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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
フェスタ編
202/474

決闘

 しんと静まり返った室内。


 つい先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、可愛らしい女子生徒たちの声が聞こえなくなった室内には1つの影しかない。


 あの後いろいろとお話をして、互いに笑い合ったりしていたものの、流石に明日準決勝・決勝を控えた彼氏の部屋に、夜遅くまで長居をすることはよくないと判断したようだ。


 時刻は22時。

 少し早めの時間だが、明日に備えて眠るのもアリかもしれない。


 バッグの中から薬を取り出した悠馬は、冷蔵庫から水を取り、そして机に置く。


 これは10月の一件でお医者様からいただいた緑内障を抑える薬だ。


 元どおりまでとは行かないらしいが、人によってはほぼ元どおりの視界に、そして悪くても悪化は防げるようだ。


 まぁ、なにも見えなくなってしまえば薬も意味をなさないのだが、まだまだ初期状態に近い悠馬にとってはこれで十分だろう。


「明日は2連戦…エジプト支部のサハーラと、戀先輩かキング」


 多分、というか確実に戀が勝ち進むはずだ。


 レベルも実力も器もオーラもキングに勝っている戀が、まともにやりあって負けるはずがない。


 今日は八神の一件で冷静さを欠き、キングが決勝に勝ち進む前提で事を進めていたが、彼が勝ち進む可能性はほとんどない。


 戀の謎の異能を目の当たりにしていた悠馬は、そう判断する。


「あの見えないバリア的なものをどうにかできないだろ」


 悠馬が炎に氷、雷を使ってタイムアップだったのだから、それ以下の異能しか持ち合わせていないキングでは無理だろう。


 キングは自分の手で潰したかったが、同じ日本支部の代表選手にやられるなら構わないだろう。


 そんな事を考える悠馬は、扉がノックされる音を聞いて扉へと向かう。


「忘れ物か?」


 彼女たちが忘れ物をしたなんて連絡は来ていないが、何か忘れて戻ってきたのかもしれない。


 その結論に至った悠馬は、覗き穴から外を確認する事なく、戸惑いもなく扉を開く。


「え…」


「どうも。初めましてだよね」


 そこに立っていた、浅黒い肌の人物。


 悠馬の想像していた彼女たちでもなければ、そもそも女でもない。


 予想外の人物に硬直した悠馬は、何故彼がこんなところに現れたのか理解できずに眉間に皺を寄せる。


「と、とりあえず中に入る?」


 悠馬の目の前に現れた人物。

 それはエジプト支部代表のサハーラだった。


「…廊下で話せる内容じゃないから…頼むよ」


 悠馬の誘いを受け入れたサハーラは、案内されて室内へと入る。


 おそらく宿泊している部屋の作りは同じだろうから、なんの代わり映えもしない空間だろうが、そこは気にしなくていいだろう。


「明日の対戦相手のサハーラが…俺に何か用なのか?」


 ベッドに座った悠馬は、いきなり1番の問題について尋ねる。


 普通に考えて、試合の前日に対戦相手が部屋へ来ることなど、非常識だしあり得ない。


 だというのにサハーラはこの通り、悠馬の元へと訪れた。


 何か話したいことでもあるのか、それとも今日ここで何かをしでかすつもりなのか。


 常識破りな彼を見て不審そうな視線を強めた悠馬は、笑わないサハーラをじっと見つめる。


「単刀直入に言わせてもらう。お前はこの大会において手を抜いているだろ?」


「なんの話だ?」


 悠馬が手を抜いている。


 そう発したサハーラは、悠馬の目の動きを観察する。


 鋭い奴だ。

 他の支部の総帥ですら、悠馬が手の内を隠していることには気づいていないだろう。


 おそらく学生の中でだって、悠馬が手を抜いているのはサハーラしか気づいていないはずだ。


 こいつは人を見る目がある。

 いや、それなりの人を今まで見て来たからこそ、見る目があるのかもしれない。


「隠さなくていい。俺は異能を補助する為の武器を作る企業の、社長の息子だ」


「へぇ…」


 この異能社会を生きていれば、誰だって一度は耳にするだろうし、欲しいと思う内容だ。


 エジプト支部の一部の企業は、扱いづらい異能や、範囲制限がある異能を扱いやすくするために、補助武器を作っている。


 例えば、ライフルにスコープをつけるようなものだ。


 つまりサハーラは、武器商人というわけだ。


