強いんだな」
素人目には、戀が防戦一方で手を出せずに降参を宣言したように見えているようだ。
流石に総帥たちの目は誤魔化せてはいないだろうが、きっと大半の生徒の目には、キングが圧倒したように映っている。
日本支部の落ち込み様と、そして他の支部の盛り上がり様を一望した悠馬は、つまらなさそうな表情で席を立つ。
「行くのか?」
「後30分くらいあるけど、まぁ、下に行っとく」
「あんな奴に負けんなよ」
「応」
栗田と通に返事をして歩き始める。
今から始まるのは一方的な蹂躙だというのに、他の支部の生徒たちは呑気なものだ。
すでに勝者が決まっていると言っても過言ではない状況。
悠馬が手を抜かないと決めた時点で決している勝敗なのだが、それを知らない生徒たちはキングを応援しているようだ。
「暁くん。お久しぶりです」
「会長…」
階段を上って行く悠馬に声をかけたのは、水色の髪色に、ショートボブの女子生徒。
今日はメガネをかけている第1の生徒会長は、ニッコリと笑みを浮かべながら擦り寄ってくる。
「緊張してますか?」
「してるように見えますか?」
「いえ。残念ながら、今の君に緊張は感じられません」
通学をしているようなそんな雰囲気を漂わせている悠馬は、単調で、無機質で、いつも通り動いているようにしか見えない。
次が決勝だというのに、緊張をしていないのはさすがと言えよう。
「そして君に、いいお知らせがあります」
「なんですか?」
会長のいいお知らせと聞いて、悠馬は硬直する。
彼女からいい知らせを受けたことなんて、今まで一度もないような気がする。
異能祭の時はフィナーレの説明すら忘れていたし、最後だって悠馬をこき使って自分は楽をしようとしていた。
絶対にいい話ではないだろう。
そう悟った悠馬は、観念したように頭を下げると、神奈の足元を見る。
「レフリーに催眠をかけてみました」
「会長、クズだクズだとは思ってましたけど…正真正銘、クズですね」
腹黒だろうなとは思っていたが、まさかここまでだとは知らなかった悠馬。
彼女が発言した言葉から察するに、神奈は次の決勝戦を担当するレフリーに催眠をかけたのだろう。
どんな催眠をかけているのかは、神奈の性格を読めば薄々わかる。
「薄々わかってますけど…どんな催眠を?」
「レフリーは相手が骨折をしても、試合を終わらせません」
「…やることえげつないですね。俺でもそこまではしませんよ」
ニコニコと笑いながら、悪びれもせずに試合の中断をなくした神奈。
こんなのが彼女だったら、今頃お腹を包丁で刺されてるはずだ。
彼女の笑顔を見る悠馬は、だらだらと冷や汗を流しながら引きつった表情を浮かべる。
「私、自分の学校の生徒が馬鹿にされたり、あんな風にいたぶられるのは我慢ならないんです。それも可愛い後輩が…だなんて」
「ああ…」
会長として、第1の生徒としての怒りや憎しみといった感情なのだろう。
ようやく学年間の軋轢をなくし、そしてここまでやってきた神奈にとっては、キングの煽りというものがとてつもなく邪魔に感じたはずだ。
自身の最後の目的を、彼の遊戯によって崩されかけているのだから。
このまま悠馬が負ければ、きっと先輩たちはまた後輩いびりを始める。
それを知っている神奈は悠馬に本気を出させて、そして一方的な戦いをご所望しているようだ。
「会長、俺の性格、知ってますよね?」
「はい。人の人生なんてなんとも思ってない、最低な人間ですよね」
「…そうです。だから俺は、キングの人生が変わっても、どうでもいい」
他人の人生なんて興味のない悠馬にとっては、この最後の試合が終わった後のキングのことなんて、カケラも知らなくていいことだ。
「いってらっしゃい。応援してますよ。史上最年少のフェスタ優勝を」
「行ってきます」
過去のフェスタ優勝者の最年少記録は、現異能王エスカの16歳。
高校1年生にしてその力を各支部へと見せつけたわけだが、年齢的にはまだ誕生日を迎えていない悠馬の方が下。
つまり悠馬が今日優勝すれば、史上最年少の優勝者として名が刻まれるわけだ。
落ち着いた様子の悠馬は、階段を上るとコンコースへと入り、関係者入り口へと向かう。
決勝前ということもあってか、コンコースの中は騒がしかった。
まぁ、30分もすれば試合は始まるわけだし、お手洗いに行ったり、ご飯を買ったりしているのだろう。
和気藹々と何を食べるか相談している他支部の学生を眺めながら、少しだけ微笑む。
来年は観戦する立場で、何も考えずにご飯を食べたい。
正直な話、サハーラ以外は敵とすら認識していない悠馬にとって、この祭りはいささか寂しいものであった。
可能性があったとするならフレディと覇王だが、お互いに限界を超え戦ったせいで、悠馬と戦う前に力尽きていたし、残念な大会だと言ってしまっていい。
「フィナーレの方が楽しかった」
まだまだ悠馬が異能的にも精神的にも未熟だったフィナーレ時は、驚きや焦りの連発で成長しているという感覚があった。
しかし今回はどうだろうか?
