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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
フェスタ編
183/474

放課後の遭遇

「少し寒いな…」


 オレンジ色に染まる夕焼けと、海から吹く潮風。


 もう冬だと実感させる、肌寒い風が吹き抜ける中を歩く茶髪の少年、暁悠馬は独り言をつぶやいていた。


「八神の寮は…っと、この辺か?」


 携帯端末にの中にダウンロードされている、マップを確認しながら突き進む。


 悠馬は現在、クラスメイトの八神の寮へと向かっていた。


 なぜ悠馬が、八神の寮へと向かっているのか。


 その理由は、八神が本日の授業を欠席したため、お届け物をしなければならなくなったのだ。


 白く大きな封筒を手にしている悠馬は、それを一度だけちらっと見つめ、そして視線を携帯端末へと戻す。


 この中に入っているのは、フェスタに向けての書類らしい。


 重要な書類なのか、すぐそこまで迫ったフェスタのために、なるべく早く当人の元に渡したいのかは定かではないが、悠馬は磯部から、八神にこの封筒を渡すように頼まれていた。


 悠馬が選ばれたワケは、同じフェスタに出場する仲間だから。といういい加減な理由らしい。


 まぁ、それはさて置き…


「ほぉー…八神も中々、遠いところを選んだなぁ…」


 第1異能高等学校のある第1学区を超えて、第2学区へと入って少し歩いたところ。


 海から少しだけ離れたところに建てられている商店街の、すぐ横の建物を目にした悠馬は、表札を確認しながら1人呟く。


「まぁ、俺も人のこと言える立場じゃないんだけどさ」


 第1の1年の中で、最も遠い寮から通学しているのは悠馬と夕夏だ。


 第3学区から通学という、極めて面倒な通学を強いられている悠馬が、他人の寮を遠いだなんだというのは少し違う気がする。


 ゆっくりとインターホンへと手を伸ばした悠馬は、真新しい呼び鈴に軽く触れ、数秒停止する。


 するとすぐに寮の扉は開き、白髪の少年が現れた。


 この寮の主であり、Aクラスの学級委員の八神だ。


「悠馬…」


「なんだよ、やっぱり仮病か」


 いつもと変わらぬ様子、少し暗い気はするもののマスクをつけるわけでもなく、キツそうな表情を浮かべていない八神から察するに、行きたくないから学校を休んだ。というところだろう。


