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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
入学編
20/474

亀裂

 大粒の雨が、徐々に小雨になり、雷雨が落ち着き始めた放課後。


 人気のない廊下に記されていた標識には、4という文字が記されていた。


 ここは西側校舎の4階。本来であれば移動教室の実験の時や、映像を見るために使用される教室が準備されている階層だ。


 そんな人気のない、薄暗い廊下。


 分厚い雲が空を覆っているということもあり、外からの光が一切ないその空間は、まるで心霊スポットのような、どんよりとした空気を醸し出している。


 これがもう少し夏に近かったら、男子生徒たちも面白がって肝試しをすることだろう。


 そんな中を、1人で歩く男子生徒の影が見える。ゆっくりと、落ち着いた雰囲気で100メートル以上もある廊下を歩いていく。


 反対側、つまりは東側の校舎から見ると、お化けだと勘違いされそうなほどのゆったりとした歩き方だ。彼は今日、ここにある人物を呼び出していた。


 階段から聞こえていた生徒たちの騒がしい声が聞こえなくなってから数分。廊下の端まで歩ききった男子生徒は、壁に寄りかかり、その場に座り込んだ。


 男にしては少し長めの茶色の髪を手でいじりながら、レッドパープルの瞳は、階段の方をじっと見据えている。悠馬である。


 落ち着いた様子で廊下の隅々を見渡した悠馬は、呼び出した相手が来ていないことを確認すると、何もない天井を見上げため息を吐いた。


「静かだなぁ」


 悠馬がそう呟いてから数秒。下からコツコツと階段を登る音が聞こえてくる。


 夕夏のような丁寧な歩調ではなく、ガサツな足音だった。


 その足音を聞いて、片手をついてゆっくりと立ち上がった悠馬は、現れた男を見ると笑みを浮かべて、軽く会釈をしてみせた。


「初めまして?だよね?神宮くん」


 そう、今日悠馬が呼び出した相手とは、Bクラスに所属し、2週間前に夕夏に告白して玉砕した生徒だった。


 ゆっくりと悠馬の元へと歩いてくる神宮は、返事をせずに悠馬と数メートルの距離まで近づくと、ニッコリと笑みを浮かべて少しだけ会釈をした。


「ああ。初めまして。暁。しかし、いきなり初対面の相手を呼び出してどうしたんだよ?悪いが、俺は男漁りの趣味なんてないぜ?狙うなら他の男を狙ってくれ」


 悠馬に呼び出された理由がわからない神宮は、大げさに両手を広げて見せると、悠馬を馬鹿にしているような、下に見ているような発言をしてくる。


 馬鹿にしたような黒い瞳が、悠馬のレッドパープルの瞳と目が合い、そして睨みつける。


「悪いが俺も、男漁りの趣味はない。今日はちょっと、聞きたいことがあってお前を呼んだんだ」


 高校に入ってはじめてきた男からの呼び出し。


 勝手に果たし状だと思っていた神宮は、悠馬の聞きたいこと、という発言を聞いて少し警戒心を解いたのか、睨みつけていた視線を、元に戻す。


「なんだい?俺が知ってることなら教えてあげるよ」


 自分に聞きたいことがあるならなんでも聞いてくれと言いたげな表情の神宮は、自信満々な笑みを浮かべている。


「そうか。ありがとう。じゃあ本題に入るよ。お前、ここ最近起こってる学生を刃物で襲う事件のこと知ってるか?」


「もちろん。今日のホームルームで聞かされたよ。それがどうかしたのかい?美哉坂さんはお気の毒だったね」


「関わったりしてないよな?」


 悠馬のストレートな質問。それに対して神宮は、浮かべていた笑みを消し去り、冷たい表情で悠馬の方を見ていた。


 まるでつまらない質問をされたような、時間の無駄だったというような。


「暁、お前もしかして美哉坂が襲われたから、振られた俺が腹いせでやったって言いたいのか?」


 先ほどの笑みはどこにいったのかと言いたくなるような、怒気のこもった言葉。


 今にも殴り掛かろうとせんばかりのオーラを纏った神宮は、悠馬に一歩近づくと異能を発動させながら問いかけた。


「動機としてはあり得るだろ。絶対に後悔させてやるって発言したって聞いてるしな」


「ふ、ふふふふふ!はははは!面白いなお前!それで刃物で切りつけて、はいおしまい?俺がそんなことするわけないじゃん!」


 悠馬の予想があまりにも的外れだったのか、発動させようとしていた異能を取り消し、お腹を抱えながら笑う神宮。廊下には、彼の高笑いが響き渡る。


