成長
観客席とは違い、しんと静まり返ったスタジアム内。
選手専用の通路へと入った悠馬は、誰もいないその空間をキョロキョロと見渡し、立ち止まる。
「こっちであってるのかな」
選手専用の通路に入ったは良いものの、ルート案内もなければ、ただひたすら真っ白な道が続く廊下。
正しい道がわからない悠馬は、真っ白な廊下の中をとぼとぼと歩き、挙動不審に周りを見る。
「いや、あの間抜けな覇王が迷わなかったってことは俺が迷うことはないだろう」
流石に自分が覇王よりもバカじゃないと自負している悠馬は、不安を払拭しながら突き進む。
「二回戦始まってんのかな…それともまだ休憩中かな…」
少しだけ慌てる悠馬は、突き当たりを左に曲がり、そして立っていた人物を見て動きを硬直させる。
「…久しぶりですね。師匠…いや、今は中国の雷帝とでも呼んだ方がいいですか?」
悠馬の前に立つ、黒髪に細目の人物。
体格は悠馬と似たり寄ったりで、身長も大差ないその人物は、悠馬に師匠と呼ばれると同時に振り返る。
「ユウマ。久しぶりだな」
「…」
「そして何故、私が中国の雷帝だと思う?」
師弟の久々の再会。
感動の再会になるかと思いきや、訝しそうな視線を送ってくる悠馬を見た悠馬の師匠、チャン・ウィルソンは純粋な疑問を投げかける。
「アメリカ支部のバース副隊長と戦った。その時に聞いた」
7月に起こった、アメリカ支部の誘拐未遂事件。
その実際は暁闇の調査だったものの、任務から大幅に逸脱したバースは暴走し、関係のない人物を巻き込んで悠馬と戦闘に陥った。
その時初めて、自分の師匠であるチャンが中国の雷帝だと聞いた悠馬は、今日この瞬間、再会の直後に質問をぶつけた。
「なるほど…あの真似っこと戦ったのか」
「ああ。師匠の言ってた本当の鳴神ってやつが、少しだけわかった」
「ほう?」
以前は不完全な鳴神だった悠馬だが、バースとの戦いを経て、雷系統の異能の使い方はそれなりに上手くなっている。
少しだけ成長した自分の報告をしたかったのか、自信ありげにそう報告した悠馬は、立ち去ろうとするチャンを見る。
「待てよ。話は終わってないだろ」
「なんだ?私に話したいことがあるのか?」
「当たり前だ。なんで中国の雷帝、冠位で覚者だってことを隠して俺に近づいた?何か目的でもあったのか?」
悠馬の中学時代、異能の使い方や基礎、そして名前付きの異能を教えてくれたのは、チャンだ。
悠馬は当初、復讐のためにチャンの詮索などは一切せずに、ただひたすらに特訓を重ねた。
しかし今になって考えてみれば、チャンが何故自分に接触してきたのか、何故異能を教えてくれたのかはまったくもって不明。
そもそもチャンは日本支部所属ではなく、中国支部の人間であって、日本支部へ入国して勝手に異能を教えるというのは、立派な違反、況してや冠位である人物がそれをやったと知れ渡れば、大問題にすら発展する。
そんな彼が、何故悠馬に異能を教えたのか。
「単純な話だ。私はお前に価値を見出した。ただそれだけのこと」
「価値?あんな復讐のことしか考えてなかった頃の俺に、価値なんて見出せるわけないだろ」
「そうか?考えてみろ。結局お前は、私の指導を受け、炎、氷、雷、闇において名前付きの異能を習得するまでに至った。これを価値と言わずして何と言う」
チャンに全てを教わった悠馬は、黙り込む。
昔の自分のことはよく知っているし、そんな自分自身に価値なんて見出せるわけないと思うが、どう質問したってチャンの答えははぐらかされるだけ。
何度質問したって、チャンから返ってくる答えは一緒だろう。
「なら教えろよ」
「なにを」
「冠位、覚者には常人では扱いきれない奥義があるんだろ」
名前付き異能の更に上。
覚者クラスでないと使用できないとされるその異能の噂を知っている悠馬は、価値を見出してるなら教えろよ。と言いたげにチャンを見つめる。
「奥義、か。戦神のグランシャリオ、漆黒の極夜に閃光の白夜…」
「師匠のはなんだよ?」
戦神や漆黒、閃光。
世間では実しやかに囁かれる噂のような人物たちと、その人物たちが使えるであろう奥義を口にしたチャンは、食い入る悠馬を見て面白そうに笑う。
「なんだと思う?」
「なんだと思うって…わかるはずないだろ!早く教えてくれよ」
