入学試験
忙しく鳴り響く機械音。
部屋の中に鳴り響いたアラームのおかげで最悪な夢から目覚めた悠馬は、まだ眠そうな表情でアラームへと手を伸ばす。
最近見なくなったと安心していたのだが、まさか高校入試当日に見てしまうとは思いもしなかった。
実に幸先の悪いスタートだ。
ベッドから降りた悠馬は、3年前のことを思い出しながら入試へ行く支度を始める。
約3年前。新博多で起こった日本支部解放軍のテロは、最終的には1000人を超える犠牲者を出して終息した。
その場に居合わせ、生き残ったのはたったの2人。
1人が悠馬で、もう1人が…。
悠馬はあの日、家族というものを失ってしまった。
今は父の両親、つまり悠馬からすると祖父、祖母の家でお世話になっているが、祖父と祖母は悠馬のことをよく思っていなかった。
理由は単純だった。
三年前の悠馬は聖能力、炎、氷、雷という六大属性呼ばれる異能のうちの4つを保有していて、世間では神童、将来は約束されていると持て囃されていた。
しかし、悠馬はテロの起きたあの日、異能が反転してしまったのだ。
反転というのは本来滅多なことがない限り起こらないとされる、自身の保有していた異能が対となる異能へと変わってしまう事だ。
悠馬はその反転の結果、聖異能から闇異能に反転してしまったのだ。
闇異能というのは、聖異能が反転すると発生する異能で、大抵は何らかの強いショックや、憎しみなどの負の感情が募りに募って発生すると言われている。
世間一般ではそれを闇堕ちといって、あまり良いイメージを持たれない。
それには2つの要因があった。
聖能力というのは、文字通り聖なる力だ。
漫画や小説で言うなれば教会の聖女さま的な。
だから一部の地方の人には信仰の対象とされているし、みんなから羨望の眼差しで見られる異能No.1だと言っても過言ではない。
対する闇堕ちは、その真逆だと考えてもらって良い。
六大属性にも選ばれているのに、使いたくない異能No.1として他のどんな没能力よりも見下されている異能だった。
そしてもう1つの要因。
それは悪羅百鬼という国際的な犯罪者が、闇堕ちだということだ。
悪羅百鬼は、出没しては大量虐殺を繰り返す快楽殺人犯で、一番大きな罪状を話すと先代の異能王の殺害を行なっている。
異能王とは300年前、全ての秩序が崩壊した世界で、新たな秩序を作り世界に平和をもたらした人物から代々受け継がれてきた、言うなれば世界の王様だ。
戦争の抑止力とされ、世界平和の役割を担っている。
当然のことだが、戦争の抑止力である為、異能も凄まじい。
ちなみに異能はレベル分けされていて、最高レベルが10で、最低レベルが1とされている。
レベル1は異能が使えない人間で、現代には存在していない為、俗称〝旧世代〟だ。
つまり、今は最低レベルが2だ。2はないも同然の異能、葉っぱをほんの少し動かす程度の力だと思ってもらえるといい。
だがレベル10ともなると、その力は化学兵器と同等かそれ以上となり、戦場をたった1人で駆け回るほどの実力を有している。
異能王のレベルは、当然最高レベルとして認められている10だ。
悪羅はそんな異能王を殺し、逃走した。
そのせいで世界の均衡は崩れ、第五次世界大戦が勃発したのだから、闇堕ちが嫌われてもおかしくないのだ。
そんな理由もあって祖父は悠馬に、いくら孫と言えどお前を長くは家に置きたくない、高校は寮に移れと言ってきたのだ。
支度を終えた悠馬は、仕事に行ってしまい誰もいない家から出ると空港へと向かった。
何度も言うが、今日は入試なのだ。
俺は日本支部最高峰と名高い全寮制の異能島の入試を受けて、祖父の家とおさらばするんだ。
ーそして悪羅に復讐するんだ。