「親父の会社には、色んな支部の軍人が買い物に来る。多分だが、各支部の隊長は1回ずつは訪れているはずだ」


「大手なのか」


 おそらく、サハーラの父親は異能の補助武器取り扱いの最大手なのだろう。


 各支部の隊長クラスが武器を見に来ているという発言から、その事が容易に理解できる。


「だから俺は、それなりに人を見る目があると思ってる」


「そう」


 そりゃそうだ。

 隊長クラスのオーラや性格を見ていれば、誰が本当の強者なのかすぐに察知できるはずだ。


 しかも各支部の隊長クラスを見ているとすると、その観察眼は一国の総帥よりも鋭くてもなんらおかしくはない。


 自国の軍しか知らない総帥では辿り着けない観察眼を持っていてもあり得る話だ。


「お前は非正規の軍人か?」


「そんなわけないだろ?何を根拠に言ってるのさ」


 見当はずれな質問。

 いや、目の前にいる男がまさかあの暁闇とは思わないだろうし、妥当な質問というべきか。


 いい線にはいっているものの正解ではない疑問をぶつけたサハーラは、どうやら自身の観察眼で悠馬を軍人と断定したようだ。


「今日の試合を見るまでは、違和感すら感じなかった。でも今日の試合、お前のオーラは、各支部の隊長たちと同じものだった。いや、もしかするとそれ以上なのかもしれない」


 今日の試合を見るまでは、誰も違和感を感じてはいなかった。


 おそらく総帥たちだって、悠馬の過去を知っている奴ら以外は全員、手を抜いていることになど気づいていなかったはずだ。


 悠馬を隊長のオーラと同じだと呟いたサハーラは、悠馬を観察する。


「へぇ…総帥たちは気づいてると思うか?」


 一番の不安、それは他の支部の総帥たちに気づかれているという可能性だ。


 今日の試合は悠馬は冷静さを欠いていたし、いくら2人の空間だったからといって、殺意を向けるのは愚策だった。


「いや。彼らは意外と、見る目はないんだよ」


「そんなこと言っていいのか?」


「事実だからね。隊長を見たことがあるならわかるだろうけど、彼らは実際に対峙するまでは、なんの変哲も無い、凡人のようなものだ。総帥だって、彼らに殺意を向けられることはないだろう?」


 言われて見ると、サハーラの言う通りだ。


 総帥はテロリストに殺意を向けられることはあっても、同じ支部の隊長格に殺意を向けられることはない。


 だからサハーラの言う通り、案外総帥というものは数値上の強さ、ぱっと見の強さだけを重要視して、対象の奥底までは見ていないのかもしれない。


「ま。そんなことはどうでもいいんだ」


「?」


「暁悠馬。今からお前に、決闘を申し込む」


「へ?」


 総帥が気づいていようが気づいていまいが、どうでもいい。


 そう断言したサハーラは、悠馬に向かって決闘を申し込む。


「いや、どうせ明日戦うし…」


「そこでお前は本気を出さない。違うか?」


「うっ…」


 確かに雷や闇は使用を禁じられているから、総帥の前では使わないようにするだろう。


 そのことを見透かされていた悠馬は、バツの悪そうな顔をしながら奥の机へと目をやる。


「…お前、病気なのか?」


 悠馬の彷徨わせた視線の先。


 そこにある処方箋の袋に入っているであろう薬を目撃したサハーラは、眉間にしわを寄せながら問いかける。


「まぁ…そうだな」


 緑内障なんです。などと言えない悠馬は、サハーラの質問を肯定し、それ以上は何も言わない。


「…それは異能に制限時間が科せられたり…」


「いや、そんなのではないよ」


 異能を使った反動で、薬を飲まないといけないわけじゃない。


 いや、正確にはセラフ化のせいなのだから肯定しなければならないところなのだろうが、セラフ化は使わないし、制限時間云々などという彼の心配は無視していいだろう。


 普通の異能はいつでも使えるし、なんら問題はない。


「けど、質問がある」


「なんだ?」


「お前はどうして、俺の力が見たいんだ?」


 サハーラがここまでして、敵の部屋にまで乗り込んで決闘を申し込む理由がわからない。


 確かに全力は出さないだろうが、接戦を描くつもりではいたため、サハーラと今から行う決闘は心に深い傷を負わせるだけだ。


「俺は接戦や互角の戦闘なんて、どうでもいい」


「へぇ…」


「ただ、自分よりも強い奴と、自分よりもすごい奴と戦ってみたい。手を抜かれるのは嫌いなんだ。俺は観察眼で相手が手を抜いているのかどうかすぐにわかるし、何より手を抜いている奴と互角に戦って喜んでいる自分が、気に入らない」


