フェスタ、開幕
イギリス支部、テムズ川沿い。
青く晴れた空に、大歓声の響き渡る大きなスタジアム。
近くにはビッグベンがそびえ立ち、興奮が最高潮に達した学生たちは、試合が始まっていないというのに大声を上げている。
「なぁ悠馬、お前はどう思うよ?」
「なにがだよ」
様々な支部の学生たちが騒ぎ立てる中、悠馬の後ろの座席に座っている小柄な男子、桶狭間通は、何か思うところでもあるのか意見を求めてくる。
そんな通に肩を叩かれ振り返った悠馬は、目元に隈ができていて、到底コンディション最高とは言えない状況だ。
「うわ、お前その顔どうしたんだよ」
「昨日少しはしゃぎすぎた」
昨日の夜、花蓮が部屋の中に侵入していた悠馬は、彼女と一緒に愛を育み、そしてはしゃいでまわった結果、体力をかなり消耗していた。
「んだよ…はしゃぎすぎたって…」
「ま、そんなことどうでもいいだろ」
通と悠馬が何かを話している、その遥か後方に座っている金髪の少女、花咲花蓮も、かなり疲れ果てた様子だ。
「花蓮?昨日部屋に戻ってこなかったけど、何してたのー?」
「悠馬の部屋に泊まってたわ…」
目元に隈ができている、アイドルらしからぬ花蓮は、思考が鈍っているのか、アイドルとしては言ってはならないことを軽々と口に出す。
「え?その疲れ方、何回したの?何回出されたの?」
「×回したわ…悠馬には申し訳ないけど、ヒートアップしちゃって…」
「わー!暁くんって、今日の三回戦、出場してるよね?体力的に大丈夫なの!?」
「わかんないけど…負けたら100パーセント私のせいね…」
頭を抱えながら話す花蓮は、昨晩の自分の行いを、悠馬を過労に追いやった自分を悔いながら黒髪の少女、禊と話をする。
「ミソギ、アンタは?覇王とは」
「部屋にも行ってないし、してなーい。っていうか、アイツ女漁りで必死だし」
「アンタって、よくあんな彼氏のこと許せるわよね。女探しで忙しいからとかいう理由でデートドタキャンする奴、私は絶対別れるけど」
「まぁー、ほら、私ってダメな人が好きだから」
「へぇ…将来真っ暗ね…」
女漁りが好きで、恋人であるはずの自分を放置するような男である覇王が好きだと明言した禊は、ドン引きする花蓮を見て、ニコッと笑みを浮かべる。
「実は昨日、アメリカ支部の女ナンパしてボコボコにされたらしい!男子から聞いた!」
「あー、そんな理由だったのね…アイツ、絶対消す」
覇王がナンパをしたせいで、悠馬が巻き添えを食らったことを知った花蓮は、お怒りのご様子だ。
覇王の優柔不断さや、日頃の行いの悪さを知っている花蓮は、冷めた目で禊を見る。
「ま、許したげてよ!暁くんと別れたら、私と一緒にダメ男養おうよ?」
「絶対嫌!そもそも私、悠馬の許嫁だし!私の身も心も、悠馬のためにあるの!」
「くっ、第1の暁め…」
「俺らの花蓮さんを独占しやがって…」
「許せねぇ…」
「俺も花咲ちゃんにあんなこと言われてぇ…」
禊の覇王ファミリーへの招待を大声で断った影響で、身も心も悠馬のためにあるという発言を聞いた第7異能高等学校の生徒たちは、悠馬に殺意を集中させる。
「うぅ…なんか後ろから睨まれてるような気がする…」
目元に隈がある悠馬は、通と会話をしながら、第7高校の生徒たちの殺意を察知し、身体をぶるっと震わせる。
「なぁ悠馬、第1戦の、松山覇王対えちえちのエミリーちゃんはどっちが勝つと思うよ?賭けしようぜ?ちなみに俺はエミリーちゃん!あのプロポーションは、男から××を×り取るためにあるよな!」
朝からど下ネタをぶっ込んでくる通に呆れながらも、トーナメント表を見る。
今日の1回戦は、日本支部代表の松山覇王 VS アメリカ支部代表のエミリー・エミリコットさんだ。
昨日覇王がナンパした相手であり、そしてそのせいでボコボコにされた。
昨日のキングやヴァズへの仕返しをエミリーにするのか、それとも下心丸出しでわざと負けるのか、かなり見応えのある試合になりそうだ。
下心丸出しでわざと負けるような奴なら、花蓮ちゃんにはアイツと関わらないでほしいとお願いすることにしよう。
「俺は覇王が勝つと思うな」
悠馬がそう告げると同時に、スタジアムの中心には、豪華な装飾を施した服を着る男と、その周りには神器であろう武器を携えた女性陣が現れる。
