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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
フェスタ編
185/474

甘い誘惑

「へっくし!うぅっ…寒いし磯臭い…」


 夕焼けに染まる異能島の第2学区。


 その中をとぼとぼと歩く茶髪の男子生徒は、若干の磯臭さを漂わせながら、ビチョビチョの制服姿だった。


 ニオイを嗅げばすぐにわかる。


 彼は海か魚のいる水槽にでも落ちたのだろう。と。


「まじごめん?私のせいで災難に巻き込んじゃって」


 そんな悠馬の横を歩く、茶髪の女子生徒。


 彼女は悠馬の購入した醤油の袋を片手に、申し訳なさそうに謝罪を入れる。


「いいよ…周り見てなかった、俺の落ち度だし」


 なぜ美沙が申し訳なさそうに謝っているのか。


 その原因は、つい先ほどの、道崎との揉め事が原因している。


 道崎に殴りかかられた悠馬は、その攻撃を避けることを最優先に行動した結果、道を踏み外し海へと転落してしまった。


 道崎はそんなマヌケな悠馬を見て、ストレスを解消したのか去っていったものの、悲劇はここからだったのだ。


 今の季節は?


 ほぼ冬。


 11月ということもあり、制服でも少し寒いと感じるような気温だというのに、そんな最中で海へと落ちてしまった。


 髪までビチョビチョだし、全身がキンキンに冷えているような感覚だ。


 しかも磯臭い。


 寒さと気持ち悪さ、そして磯臭さでテンション最悪の悠馬は、美沙の横に並びながら、こうしてとぼとぼと歩いているわけだ。


「あの野郎、次会ったら絶対に許さねえ…」


 道崎は次会った時に絞めるとしよう。


 そんな物騒なことを考えながら歩く。


「ところで美沙、本当に寮に上がっていいのか?」


「ん。だってアンタ、流石にそんなずぶ濡れで帰るわけにはいかないでしょ?風邪ひくだろうし。私の寮は第2学区だし、あと2分もすれば着くから!風呂貸したげる!」


 美沙のありがたい申し出。


 入学当初からそこそこの仲だった悠馬は、その申し出を警戒することなどなく話を進める。


「ありがとう。助かる」


「見えてきた!あれが私の寮!」


「へぇ…集合住宅?」


「ん。そーそー!ちょっとボロいんだけどね〜」


 美沙が指差す、5階建て程の寮。


 日本でよく見る、集合住宅と同じ形をしたその建物は、異能島が出来た初期の方に建てられたのだろう、美沙の言った通り少しボロく見える。


 かと言ってヒビが入っている、などというわけではないのだが、あくまでこの見解は、悠馬の寮と比較しての話だ。


「ささっ、どーぞどーぞ!」


 寮が見えてくるのと同時に、トタトタと前へと抜け出た美沙は、両手で集合寮の方へと悠馬を誘導する。


 寮の廊下は外見と変わらず、少しだけ古いような雰囲気を醸し出す、グレーがかった壁と、廊下で構成されていた。


