8強
「どっちが勝ったんだ?」
「水蒸気で見えねえよ…」
歓声の聞こえない場内。
どちらが勝利したのかもわからない状態で、奇声や歓声を上げる生徒はいないらしい。
水蒸気が立ち込める場内では、どちらが勝ったのか早く知りたい生徒たちで溢れかえっている。
「負けてしまいましたか」
「朱理、見えたの?」
「ええ…多少は…」
決着の瞬間を見逃さなかった朱理は、驚いた様子の美月に答える。
「勝者、イギリス支部、フレディ・オーマー!」
朱理が瞳を閉じると同時に、レフリーの声が会場内に響き渡る。
その声を聞いた瞬間、会場内からはドッと歓声が湧いた。
まぁ、この歓声はどちらが勝利しても、その健闘を称えて響いていたに違いないが。
「はぁ…はぁ…」
身体から焼けた匂いと、そしてほんの少し煙が上がっているフレディは、片膝をついて背中に歓声を浴びる。
ギリギリの戦いだった。
自身の痛む腕に視線を落とし、あと少し火力を上げていればあわや大惨事だったことを知ったフレディは、息を切らしながら立ち上がる。
覇王はどうやら気絶しているようだ。
焼けているわけではないが、死力を尽くした結果、体力を全て消耗しきったのだろう。
レフリーが無線で何かを呟くと、担架が2つ、グラウンド内に入ってくる。
「エスカ様。今のような試合は中断すべきだったのでは?」
大きな部屋の一室。
会場が見える部分は全てガラス張りの空間にいる8代目異能王、エスカは、厳しい視線を向けてくる翠髪の女性、セレスを見る。
「んー、確かにそうだけど…なにも自殺覚悟でキャパを超えたわけじゃない。さらにこのフェスタは、限界に挑戦するため、そして自分を見つめ直すための戦いなんだよ?よっぽどのことがない限り、中断はできないよ」
フェスタの開催理由は、ただ単に次の世代を担っていく学生を見つけ出すため。などという、単純な理由ではない。
次の世代を担う生徒なんて、各支部で決めればいいわけだし、そもそも学生の中に存在するとは限らない。
第一、国際法により学生の異能情報の収集は禁止されているわけであって、厳密に言えばフェスタという国際大会が開催されていること自体がおかしいのだ。
それなのになぜ、フェスタは異能王も総帥も目を瞑り、開催されるのか。
なぜわざわざ自国の力の強い生徒たちを、他国の前でお披露目するのか。
その理由は、この世界の在り方が起因している。
この世界は能力至上主義。
異能王に総帥、軍人にその他大勢は、異能を使うことが許可され、絶大な異能を持つものは、莫大なお金を手にしている。
そんな世の中では当然、異能が全て、異能の次に学力、スポーツ。という在り方が普通になってしまった。
異能が弱ければ周りからも見下され、異能島という大きな機会も手にすることができない。
しかし逆に言えば、異能が強ければ、異能島に入学するというビッグチャンスを手にすることができるのだ。
異能さえ強ければ、どうとでもなってしまうのだ。
そしてその結果、レベルが高い生徒たちは家族からも周りからも持て囃され、自尊心を肥大化させていった。
それが今の異能島の結果だ。
高レベルのものが好き勝手に暴れ回り、学校を指揮して、低レベルの者には有無を言わさない。
言いたいことがあるなら力づくで、弱いものの意見など無視。
一見全てを手にしたように見える各支部の高レベルの学生たちは、そうやってさらに自尊心を肥大化させ、取り返しのつかないところまで来てしまった。
自分はこの国では最強、つまり異能王にもなれる。
そんな自負を持った生徒たちの鼻っ柱をへし折るのが、このフェスタというわけだ。
当然、自信のある生徒たちは名乗りを上げ、そして生徒たちもその人物へと投票を入れる。
そうして自尊心の高い生徒たち、本物の強者たちを集めて、力を見せ合うのだ。
自分を見つめ直すいい機会、自分のちっぽけさを知るいい機会が、このフェスタなのだ。
まぁ、優勝してしまえば自尊心の高い生徒はさらに調子に乗るだろうが、優勝した生徒以外は自分の弱さを知れるのだから、構わないだろう。
1を犠牲にしてその他大勢の成長に役立てる。それがフェスタの本当の目的だ。
優勝者がまともな人格なら、その犠牲も必要ないが。
「イギリス支部、フレディさんの治療は間に合いませんよ」