「まぁ…一回も欠席してなかったし、休みたい日くらいあるさ」


「そうだな」


「ウチ、上がってくか?」


「うーん…またの機会に」


 八神の申し出をやんわりと断り、手に持っていた大きめの封筒を差し出す。


「これは?」


「中身はまだ見てないから知らないけど…フェスタの重要書類?的な何からしい。俺も寮に帰ったら開けてみる」


「そっか…ありがとう」


 力なく微笑んだ八神は、悠馬の話が終わるや否や扉を閉めようとする。


「フェスタ、そんなに出たくないのか?」


 今日、八神が学校を仮病を使ってまで休んだ理由。


 それを薄々感じていた、理解していた悠馬は、そんな言葉を投げかけた。


 八神清史郎という人間が周りから向けられる視線というのは、悠馬が暁闇とバレた時と同等のものなのだろう。


 期待、羨望、嫉妬、異物。


 鬼神の息子である八神は、悠馬とは違った視線も向けられるわけであって、当事者の八神からしてみれば、その重圧には到底耐え切れるものではないのだろう。


 だから八神は自分の異能を隠し、そして鬼神の息子であることを隠して生活してきた。


 しかしそれがここにきて、アメリカ支部の学生の流した情報によって崩れてしまった。


 八神はもう、今までのような平穏な生活には戻れない。


 周りから期待されながら、プレッシャーの中で生きていくしかないのだ。


 クラスの女子たちだって、八神が総帥になるんじゃないか?などという勝手な期待を寄せて話をしている。


 八神からすれば、迷惑な話だ。


「当たり前だろ!俺はお前とは違うんだよ!お前にはこの気持ちはわからない!」


 悠馬がフェスタについて尋ねると、声を荒げた八神。


 八神は悠馬に向けてそう言い放つと、見送ることもなく、勢いよく扉を閉めた。


 これまでに見たことのない形相で叫んだ八神に対し、悠馬は何も言わなかった。


「…こればかりは、当人でなんとかしてもらわないとな…」


 八神の言った通りだ。


 悠馬は八神がどれだけ追い詰められているか、何を恐れているのかも全くわからない。


 強者、レベル10という立場の悠馬からしてみれば、八神の背負っている気持ちというのはよく理解できないものだった。


 強者の慰めほど、虚しいものはない。


 悠馬がこれ以上何を言っても逆効果。

 八神の神経を逆なでするだけなら、あとは時間の経過に任せるしかない。


 フェスタまでにメンタルが戻るのか、それとも戻らないのかは定かではないが、いつか八神も立ち直ることはできるだろう。


 1人取り残された悠馬は、風で髪をなびかせながら、ゆっくりと振り返る。


「面白そうな人を見つけたぞ!ミュラン、見てくれ!」


「わ!?」


 振り返った先に立っていた、というか通りがかっていたのは、金髪に白スーツの男。

 年齢は20代だろうか?少し若く見えるものの、そのオーラと雰囲気は、寺坂に近しい何かを感じる。


 そしてもう1人。

 こちらは青みがかったグレーの髪、そしてスーツが張り裂けそうなほど豊満な胸を持つ女。


 これだけヒントがあれば、もう誰かはわかるだろう。


 本日の学校で、通が大はしゃぎしていた人物だ。


「アルデナ…注意されましたよね?学生にはなるべく話しかけるなと。大幅減点ですよ?これで来年は日本支部へのお散歩は無理になりました」


 イタリア支部総帥、コイル・アルデナと、その総帥秘書のミュランさんだ。


 鋭い視線で睨みつけたミュランは、冷や汗を流しながら一歩後ずさったアルデナを見て、呆れたようなため息を吐く。


「坊や。ごめんね。この人は頭のおかしな人だから。今のことは忘れてくれると助かるな」


「頭のおかしな人…」


 自身の上司であるアルデナを、頭のおかしな人呼ばわりするとはかなりの度胸…


 いや、総帥は全員、尻に敷かれているのだろうか?


 鏡花を思い出した悠馬は、寺坂が鏡花に向かって指示を出している姿など想像できずに、ミュランとアルデナのような関係なんじゃないか?と不安視する。


 どこの国でも、女の立場は強いよな…


 将来、俺も尻に敷かれるのかな?