 特に気になるところはないが、意識して見ると確かにボロくは感じるかもしれない。


 美沙に案内され階段を登った悠馬は、2階の右端の部屋の中へと入った。


「風呂沸かすから、ちょっと待ってて〜」


「うん。ありがとう。ちょっと夕夏に連絡していいか?」


「どうぞ〜」


 寮の中へと案内された悠馬は、玄関で濡れた靴を脱ぎ、ポタポタと垂れる水を眺めながら、携帯端末を取り出す。


「もしめし?ごめん、夕夏。不良に絡まれてさ…海に落ちちゃって…うん、大丈夫。今美沙の寮にいるんだけど、着替えの服持ってきてくれない?」


 携帯端末越しの夕夏の声にデレデレとしながら、会話をする。


 夕夏は心配そうな声を上げたものの、悠馬に大丈夫だと言われ、すぐに持ち直したようだ。


「え?変なこととかしないから!大丈夫だからっ!それじゃあ、お願い」


 なにやら釘も刺されたらしい。


 夕夏に在らぬ心配をされてしまった。


 変なことしちゃダメだよ!悠馬くん信じてるけど!などと言われたらもう、手は出せない。


 いや、そもそも美沙に手を出す気があったのなら、悠馬はもっと前に手を出しているはずなのだから、今更手を出すということはないのだが。


「ほら、玄関で突っ立ってないでさ。脱衣所で服脱ぎなよ。本当に風邪ひくわよ?」


「あ…うん」


 美沙に押されながら風呂場の脱衣所へと入ると、すでに給湯器をつけてくれていたようだ。


 お風呂のお湯を貯めてくれている音が聞こえてくる。


 初めて(?)入る、女子の部屋のお風呂。


 悠馬は脱衣所の中で、見てはいけないものをたくさん目撃する事となった。


 まずは脱ぎ散らかした、下着と制服。

 1人暮らしといえば、当然なのかもしれない。


 学生ともなると、平日は制服と下着、そして体操服くらいしか使わないため、大して洗い物が溜まらない。


 だから2日に一回とか、3日に一回洗うというのが基本で、悠馬だって2日に一回程度しか洗っていないのだ。


 夕夏が着けないような、主張しすぎている派手なブラ。

 装飾は多いし、色もド派手でヤバイ。


 そして何よりやばいのが、棚の上に置いてある、男のアレの形をした棒状のものだ。


 この女、マジでやばいかも。


 美沙がビッチキャラ、男漁りを趣味としているのは知っていたが、まさかここまで欲求不満で、羞恥がないとは思わなかった。


「なぁに人の下着ジロジロ見てんの?まぁー、悠馬が欲しいなら、使用済み1枚くらいあげてもいいけど?」


「いや…流石に彼女の友達の下着は…」


 いらないと言ったら失礼になるだろうし、ここは変な誤解も招かぬよう、それとなくやんわりと断るべきだろう。


「そっかそっかー!ならごゆっくり〜!」


 なにやら納得したご様子の美沙は、悠馬を風呂場の手前まで押し込むと、脱衣所の扉を閉めて去っていく。


「ふぇ?」


 え?使用済み下着とか、なにも隠さずに行っちゃったよ?あの人。


 ポタポタと水を垂らしながら、悠馬は棚の上にあるモノに手を伸ばす。


 大きさは15センチほどだろうか?