その決意を固め、拳をギュッと握った悠馬は、大きな一歩を踏み出した。
***
東京の沖合から約30キロ先にある異能島。
入試当日ということもあり、飛行機の中はあまり人が多くなかった。
多くの生徒は入試の前日から島に入り、寮を選択して翌日学校へと向かうらしいが、どうやらそうしている生徒がほとんどだったようだ。
人気のない空港へ降りて、中学校の学生証を見せてゲートを通過する。
ゲートを通った先で手渡された携帯端末の学生証らしきものを手にして、悠馬は自身が入試を受ける学校が行き先のバスへと乗り込む。
バスの中。こっちもまた人が少ない。
バスの中に乗っている中学生は4人だけで、みんな緊張で表情が強張っている。
悠馬も内心、ちょっとだけ心配していた。
この異能島は、日本支部でも最高レベルの学園都市。
世界からも注目されているし、就職率、進学率共に驚異の高さを誇っている。
世間では、異能島へ入学が決まれば将来が約束される。我が子には是非異能島への入学を勧めようと挙って親が入学を勧めたりもしているそうだ。
その為、異能島の入試の倍率は、毎年3桁を超えていると聞く。
そんな三桁倍率の中に飛び込むというのだから、学生が緊張しまくるのは当然のことじゃないだろうか?
何しろ人生初の入試が、日本支部の頂だなんて想像しただけでも頭がクラクラしてくる。
表情こそ変えないものの、少しだけ手汗を拭いた悠馬は外の景色を眺める。
学園都市ということもあり、車の交通量はかなり少ない。
窓から見える景色は、学生の理想を詰め込んだような、そんな街並みだった。
「間も無く、第1異能高等学校前〜」
バスの運転手が次の停車先を告げるとほぼ同時に、様々な色の制服を着た学生たちが歩いているのが見えてくる。
まるで有名テーマパークに来たのかと誤解してしまうほどの学生の数に、悠馬は窓に張り付きながらその光景を見つめた。
流石に多すぎる。軽く8000人は超えてるんじゃないだろうか?
異能島の第1異能高校、略称第1に入学できる生徒の数は約90人。
つまりこれだけの人数が集まったところで、入学式当日には3クラス程度の生徒しか残っていないのだ。
どうやら噂の入試倍率三桁は事実だったらしい。
予想していたこととは言えど、これだけの学生を目にすると萎縮してしまうのもわかる気がする。
バス停で停車したバスを、車掌さんに一礼してから降りる。
「おい、道開けろよ!俺を誰だと思ってやがる!」
「こっちまだスペースあんだろ!そこ通れよ!」
バスを降りると直ぐに、既にヒートアップしているのか、少し揉み合っている男子たちも目に入る。
この島の入試に来ている生徒というのは、基本的に高位能力者である。
高位能力者はレベル7以上の異能力者を指し、レベル7の生徒ともなると、小中学校は周りにチヤホヤされながら育った生徒たちだ。
つまり俺って選ばれた人間なんじゃね?と勘違いしている学生も多い。
そんな自分のことを選ばれし者などと考えている生徒たちが一同に顔を合わせると、揉め事も起きてしまう。
ここにいる学生たちの目指す最終目標というのは、大抵は同じなのだ。異能王や総帥、その他の国家管理職。
自分ならそれだけの力を持っていると、そう自負して、周りからもそう言われて育って来たに違いない。
みんながみんな、理想と夢を抱いてこの島への入学を目指す。
総帥というのは、首相みたいなものだ。
異能だらけのこの日本支部を纏め上げ、世界各国と対等に話し合いをし、異能王に直接意見を言える立場。
要するにこの国のトップだ。
「っ!もう我慢の限界だ!お前をここで叩き潰してやる!」
「んだとコラ!調子乗ってんじゃねぇぞこの無能が!」
