不穏
大会3日目。
ある程度の実力者が出揃った為か、早い時間から会場入りしている生徒たちの数は日を追うごとに多くなっている気がする。
「…はぁ…」
そんな中、普通の生徒たちが出入りすることのできない選手控え室の中からは、深いため息が聞こえてくる。
白髪に青目の少年、八神清史郎は、頭を抱え机に項垂れる。
「何やってんだろうな…俺は…」
こんなはずじゃなかった。こんなつもりじゃなかった。
そもそもフェスタに出場することすら望んでいなかった八神は、自分が3回戦にまできてしまったことに戸惑いを隠せない。
「まだ夢は捨てきれない…ってか」
何かを隠している八神は、自分の夢を諦めていたのか、それとも諦めきれずにいるのか、独り言をつぶやく。
「俺には無理なんだよ。最初からわかってんだろ」
レベル9でありながらレベル10に勝つ方法は、厳密に言えばある。
しかしそれは相性や環境に左右されるものであって、状況が整わなければ勝利はできない。
「こんな苦しみ…誰もわかってくれない…」
「八神選手、試合の時間です。入場の方をお願いします」
何かに思い悩む八神は、扉を開けたレフリーへと会釈をしながら立ち上がった。
***
「ねぇヴァズ、アイツ、本気でやる気なの?」
「別れてからというもの、とんでもねえ変わり様だな。女ってのはとんでもねぇ」
アメリカ支部の観客席の中、敗北したヴァズとエミリーは横並びで座っていた。
その空間でキングのことをアイツ呼ばわりしたエミリーの目には、彼に対する恋心など微塵も感じなかった。
いや、もしかすると最初から恋などしていなかったのかもしれない。
総帥の息子でレベル10。好き放題できる立ち位置になれるからキングに近づいたのかもしれない。
一方的に切り捨てられたエミリーは、そのことを恨んでいるご様子だ。
「アンタだってそうでしょ。昨日散々いびられて、よくお友達ごっこ続けられるわね。それ本心なわけ?」
「わからねぇ…」
昨日、悠馬に敗北したヴァズは、キングに冷やかされ、散々な嫌がらせを受けた。
雑魚は必要ないだの、降参する臆病者はアメリカ支部に必要ないだの、廊下に出たらゴミを投げつけられる様な有様だ。
みんなの目から見ると、ヴァズはあの場において、誰よりも臆病者だったのかもしれない。
しかしヴァズは、その判断を間違いだとは思っていなかった。
何しろあれ以上戦ったところで、敗北は決まっていたのだから。
「だが、行く末は見届ける。アメリカ支部で残ってるのは、キングだけだから」
「あっそ。私はアイツが私よりも一方的にやられることを期待してるけど」
逆恨み甚だしいと言いたいところだが、エミリーもキングに対して思うところがあるのかもしれない。
不満を爆発させたエミリーは、キングが負けることを期待している。
まぁ、あれだけ一方的に捨てられれば、機嫌も悪くなるだろう。
「ではこれより、3日目第2回戦、日本支部代表、八神清史郎VSアメリカ支部代表、キング・ホワイトライトの試合を始める!」
レフリーが手を挙げると同時に、鳴り響くコング。
今大会注目株の八神の試合ということもあってか、コングが鳴り響くと同時に、口笛や拍手が飛んでいく。
「なぁ八神。お前のことは知ってるぜ?あの〝鬼神〟の息子なんだってな?」
「どうだろうね」
「チッ、面白みのねえ野郎だ」
てっきり「ああ、そうだ」とでも言うことを期待していたキングは、曖昧な返答をした八神を睨む。
会話を膨らませる気もない、話す気もないと取れるその対応は、キングにとってはイラつくものだった。
「良いこと教えてやるぜ。お前が〝鬼神〟の息子だって情報を流したのは、この俺だ」
「な…!」
キングの口から告げられた、衝撃の事実。
目を見開いた八神は次の瞬間、顎に鈍い衝撃を感じながら、頭の芯を揺らされるような感覚にとらわれる。
キングの攻撃だ。
「アイツ分身したぞ!」
「異能は1つじゃなかったってことか!」
2人に分身したキングは、会話の隙に自分を分身させ、そして八神の集中が切れたところで不意をついた。
右アッパーを喰らった八神は口を抑えると、軽く跳躍し後ろへと退避する。
「あれは絶対痛ぇぞ…考えるだけでもゾッとする!」
喋っている真っ最中に下顎から殴られるのだから、脳震盪を起こしていてもおかしくはないだろう。
青ざめた表情で友を心配する通。
「分身と雷…いや、あれは少し違うな」
2試合で見せたキングの異能は、雷に近い何かではあったものの、悠馬の知っている雷とは異なっていた。
おそらくあれでは鳴神を使用できないし、出来るのは放電やそれに似た攻撃程度。
