八神の過去
真っ暗な世界。
彼方に煌めく数多の星々だけが、その黒く染まった心に光を灯す。
「……やっぱり俺には、異能なんて向いてないんだよ」
白髪の少年、八神清史郎は、悠馬とよく似た真っ黒な精神世界で1人呟く。
「…ねぇ、隊長。こんな時、貴女だったら俺になんて言葉を掛けてくれますか?」
それは今は亡き人への想い。
星々が煌めく空間で1人呟く八神の背中は、やけに小さく、今にも消え入りそうに見えた。
「おい起きろ!寝たふりかよ!朝だぞ八神ぃ!」
「ちょっと、その起こし方はないんじゃないの?桶狭間くん」
「女子は少し黙ってろよ。これは男の問題なんだよ」
「何よそれ。心配してるのは、私たちだって同じなんだから!」
騒ぐ通と、それを注意する女子。そしてその女子に反論して揉める栗田の間には、不穏な空気が漂っている。
まぁ、クラスの中心とも言える八神が一方的にぼこぼこにされてしまえば、誰だってムカつくし、イライラもするだろう。
半年かけてようやく噛み合ったはずの歯車が、八神の怪我というキッカケで少しずつずれていく。
そんな気がした。
「…悪いけどさ。俺、八神と2人で話ししたいから。みんな出て行ってくれない?」
「…おう。わかった」
「うん。わかった。さ?行こ?みんな」
二つ返事で答えた栗田は、それ以上は何も言わずに、その場から歩き始める。
女子も夕夏の指示のおかげで、大人しくその場から立ち去ることを決意したようだ。
反論しない栗田も珍しいな。などと考える悠馬は、人が居なくなった室内で、空いている椅子に座る。
「おかしいよな。お前を嫌ってたはずの栗田が、クラス内でもトップに躍り出るほどお前の心配をしてる。通だって、心の中では怒ってるはずなのに、いつものようにおちゃらけたキャラを演じてるんだぜ?」
なんだかんだで栗田も通も、八神のことを本気で心配している。
だから通は、いつも通りに接そうと馬鹿なキャラを演じていたんだ。
「お前はいつまで寝たふりしてんだよ。起きてんだろ?」
「…なんだよ」
あれだけ騒がれれば、仮に眠っていたとしても叩き起こされることだろう。
応急手当が終わったのか、頭に包帯を巻き、そして口元にガーゼを貼っている八神は、不服そうに寝返りを打つと悠馬を睨む。
「笑いにでも来たのか?」
「お前、俺がそんな奴に見えるのか?」
「…見えないな」
見えると言われたら悠馬はショックを受けて、今にも消え入りたい気持ちになっていただろうが、どうやら八神の評価はそこまで低くないらしい。
少し強気な姿勢をとった悠馬だが、八神の返事を聞いて安心すると、椅子の上で足を組み、頬杖をつく。
「…俺さ、昔は今と違って、もっとヤンチャな奴だったんだ」
「え?なんの話?」
「…昔話だよ。話したい気分なんだ」
どうしようのない気持ちを、誰かに共感してほしい。
少しでもいいから話して、気持ちを楽にしたい。
そんな気持ちがあった八神は、天井を見上げながら話す。
「父親は日本陸軍の隊長で、俺はスポーツ万能。小さい頃から馬鹿だったけど、異能だってレベル9で、大抵のことはうまくやってた」
今の性格からしてもなんでもできる完璧人間なのだから、そんな彼が自ら進んでリーダーシップを発揮していたら、かなりの支持を得ていたはずだ。
なんでもできるリーダー、指示通りに動けばなんとかなるなら、誰だってついていく。
「周りからもよく褒められて育ったし、本気で総帥にもなれると思って、中学からは異能島に通って総帥を目指そう、失敗したら親父みたいに日本陸軍に入ろうって、そう思ってた」
「へぇ…意外だな」
今まで一度も口にしたことのなかった、八神の夢。
まさか軍人や総帥を目指していたとは知らなかった悠馬は、椅子に深く座り頷く。
「…そして俺は理想通り、自分の夢の通りに異能島への中学校特待入学の権利を得た」
中学校の特待生制度は、高校に比べるとかなり緩いもので、花蓮のようなレベルも高くてアイドルをしている。などというクオリティじゃなくても、入学が可能となっている。
八神はレベルも9だったから、中学校の特待生としては十分なレベルだったはずだ。
「まさに全盛期。みんなが俺のことを持て囃して、褒めてくれて。それが嬉しかった」
誰だって褒められて嫌な気持ちになる人なんていない。
それも小学校から中学の間ともなると、喜びしか感じないはずだ。
誰が嫌味で言っているのかなんて、幼い自分にはわからないのだから。
「それで俺、調子に乗ってさ。世界大戦、お前は覚えてるだろ?」
「…ああ」