「わかってるよ。でもそれでいいんだ。彼が望んでしたことだ」
覇王との試合で死力を尽くしたフレディの怪我は、決して小さなものではない。
そのことを理解しているセレスは、治療は明日の試合に間に合わないと断言する。
「明日の試合に出ると言えば出させてあげればいい。棄権すると言えば棄権すればいい。異論は認めないよ」
フレディの判断に全てを委ねる。遠回しにそう告げたエスカは、手をヒラヒラと振ってセレスを追い払おうとする。
「エスカ様。これだけは肝に命じておいてください」
「なーに?」
「若い生徒たちに後遺症が残りそうな戦闘だけは、何としても阻止すること。それも我々の役目ですよ」
「うん、そうだね」
去り際にそう告げたセレスは、気の無い返事をするエスカを睨みながら退席する。
「はぁ…」
エスカが愚王と罵られるのが分かる気がする。
いい加減な性格、周りに興味のないような態度、天然な発言。
異能がいくら強くても、王に向いていないことがよく分かる。
深いため息を吐いたセレスは、気を取り直して目を開く。
するとその先には、見たことのない人物が立っていた。
「うわ!?」
「わぁ!?」
セレスの横を通り過ぎようとしていた茶髪の男子生徒は、彼女の驚きの声を聞いて飛び跳ねる。
「あ、貴方は確か…日本支部の暁悠馬さん…どうしてこんなところに?」
異能王や総帥が試合を観戦する、所謂VIPルーム。
本来なら学生の立ち入りが禁じられているその空間に存在するはずのない生徒が目の前にいた。
まさかテロでも起こす気だろうか?
驚くようなそぶりを見せた悠馬を睨むセレスは、隠した右手で神器を握りしめて詰め寄る。
「あ、こ、こんにちは?実は…」
そんなセレスの警戒など知らない悠馬は、恐る恐るポケットからルームキーと手紙を差し出し、セレスに見せる。
「その鍵は…!」
悠馬はVIPルームへ入れるカードキーを手にしていた。
驚きのあまり目を見開いたセレスは、手紙を手に取り、文章を読み上げる。
「暁悠馬へ…明日の試合、失格になりたくないならここへ来なさい…?」
そう記され、ご丁寧に地図まで同封されている。
一体誰の仕業だろうか?
学生禁制のこの空間に、フェスタの代表選手を呼び込むなど言語道断。
しかも失格にするぞなどという脅しをするなど、どこの支部のどいつだ?
ムッとした様子のセレスは、悠馬を一度見て、視線を逸らす。
暁悠馬。
1試合前に、アメリカ支部でも有名なヴァズの心を、たった2発でへし折った男。
昨日の試合では大した活躍も、目立った動きも見せなかったが、謎の深い人物であることは事実だ。
「貴方はこの手紙に心当たりが?」
「まぁ、心当たりというか…脅しをするような人かは知りませんが、思い当たる人は…」
前夜祭のソフィアを思い出した悠馬は、何か釘を刺すのを忘れて、再び呼び出されたのだと判断した。
しかしソフィアが紫髪などという事実や、部屋に入ってしまったことを話せない悠馬は、視線を泳がせる。
「教えてください。私が対処しますので」
「い、いや…さすがに戦乙女のお手を煩わせるわけには…ほら、差出人も俺に用があるみたいですし…」
「それで拉致されたらどうするおつもりですか?それにここへ踏み込むことは、違反行為です。失格どころか、テロリスト呼ばわりで逮捕ですよ?」
「えっ…」
当然だ。
いくら鍵を持っていると言えど、招かれざる客なのはまぎれもない事実。
テロリストだと勘違いされて警備員に連れていかれても、仕方のないことだ。
そのことを知らなかった悠馬は、冷や汗を流しながら間抜けな表情で立ち止まる。
「た、多分イギリス支部のソフィアさんです」
「ありがとうございます。この件については、私の方からきちんとお伝えしておくので。貴方は何も心配しなくて大丈夫ですよ」
「お姉さん…」
優しく包み込んでくれる、理想のお姉さん像そのものだ。
優しく追い払うセレスを見た悠馬は、思わずそんな言葉を口走る。
可愛い。異能王の嫁じゃなければ、勢いで告白していたかもしれない。しないけど。
「では俺は、これで失礼します。ありがとうございます」
ルームキーと手紙を渡し終えた悠馬は、その場から逃げるようにして去っていく。
危うく犯罪者になるところだったのだから、逃げるようにして去っていくのは当然のことだ。