「プラズマ…?」
紫色の輝きを眺めながら、その仮説を立てた悠馬は、ニヤついているキングを見て目を細める。
「愉快だよなぁ、日本支部は。あんな情報1つで踊らされる猿の集団なんだからよ!傑作だったぜ」
「っ…!」
口を抑えている八神の手からは、血がボタボタと垂れている。
その様子から察するに、出血量はかなりのものだし、キングの話に言葉を返すことも出来ないだろう。
「っ〜!」
「やっぱり…アイツの異能…」
口元を抑えながら、空いている手に異能を発動させた八神。
そんな八神の異能を見た悠馬は、あることに気づいた。
八神の異能は、1回戦で水と炎を、2回戦で炎を使っていた。
しかし2回戦では明らかに動きが早くなっていたし、身体強化系の異能を使っている可能性もあった。
水と炎に身体強化系の異能。
悠馬までとはいかないが、それだけ多種多様な異能を使える人間なんて、そうはいない。
しかし今八神が使っている異能を見れば、その種がわかる。
八神は今、キングと同じ異能を使っている。
「コピーってところか…」
1回戦の水と炎は、おそらく初戦で悠馬の戦ったファラーナと、今日戦うはずのフレディの異能をコピーしたもの。
そして2回戦の異能は、ヴァズとフレディのものをコピーしたに違いない。
八神は複数の異能、いや、この世界の全ての異能を使えるはずの存在だ。
それなのにどうして、あんな風に異能を使うことを極端に拒み、自分のことを嫌っているのか。
王にすら届き得る異能、悪羅にだって届くかもしれない異能。
コピーという異能はそれほどに魅力的で、珍しいものだった。
「おいおい、人真似か?やめとけよ。ソイツは扱いづらいぜ?」
八神の発動させたキングのコピー、プラズマは、紫色の光を徐々に弱らせ、消滅する。
「?」
「言ったろ!扱いづらいって!」
八神が消えた異能に気を取られている隙に、距離を詰めるキング。
彼の数は少しずつ、着実に増えていき、2人だったはずのキングは4人に増えていた。
「おいおい!日本支部の中でもトップと謳われる〝鬼神〟の息子はこんなもんかァ?」
冷やかすような大きな声。
会場内に響き渡るほど、わざとらしく大声を上げたキングは、ドッと沸く会場を見て白い歯を見せる。
「そんなもんかよ!鬼神!」
「本気出せー!」
会場内から、心無い声が響き始める。
キングの煽りに感化された生徒たちの声だ。
「どうした?まさかそれだけしか使えないのか?」
八神の異能は、誰もが想像しているほど万能の異能ではなかった。
彼の異能は、コピー後数時間しか使用できないものであり、時間を過ぎれば能力が消えてしまう。
つまり今のような初戦で戦う状態に陥った場合、対戦相手の異能を真似ることしかできないのだ。
だから今は炎を使うことも、水を使うことも、身体を強化することもできない。
しかもキングの異能は扱いが難しいからか、プラズマのようなものは数秒で消滅してしまう。
「なんとか言ってみろよ…!鬼神の息子!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
鬼のような形相。
今まで見たことのないような表情を浮かべた八神は、キングの頭を掴み、飛び膝蹴りを入れる。
「ははっ、残念だったな。ソイツは分身体だ。ほらほら、どれが本物か当ててみろよ!」
8人にまで増えたキングは、ニヤニヤと笑いながら八神への攻撃を繰り返す。
その光景はもう、集団リンチに近いものだった。
「品のねェ野郎だな…アイツも、ここに来てる奴らも」
客席を3席も使い、両手を席にかけ脚を組む南雲は、キングの一方的な攻撃を見て歓喜する学生たちに侮蔑の視線を向ける。
血の気の多い学生たちは、強者がチャレンジャーにボコボコにされる。という状況を見て熱狂しているのだろう。
鬼神の息子というだけで強者扱いされる八神からしてみると、とんだ災難だ。
「ガキみてェなことして、ガキみてェにはしゃいでやがる。小物にはお似合いか?」
全く同じ異能を使える南雲からして見ると、思うところがあるのかもしれない。
「南雲さん、八神の奴大丈夫なんですかね?」
「大丈夫じゃねェだろ。口から出てる血の量。アレは異常だ。喋るのもままならねえだろうし、アレじゃあ降参宣言もできるかどうかわからねぇ」
「でもそれなら、審判が止めてくれるんじゃねぇのか?知らねえけど」
レフリーが存在しているということはつまり、危険だと判断されれば即刻中止、勝者が確定するということだ。
つまり八神が大事に至ることはないはず。
そう言いたげなアダムは、ストローを唇と鼻の間に挟み、変な顔をしている。