今回学べたことは、極めて少ない。
何しろ悠馬はアメリカ支部副隊長のバースに、総帥候補の宗介、そして元総帥のオクトーバーと戦っているのだ。
今更学生から学べることなんて、ほとんどない。
ましてや悠馬のような境遇にいる生徒なんて、周りにはいないわけであり、そもそもレベルが違うのだ。
自分のレベルに気づいていない悠馬は、周りがショボいのだと誤解をし、サハーラやフレディといった、優勝候補を基準に思考している。
「ま、いいや」
考えたところで、敵が強くなるわけじゃない。
肩透かし感はあるが、もう諦めよう。
考えることをやめた悠馬は、関係者入り口の扉を開き、エレベーターのボタンを操作する。
タルタロスと違って綺麗なエレベーターのため、壊れることもまずないだろう。
「君は確か…決勝の選手だね」
「!こんにちは」
エレベーター待ちの悠馬の背後から現れた老紳士。
真っ白なヒゲがモサモサも生えてはいるが、汚さは感じられず、むしろ清潔感がある。
そして真っ白な髪に、銀色のフレームの眼鏡をかけたその老紳士は、身長は170センチほどで、体格は悠馬の1.5倍といったところだ。
そんな彼の姿を見た悠馬は、その人物が誰であるかをすぐに悟り深々と頭を下げる。
ロシア支部現総帥、ザッツバームだ。
各支部の中で最も年老いた総帥ではあるが、元々ロシア支部軍の隊長を務めるほどの実力者であり、おそらく現在の総帥の中では、唯一戦争の中心を自身の目で見た男。
安全な場所ではなく、戦地で戦ってきた男だ。
各支部の中では、最も実戦経験があるといってもいいだろう。
そして背後に控える、漆黒の修道服に身を包んだ何か。
体系は限りなく女性に近いが肌を一切見せず、顔すらも見えず、全身は黒い布で覆われ手袋をしている。
しかしこういうのは失礼だが、女というには些か胸が無さすぎる気もする。まな板というか、小学生でももう少し発達していると思う。
その存在は見ているだけでも異様な空気を放ち、言うなれば死神のような存在に見えた。
おそらく冠位クラスの化け物であることは間違いないだろう。
「ここで出会えたのも何かの縁だ。私は君を応援しよう」
悠馬が漆黒の修道服の人物に気を取られていると、声をかけてきたザッツバーム。
その言葉によって我に帰った悠馬は、ビクッと身体を震わせながら再び頭を下げた。
「ありがとうございます。光栄です」
「何より君は、まだ本気を出していないように見える。決勝で、君の全力が観れることを期待しよう」
去り際の一言。
悠馬の肩を叩き声援を送ったザッツバームは、エレベーターを使うことなく去っていく。
「見抜かれてるか…」
総帥には気づかれてないなんて淡い期待をしていたが、どうやら誤魔化せていなかったようだ。
ザッツバームと修道服女が去った後に1人になった悠馬は、独り言を呟きながらエレベーターへと乗り込んだ。
***
大歓声。
まさにその単語がふさわしい歓声が響くのを、全身に浴びながら2人向かい合う。
「ははは、逃げずにきたことだけは褒めてやるよ」
「…」
悠馬が逃げるとでも思っていたのか、自信満々のキングは大声援に応えるように手を振り、やけに上機嫌だ。
おそらく8割以上、もしかすると日本支部の連中もキングを応援しているのかもしれない。
キングに対する声援は嫌という程聞こえるが、悠馬に対する声援はほとんど聞こえない。
「どうやらお前の優勝は、誰も望んでないみたいだな。可哀想に」
「そうだな」
万人が万人見ても、おそらく今までの勝ち上がり方を見て、悠馬が優勝できると思う人はほとんどいないだろう。