 こんなのを日頃から使っているのだから、美沙がどういう人間なのかは、容易に想像がついてしまう。


 こんなものが女の子の中にすっぽりと埋まるんだから、信じられないよなぁ…


 そんなことを考える悠馬は、大人のおもちゃを棚の上へと戻す。


「悠馬、もしかして私の使用済み下着オナネタにしてる?」


「してねぇよ!」


 扉越しに聞こえてきた声に、びくりと全身を震わせた悠馬は、慌てて服に手をかけ、濡れた制服を脱ぎ終えると風呂へ突入する。



 ***



「ふぅ…」


 全身が冷えていたということもあり、身体の外側から、芯まで温められているような気がする。


 湯船から上がった悠馬は、満足して身体を拭いている真っ最中、ある問題に直面した。


 悠馬は現在、着替えを所持していない、


 夕夏に替えの服を持ってきてもらうのはいいのだが、替えの服を持っていない今、風呂を上がったら着る服がないのだ。


「美沙〜!」


「ハニーって呼ばないと、なーんにもしてあげないよーん」


「美沙ー!美沙ー!」


「ぁぁもぅ頑なっ!!花蓮の前でもそんなかんじなわけ?」


 ハニーと呼べと言ってきた美沙を無視して、いつも通りの愛称で呼んだ悠馬は、勢いよく扉が開かれると同時に、慌てて局部を隠す。


「開けていいとは言ってないだろっ!」


 危うく大事なところを見られるところだった悠馬は、声を荒げる。


「大丈夫よ。今更男のそんなところ見たって、悲鳴あげたりしないし?」


「俺があげるわ!服!なんか男物の服とか、そんなのない?」


「なーいー。全裸待機すれば?まぁ、お願いしてくれたら服くらい貸すけど」


「お願いします貸してください」


 なんのプライドもないのか、局部を隠す悠馬は深々と頭を下げて、美沙に言われた通りおねだりをする。


 そんな悠馬を見て満足げな美沙は、ニヤリと笑みを浮かべると同時に、洗濯機の中へと手を突っ込んだ。


「ほい。学校の体操服」


 美沙は、洗濯機の中から洗ってないであろう体操着を取り出し、悠馬へと渡した。


「…え?生で着ることになるけどいいの?」


「え?べーつーにー?悠馬のちん◯がズボンに当たったところで、妊娠しないしー!」


 くっ!こいつ!煽ってきてやがる!


 悠馬の反応を見て楽しんでいるのか、お子様を見るようにニヤニヤと笑う美沙は、愉快そうにそう呟く。


「あっそう。なら生で履くからな!」


「うわ、写メって花蓮行きですわー」


「やめてください!俺の人生が終わっちゃいますぅ!」


 まるで獲物を見つけたようにニヤニヤと笑い、悠馬の方へとカメラを向けてくる美沙。


「やめろよ?な?な?お前ならわかるだろ?やっていいことと悪いことがあるって!」


 こんな姿を花蓮に送信されえしまえば、ほぼ確実に別れ話を切り出されることだろう。


 悠馬自身、彼女が他の男の家で全裸で撮影されていれば携帯端末を叩き割るし、ブチギレ間違いなし。


 こんなところではじめてのお付き合いを終わらせたくない悠馬は、必死に懇願する。


 ついでに、美沙が出て行かないと、悠馬は着替えられないし。


「えぇ?有名になるために枕した私には悪いことがわかりませーん?」


「…え?花蓮ちゃんはしてないよな?」


「花蓮は違うっしょ!あの性格で、枕できると思う〜?ほら、笑って笑って?」


 花蓮と同じく、中学時代にモデルをしていた美沙の枕営業発言。


 そんな事を聞いてしまえば、当然悠馬は花蓮も同じような事をしていないかと心配するわけだが、花蓮は性格もなかなかにきついし、そんな事をするはずもないだろう。


「ってか!いい加減出てけこの変態!」


「うっわ!ひっど!お風呂まで貸してくれた心優しい美女にそんなこと言うんだ?ふーん!」


「元は誰のせいだと思ってる!クソ!」


 脱衣所から美沙を追い出し、悠馬は渡された体操着を着用する。


 やっぱり洗っていないのか、美沙の付けている香水のような匂いもするが、もうその辺は考えないようにする。


 やや疲れた表情で脱衣所の扉を開けた悠馬は、美沙がいるであろう、リビングへと向かった。


「え、やば。ちょっとまって」


 悠馬がリビングへ入ってくると、なにやら焦った様子の美沙。


 彼女は慌ててベッドに駆け寄ると、つい先ほど脱衣所で見かけた大人のおもちゃと同じような物を箱の中に入れ、散らかっていた未開封のゴムを引き出しの中に入れると、鍵をかける。


「汚ねえ部屋だな…」


 わざわざ上げてもらって失礼な事を言っているのは承知の上だが、それでも美沙に少しは反撃したい。


「し、仕方ないっしょ!だって人が来る予定とかなかったし!みんなちっさくて満足できないのよ!」


「ぁー…うん、頑張ってね。応援してる」


 なにやら男に対する不満を、悠馬にぶつけてきた。


 俺は小さくないよ!?