「いや、レフリーには見えてねえ」
「どういうことですか!?」
「単純な話だ。アメリカ支部の奴は、分身体で審判に死角を作ってんだよ。しかも意図的だと悟られないよう、複数体の分身で、何度も視界を遮ってる」
これでグレーゾーンの攻撃をしても、審判からは注意を受けないし、常に八神の身体の一部分しか見せないことによって、続行可能のように見せかける。
「大物になりたい小物がよく使う戦法さ。強え奴の名前を出して、恰も自分が弱者のように振る舞い、一方的に蹂躙する。まさに小さな存在が、強大な力に挑むような、そんな風に錯覚しちまう」
だからキングを応援する生徒が多い。
鬼神という巨大な力、絶対的な強者に立ち向かっているキングという勇者に、学生たちは憧れ、熱狂する。
自分もあんな風に強くなりたい、そうだ、もっと強者を痛めつけて快進撃を見せてくれ。と期待する。
「見てみろよ。日本支部の連中も少なからず、あの小物に感化されてる」
キングを応援するような声援をかける上級生たち。
どちらを応援するのも自由だが、南雲の言った通り、キングの策略に踊らされているのは間違いない。
「あの場にいる八神は、どんな気分なんだろうな?」
腕が痛い。足が痺れる。口の中が血の味しかしない。
一方的な攻撃を受ける八神は、罵声を一身に浴びながら転がる。
その姿は試合というよりも、一方的に虐められているという言葉がふさわしいのかもしれない。
みっともなく、醜く、薄汚れて転がるだけ。
異能が使えなければ、人間なんてこんなものだ。
「あの馬鹿…!」
「だから言ったんだ。息子と向き合えと」
全面ガラス張りの室内で歯ぎしりをするアリスは、自身の息子の愚行を見てガラスを叩く。
レッドは呆れていた。
アリスが愛情を傾けなかった結果がこれだ。
仕事に没頭するあまり、自分の家族を忘れ、愛することを忘れ、育てることを放棄した果てが、キングだ。
放置され続ければ、遅かれ早かれ気を引くために何かしでかすとは思っていたが、このタイミングでしでかすとは、まさに愚行としか言えない。
学生たちの目には良く映っているかもしれないが、各支部からは反感を受けかねない攻撃が繰り返されていた。
プラズマを八神に当て、物理的な攻撃で動けなく痛めつけ、意図的にレフリーの視界を遮ることにより、試合は終わらない。
八神は初手で口を怪我したせいか、喋ることすらままならない状況だ。
「今すぐ辞めさせろ!中止だこんなもの!レフリーに連絡しろ!」
アリスの叫び声が、室内に響き渡る。
「ブー!」
「みっともねえな!鬼神の息子も!」
「名前だけかよ!」
「強いのは親だけか!根性見せろよ!」
響き渡る八神に対する罵声。
それは治ることを知らず、次第に増長し、爆発して行く。
そんな光景を立って見ていた通は、崩れ落ちるようにして席に座ると深いため息を吐いた。
「なぁ悠馬。お前は八神のことをみっともねえと思うか?」
「…そんなわけないだろ」
他の支部の連中のことなんて知らない。
ただ、今の試合を見て、1年Aクラスの中で八神のことをみっともないなんて思っている生徒は、1人もいないはずだ。
いつも八神のことを嫌いだと公言する栗田だって、モンジだって、強く拳を握りながら黙り込んでいた。
半年間苦楽を共にし、一緒に合宿や文化祭、異能祭を乗り越えた仲間が馬鹿にされるのは、気分がいいものではない。
自分のことのようにムカつくし、叶うならあの場に今すぐ降りてキングを殴り飛ばしたいくらいだ。
きっと、考えていることはみんな同じだ。
「決めたぞ…あいつをぶっ飛ばす」
「おい栗田!待てよ!お前そんなことしたら…!」
「離せモンジ…!んなこたぁどうでもいいんだよ!仲間傷つけられて馬鹿にされてんのに、ここで黙って見てろって言うのかよ!」
「ああそうだよ!お前、途中で同じ支部の仲間が割って入ったら、それこそ八神がみっともなく見えちまうだろ!」
試合を一切無視して、同じ支部の生徒が割って入った、助けに入ったなどとなれば、それこそ醜態であり、八神は馬鹿にされてしまうことだろう。
半泣きになりながら叫んだモンジを見て立ち止まった栗田は、歯を食いしばりながら観客席を蹴飛ばす。
「クソ…!」
「レフリー判断により、この試合をアメリカ支部代表、キング・ホワイトライトの勝利とする!」
「ブー!」
「ダセェぞ鬼神の息子!」
「レフリー判断とか前代未聞だぜ!」
「みっともねぇ!」
栗田を止めている間に、レフリーにより強制的に終了させられた試合。
会場に残ったのは歓声ではなく、八神に対するおびただしいヘイトの数々だった。
痛そう…




