美沙との遭遇
「はぁ…なんか疲れた…」
イタリア支部のヤバイ奴2人(総帥と総帥秘書)に絡まれた悠馬は、深いため息を吐きながら八神の寮の前を後にする。
「ったく…まさかとは思うが、日本支部以外の総帥は、全部あんな感じとか言わないよな?」
イタリア支部のようなノリが主流だったらどうしよう?
フェスタで各支部の総帥と顔を合わせることが確定している悠馬は、そんな問題を抱え呆れた声を出す。
「ええと…確か醤油を買うんだったよな」
忘れてはいけない、今日のおつかい。
悠馬は八神の寮に行くにあたって、夕夏からおつかいを頼まれていた。
昨日醤油を切らしてしまったため、八神の寮へ行くがてら、買ってきてほしいと言われたのだ。
いや、正確には、夕夏が買いに行こうとしていたため、悠馬が代わりに行くと言っただけなのだが。
まぁ、おつかいという点は間違っていないだろう。
幸いなことに、八神の寮の横が商店街ということもあり、その通りへと入る。
大抵、醤油屋さんというものは、商店街にあるだろう。
もし仮に醤油屋さんがなかったとしても、寮へ帰る途中にはコンビニがあるし、そこで買っていけば問題ないだろう。
そんなことを考えながら、初めて訪れた商店街に少しだけ心が躍る。
なんだか知らない街に来て、1人で散歩をしている気分だ。
異能島に入学してから7ヶ月が経過したものの、第1学区、そして自身の寮がある第3学区、花蓮の寮がある第7学区にしか訪れていない悠馬からしてみれば、ここは未開の地だ。
商店街へ入ると、昔ながらの並びのお店たちが目に入って来る。
どこか懐かしく、そして心地のいい景色だ。
古そうなゲームセンターに、老舗店が並ぶ第2学区。
悠馬の通う第1のある第1学区や、寮のある第3学区とはまた違うその景色は、悠馬にとってはかなり久々に見る、珍しい光景だった。
「魚屋さんもあるんだ…すげぇ…」
鮮魚店があるとは思わなかった。
異能島は周りを海で囲まれているわけだし、魚釣りをしたら楽しそうだと思うことはあったが、まさかこんなところに魚を買える店があるなんて。
ちょっとした贅沢をする時にでも、ここで豪華な魚を買っていこう。
何が売っているのかまでは確認しなかったが、マグロや学生から人気の魚は確実に取り揃えているだろうと思いながら、奥にあるお店を見る。
「醤油店発見」
魚屋さんの横に並ぶ、お醤油屋さん。
刺身としても食べられるからか、セットのように並んでいるお醤油屋さんを発見した悠馬は、満足そうな表情で醤油屋さんへと入る。
「らっしゃーい」
出迎えてくれたのは、60代ほどのお爺ちゃん。
おそらく、本土でこの店の仕事をしていたが、後継に譲ってから、島でゆったりとした商売をしているのだろう。
ドーナツ屋のお姉さんのような若さじゃないことに安堵しながらお店の中へ入った悠馬は、想像以上に種類の多い醤油を見て唖然とする。
「その様子じゃあ兄ちゃん、醤油は素人みたいだな」
「は、はい…まぁ…」
醤油に素人玄人があるのかは知らないが、詳しくないのは事実だ。
その手の通が来るお店だったのか、お爺ちゃんの声を聞いて、若干申し訳ない気持ちになる。
「どんな醤油が欲しい?」
「あ、一番美味しいやつでお願いします」
「……高いぞ?」
「大丈夫です」
どんな醤油が欲しいと言われ、一番美味しいやつと言う、なんとも図々しいというか、舐めた発言。
特に悪気があっての発言ではないが、お醤油好きが聞いたら激怒すること間違いなしの発言だ。
にわか死ね。と言われてもおかしくない。
お爺ちゃんも若干渋そうな顔を見せたものの、さすがはベテラン、すぐに表情を戻し、高級そうな包みに入った小さな瓶をレジに置く。
「この大きさで4千円するぞ」
「じゃあそれを3本お願いします」
「1万2000円。マケはせんぞ?」
「はい」
特に会話を弾ませることもなく、支払いを淡々と済ませ、購入した商品を受け取る。
「美味しかったらまた買いに来なさい」
「ありがとうございます」
少しだけ醤油の種類を見てみたかったが、この店が素人の行く店でないことは判明した。
それなりに知識をつけて、また醤油を切らしたタイミングで出向くことにしよう。
そんなことを考えながらお店を出た悠馬は、ちょうど下校時間だったのか、第2高校の制服を着た学生たちとすれ違う。
緑色の制服にⅡと記されている制服は、第1と第7の制服にしか見慣れていない悠馬にとっては珍しいものだった。
「なぁ、俺と遊ぼうぜ?」
「ぇー、普通に嫌だけど」
見慣れない制服を見ていた悠馬の耳に、ふと入ってきた声。
ナンパだろうか?