悠馬がボケーっと突っ立っていると、先ほど揉めていた生徒たちがついに殴り合いを始めようとしていた。
どうやら口喧嘩では勝敗を決めれなかったようだ。
今にも異能を使おうとする男2人のヤバイ雰囲気を察し、周りの学生たちは徐々に離れていく。
「何アレやばくない?」
「先生とか呼んできた方がいいのかな?」
いくらこの場にいる学生たちが日本支部内で優秀と言えど、彼らもまだ中学生。
当然のことだが、男同士の喧嘩に仲裁に入る度胸のある女子生徒はいないし、男子だって見て見ぬ振りをしてやり過ごそうとする。
そんな中、亜麻色の髪の女子生徒が男の間に割って入った。
「入試前に揉め事を起こしたら、成績に関わらず不合格になりますよ?」
「あ?うるせーな!これは俺とコイツの問題なんだよ!部外者はすっこんでろ!」
額に青筋を浮かべ、向かいに立つ男子生徒に殴りかかろうとするガタイのいい方の男。
対するガタイが良くない方の男子は、異能を使うのか指先から炎を出していた。
「どけよ!避けねえとケガするぞ!」
直後、ゴッという鈍い音が響き、悠馬の身体は強い衝撃を受けて転んだ。
「やべっ!」
男2人の悲鳴にも近い声。
え?なんで俺?と訳のわからないと言いたげな表情を浮かべる悠馬。
まるで腹部全体を鞭で打たれたかのような痛みに、重くのしかかった何かを見た悠馬は驚きのあまり手をワタワタとさせる。
「え?あ…ごめんなさい?」
先ほどまで男子生徒2人を仲裁しようとしていた亜麻色の髪の少女が、悠馬のところまで吹き飛んで来たのだ。
僅か数メートルの距離だったから、そのくらい吹き飛ぶものかな?などと考えながら、悠馬は片手に柔らかい感触を感じる。
つい先ほどまで硬い携帯端末を持っていたはずなのに、急に柔らかくなってしまった。
視線を落とすと、俺の横に落ちていた携帯端末はひび割れてブラックアウトしていた。
じゃあこの感触はマズイんじゃないか?
ゆっくり視線を下ろすと、悠馬は亜麻色の少女を受け止め、右手は胸を掴んでいた。
胸。おっぱいだ。初めて触れたその制服越しの感触に、悠馬は思考停止に陥る。
「は、離して…!」
吹き飛ばされた女子生徒も一瞬の出来事で理解が及んでいないようだ。
悠馬をバッと押して離れた女子生徒は、慌てて逃げる男子2人を眺めてから悠馬の方を睨みつけた。
「今のことは誰にも話さないでください。いいですか?」
「はい…」
入試会場へ向かっていた生徒たちは、先ほどの光景を見ていた為か、見世物のように悠馬の顔を覗き込みながら階段を登っていく。
亜麻色の髪をした少女も、耳まで真っ赤にして階段を登っていってしまった。
おそらく、胸を揉んだことを言いふらすなという忠告だったのだろう。
本当に、入試当日からとことんツイてないなぁ…
心の中でそう嘆く悠馬は、起き上がると階段を登り、指定された教室へと向かった。
行く途中で遭遇した先生らしき人物に、携帯端末が壊れてしまったことを告げ、新たな端末を渡してもらう。
これがもし仮に有料ですよ。などと言われたら絶望していたところだが、その心配はいらなかったようで快く差し替えて貰えた。
第1の試験科目は2つある。
1つ目はペーパーテスト。
どこの高校入試でも受けるような中学校までの学力を測るためのテストだ。
そして2つ目は、異能を使用した試験だ。
こちらは本土の学校では通常行わない試験で、生徒たちの異能力を正確に評価するために行われる試験だ。
本土ほど規制が厳しくない異能島ならではの入試内容となっていて、この試験はペーパーテストの翌日、つまり明日行われることになっている。
先ずはペーパーテストからだ。
指定された教室の席に着いた悠馬は、配られたテスト用紙を見つめ、開始のチャイムが鳴ると同時に筆を走らせた。