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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
入学編
19/474

それは突然、雨の日に

 夕夏が神宮に告白されてから2週間が経過した、4月28日。クラス内は、いつにも増して騒がしかった。


「雨強いな…」


 まるでこれから悪いことが起こる前兆のようだ。


 大粒の雨が桜を散らし、遠くでは雷が光って居るのが見える。


 教室の廊下側の窓を開き、廊下の窓から外の景色を見た悠馬は、そう独り言のように呟いていた。


「ったく、ほんとそれな。雨は面倒なんだよな、制服も濡れるし、下手したら教材まで濡れちまう。あーあ、どっかに雲を操る異能持ちの奴は居ねえのかな?」


 後ろの席の小柄な男子、通は悠馬に同調するように嘆いていた。


 天候を操る異能なんて、この世に存在しているのかもわからないが、夢のあることを言うな、通。


 案外面白い発言をした通を見て少しにやけた悠馬だったが、その表情は通に引っ叩かれ、すぐにいつもの無表情へと戻った。


「なんだよ…」


「そういや聞いたか?美哉坂ちゃん、昨日知らない奴らに襲われたって。怪我してんだろ?大丈夫かな?」


 本日、クラス内では2つの話題で持ちきりだった。


 1つ目は今、通が言った出来事。


 昨日の放課後美哉坂が襲われたという事件だ。


 放課後、帰宅途中の夕夏が、背後から突然ぶつかられ、振り向きざまに刃物で切りつけられたらしい。


 そして犯人はそのまま逃走、というのが事件内容だ。


 もちろん知っている。


 何しろ、夕夏から連絡が来て病院に運んだのは悠馬なのだから、知らないという方が無理がある。


 女子に囲まれて、怪我を心配される夕夏を横目に、通は話を続ける。


「いや、女子たちも少しは遠慮してやれよ…美哉坂ちゃん、怪我までさせられてるのにあんなに質問攻めにされたら可哀想だろ」


 夕夏の怪我は右肩を制服の上から刃物で切りつけられたものだった。


 幸い、予備の制服があったらしく今は新品の制服を着ている。


 しかし、夕夏が怪我をしたところが目に見えるわけじゃない。


 噂を聞きつけた女子たちが夕夏を囲み、どこに怪我を負ったのかなどを質問している有様だ。悠馬も、今回ばかりは通と同意見だった。


 昨日の夜、震えていた夕夏を見た悠馬は、そっとしておいてやろうと、なるべく事件の話をしなかった。


 それなのに女子たちのデリカシーのない質問。


 気丈に振る舞っている夕夏の表情には、ほんの少しだけ曇りが見えた。


「ったく、酷いことしやがるぜ。俺が美哉坂ちゃんと一緒にいたら、そんな奴ら1発でキャインキャイン!なのによぉ!」


 まるで犬の鳴き真似のような声をあげた通は、クラスの女子1人守れないなんて情けねぇ!と嘆き、真新しい机を軽く拳で叩く。


 確かに、通がその場にいたら異能を使ってでも犯人を捕まえてただろう。


 こいつは女好きで、特に夕夏と美月に執着している。


 そんな2人が危険な目にあったら、居ても立っても居られないのだ。


 今日の通はいつも以上にそわそわしていた。


「なぁ悠馬、一緒に犯人捕まえようぜ?そしたら美哉坂ちゃん喜ぶし、俺らも人気者になれるだろうし、win-winだろ!?」


 悠馬の肩をがっしりと掴み、協力を要請する通。


 その瞳は、いつものようなおちゃらけた色ではなく、真剣な思いが篭っていた。


 きっと悠馬が協力しないと言ったとしても、1人で探し始めるに違いない。


「い」


「やめとけよ、通。いくら俺らのレベルが高くても、犯人の追跡方法なんてないんだ。ここは警察に任せた方がいい。変に引っ掻きまわして、美哉坂さんを襲った奴らが逆上し始めたら、責任取れないだろ?」