どこの学校にも、こういった学生はいるものだ。
こんな時間に商店街の中でナンパとは、大した度胸だ、としか言いようがない。
半ば呆れ気味で声のした方を向いた悠馬は、権堂よりも一回り体格のいい学生がナンパをしていることに気づき、引きつった表情を浮かべる。
アレにナンパされて断るのも、かなりの度胸が必要になるだろう。
逆鱗に触れたら普通に殴って殺されそうだし、女子がかわいそうだ。
「うわ、高校レスリング日本一位の道崎だ…」
「アレもう脅しだよな…」
悠馬の前を通って行く、第2高校の学生たちの小さな声。
どうやらナンパを行なっている学生は、レスリングで日本一位になったことのある学生のようだ。
国立高校に入学できるほどの学力、異能、そしてレスリングで優勝できるほどの恵まれた力を持っているとすれば、さぞ甘やかされて育って来たのだろう。
同じ第2高校の生徒たちは、道崎と呼ばれた男となるべく関わりたくないのか、ナンパを止めようとする人はいなかった。
悠馬も周りと大差ない。
もし仮にナンパされているのが花蓮であったなら助けに入っていただろうが、おそらくナンパをされているのは他校生。
変に割って入って事態を悪化させるよりも、野次馬は退散するべきだろう。
事件に巻き込まれたくない悠馬は、ナンパをしている道崎を横目に、その場から立ち去ろうとした。
「おいおい、俺の誘い断るのかよ?お前、第2の1年の大枝とヤったって聞いたぜ?俺にもさせろや」
「は?なんの話かわかんないし?そもそも、あんた好みじゃないし…」
どうやら女も尻軽らしい。
道崎の言い分が正しいのかはわからないが、女も日頃から誤解を招くような行動をしているなら、ナンパされるのも仕方のないことだ。
自業自得だ。
そんなことを考えていた悠馬は、道崎の陰に隠れていた絶賛ナンパ中の女子を見て、立ち止まった。
開いた口が塞がらないとは、このことなのかもしれない。
悠馬は絶賛ナンパ中の女子生徒に、見覚えがあった。
いや、よく知っている学生だったと言うべきか。
茶色の髪に、校則を明らかにアウトしているような胸元の開いた制服、そして短いスカート。
夕夏までとは言わないが、そこそこ豊満な胸を少しだけ露出した少女は、入学当初から、悠馬とそれとなく連絡を取っていた國下美沙だった。
「げ…美沙かよ…」
このまま見過ごす予定だった悠馬は、ナンパされている相手がまさかの知り合いということもあって、その場で立ち止まる。
友人がナンパされているのに、逃げるというのは最低な男がすることだろう。
後で夕夏や花蓮からも白い目で見られそうだし、ここはガツンと男を見せて、助けるべきだろうか?