 心の中で見栄を張る悠馬と、顔を赤くして残っている大人のおもちゃや、ローションを片付ける美沙。


 2人の間には、気まずい空気が流れていた。


「ベッド…」


「ん?」


「ずっと立ってるのもなんだし、座りなよ。私の寮は座れるところがベッドくらいしかないし」


「あ、ありがとう」


 急にしおらしくなった美沙を見ていると、つい先ほどまでの変なテンションやノリが消えていき、冷静に考えるとこの状況まずいんじゃね?という感覚に陥ってしまう。


 いや、実際、この状況はかなり不味いのだが。


「あったかいな…春も近いのかな?」


「暖房つけてるし…」


「あ…はははは…」


 美沙がいつもみたいなノリで話してくれる事を期待した悠馬だが、彼女はしおらしくなった対応をとる。


 悠馬はいつも、会話をするときは美沙任せの会話をしているため、こういう時になにを話せばいいのか全くわからなくなってしまう。


 夕夏や花蓮といった彼女たちなら、ある程度の性格を知っているし、何気ない会話をできるだろうが、相手は美沙。


 共通の話題があるわけでもないし、話のネタがみつからない悠馬は、俯き加減に冷や汗を流す。


 その様子はまるで、初めて彼女の寮に来た彼氏のようだ。


「ねぇ」


「うぁ!」


 いかがわしいグッズを片付けていた美沙は、振り向きざまに悠馬を押し倒し、その上に覆いかぶさる。


「やっぱり、今からでもいいから私に乗り換えない?」


「乗り換えって…何をだよ…」


 美沙は入学当初から、悠馬のことを狙っていた。


 一度は夕夏のためにと悠馬のことを諦めたわけだが、人間、そんな単純に諦めることなどできないわけで、美沙はこの瞬間に攻勢に出た。


「わかってるでしょ?乗り換えの意味くらい」


 美沙の甘い吐息が徐々に近づき、悠馬は首を動かし顔を横に向ける。


 距離でいうと、わずか3センチほど。


 おそらく美沙の方を向けば、唇が合わさるだろう。


「ねぇ、悠馬。私たち、相性いいと思うの…だから」


 美沙がゆっくりと手を動かし、悠馬の身体に触れる。


 甘い吐息が耳をくすぐり、背筋をぞくっとさせる。


 正直な話、悠馬は美沙を、異性の対象として見なかったことは一度もない。


 もし仮に花蓮という許婚と、暁闇さえなければ、悠馬は美沙と付き合っていてもなんらおかしくはなかった。


 だがそれと同時に、悠馬は違和感を感じていた。


「お前、本気じゃないだろ」


 夕夏や花蓮、朱理、美月とは決定的に違う部分。


 美沙の発言は、いつだって薄っぺらだ。


 本気じゃない。どこか手を抜いている、どこかで自分を誤魔化そうとしている。


 好きだという気持ちが、全く伝わってこない。


 おふざけのような、雰囲気でやりましたというような。


「お前が本気で付き合いたいなら…乗り換えなんて言葉使って欲しくなかった」


 花蓮たちを見捨てろというような、そんな発言。


 そんな自分勝手な発言を、悠馬は受け入れられない。


「それに…お前他の男ともしてるんだろ?こんなこと。もっと自分の身体、大切にしろよ」


「あはは!説教?童貞臭いなぁ悠馬は」


「悪いけど、美沙がそんなことを言ってるうちは、俺は付き合う気はないよ」


 そう真剣に答える。


 美沙が思い切って告白をして来たのなら、悠馬だってきちんと対応をした。


 しかし、道崎の言ったように、美沙は他の男とも関係を持っているようだし、少なくともそういうことをやっている間は、付き合いたくはない。


 真剣な眼差しで美沙を見た悠馬は、少し強引に美沙を払い、ベッドから起き上がる。


 しんと静まり返った寮内。


 2人の静寂を切り裂いたのは、インターホンの音だった。


「それじゃあ…今日はありがとう。体操服は洗って返すよ」


「うん…またね」


 顔を合わせない美沙。


 そんな光景を目にした悠馬は、その場から逃げるようにして歩き始めた。

友人と好きな人が同じだった時、めちゃくちゃ気まずいですよね…


次回、逆襲の悠馬 (しません)

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