あの戦争さえなければテロが起こることも、親が死ぬこともなかったのかもしれない。
そんなことを考えていた悠馬にとっては、いや、全国民も一緒だろうが、忘れられるわけのない記憶だ。
「志願兵になったんだ」
「…は?」
戦争において、18歳未満の生徒を軍事行為に参加させることは、国際法により禁止されている。
仮にその人物がいくらレベルが高かろうが、覚者であろうが、それは絶対であり不変。
その法律を日本支部が破ったというのだから、驚きもするだろう。
「もちろん、小学生の調子に乗ったガキのできることなんて、たかが知れてる。俺は後方支援部隊だった」
法律を破った行動。
八神から告げられた真実は、悠馬を混乱させるためには十分すぎるものだった。
あの戦争では、少なからず18歳未満子供達も死んでいる。
おそらくそういうことだ。
「お前、志願兵って…どうやってなったんだよ…」
「…俺は親も軍人だったから。日本支部が戦力不足だったことを知ってしまった。その時の俺は、自分なら戦力になれるって本気で思ってたから…親に無理言って、反対を押し切って参加させて貰ったんだ」
まさに最盛期。
異能島への特待入学も決まり、周りからはすごいと持て囃されていた八神はきっと、本気でこの世界を変えられると思っていたのだろう。
この先の結末も知らずに。
「後方支援部隊はさ…武器の用意とか、食べ物の準備とか、そんな、戦争とは程遠いことをするところだった」
「だろうな…」
父親が隊長なら、戦争の危険性も、怖さも知っているはず。
そんな八神の父親が息子を戦地に繰り出すはずもなく、安全な場所で仕事をさせるのは当然のことだ。
「周りはみんな年上だったけど…みんな俺のことを可愛がってくれてさ…友達っていうか、親戚みたいで…戦争なのに、旅行に来たみたいで凄く楽しかったんだ」
本当の戦場を知らない者が後方の安全な場所にいれば、そう錯覚してしまうのも仕方のないことだ。
特に小学生だった八神に、そんなグロテスクな光景を見せれるはずもなく、八神はそういう戦争の汚いところを全て隠されて支援をしていたのだろう。
「俺の所属は愛坂隊長の部隊で…隊長は一緒に風呂に入ってくれたり…一緒に寝てくれたりして…惚れた」
「!?」
なんだこいつ。
急に自慢話に変わったのか?
そう聞きたくなるほど、突然変貌した内容。
先ほどまで戦争の話だったというのに、隊長と風呂に入ったり、寝たり…多分間違いなく女の隊長だったのだろう、正直羨ましい。
八神の自慢話を聞いて、俺は花蓮ちゃんいるし。などと見栄を張る悠馬は、少しだけムッとしている。
「でも、そんな日は長くは続かなかった」
「…」
「戦況が悪化したロシア支部は、トップが不在だったから、指揮を取っていた旧冠位・覚者を投入した」
「そりゃぁ…やばいな…」
死神やチャンを見ていれば、そのヤバさがわかる。
1人で戦況を揺るがしかねない存在の乱入は、戦争においては1番の恐怖だ。
「その覚者はさ…俺たち後方支援部隊を狙ったんだ」
「っ…」
よくよく考えてみれば、簡単な話だ。
支援、補給手段を断てば、前線の補給は途絶えるわけであって、そこを狙うに越したことはない。
覚者ともなれば、後方まで容易に動けるだろうし、もしかすると前線から後方にまで異能をぶつけることもできるかもしれない。
「俺はそこで悪魔を見たよ…俺じゃ到達できない、俺じゃなれない化け物の姿が、そこにはあった」
幼い頃に、覚者の、しかも人を殺すための異能を見るのは、刺激が強すぎる。
「それで…今になったのか?」
「…違うよ。俺以外みんな殺されたんだ。ソイツに…愛坂隊長も、俺を庇って死んだ」
「そう…だったのか」
「俺は怖くて。震えが止まらなくて…動けなくて…ずっと隅っこで隠れてた。…俺の異能で何かをコピーできていれば、みんな救えたはずなんだよ…俺が殺したんだ…」
悠馬と同じく、幼き日に植え付けられたトラウマ。
復讐を誓った悠馬とは反対に、八神はそこで絶望をしてしまっていた。
だから今まで八神は自分を嫌い、そして異能を使うことを拒んで来た。
「覚者はお前を見逃したのか?」
「…戦神が来た。そこで俺は、2度絶望したよ。戦争不適合者なだけじゃなくて、異能すらも、敵わないと知ったんだ」
人の死に耐えられない、人が危険な時、いざという時に動けない。
そんな戦争には適していない一面を持っていた八神は、自分が仲間を見殺しにしたと考えていた。
そして覚者の異能を見て、自分の異能と比較し、絶望することとなった。