「キタキタキタキタ!」
「写真写真!戦乙女だ!くそ可愛い!」
「うぉぉおおおお!セレス様最高!」
「バッカ、マーニーさんの方が可愛いだろ!」
スタジアムの中心に現れた人物たちを見るや否や、観戦席に座っていた生徒たちは、叫び声をあげながら写真を撮ったり、揉めたりし始める。
何かに熱狂するように、何かを夢見るように話す生徒たちの目には、熱い炎が灯っていた。
「8代目異能王…エスカ」
人生で初めて見る、生の異能王。
その圧倒的な雰囲気とオーラを感じ取った悠馬は、周りの生徒たちのようにはしゃぐわけではなく、武者震いする。
あれが世界最強の男。
世界で最も、悪羅に勝てる可能性のある男。
異能王の背後には、美しい女性たち、戦乙女が控えている。
ワルキューレとも呼ばれる彼女たちは、異能王直属の部隊であり、異能、学力共に総帥に匹敵する実力を持つ者のみが異能王の勧誘を受けて就くことのできる地位だ。
しかも異能王は、その全員と関係を持つことができる。
まぁ、端的に言ってしまえば、異能王の嫁になりたい人が戦乙女になると表現すればいいだろう。
しかし残念なことに、8代目異能王エスカは誰とも関係を持っていないらしい。
エスカは正妻も持たず、異能王秘書も持たず、適当に選んだ戦乙女のみを指導している、世間一般でいう物好きに分類される人物だ。
それに加え、エスカはマヌケな発言、自由奔放な性格から、世間からは愚王と罵られることも多い。
それでも実力は確かだ。
「諸君、御機嫌よう。そしてここに、8代目異能王として、フェスタの開幕を宣言しよう!」
「わぁぁぁぁあ!」
湧き上がる歓声と、拍手喝采。
誰でも一度は夢見た、その夢の先に君臨している8代目異能王のエスカを見た学生たちは、感極まっていた。
「悠馬、お前はどの戦乙女が好みだ?」
「人妻に興味はない」
「いや、もし仮に、同じ学校にいたとしたらだよ!」
「俺は青髪のマーニーちゃんかな!性格キツそうな顔してるし、罵られてえ!」
「モンジ、テメェには聞いてねえよ!テメェみたいな歪んだ奴の好みはわかってんだよ!」
「んだと!」
「強いて言うならセレスさんだろ」
揉めているモンジと通を横目に、遠くに見える翠髪に赤眼の女性、セレスを見つめる。
そんな悠馬を見ていた2人は、争いを中断すると、不思議そうな表情で訊ねる。
「その心は?」
「俺、あの人は高嶺の花すぎて逆に無理だわ。お姫様だぜ?」
「普通に、花蓮ちゃんに似てるからだよ」
戦乙女の隊長を務める、セレスさん。
彼女はセレスティーネ皇国という、小さな国の国王の娘であり、次期に王位を継承するだろうと言われている、超のつくほど筋金入りのお姫様なのだ。
そんな彼女がなぜ戦乙女なんて職に就いているのかはわからないものの、花蓮のような凛とした趣きと、そして夕夏のような柔和なオーラを放っている彼女は、悠馬の心を射止めている。
まぁ、これはもしも話であって、本気でどうこうするつもりはないのだが。
「なんだよ、ソレ。彼女自慢かよ!」
「それな!お前マジでセコイんだよ!」
「1戦目で負けちまえ!」
山田や栗田と混ざり、悠馬の罵り合戦が始まる。
花蓮という、日本支部の異能島一番の高嶺の花である女子生徒を掻っ攫っていった悠馬に対して、男子の当たりは酷いものだ。
「負けねえよ…インフルエンザでも負ける気は無いし」
叶えたい夢が、叶えたい願望があるわけではないが、わざと負けるつもりもない。
優勝商品なんて関係なく、ただ1つでも、1回でも多く戦いたいという気持ちが先行している悠馬は、少なくとも決勝までは進みたいな。などと考えている。
決勝まで行けば1番多く戦えるはずだし、1番多く間近で異能を観れるはず。
最悪決勝で引き立て役になればいいなどと甘い考えをしている悠馬は、騒ぎ立てる周りの声を無視して、エスカを見る。
「それでは最初に、エキシビションマッチとでもいこうか?」
「え?」
「なにそれ?」
「去年もあったのか?」
開幕宣言だけで終わるはずだったエスカの挨拶は、思わぬ方向へと向かう。
エキシビションマッチと言われたって、誰と誰が戦うのか、去年はあったのか、そんなことすらわからない学生たちからは、どよめきが起こる。
「それじゃ、後は頼んだよ」