「うぐっ…八神、確かにそうだけどよぉ!」


 悠馬がいいよと1つ返事で承諾しそうな瞬間、カバンを持って現れた八神は、悠馬の机に片手を置くと、ため息混じりに釘を刺して来た。


 八神の言うことも一理ある。


 下手なことをして自分たちに危害が及ぶなら問題ない。


 しかし、今回危害が及びそうなのは自分たちではなく、被害者の夕夏1人なのだ。


 それに、監視カメラの確認だってさせて貰えないだろう。


 悠馬や通に出来ることがあるとするなら、目撃者を探すくらいのことだ。


「それに通、お前よりレベルの高いやつだったらどうするんだよ?」


「それは…そうだけど…」


 通も八神に言い返せないようだ。


 どちらも正しいとは思うが、通の案の場合は自分たちが引っ掻きまわした結果どうなるのかを想定していなかった。


 八神の案の場合は、一番信頼ができる警察に頼ると言う案で、すでに警察が動いているため問題はないだろう。


 しばらく俯いて考え事をしていた通は、拳をギュッと握り、何かを決意したように顔を上げた。


「八神の言う通りだな!でも、俺は警察が使えないってわかったら1人でも動くからな。これ以上被害者を増やすわけにはいけねえ」


 そう。今回の一件、被害者は夕夏だけではなかった。ここ二日間の放課後だけで、夕夏を合わせて被害者は6人ほど出ているのだ。


 しかもその事件にはほとんど規則性がなく、狙われているのは男だったり、女だったり。


 私立高校の生徒もいれば、国立高校の生徒もいる。


 中学生も被害にあったという噂も流れているのだ。


 唯一わかっていることは、通学中には現れず、必ず放課後に現れるということと、その実行犯たちは3人組である事、くらいだ。


 実行犯は男か女かも、年齢もまだわかっていないようだ。


 通はこれ以上の被害者を出したくない様子で、いつもと違っていたって真剣に話していた。


「同じ学び舎の奴らが狙われるのが俺は気に食わねえんだよ。偶然遭遇でもしたら、徹底的に潰してやる!」



 やる気十分の通を見た八神は、それ以上は何も言ってこなかった。


 おそらく、通が勝手に行動を起こして、変な問題を増やして帰ってくることを予想していたのだろう。


 通が自らアクションを起こさないと宣言した時点で、八神は満足したようだった。


 そのまま悠馬たちの対角の一番左後ろの席へと向かっていった。


「ところで悠馬、知ってっか?Bクラスの南雲の野郎、今日で停学明けたらしいぜ?」


 1つ目の話題から話が切り替わる。


 本日クラスで話題になっている2つの出来事。それは夕夏の一件と、入学初日で停学になっていた南雲の復活だった。


 前者の一件は当事者がこのクラスにいるため、ある程度の情報が出ているが、後者はその限りではない。


 入学初日に停学になったということもあり、南雲が所属するBクラスの生徒たちも彼についてはあまり話したがらない為、憶測の話しか出ていないのだ。


 暴力行為で停学になった、というのは入学2日目で既に話題になっていたが、どのような暴力行為を働いたのか、どんな理由があって暴力を振るったのかなどは全くの謎だった。知られているのは容姿だけ。


 身長は170後半で、髪の毛は挑発的な赤色。そして顔が結構怖いらしい。ということだけだ。


 そんな彼が停学から戻って来たのだから、他のクラスでも話題にならないのは無理な話だ。明らかに目立ちすぎている。


「話じゃめちゃくちゃ強いんだろ?」


「ああ。聞いた話によると異能を使う相手に対して素手で応戦したらしいぜ?やべぇよな!くぅ〜、俺もそのくらいの腕っ節が欲しいぜ!」


 悠馬の質問に対して、通は興奮気味に答えると、突然「しゅっしゅっ」と言いながらシャドウボクシングのような動きを見せ始め、悠馬の肩をコツンと殴る。


 加減はかなりされているようで、悠馬はビクともしない。


 異能を使う相手に、素手で応戦。


 それが事実だとするならかなりの度胸と技量を持っているに違いない。


 なぜなら、異能の中には肉体を極限まで硬くしたり、物理的な攻撃を反射させる、プロテクションなどという能力まである。


 相手がそのいずれかを持っていたとして、殴ろうとすれば拳が割れる。骨折間違いなしだ。


 入学初日で誰がどの異能を使えるのかもわからない状態でそれをするのは、かなりの度胸が必要となるだろう。


 加えて技量だ。相手がどんな異能だったのかは知らないが、それを真っ向から殴って解決したとなると、身体能力は途轍もない。


 中には目に見えない異能もあるわけで、発動までの時間が極端に短い異能も数えだしたらキリがないほど存在する。


 その異能を回避して、勝ってしまうような男なのだから、少なくともレベルは9ほどで、異能を使うまでもないと判断するほどの余裕を持ち合わせていたに違いない。


 どちらにしろ、Bクラスの南雲はかなりの実力者だと判断していいだろう。


「昼休み南雲見に行こうぜ!」


「俺は遠慮しとこうかな」


「なんでだよー」


「いや、だって目が合って殴られたりしたら嫌だろ?」


 悠馬ならついて来てくれると思っていたのか、悠馬が行かないと宣言すると明らかに凹んでいる様子の通。


 どうしてそんなに南雲を見たいんだろうか?野次馬魂というヤツだろうか?


