向かう先
「フェスタ!フェスタ!」
狭い間隔で固定された座席に座る生徒たちの中から、そんな奇妙な声が聞こえてくる。
リズムに合わせているつもりなのかは知らないが、歌になっているわけでもないし、何故こんなにはしゃいでいるのかはイマイチわからない。
「お前ら、そんなにフェスタ楽しみにしてたのかよ?」
悠馬の横に座る通と、その後ろに座る栗田。
彼らの奇妙な掛け声に痺れを切らした悠馬は、やや不機嫌気味にそう訊ねる。
「ったりめーだろ!コイル・レーヴァテインにティナ・ムーンフォールン」
「キルヤ・サパンに現異能王のエスカ!」
「異能王の約半分はフェスタ優勝者なんだぜ!」
「興奮するなっつー方が無理があるだろ!」
両手を前に構え、鼻息を荒くしながら話す栗田。
確かに彼の言う通り、フェスタの出場者、その中でも優勝者は、総帥や異能王として活躍している人が多い。
多いから、はしゃぐのはわかるのだが…
「お前ら、飛行機の中だろ…少し落ち着けよ」
ここは飛行機の中なのだ。
今年開催されるフェスタの会場は、イギリス支部。
現在イギリス支部へと向かっている悠馬たちは、飛行機の中で騒いでいたのだ。
先程からキャビンアテンダントさんも、栗田と通を苦笑いで見ていたし、騒がしいと思われていることは間違いなしだ。
「落ち着いてるお前がおかしいんだよ!」
「そうだそうだ!なんならこの飛行機は、異能島の生徒で貸し切りだろうが!クソ、代表選手だからって調子乗りやがって!」
「調子には乗ってねーよ!」
イギリス支部へと向かうこの飛行機の中には、第1異能高等学校の生徒および教師陣、第7異能高等学校の生徒および教師陣に加えて、投票で出場が確定した生徒たちが乗り込んでいる。
だから極論、通が騒ごうが、栗田が騒ごうが、迷惑を被る人は同じ学校のヤツくらいしかいないのだ。
「ま、せいぜい噛ませにはなるなよ、悠馬くぅん」
「ビビって闇使うなよ〜」
「ははは!なんだよそれ!悠馬の闇って、小便と似たようなもんなのか!」
「お前ら…俺をなんだと思ってるんだ…」
悠馬を冷やかす栗田と通。
どうやら彼らは、悠馬の闇はビビって小便を漏らすようなものだと捉えているようだ。
「ははは、無様だな暁!その様子だと、フェスタ一回戦負け確定じゃないのか?」
冷やかしてくる2人を不服そうに見つめる悠馬は、3人目の面倒者から声をかけられ、深い溜息を吐く。
「松山…なんか用か?」
飛行機の中、仁王立ちをしている黒髪の男は、同クラスの生徒たちにいじられる悠馬を見下しにでも来たのか、ドヤ顔でふふんと笑ってみせる。
「いいか!フェスタで優勝するのはこの俺だ!そしてお前を倒すのも、俺だ!ふふふ、はははは!」
「んだこいつ?あれか、異能祭で悠馬にボコられてたマジモンの噛ませか」
覇王と話したことのない栗田は、引き気味の表情で悠馬に話しかける。
流石の栗田でも、突然現れて、突然高笑いをしながら勝利宣言をしてくるような奴は噛ませだとわかってくれたようだ。
珍しく栗田と意見が一致した悠馬は、笑みを浮かべながら頷く。
「噛ませじゃねぇよ!失礼なこと言うんじゃねぇ!」
「え?悪い、だってお前、発言が噛ませっぽいし…小物の中の大物的な?」
「うぐぐ…」
態度だけは大物風のヤツこそ、大したことはない。
それは栗田が異能島で培った判断材料であり、本当の強者というのは、周りと溶け込んでいて、どこに存在しているのかもわからないようなものだ。
そう、例えば今の悠馬のように。
周りから一目置かれていながらも、弄られる、ちょっかいを出されるその姿は、強者のそれではない。
そのことから鑑みるに、こうしていきなり現れてイキるような奴は大したことがない。
何も言い返せない覇王は、プルプルと震えながら口を噤んでいる。
「いいか!俺は絶対にお前を…うぁ!?」
悠馬を指差しながら何かを言おうとした覇王は、突如として発生した機内の揺れにより、その場にしりもちをつく。
「うわ、クソダセ…」
「こいつがフェスタに出るとか、先が思いやられるな…」
「お前ら…その辺にしといてやれよ…」
「くそ!覚えてろ!」
通と栗田に馬鹿にされ、悠馬に哀れみの視線を向けられた覇王は、顔を真っ赤にしながらズカズカと去っていく。