『はい』
「まじかよ…!」
「総帥と総帥のバトル…」
エスカがバトンを渡し、去っていく中。
入れ替わるようにして現れた2人の人物は、イタリア支部総帥、アルデナと、イギリス支部総帥のソフィアだった。
***
「はぁ…めっちゃ緊張する」
ここは選手控え室。
綺麗に整備されている真っ白な室内に、1人では使い切れないほどのロッカー、そして十数人がけのテーブルなどが広がっているその空間の中には、1人の男子生徒が待機していた。
彼の名は松山覇王。
本フェスタにおいて、誉ある第1回戦を飾ることとなる覇王は、かなり緊張していた。
それもそのはず、覇王はこういった大きな大会で戦ったこともなく、異能をまともに使った経験は、異能祭のフィナーレでしかない。
しかも中学を上がって半年程度の1年生にとって、初戦というのはかなり気が重たい、プレッシャーを感じるものだ。
「しかも相手はエミリーちゃん」
つい昨日、ナンパをしてアメリカ支部の連中に阻止された。
挙句にボコボコにされた覇王は、そのことを根に持ちながらも、エミリーは関係ないと決めつける。
「エミリーちゃん、絶対に俺に気があると思うけどなぁ…あんな思わせぶりな態度とってきたわけだし…」
キングがいなければ、あのままホテルに直行していてもおかしくなかった。
そんな邪なことを考えている覇王は、わざと負けてエミリーの顔を立たせてあげよう。などと、くだらぬことを考える。
「きゃぁ、松山様、私のためにわざと負けてくれたんですか?」
「ああ、そうだよ。君の笑顔が見たかったからな」
「あ〜、好きぃ〜」
なるはずもない展開に期待をする覇王は、1人でエミリーの役まで演じながら勝手に話を進めていく。
多分、今のを彼女の禊が見ていたら、ほぼ確実に別れていると思う。
それほど、覇王の妄想劇場の出来は悲惨なものだった。
「っしゃ!これで俺もモテ期到来だ!」
入学当初からの目的である、平均的な顔でもモテまくる、女の子にキャーキャ言われたいという邪な計画。
なんだかんだでフェスタの代表選手、たったの5名の中に選出されるほどの知名度を誇っている覇王だが、間抜けな彼は、そんなことに気づいていない。
「待ってろよエミリーちゃん!俺が今日、アンタを貰い受ける!」
***
「んっ…はぁ…キング…ダメよこんなところで…」
「いいじゃねえか。どうせ誰も来ねえよ」
もう一方の控え室。
覇王のいる控え室とはグラウンドを挟んだ、反対側の控え室では、濃密な口づけが交わされていた。
「ねえ、本当にうまくいくの?」
「あのマヌケな男を思い出せよ」
不安そうなエミリーの身体を慣れた手つきで触りながら、腰に手を当てる。
自信満々のキングは、白い歯を見せながら彼女へと振り向く。
「昨日の余興、ありのままを教えてやれよ。そしたらあいつはショックで戦いなんてままならなくなる」
「あはは、キング、やること下衆ぅい」
ニヤニヤと笑い合う、キングとエミリー。
それは昨日の出来事が関係していた。
前夜祭の開催されたあの日、エミリーは事前に、トーナメントの対戦相手を盗み見ていた。
だから明日、つまりは今日の対戦相手が覇王だということを知っていて、わざと覇王に絡まれたのだ。
思わせぶりな態度をとって、まるで気があるような態度をとって。
もちろん、覇王に気があるなんてことはない。
エミリーはキングに指示されていなければ覇王なんてあしらっていただろうし、思わせぶりな態度なんて取らなかった。
キングが指示したのは、覇王を前夜祭で痛ぶって、思わせぶりな態度をとって惚れたら、フェスタ当日に笑い者にしてやろうという内容だった。
エミリーはそれを指示通りに遂行し、覇王を虜にしている。
「後はお前が事実を告げれば、あんな奴すぐに戦意を喪失するだろうさ。あんな目的も何も持ってない奴はな」
きっと事実を告げれば、覇王はショックを受けて戦いもできないほど凹むに決まっている。
凹まなかったとしても、そんな状態で最大のパフォーマンスなんてできるわけがないだろう。
自分の彼女をダシに使い、他人を蹴落とそうとするキングは覇王がぼろ負けする姿を想像しながら、下品な笑みを浮かべた。
初戦は覇王VSエミリー!覇王、ワザと負けたら花蓮ちゃんと喋れなくなるぞ!