心の中で決意をした悠馬は、思い切って美沙の方へと歩み寄る。
「安心しろよ。俺もかなり上手い方だからよ。俺抜きじゃ生きていけなくなるぜ」
「すみません」
「あ?んだテメェ…」
横槍が入って来て、不機嫌そうに睨みつける道崎。
その様子からするに、痛い目に遭いたくなければすぐに去れ。と言いたいようだ。
「あ、悠馬、もーぅ、あんた何分待たせるわけ〜?私、放置プレイ好きじゃないんですけど〜」
そんな道崎のことなど置いといて、悠馬の横へと擦り寄ってくる美沙。
どうやら美沙は、悠馬が来たことにより、自分が何をすれば事態が丸く収まるのかをすぐに察したようだ。
まるで彼女のように悠馬の腕に絡みついた美沙は、道崎を冷たい目でひと睨みすると、にっこりと悠馬を見る。
「あ、あはは…ごめん、買い物しててさ…」
悠馬もそれとなく、話を合わせる。
道崎の逆鱗に触れてしまえば、物理的な戦いではすぐに敗北してしまうことくらい、バカでもわかる。何しろ相手はその道のプロだ。
悠馬の2倍以上の体格の道崎に、殴り合いで勝とうとする方が無理があるのだ。
ここはそれとなく、和やかに場を収めるべきだ。
「おい、おいおいおい。誰かと思えば、お前異能祭で調子に乗ってた1年じゃねえか」
「調子に乗った記憶はないんですけど…」
異能祭のフィナーレで活躍した悠馬は現在、異能島で知らないと言われることがほとんどなくなっている。
それもそのはず、悠馬はフェスタでも得票数が1位なわけで、異能島の中で、最も知名度が高いといっても過言ではないのだ。
そして当然、そんな悠馬のことをよく思わない生徒はいる。
道崎はどうやら、その中の1人だったらしい。
格好の獲物を見つけたと言いたげに白い歯を見せた道崎は、眉間にしわを寄せながら、悠馬へと詰め寄る。
「俺ァお前みたいなのが大っ嫌いなんだよ。周りからチヤホヤされて、先輩の俺たちよりも目立ってやがる」
実際は自分が気に食わないだけなのだが、それを全体の意見のように呟いた道崎は、悠馬の胸ぐらを掴むと、自分の元へと引き寄せる。
「そんなことないですよ…だって先輩はレスリングの全国大会優勝したんでしょ?俺なんかよりも、ずっとすごいじゃないですか」
「そうだな、俺はお前なんかよりも、ずっとすごい。恵まれた異能、学力、身体能力。どれをとっても、他の奴らに負けるとは思えない」
異能島へ入学できるほどの実力。
それは自尊心を肥大化させ、時にはこういうモンスターを作り出してしまうのかもしれない。
下手な発言をしないよう、相手を敬うように話している悠馬は、少しだけ嬉しそうに自分語りを始めた道崎を見て数秒安堵した。
しかしその安堵も束の間、道崎は次の瞬間、悠馬の期待とは全く別の、期待外れな返答をすることとなる。
「だからお前が気に入らねえんだよ。異能だけでチヤホヤされて…なんでお前が俺より目立ってんだ!ぁあ?可愛い女引き連れてよぉ!」
美沙が釣れなかったことと、悠馬に対する不満を露わにする道崎。
彼も神宮と同じく、自分の思い通りに行かないのが、よっぽど気に食わないようだ。
額に青筋を浮かべる道崎は、悠馬の胸ぐらを掴んでいた手をパッと話すと、拳を振り上げそのまま悠馬へと振り下ろす。
「っぶな…!」
レスリングの大会で優勝するほどの実力者の、容赦のないグーパンチ。
それを紙一重で回避してみせた悠馬は、頬に冷や汗を流しながら、小さな声を漏らす。
「おい、避けんなよ。避けると後々、さらに痛い目に遭うぜ?」
「いや…避けるでしょ普通に…」
ただのチンピラになら殴られても良かったが、格闘技をしているような輩の拳を真っ向から食らうほどの度胸はない。
逃げるなと話す道崎を警戒しながら、背後にいる美沙を一度だけ見た悠馬は、美沙に右手を伸ばし、少し後ろに離れるように促す。
「先輩、こんなとこで問題起こして大丈夫なんですか?」
「お前、知らねえのか?」
「何がですか?」
「たしかに異能島の校則では、異能を使った争い事は即退学、もしくは停学っつー厳しい罰が課せられる」
「そうですね」
異能は簡単に人を殺せるわけで、それを争い事で使うということは、極論を言えば人を殺そうとしているということ。
そんな行動を日本支部が許すわけもなく、異能を使った争い事には、厳しい罰が下されるわけだ。
「だがな…殴り合いは違えんだよ」
「?」
「殴り合いは厳重注意だけで済むんだよ。相手に大怪我を負わせちゃ停学になるだろうが…」
異能の争いと違い、殴り合いという喧嘩は原始的であり、そして両成敗で済まされることが多い。
だからこの争いが一方的にならない限り、道崎が停学や退学といった、重い罰を下される可能性は低いのだ。
異能島の校則の穴をついた、犯罪行為スレスレの揉め事。
「ようは俺に嫉妬してるってことですか?ったく…普通にしてりゃモテるだろうに、あんたの発言と行動は、モテない男のそれですね」
呆れたように、バカを見ているような目でそう呟く悠馬。
道崎の肩書きがあれば、女子だってそこそこ付いてくるだろうに、性格がこんなだから、女の1人もできないのだろう。
遠回しにそう言った悠馬を見た道崎は、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えると、自身の右拳を左手に打ち合わせ、フーッ!と息を吐く。
「よし、テメェは潰す!」
悠馬の煽りをそのまま受け取った道崎は、悠馬に向かって一直線に駆け寄る。
俺TUEEEE展開には…ならないです