本当に嵐のようなヤツだ。
「ところで悠馬、お前って、前夜祭に招待されてんだろ?」
「あー…確かそんなのあったな」
前夜祭に何か思い入れでもあるのか、興味津々の通は、食い入るように悠馬を見つめ、瞳を輝かせる。
前夜祭というのは、フェスタ開催前日に行われるパーティーのようなものだ。
招待者は各支部のフェスタ参加者のみ。
つまりは各支部の選ばれた強者5名ずつが、このパーティーに招待されることとなる。
支部は合計で7支部あるため、5×7の35名。
そしてその前夜祭でトーナメントが発表されるわけだ。
ついでにいうなら、そこで各支部の総帥や異能王と、直々に顔を合わせることもできる、誰もが憧れるような空間だ。
実は悠馬も、ほんの少しだけ緊張をしている。
「飯とかあるのか?あったら飯の感想教えてくれよ!なんならちょっと盗んで来い!」
「おい、俺の品位を貶めるようなことをさせようとするなよ」
「じゃあ可愛い女の子の連絡先とかさぁ、お前そのくらいしか取り柄ないし!」
「おい、さらに失礼なことを言うな」
女と連絡先を交換することくらいしか取り柄がないと言われた悠馬は、ふざけた通を睨み付け、軽く足を踏む。
「ふぐっ…だってそうだろ!お前、俺らのこと裏切って可愛い女の子と付き合うしよ!クソ、俺様のハーレム計画が…!」
「そうだそうだ!裏切り者!」
「恋愛においてはお前らと協力関係になった覚えはねーよ!」
悠馬が可愛い女の子と付き合っているから、裏切り者だと非難する2人に声を荒げる。
別に、2人の前で彼女は作りません!と宣言したわけじゃないし、付き合う気がないという発言をしたわけでもないから、裏切ったという定義には当てはまらないだろう。
「くそ…俺も朱理さんの爆乳を揉みてえ…」
「触らせねえぞ?」
「ケチケチすんなよ…ばかつき…」
「誰がばかつきだ!」
暁を〝ばか〟つきという蔑称に変更している栗田に憤慨する。
この時点で既に、悠馬も通や栗田と同じくらい騒がしいため、キャビンアテンダントさんからは、このガキもうるせぇ…と思われていること間違いなしだ。
「まぁ、とにかく連絡先!」
「交換して来ねえなら、お前が暁闇ってこと、バラすからな!」
「なんで俺が脅されるんだよ…」
「あほしね!」
「テメェが羨ましいから苦しめたいんだよ!」
女に飢える、栗田と通。
獣のような鋭い眼差しを向けられた悠馬は、諦めた様子で俯いた。
***
一方その頃、飛行機内の一角にて。
金髪の男子生徒は、飛行機の座席から身を乗り出し、後ろの女子生徒にちょっかいをかけていた。
「加奈ちぃん、今日も浮いてるね〜。もうすぐで空飛べるようになるんじゃない?」
クラス内で若干孤立している、腫れ物を見るような目で見られる加奈を冷やかす、紅桜連太郎。
身を乗り出している連太郎は、後ろに座っている加奈が読んでいる本の前で手を動かしながら、心無い言葉を吐き捨てる。
「貴方こそ、最近暁くんと話してないじゃない。絶交でもされたの?」
「うーん、ま、俺とアイツが関わらないってのは、良いことだから!」
加奈のカウンターを食らった連太郎は、悠馬と関わっていないことを、いいことだと思っているようだ。
なぜなら悠馬と連太郎の繋がりといえば、大抵は犯罪路線のことになる。
連太郎は紅桜家に生まれた、一家代々の国の裏の仕事を賜る人間であり、主に裏で犯罪者や私欲に溺れた政界人たちを屠る作業を生業としているのだ。
だから悠馬と関わる時も、大抵は何かが起こった時、何かが起こりそうな時であって、話しかけないということはつまり、何も起こってない平和な日常ということだ。
平和な日常が続いているということは良いことだろうし、特に不満も感じていない連太郎は、ニヤニヤと笑いながら加奈を見る。
「加奈ちん、何読んでんの?」
「イギリスの観光ガイドブック」
「え?フェスタ行くのにそれ必要?自由時間なんてないっしょ?」
フェスタ会場があるイギリス支部のガイドブックを見たところで、外出時間がなければ意味がない。
自由時間があるならまだしも、そんな時間すらないのにガイドブックを見るのは、果たして意味があるのか?