 まだ高校生だというのに、そんな不安を抱く。


「そう。白いスーツ着た人なんて、ろくな奴じゃないでしょ?日本支部だと、ヤ○ザとかが着てそう」


 めちゃくちゃな偏見を言う人だった。


 美しい花にはトゲがあると聞くし、ミュランもその類なのだろう。


 かわいいというよりも、美しいという単語が似合うミュランの発言を聞いていた悠馬は、ドン引きしながら引きつった笑みを浮かべる。


「ミュラン…イタリア支部の品位を落とさないでくれるか?」


「私はイタリア支部の品位を落としているのではなく、アルデナの品位を落としているのです」


「そっちの方が問題だろ!」


「あはははは…」


 目の前で引き起こる夫婦漫才的なものに、愛想笑いをする悠馬。


 その顔は割と本気で、今すぐ帰りたそうにも見える。


「さて。ところで…君はなんで声をかけられたか、わかる?」


「さぁ…」


 茶番のような話をやめ、真剣な表情で近づいてくるアルデナ。


 その雰囲気は総帥ならではの圧、まるで尋問、敵を見つめているような眼差しだ。


 悠馬は一歩後ずさり、軽い戦闘態勢に入る。


 流石に総帥が日本支部で学生を襲う、という可能性は低いだろうが、それでも敵意を向けられていることは事実。


 目には目を、歯には歯を。


 明らかな敵意を向けているアルデナを見る悠馬の瞳は、少しだけ黒く染まっていた。


「実はミュラン、ショタコンなんだ」


「……は?」


「ばっ!アルデナ!」


 衝撃の暴露。


 向けていた敵意のような視線をやめたアルデナは、柔和な表情でニヤケながら悠馬の肩を叩く。


 悠馬はあっけにとられて動けない。


 なんの話が、なんの攻撃が来るのかと考えていた矢先に、イタリア支部の総帥秘書がショタコンなどと知らされても戸惑うだけだ。


「いやぁ、ヤバイよね?28にもなって、高校生から下の男の子とお付き合いしたいとか、ヤバイ思想だよね?俺なんかよりもおかしな人だよね?頭おかしいよねぇ!」


 愉快そうに話すアルデナ。


 これは絶対に、つい先ほど頭がおかしいと明言したミュランに対する仕返しなのだろう。


 ミュランは顔を真っ赤に染めて、手で顔を隠している。


 どうやらショタコンなのは事実らしい。


「あ、あの…それに俺が関係してるんですか…?」


 なぜ声をかけられたのか。

 その理由がわからない悠馬は、アルデナに尋ねてみる。


「うん、ミュランが君の方を見てたからね、ちょっと話しかけてみようかなって!うちの総帥秘書、要らない?ほら、家庭的だよ?」


「へ?」


 衝撃の提案。


 イタリア支部の総帥秘書がショタコンだったのも驚きだが、まさかその総帥秘書の直属の上司である総帥から彼女のことをいらないか?と言われたのだ。


 目を見開いて硬直した悠馬は、突然の提案に頭の中が混乱し始める。


「胸も大きいしさ。献身的に、ご奉仕してくれると思うよ?だろう?ミュラン」


「アルデナ…死にたいんですか?消されたいんですか?確かに!私の好みですよ!ええ!私はショタコンですから!容姿の整った年下が大好物なんですよ!」


 あ、コイツやばいやつだ。

 悠馬は彼女の第一声を聞いてから、建前やどっちつかずの対応をすることをすぐに辞めた。


「ご、ごめんなさい、要らないです!遠慮させていただきます!」


「ぐふっ!」


 悠馬の火の玉ストレート、やんわりとした断り方ではなく、要らないというどストレートを食らったミュランは、吹き出しながらその場に倒れこむ。


 総帥といえば宗介や総一郎、寺坂といった、気品のある、どこか圧倒的なオーラを持ち、そしてクールな雰囲気を醸し出している人物たちを想像してしまう。


 総帥秘書だって鏡花のような、規律に厳しい人物しかいないと思っていた。


 しかし、今目の前にいるイタリア支部のペアは、日本支部とは比較にならないほど狂った、クスリでもやっているんじゃないだろうか?と聞きたくなるほど不安な言葉しか言わない。


「ぇぇ…君、貰ってよー、ミュラン小うるさいから、貰い手探してるんだよね?欲しくない?」


「俺彼女いるので…それに年齢、10以上離れてる人はちょっと…」


「ぐふぅ…!」


 ミュランの精神に致命的なダメージ!


 この場から逃げたい一心で素直な気持ちを話す悠馬は、ミュランのことなど気にせずに思うままの発言を並べていく。


「そもそも、俺胸が好きなわけじゃないですし…ほら、ミュランさんお仕事忙しそうだし。無理です」


「かはっ…」


「ははは!ありがとう少年、君のおかげでミュランが苦しむ姿を見れた、いやー!これを見れただけでも、日本支部へ訪れた甲斐があったかもしれない!」


「は、はぁ…」


 ズタボロのミュランを見ながら、嬉々と話すアルデナ。


 日頃から尻に敷かれていた逆襲ができたためか上機嫌な彼は、倒れているミュランを荷物のように抱えると、悠馬に手を振りながら去っていく。


「それじゃー、フェスタでね!」


「は、はい」


 去っていくアルデナ。


 嵐のような人だったな。


 そんな感想が浮かんだ悠馬は、脳内にふと浮かんできた疑問を口に出した。


「俺、フェスタに出場するって言ったか?」



 ***



「アルデナ…彼に興味でも?」


 荷物のように抱えられながら目を細めるミュラン。

 その瞳には、明らかな怒りが混ざっているように見える。


 悠馬が見えなくなったタイミングで口を開いた彼女は、鼻歌交じりのアルデナに尋ねる。


「うん、少し先の未来を見たんだ。彼がアメリカ支部の連中に、ボコボコにされている未来」


「はぁ…それで?話のネタを作るために、私のショタコンを暴露したわけですか?」


「まぁ、それもあるけど、ミュランが好みそうな顔だったし、俺も話しかけられるし、一石二鳥かなって思って」


「まったく…貴方と言う人は、本当に行動が読めませんね。仕事中もフラっとどこかへ行きますし」


「そうかな?」


「そうです。もう少し総帥としての立場を自覚して行動してください。先ほどの彼も、ドン引きしてましたよ?」


「あれはミュランの特殊な性癖にドン引きしてたんじゃない?」


「セクハラで訴えますね?」


「ごめん、許して?ね?話し合おう?和解しよう?」


 日頃の恨みなのか、調子に乗りすぎたアルデナ。


 悠馬の未来を見たと発言した彼は、ミュランが怒る未来は見えていなかったのか、セクハラで訴えると言われ慌てて謝罪を始める。


 総帥という立場でセクハラなんていう情報が流れ出たら、それはもうお終いだ。


 一企業の間でなら社会的に死ぬことはあっても、国際的に死ぬことはないだろう。


 しかしアルデナは、総帥だ。


 ミュランが訴えれば、そのニュースは国内だけにとどまらず、国際的に殺されることとなるだろう。


「いいザマですね、アルデナ」


 形勢逆転したミュランは、焦るアルデナを一目見て小さな声で呟く。


 この後アルデナは、いつものように尻に敷かれる生活に戻ってしまった。

仕事中に何処かに行くのは…多分あの人に会いに行ってますね…

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