何しろまともに戦った試合は2回しかない上に、片方は異能を使っていない。
評価の付けようがないのだ。
「それで?いくら積んだんだ?」
「なんの話だ?」
「惚けるなよ。サハーラにフレディ。アイツらは不戦敗や降参を選ぶようなタマじゃねえ。いくら支払うと約束した?」
優勝候補、各支部の中でもトップクラスの実力を持つ2人が不戦敗を選んだ。
そのことを金で解決したと勘違いしているキングは、愉快そうに訊ねてくる。
「お前に教える義理はない」
「そうかい。なら前夜祭の時みたいに、ボコボコにするまでだ」
前夜祭のあの日覇王と悠馬をボコボコにしたキングは、変な自信がついているようだ。
無抵抗な2人をボコボコにしただけだというのに、それを誤解しているキングは、指の骨をパキパキと鳴らしながら構える。
「そういえば…」
「ではこれより、決勝戦、アメリカ支部代表、キング・ホワイトライトVS日本支部代表、暁悠馬の試合を開始する!」
鳴り響くコング。
レフリーが開始の宣言をする前に何かを言いかけた悠馬は、コングが響くと同時に何かをつぶやく。
「あの馬鹿…!私のお願いを…!」
開始の合図と同時に全身から雷を放出させた悠馬は、その雷を全て体内へと収束させ、黄金色の輝きを纏う。
その光景を目にした寺坂は大慌てだ。
何しろ寺坂はフェスタ前に大会での雷系統、そして闇系統、ゲートの使用を禁じたはず。
だというのに悠馬は、決勝に来て初手からルールを破った。
鳴神を使わせなかったのは、各支部とのバランスを保つため。
悠馬の一強というフェスタの終わり方を避けたかった寺坂が、必死にバランスを考えて立てた作戦だというのに、悠馬は平気でそれを破る。
「ははは。いいじゃないか。決勝はこうでなくっちゃ」
「死神…人ごとのように…!お前はこのヤバさを理解しているのか!?」
鳴神の使用、そして悠馬が全力の異能を使うとなると、総帥クラスの実力を保持していることがバレてしまう。
たった3年前に終わった戦争の影響で各支部はまだまだ疑心暗鬼のこの状況で、こんな戦力を見せてしまえば、各支部の警戒は日本支部へと向くはずだ。
今の時代、新たな軍事兵器の開発なんかよりも、新たな実力者の誕生の方が、どの支部も脅威として感じてしまう。
例えるなら日本支部が突然、新たな大量虐殺兵器をお披露目したようなものだ。
総帥クラスの実力者の誕生というのは、それほどに世界に震撼が走る。
「ああ。わかってる。だがそれが、オレには都合がいいんだよ」
悠馬の鳴神を見下ろす死神は、自身の計画が軌道に乗ったことを喜びながら、寺坂の気持ちなど知らずに笑いをこぼす。
「最悪だ…」
「そのまま蹂躙しろ。悠馬」
「っ〜!」
試合開始から僅か数秒。
否。もしかすると1秒にも満たない瞬間だったのかもしれない。
鳴神を纏った悠馬は、その場に立ち尽くしているようにしか見えなかった。
いや、目をそらしていなければ、それ相応の実力者なら気づいたはずだ。
悠馬が一瞬だけ動いたことに。
口元を押さえるキングは、血を滲ませながら、地面に音を立てて転がった自身の歯を見つめる。
「どうした?今のに反応出来なかったのか?冗談だよな?」
悠馬の本気の鳴神。
それはとうにバースを凌ぐほどの力となり、そして様々な経験を経てさらに進化を遂げていた。
すでに高校生では、太刀打ちできないほどに。
サハーラで見せた鳴神ですら、まだ本気ではない。
ようやく本気を見せた悠馬は、口元を押さえ睨みつけるキングを嘲笑うように見下ろした。
神奈会長…バレたら大問題ですよ… (いいぞやっちまえ!)