意味のない作業に見えるその光景を眺める連太郎は、不思議そうだ。
「ホテルの中にはお土産くらい売ってるでしょ。フェスタは異能王が開催する大会でもあるわけで、ホテルだってそれなりに良いところを抑えられてるはずだから」
「言われてみれば確かに…でも加奈ちん、お土産買ったところで、渡す友達いるの?」
「………貴方、やっぱりデリカシーないのね」
加奈は現在、ほとんどの友達がいない。
夕夏や美沙といった、入学当初から関わりがあるメンバーとは接しはするものの、父親が逮捕されたということもあってか、彼女たちから一歩引いているように見える。
そんな彼女には、当然異能島に残っている友達などいるわけがない。
加奈の父親が捕まったことは、異能島の誰もが知っているであろう情報であって、お土産を渡すような親しい存在がいるはずもないのだ。
加奈は連太郎のデリカシーのない言葉を聞き、冷たく睨みつける。
「でも、事実じゃん?なんのために買うの?虚しくないの?」
お土産を渡す友達もいないのに、お土産を買うという無意味な作業。
その過程において、なんの意義も見出せない連太郎は、割と本気で疑問に思っているようだ。
「虚しくなんてないわよ。だって、自分で食べればいいじゃない」
「うっわ…寂しい女…そんなだから彼氏できないんじゃないの〜?加奈ちぃん」
「それは貴方も同じでしょ。彼女いないくせに。そもそも貴方だって、私と同じく浮いてるも同然じゃない」
彼氏彼女がいないのはお互い様であって、自分だけそのことで冷やかされるのはどうにかしている。
そう言いたげな加奈は、連太郎も浮いていると発言し、飲み物を口に含む。
「え?俺浮いてる?」
「浮いてるというか、貴方人のことを言う割に、私と同類じゃない。自覚なかったの?」
連太郎の家は、この国の裏のお仕事をしている。
だから連太郎は加奈や悠馬と同じく、自分の背景を隠してこの島で生活しているのだ。
加奈や悠馬はもう、隠すものはなくなってしまったが、連太郎は違う。
一番進んでいるように見えて、一番進んでいない男。
自分と同じように、一歩踏み出せずにいる、周りと距離を置いているように見える連太郎を、加奈は自分と同類だと言い切った。
「俺は加奈ちんみたいに地味じゃないし、背も低くないし、そんなまな板みたいな胸した女子と一緒にされるのは、心外なんだけどなぁ…」
「貴方、私以外の女にそんなこと言ったら、絶対に殺されてるからね?」
「でも加奈ちんは許してくれるんでしょー?」
「たった今殺そうと思った」
「うわこっわ」
いつもはこの時点で既に殴られるはずなのだが、ここは飛行機の中。
加奈の暴力を受けるはずがないと思っていた連太郎は、許してくれると思っていたご様子だが、加奈にひと睨みされると、座席を壁のようにしてしゃがみこむ。
誰だって、自分のコンプレックスを大量に言われれば、場の状況なんて考えずに暴力を振るってしまうことだろう。
加奈は持っていたガイドブックの角で、座席から少し出ている連太郎の頭を叩く。
「痛っ!何すんだよ加奈ちん!」
「仕返し」
「DVだDV!この鬼畜貧乳女!」
「貴方、よっぽど死に急ぎたいようね?」
「あ、ごめんなさい許してください…なんでもします…」
もう一度加奈がガイドブックを振り上げたことにより、前言撤回した連太郎は、両手でガイドブックを抑えようとしながら謝罪する。
「なんでも?」
「た、退学と自殺は無理だけどねぇ!?」
「じゃあお土産。全部貴方のお金で買わせてもらおうかしら?」
ふふんと鼻で笑いながら、嗜虐的な笑みを浮かべる加奈。
連太郎はこの時点で、自分が大きな過ちを犯してしまったことに気づいた。
きっと、この女は数万円分の買い物をさせて、財布の中の金がなくなったタイミングで泣きつく連太郎を見て優越感に浸る気なんだ。
海外の売店でそんなことをさせるなんて、鬼畜の所業だ。
数秒前、なんでもすると言った自分を殴りたい気持ちになりながら、観念したように頷いた連太郎は、大人しく自分の席に座ると同時に、財布の中身を確認し始めた。
連太郎…財布の中大丈夫かな…