「ま、まぁ?俺も殴られたくはないしやめとこっかなー」


 悠馬の話を聞いて、どうやら通はビビっているようだ。


 つい先ほどまで刃物を持った輩はキャインキャイン!と言っていたのは、いったいどの口だったのだろうか?とても同じ学年の、しかも異能なしの拳にビビっている男の発言だったとは思えない。


「よぉ悠馬!通!おっすおっす!」


「おいーっす連太郎!」


「おはよ」


 チャイムがなるギリギリで登校してくる金髪の男、連太郎。


 いつもギリギリに登校してくる為、連太郎が来ると、もうすぐチャイムがなると勝手に判断している悠馬は、通の方を向いていた体の向きを変え、正面のホワイトボードの方を向いて座り直す。


「おい悠馬、今日の放課後空いてるか?」


 声をかけてきたのは、通。ではなく連太郎だった。


 今日は大雨。雷まで鳴っているから、遊びに行くというわけではないだろう。


 そんな中、一体どうしたんだ?と言いたげな悠馬は、連太郎の顔を見て首を傾げた。


「悪い、放課後はちょっとだけ用事がある。でも早く終わらせる予定だから、俺の寮か教室で待っててくれるなら空いてる」


「おっけー。んじゃあその時に話すわ〜」


 軽いノリの連太郎は、悠馬にそう告げると自身の机を目指して去って行く。


 直後、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。それと同時に、まるでタイミングを示し合わせたかのようにして教室の扉をスライドさせて入ってくる担任教師、千松鏡花。


 いつも真剣な表情なのだが、今日はいつになく真剣な表情で、クラスの中は鏡花が入ってくるとすぐに静かになった。


 女教師のオーラが、教室内の静寂を支配する。


 怒っているのか、それとも誰かが何かをやらかしてこうなっているのか。


 いつもふざける通ですら口を開けない程の緊張感が、教室に充満していた。


「先ずはおはよう。そしていきなりで悪いが、重要な話をさせてもらう。ここ数日で、学生を狙った傷害事件が増えてきている。残念だが、この事件を起こしている犯人はまだ捕まっていない。警察が捜査しているとの事だが、もしかすると警察が発見する前に、次の被害者が出てくるかもしれない」


 鏡花の脅しのような発言に、女子生徒はほんの少しだけビビっているご様子だった。


 当然だ。


 いきなり背後から刃物で切りつけられるなんて、男でもビビるし、そう簡単に対応が出来るようなものでもない。


 強がって見せている男子たちの表情も、ほんの少しだけこわばっていた。


「だから今日から暫くは、他のクラスの奴でも、他の学年の奴とでもいい。近場に住む生徒たち、複数人で帰宅することを推奨する。もちろん、我々教員も見回りは強化するが、それでも絶対数が少ない。お前らを守れないかもしれない。だからくれぐれも1人で帰るという危険な真似はしないでほしい」


 鏡花の真剣なお願いを聞いて、クラスはざわつき始める。


「今日誰と帰る?」「私近場に住んでる人あんまりいないんだけど、やばくない?」「どうしよう」などと、不安を募らせる声が増えていく。


「そしてお前らにはもう1つ話しておくことがある。もしもその実行犯に遭遇して、刃物で切りつけられた場合は正当防衛として異能を使うことを許可する。無論、この島には監視カメラが腐るほど設置されてある。大した理由もなく異能を振るった場合はどうなるか分かってるよな?」


 正当防衛でのみ許された異能。


 おそらく後半の脅しは調子に乗った生徒たちが、正当防衛と称してちょっとしたことで異能を使い始めない為のストッパーだろう。


 即退学。という文章が頭に浮かんだ生徒たちは、浮かれた表情を引き締め直して、鏡花の方を向き直った。


「全員分かったようだな。ならば次は、5月の3日から行われる、異能祭に向けての強化合宿の話だな」


 正当防衛、刃物を使う相手にのみ異能を使うことを許されたと、全員がきちんと理解したと判断した鏡花は、続けて学校のイベントである合宿についての話を始めた。


「去年、第1は惜しくも島内2位という結果で幕を閉じた。お前らの先輩たちは、今年こそはと意気込んでいることだろう。おそらく去年より合宿の内容はハードになるだろうし、限界を感じる生徒たちも出てくることだろう」


「しかし同時に、楽しみにしている生徒たちも居ると思う」


 合宿はだるいけど楽しい、というイメージが強い。


 集団行動や声出しなんかは、つまらないし、きついだけだが、夜は同じ学年のメンバーと同じ部屋で、面白おかしな話をしながら高校生らしく過ごせる。


 加えて、異能島の合宿先は無人島なのだ。恐怖よりも期待をしている生徒たちの方が多いに違いない。


「くれぐれも忘れ物をするなよ。持っていくものは、事前に用意しておくように。以上、1限目が始まるまで自由にしていいぞ」


 鏡花が話を締めくくると同時に、クラスメイトたちは一斉に立ち上がり合宿の話を始めた。


 まるで傷害事件などなかったかのように。


 そんな中、1人の男子生徒、暁悠馬は土砂降りの雨を眺めながら、独り言を呟いた。


「嫌な雨だな」

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