「ははは。実はもう、お前はそれを使えるんだよ」
「は?」
「私のよりは遥かに格落ち、劣化版ではあるが、お前にはもう、教えてある」
雷系統の奥義をすでに教わっている。
その事実を知らなかった悠馬は、目を見開くと同時に視線を彷徨わせ、チャンから教わった全ての異能を思い返す。
「言っただろ?私はお前に価値を見出したと」
「なら勿体ぶらずに教えてくれよ」
「雷切。それが我々雷系統の異能使いの最終奥義だ」
「…そっか。ありがとう」
奥義とまで言われる技をすでに教えられていた悠馬は、驚きつつもいつもの表情を崩さず、頭を下げる。
「この大会での使用は禁止だぞ」
「わかってるよ。大丈夫」
チャンの忠告を聞き入れながら、聞きたいことを聞けた悠馬は、彼の横を通り過ぎる。
「随分と成長したじゃないか。ユウマ。この半年で何があったんだ?」
遠のいていく悠馬の方は振り向かず、小さな声で呟くチャン。
その顔はやけに嬉しそうで、まるで父親が息子を見ているような、そんな風にも見えた。
***
「朱理、凄かったね!今日のフェスタ!」
夜。ホテルの中で興奮気味に話すのは、亜麻色の髪を揺らす少女、美哉坂夕夏。
部屋は悠馬の寝泊まりしている一室よりも少し小さいものの、それでも2人で泊まるには十分すぎるほどの大きさだ。
「そうですね。どこの支部もそれなりに?と言いますかね、実力者がいて驚いています」
「うんうん、日本支部の選手はみんな初戦勝ちだし、嬉しいね!」
「…夕夏、みんなじゃなくて、悠馬さんが勝ったのが嬉しいだけでしょう?」
両手をあげてバンザイしている夕夏の心を見透かす朱理は、彼女の建前でなく、本音を知っておちょくって見せる。
「う…そりゃぁ、カレシが勝ったら嬉しいに決まってるよ…悠馬くんすごくかっこいいし」
「あは ♪ 夕夏、貴女今女の子って顔してますよ?」
「し、仕方ないじゃん!朱理が変なこと言うからだよ!」
顔を赤面させる夕夏は、朱理の冷やかしを聞きながら顔を隠す。
「ま。その気持ち、わかりますけど」
「なんだかんだで朱理も悠馬くんにベタ惚れだもんね〜」
「な…そこまでではないです」
「嘘つき〜、今日の試合前だって、悠馬くんが怪我したら〜とか、色々心配してたくせに!」
意外と心配性な朱理にカウンターを仕掛けた夕夏は、耳を赤くする彼女を見てニコッと笑う。
「絶対に悠馬さんには言わないでくださいよ?」
「なんで?」
「恥ずかしいからですよ」
「じゃあ言わないでおこうかな!」
姉妹のように話をする2人は、ベッドの上で同時に寝転がると、クスッと笑いあう。
「悠馬くん、2回戦はアメリカ支部のヴァズって人とだよね」
「はい。エジプト支部の生徒さんには相性の関係で勝てましたが…次はどうなるでしょうか?」
悠馬は初戦の相手であるエジプト支部の学生との戦いにおいて、異能における相性有利で勝利を収めた。
炎と氷しか使えないという総帥からのお願いを受けている悠馬は、最初こそどうなるのか不安だったが、相手が水の異能、そして剣術勝負を挑んできたことにより、勝利できた。
まぁ、水は悠馬クラスのレベルの氷で冷やされると凍ってしまうわけで、相手の運がなかったというべきだろう。
最初は水を小刻みに振動させ、悠馬が氷で生成した剣を何度も切り裂いていたが、途中から水が凍り始め、そこからは御察しの通りの展開になった。
しかし次回、つまりは明日の戦いであるヴァズ戦はどうなるのかわからない。
基本的に選手は1日1戦というシステムを取っているフェスタは、4日間行われる。(最終日のみ2戦連続)
そのため疲労は大して溜まらないし、同じ回数戦っているため公平ではあるが、果たして悠馬は勝つことができるのか。
「レベル10の肉体強化系の異能は厄介ですからね」
「うん。見てたらあの人がかなりの実力者だってことは、すぐにわかった」
栗田や碇谷の上位互換。と言ってもしっくりこないだろうが、わかりやすく説明したら、ヴァズはあの体格で、悠馬の鳴神と同程度で動けると考えてもらったらいいだろう。
しかも物理的な攻撃は超強化され、前夜祭の時の殴りや蹴りですら骨折するレベルというのに、破壊力がどうなっているのかは容易に想像できる。
「けれど私は、ああいう男は気にくわないですね」
「あはは…実は私もあんまり好きじゃないかな…」