「今回、俺がフェスタに出たのは…多分、まだ自分に何か残っていて…夢を追いかけようとしてたからだ」
「そうなんだ」
「でも俺には無理だ。何もできないし、何も救えやしない。何年経っても、それだけは変わらなかった」
「八神…ある人からの受け売りなんだけどさ。後悔する前に向き合えよ」
木場の受け売り。
かつて逃げ出そうとした悠馬に逃げないことを決心させた言葉は、この一言だった。
「…なんだよそれ」
「お前は過去という壁に向き合わずに、逃げ出したんだよ」
「お前に…何がわかるんだよ!」
「じゃあ聞く。お前はその愛坂隊長の墓にお参りに行ったのか?他の仲間の墓には行ったのか?」
「それ…は…」
きっと八神は、自分だけが生き残って、のうのうと生きていることに負い目を感じている。
墓の前まで行って、相手の親族に遭遇して心無い言葉を投げられることを想像し、恐れている。
八神は過去に囚われ、そして立ち止まっているのだ。
「俺から話すことはもうない。後は自分でどうにかしろ」
これ以上かける言葉はない。
自分自身の問題は、自分で答えを掴み、そして提示するしかないのだ。
八神の過去を知り、そして逃げるなとだけ伝えた悠馬は、八神の返事など待たずにその場を後にする。
「よ、悠馬」
「美沙…」
扉を開けてすぐ。
誰も待機していないことに安心しようとした悠馬だったが、その空間にはひとりの女子生徒、國下美沙が立っていた。
「今はやめとけ」
「大丈夫。ふざけたことを言いに行くわけじゃないから。私も少し話してくる」
珍しくおちゃらけた雰囲気のない美沙は、悠馬の忠告を無視して扉を開ける。
「よっす八神〜、怪我はどう?」
「問題ない…けど…少し1人にさせてくれないか?」
「話、全部聞いた」
「っ…そう」
悠馬にだけ話した、過去の話。
まさか盗み聞きされているなどと思わなかった八神は、布団を強く握り締め、そして俯く。
「八神も向き合ってないんだ」
「だったら何?俺の今の気持ちもわからないだろ」
「わからない。けど、私はさ。モデルやってた時、どう頑張っても人気が出なくて…仕事もらえなくてさ…楽な方に逃げた」
「なんの話だよ」
全く関係のない話を始めた美沙に、八神は冷たく当たる。
「枕営業したの。すっごく楽だった。今までの苦労が嘘だったみたいにお金もらえて、仕事もらえて、知名度上がって…つい最近まで、私はそれが正しくて、間違ってないって思ってた」
枕営業も1つの答えだ。
時に楽な方に逃げるという選択をすることで、功績を残せる存在もいる。
昔を思い返すように、懐かしそうな美沙の話は続く。
「でも、最近さ。私、自分と向き合えてないことを知った。枕営業みたいに言い寄って、告白して…本気なのかって聞かれて、言葉を濁した」
「多分、本気だったと思う。だけど、自分に自信がなくて、自分と向き合えてなかったから…身体を使って誘惑したんだと思う」
悠馬に告白をして、振られた。
そのことを思い出しながら話す美沙は、胸元を抑えながら、苦しそうに話す。
「それが俺になんの関係があるんだ?」
「本気で向き合おうよ。一歩踏み出すのが怖いのはわかる。お墓、行こ?1人が怖いなら、私が付いて行く。それが嫌なら、悠馬がきっと付いてってくれる」
「お前らには関係ないだろ!もう終わってるんだよ!何もかも!心入れ替えたって、何したって死者は戻らない!俺はこのままでいい!」
このまま何も為さずに、何も起こさずに、卒業さえできればいい。
声を荒げた八神は、布団を思い切り叩き美沙を睨む。
「じゃあなんで、そんなに苦しそうな顔してるの?まるでこの間までの私みたい…」
自分と向き合えないから、女の武器を使って誘惑し続けた美沙。
自分の過去と向き合えないから、取り繕って上辺だけ取り繕って過ごしてきた八神。
きっと、過去に大きな異なりはあるが、前に進むキッカケはどちらも同じだった。
本気で向き合う。勇気を持って踏み出す。ただそれだけ。それをするだけで、人間は少しだけ成長する。
「……うっ…ぐっ…」
堪えていた涙を、堪えていた嗚咽を漏らす八神は、その場で顔を隠し、泣きじゃくる。
ついに200話到達しました!
八神くんが自分を好きになれない最大の理由は、隊長を見殺しにしてしまった自責の念です。
悠馬を羨ましがっていた理由は、「悠馬ならあの時…」と、自分の立場に立った悠馬なら結末を変えれていたかもしれないと思っているからです。
彼の過去については、フェスタ後にもう一つ話が入ってくる予定です!