 動機としては十分あり得た。


 神宮の発言、性格、素行を調べていた悠馬は、彼なら本気でやり兼ねないと判断し、こうしてこの場で問いかけたのだ。


 しかし、彼は今回何もしていなかったようだ。爆笑する神宮を見た悠馬は、ただの思い過ごしでよかった。と心の中で安心していた。


「そんな中途半端なことしないよ。俺だったら、もっと虐めてあげるよ。泣いて助けてくださいって懇願するまで嬲って、最後は舌を噛み切って自殺させるくらいはしないと、俺の気持ちは治らないね!ナイフで切りつける程度の怒りな訳ないじゃん!俺の、この俺の告白を断ったんだぞ?わざわざアイツのために時間まで割いてやったのに!何様のつもりだ!」


 安心するにはまだ早かったようだ。


 昨日起こった事件よりも、もっとヤバい事件を起こしそうなやつを目の前にした悠馬の瞳は、いつの間にか光のない黒へと変わり、気づけば神宮のすぐ横に立っていた。


「これは忠告だ。神宮。美哉坂に二度と手を出すな」


「はぁ?手ェ出したらどうすんだよ?言ってみろよ!」


 悠馬のアットホームなオーラが消え去り、急激に寒気が増してくる。


 それでも神宮は、怯えたそぶりもなく悠馬を睨みつけた。


「手を出したら…お前を消すよ。俺は邪魔をされるのが大嫌いなんだ」


 真っ黒な瞳で、神宮へ向けて笑みを送った悠馬は、彼の肩を一度叩き、「わかってくれたかな?」と囁くと、階段を下っていった。


 取り残された神宮。彼の顔には、恐怖と怒りの混ざり合った感情が見え隠れしていた。


 悠馬のレベルは話で聞いた限り8。俺と同じレベルのはずだ。なのになんであんな奴にビビってるんだ?どうしてすぐに身体が動かなかった?俺は…今まで欲しいものを手にしてきた。


 それなのに南雲は…美哉坂は…暁は俺の邪魔を!


 納得のいかない神宮は、横にあった壁を強く蹴り、怒鳴り声をあげた。


「ふざけんじゃねぇ!」


 神宮の怒りの叫びが、廊下に響き渡る。



 ***



 降り止まない雨。寮の中へとたどり着いた悠馬は、勝手に寮内を物色し、美味しそうにチョコを食べている男子生徒に冷ややかな視線を送りながら、カバンを置く。


「よぉ、遅かったなー」


「なに自分の寮みたいに振る舞ってんだ」


 まるで遊びにきた友達が家に来るのが遅くて、先にゲームを始めてしまったかのように手を振った連太郎をみて、悠馬は冷たく罵る。


 寮内を照らすオレンジ色の光のおかげで、外の天気のことはあまり気にならない。流石は国が作ったと言うべきなのか、雨音1つ聞こえないのだ。とても嬉しい。


「悪い悪い。ちょっと話しておきたいことがあってよぉ、一般人のお前じゃ、聞けないような情報仕入れちまって。一応親父に悠馬に話していいって許可はもらってる」


 白い歯を見せて笑う連太郎。

 ここで少し、連太郎という人間について触れることにしよう。


 本名は紅桜連太郎。身長は173センチ。

 そんな彼の実家は、少しだけ変わっていた。


 今のご時世、異能を取り締まる為に、警察は四苦八苦していた。


 なぜなら、異能対策課などと名乗りながら、警察側は異能を使わずに逮捕しなければならないのだ。


 国際的な指名手配犯なら異能を使っての確保もやむなしだが、ちょっとした泥棒や通り魔に異能を使えばそれだけで炎上不可避だ。


 例を挙げるなら、警察官から拳銃を奪って人を殺めた輩を、偶然居合わせた警官が銃で攻撃する。これだけでも、意見は賛否両論だった。


 殺して正解という輩と、銃を使わずとも確保できたんじゃないかという輩。


 異能を使った犯罪でも、そういう意見は別れているのだ。そんな中、日本支部はあることを考えたようだ。


 警察は表立って異能を使うことができない。国民から反感を買いかねないからだ。ならば、〝非公式〟に〝裏〟で動ける部隊を発足するべきなんじゃないか、と。


 そうして作られた警察の裏部隊が、紅桜家を筆頭とする非公式の組織だった。国民には話せない事件事故を秘密裏に処理をし、表に出さないように片付ける。


 そんな仕事を請け負っているのが、連太郎の実家だ。


「聞かせてくれ」


 わざわざ寮にまで来て、話をしたいということはよっぽどの事なんだろうと判断した悠馬は、ダイニングにある椅子の1つに座って、話を聞き始めた。


「3週間前、神器を保管している東京の博物館が襲撃されて、そこに展示されていた約6割の神器の行方が分からなくなってるそうだ。警察は捜索中らしいが、まだなにも手をつけれていないらしい。お前の神器は大丈夫か?」