引きつった様子の夕夏は、朱理に同調してみせる。
その理由は今日のフェスタの第4回戦、アメリカ支部代表のヴァズVSイタリア支部の試合が原因だ。
ヴァズはこの試合で、イタリア支部の学生を必要以上に挑発し、そして中途半端な攻撃を繰り返して試合を長引かせた。
簡単に言えば弱いものイジメ、自分よりも実力が下のものに中途半端に手を抜いて、ワザといたぶっていたのだ。
ヴァズはレベルを合わせて、周りには違和感を感じさせないように演じていたつもりだろうが、レベル10の異能力者の目は誤魔化せない。
ワザと手を抜いていたことを知っている夕夏と朱理は、相手を見下したようなその戦い方が好きではなかった。
「対戦相手に敬意を払わないのはどうかと思います。しかもこれは、国際親善試合と言ってもいいフェスタですよ?」
「うん、あれはちょっと、ナメてたよね…」
夕夏にここまで言わせるほどの相手。
対戦相手をコケにしたような立ち回りをしたヴァズの評価は、きちんと実力を見極めることのできる生徒たち、総帥たちからはガタ落ちだろう。
「お邪魔しまーす?夕夏、朱理、いる?」
「あ、美月ちゃん!」
「ごめん、お風呂はいってて遅れちゃった」
「ううん、全然、大丈夫だよ!」
ゆっくりと部屋の中へ入ってきた美月は、風呂上がりだからかしっとりと濡れている銀髪をなびかせながら、同じベッドで寝そべっている2人を見下ろす。
「2人とも、無防備すぎない?鍵も開けっ放しだし…」
「大丈夫ですよ。私みたいな女、狙ってる人なんて居ませんし」
「いや、居るから言ってるんだけどな…」
自分の顔面偏差値を知らないのか、悠馬と同じく自信がない朱理は、自信満々に消極的な発言をし、襲われないと断言してみせる。
「あはは…ごめん、美月ちゃんが来るだろうからって、ずっと開けっ放しにしてたんだ〜…ちょっと油断しすぎかな?」
「うん、2人は可愛いし、ここには日本支部以外の学生も宿泊してるし、気をつけておいた方がいいと思うよ」
第1の1年生なら、悠馬が暁闇であることを知っているし、どれだけ強いのか、誰と付き合っているのかを知っているため変に手出しはしてこないだろうが、他の支部や他校生は違う。
悠馬の恐ろしさを知らない生徒たちは、軽い気持ちで夕夏や朱理の寝込みを襲ったり、もしかすると悠馬を負けさせるために誘拐…なんていう手も使って来るかもしれない。
過去にいじめられていた経験があり、警戒心の強い美月は、無防備な2人に向かって注意をする。
せっかくのビッグイベントで、胸糞悪い出来事が起こってしまったら最悪だし。
心の中でそう呟いた美月は、仲よさそうに横になっている2人の間にダイブする。
「ところで夕夏、今日はどうしたの?」
なぜ今日、この日に呼び出されたのか。
本題を忘れていた美月は、彼女が呼び出した理由を探るべく訊ねてみる。
悪いニュースじゃなければいいけど…
一抹の不安を抱く美月は、背後に現れた人物に気づけなかった。
「銀髪っていいわね」
「うぁ!?花蓮さん!?」
背後から現れた人物。
いきなり声をかけられたことにより、猫のように飛び跳ねた美月は、背後に立っていた花蓮を見て目を見開く。
「私もそろそろ、髪色戻そうかしら?」
美月の銀髪を見て、自身の金髪を見直す花蓮。
どうやら花蓮は、ヘアカラーの変更を考えているらしい。
「はい!役者が揃いました!」
そんな美月と花蓮をよそに、大きく手を叩いた夕夏は、ベッドの下から何かを取り出すと、毛布の中心にそのアイテムを置く。
「これは…」
「トランプ?」
「そう!朱理がしたことないから、みんなでしたいなーと思って!」
「はい ♪ もしよければ、一緒にしませんか?」
「するするー!」
「うん、良いよ」
総帥邸見学の時は、オクトーバーの一件で余裕などなかった宿泊イベント。
しかし今回は遊ぶ余裕もあるため、朱理のしたことのないトランプで遊ぼうという話だ。
「じゃあ最初は大富豪で」
「罰ゲームは?」
「とりあえず無しで!」
賑やかになった夕夏と朱理、2人の室内。
こうして彼女たちの夜は幕を開けた。
私もそのトランプに混ざりたい…!
そういえば、今日は節分ですね。
閃きました。悠馬くんが鳴神使用状態で豆を投げて、覇王くんを半殺しにする神回なんてどうでしょう? (しません)