「さて、これからソフィアさんを説教ですね」
この後ソフィアはめちゃくちゃ怒られた。
***
「いよいよ大会も終盤ね」
「ねー」
「悠馬さんが残るのは当然のことですね」
「まぁ、悠馬まだ1つしか異能使ってないし…」
夕夏と朱理の宿泊している部屋。
その中には昨日と同じく、悠馬の彼女たちの姿がある。
4人が囲むようにして座っている中心には、トーナメント表が置かれてある。
今日で大会2日目が終わり、残っている生徒は当初の三分の一。
実質明日からが本戦だと言ってもいいほど、振るいにかけられているタイミングだ。
「それにしても八神くん、強いね」
「相手が2回連続でレベル9だということも関係していると思いますが、それなりの強さは持っているようですね」
今まで実力を見せて来なかった八神だが、鬼神の息子だという情報で拍車がかかり、一気に知名度を上げ、そして3回戦にまで進出が決まった。
運の関係もあるだろうが、それでも十分素晴らしいことだろう。
「日本支部で残ってるのは、八神くんに悠馬、そして双葉先輩…うーん、悠馬と双葉先輩が負けるのは想像できないわね…」
最強と最強、まさにその単語が相応しいであろう2人が、他の支部に負けるということは想像できない。
「でも、悠馬は異能が制限されてるなら、明日の試合は厳しくなるんじゃないかな…」
悠馬の明日の試合は覇王を下したフレディとの戦いだ。
現状使用許可が降りている異能は炎と氷の2つな訳であって、その2つで試合をするとなると、覇王と似たり寄ったり、苦戦を強いられること間違いなしだ。
せめて雷が使えればこんな心配をせずに済むのだが、総帥命令である以上、口出しはできない。
「どうでしょうか?」
「うん、あれだけ火力を上げてたんだから、少なくとも明日までに傷と体力の全回復は無理だと思うな」
覇王との試合で、それなりに体力を消耗したはずのフレディが、明日万全の状態で出場できる。ということはまずないだろう。
そう明言した夕夏は、トーナメント表に視線を落とす。
残っている生徒は、
日本支部 八神 悠馬 戀
アメリカ支部 キング
イギリス支部 フレディ
イタリア支部 セント
エジプト支部 サハーラ
ロシア支部 シベリアン
計8人だ。
ベスト8、つまり8強までが決まった現在、残っている7人はレベル10という、過酷な環境だ。
悠馬でも、油断をしているともしかすると負けるかもしれない…
そんな不安を抱く残りメンバー。
「悠馬が勝ち残れば、決勝はキング、双葉先輩、八神くん、シベリアンの誰かね」
「その中だと、双葉先輩が有力だね…」
「フィナーレで決着付かなかったし、ここで決めたら盛り上がりそう」
異能祭の決着をつけることができなかった2人が、約半年の期間を経てフェスタで激突するのは、胸熱展開と言ってもいいだろう。
第1の生徒や、第7の生徒でも、それを望んでいる生徒は少なからずいるはずだ。
「ところでこのキングって方、アメリカ支部総帥の息子だという噂があるんですが…事実なんでしょうか?」
「さぁ…でも、それにしては地味な勝ち方ばかりよね」
「まあ、異能は遺伝じゃないからね」
「でも、八神くんほど声援もないよね…」
キングはこの2日間、大歓声も無ければ、あまり目立たない戦闘を繰り返してきた。
アメリカ支部総帥のアリスと同じ名を持ちながら、地味な戦闘を繰り返すのには何か訳があるのか、それともアリスとは赤の他人なのか。
流石にそんな情報を知り得ない4人は、不思議そうに首をかしげる。
「明日は八神くんと、そのキングさん?の試合が初戦だね」
「ええ…」
「どうしたの?花蓮ちゃん」
「なんか、キングって奴が引っかかる気がしてね…」
地味な戦いばかり繰り返す割りに、勝利は収めている。
まるで力を見せつけるのは今じゃないと言いたげな、そんな風に取れる彼の行動を、花蓮は不安視している。
「気のせいじゃないかな?」
「はい。学生ですから、変なことなんてしないはずですよ」
この国際親善試合のような環境で、何かをしでかす生徒なんて、いるはずがない。
そんな彼女たちの甘い認識は明日、塗り替えられることとなった。
セレスお姉ちゃんは完璧人間です。異能王と雰囲気悪そうですけどね…