 やるなら恨みっこなしの全力勝負。


 絶対的な力も、絶対的な自信を持っているわけではないサハーラは、ただ純粋に、自分よりも強い存在と戦ってみたいという好奇心を滲み出させている。


「…それで自分の心が折れるかもしれないんだぞ?」


「その時は俺の未熟さの責任だ。自分から挑んだ決闘に、後悔などしない」


 今回のフェスタで悠馬は、ファラーナやヴァズ、フレディと戦ってきたし、それなりに他の生徒たちの試合もしっかりと観ていたつもりだ。


 その中で、今目の前にいる男のような人物はいなかった。


 もし仮に悠馬が手を抜いていたことに気づいていたとしても、本気を出して欲しい。などという生徒は、恐らくいないはず。


 誰だって、相手が手を抜いていて自分が楽して勝利できるなら、それを自ら苦に変えることはしないだろう。


 しかし悠馬の目の前の男は、違ったようだ。


 純粋に格上と戦いたい、自分の力がどこまで通用するのか試したい。


 力を誇示するために使うのではなく、新たな挑戦をするために使う。


 これが本来の異能の在り方なのではないだろうか?


 きっと将来は、こんな人物が総帥になるんじゃないだろうか?


 そんなことを直感した悠馬は、後悔しないと断言したサハーラを見て、呆れたような笑顔を浮かべる。


「サハーラ。お前が後から何を言おうが、俺は責任を取らないからな。あと今日の試合、これについては一切の口外は禁止。それが呑めないなら、明日まで待て」


「構わない。俺からお願いをしにきたんだ。そのくらいの条件なら、呑む」


 責任を取らないのと口外禁止。


 金銭的な要求や、その他の要求まで視野に入れていたサハーラだったが、案外悠馬はそんなものを必要とはしていない。


 守りたいのは、万一キングが勝ち残った際に、悠馬が勝つという可能性を他の生徒に考えさせないようにすること。


 キングの株は、現在爆上がりしている。


 その理由は単純で、順調に勝ち進んでいた〝鬼神〟の息子である八神を一方的にボコボコにしたから。


 だから今回のダークホース、大穴はキングということになった。


 実際は八神のレベルは9なので当然のことだが、それを知らない生徒たちは、格下のキングが実力を見せて勝利したと勘違いしている。


 だから悠馬は、それを使ってキングを貶す。


 大注目のキングが、ポッと出の、イマイチ印象に残らない生徒が倒したらどう思うだろうか?


 自尊心を大きくし続けるキングが、格下に一方的にやられたら心はどうなるだろうか?


 だから万に1つでも、試合直前までにキングに負けて仕方なかった。などという思考を植え付けるわけにはいかない。


 マラソン中、ゴール直前で足の痛みに気づくより、ゴール直前で足を切り落とされた方が絶望するだろう。


 それと同じだ。


 キングには絶望してもらわないと、メンタル崩壊してもらわないと困る。


 サハーラが承諾したことにより、明日の悠馬の黒い計画に支障はなくなったと言っていいだろう。


「では、行こうか?」


「あ、そういえばどこで戦う気なんだ?」


 全てをすっぽかして、決闘の話しかしてこなかった2人。


 しかし一番の問題は、どこで戦うのかという一点だ。


 異能が厳しく制限されるこの社会で、しかも他支部でフェスタの代表選手たちが道端で異能を使うわけにはいかない。


 それはもはやテロ行為だし、警察案件になるのは確定。


 自支部の総帥からも怒られるのは目に見えているし、下手なところでは戦闘音が響くため、争えはしない。


 一体どこで戦うつもりなんだろうか?

 そもそも、その辺は考えていたのか?


 悠馬の周りには、あ、やべ。ノープランだった。的なふざけたやつらが多いため、不安が募る。


「大丈夫だ。言っただろ?俺は社長の息子。夜の会場くらい、押さえることはできる」


「よかった…」


 ひとまず会場の心配はしなくていいようだ。

 ニヤリと笑ったサハーラを見た悠馬は、安堵の表情を浮かべ、そして彼に続くようにして部屋を後にした。

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