 連太郎にそう問いかけられ、悠馬は自身の契約している結界の神器を何もない空間から取り出してみせる。


「そもそも俺のは俺が呼べばこの場に来る。盗まれたって意味をなさねえよ」


「はは、そりゃそうか」


 しかし、神器を盗まれたとなると大問題だ。博物館に保管されている神器というのは、ほとんどがどこかのお偉いさんが、飾るだけなら良いですよと貸し出してくれているようなものだ。


 加えていうなら、おそらく殆どの神器に契約者が存在していたはず。


 そんなものを盗まれたと公表すれば、大騒ぎになること間違いなしだろう。


「んで今回。盗まれた神器から割り出された神と、異能島で被害にあった生徒が契約していた神が一致した」


「…どういうことだ?」


 神との契約というのは、そう簡単に破ることのできるものではない。


 基本的には死ぬまで契約は解除されず、途中で神が見放した、つまりは契約者が犯罪者や悪人といった、悪行に手を出し始めると一方的に解除されるのだ。


 今回の事件では、傷を負っている学生はいるものの、死人は出ていないし、悪行に手を出し、一方的に神に見放されるということもないだろう。


「それが俺にもわからなかったんだけど、今日の朝新たな情報が入った。異能島で被害にあった6人の生徒の中で2人、結界が使えなくなったと証言した生徒がいるらしい」


「は…?」


 つまるところ、死亡もせずに、悪いこともしていないのに、契約が無効化されたということになる。


「そしてここからが、お前にとっては最も重要な話だと思う」


「なんだよ」


 今のだけでもかなり重要な話だった。何せ、自分の結界が奪われる可能性が出て来たのだから、無視できない事件なのは間違いない。


「盗まれた神器の中には、天照大神、つまりは美哉坂夕夏の神器も含まれていた、って事だよ」


「っ!」


 悠馬は椅子からガタンと立ち上がり、目を見開く。

 薄々は気づいていた。連太郎がこの話をし始めて、被害者の2人が結界を使えなくなったと聞いたとき、身近で最近襲われた夕夏が頭に浮かんだ。


「もっと他の情報はないのか?」


「いつになくやる気だね〜、でもこれ以上の情報はまだ入って来てないよ」


 悠馬が何故こんなにも慌てているのか。それは夕夏が被害者だからだ。


 悠馬は夕夏に、家族愛のようなものを抱いていた。いつも寮に来てくれて、他愛のない話をしながらご飯を食べる。ご飯を食べながらテレビを見て、笑い合う。


 悠馬はそんな小さな幸せが気に入っていた。まるで、自分の家族を失う前に戻れたかのような、そんな気持ちになれた。


 やっと止まった時間が動き出したと、そう思えた。だからこそ、その時間を誰にも邪魔されたくなかった。笑い合える時間が欲しかった。


 なのに昨日、彼女は怯えていた。後ろから刃物で切りつけられ、怪我を負ってしまったから。


 その怯える姿を見て、悠馬は過去と重ねた。


 3年前、悠馬はなにもできなかった。見ていることしかできなかった。でも、今回は違う。


 今度こそ自分の小さな幸せを守るんだと決意した。


 そして神宮に連絡を取り、脅した。


 結果として危険因子を見つけられはしたものの、昨日の犯人とは繋がらずじまいだったのだが。


 連太郎から話を聞いた悠馬は、瞳の色を真っ黒に変え、歪んだ笑みを浮かべる。


「邪魔する奴は全部駆除する」


「おいおい、あんまり派手にやるなよ?警察は俺の顔でなんとかなるけど、理事会はわかんねえ。それに、肝心の美哉坂夕夏に結界のことを聞いてみないと、なにもわからないままだ。まずは落ち着いて、美哉坂ちんとコンタクトを取れ。そして俺に連絡しろよ」


「わかってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃない。闇雲に敵を探したところで見つけ出せないのはわかってる」


 どうやら、他人の言葉を冷静に聞き分ける程度の落ち着きはあるようだ。黒くなっていた瞳を元のレッドパープルの瞳に戻した悠馬は、そう連太郎に微笑みかけた。


「じゃあ、頼んだぜ。ちゃんと聞き出せよ」


「ああ。頑張るよ」

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