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「あ"〜…」
オレンジ色のライトが照らす室内。
赤と黒のチェックのスカート、そして真っ白で柔らかな太ももに顔を埋める茶髪の少年は、膝枕をしてくれている黒髪の少女の横腹を右手で触りながら、ため息にも近い声をあげる。
「太もも、好きなんですか?」
「好きな人の身体は全部好き。だから朱理のことは全部好き」
悠馬の頭を優しく撫でながら、お姉さんのように接する朱理。
そんな彼女に嬉しい言葉を投げかけた悠馬は、頬を赤らめる朱理のことなど知らずに、フェスタのことについて考えていた。
悠馬の当初の願い通り、フェスタへの出場は確定した。
それは悠馬にとってとても嬉しいことであって、そして期待に胸を膨らませるものだった。
なにしろ、各国の最強の高校生と異能を交えることなど、この機会を逃せばもう2度とないと言ってもいい。
だからこそ、フェスタのために全てをかける学生は少なからずいる。
悠馬だって、どちらかといえばフェスタを全力で戦いたい派の人間だ。
手を抜く生徒なんて、まずいないだろう。
「寺坂総帥から釘を刺されたのが、そんなに不満なんですか?」
「だってさぁ…闇とゲートの使用禁止はわかるよ?暁闇ってバレたらまずいし、色々支障も出るからさ。でも雷もダメって…俺何するために出場するんだよ!」
悠馬宛てに届いた連絡。
寺坂総帥からの連絡は、フェスタでは闇と雷、そしてゲートを使うなというものだった。
闇やゲートならまだしも、雷まで使用禁止。
その理由は、悠馬が他の学生より頭一つ抜け出ているから寺坂が調整をしようとしているわけだが、それを知らない悠馬は不満そうに嘆く。
「あは。悠馬さんは強すぎますからね」
「それにギリギリの戦いを演じろって…つまらないし…」
「悠馬さんの力は異常ですからね」
悠馬の実力は学生のそれじゃない。
宗介を打ち負かし、オクトーバーを追い詰め、剣技では総一郎をも追い詰めてみせた。
単純に考えて、現状どこの国にも悠馬よりも強い高校生、というのはいないと言ってもいいだろう。
もし仮に存在しているとするなら、それは戦神くらいのはずだ。
「朱理…」
「はぁ…悠馬さん…」
悠馬が顔を上げると同時に、いつもの無表情な顔を少しだけ緩めた朱理は、隙をついたように口づけを交わす。
「なんで貴方はそんなにかっこいいんですか?私をどれだけ好きにさせれば気が済むんですか?」
「え?どういう話?」
顔を上げただけなのに、謎の質問を投げかけられる悠馬。
驚きを隠せない様子の悠馬は、両手を絡め、そして大きく柔らかい2つの山を押し付けてくる彼女を見て頬を赤らめる。
「あ、朱理…あた、当たってる…」
「当ててるんです。ほら、悠馬さんも反応してますよね?」
「だ、だって男だし!好きな人に密着されたらそうなる!」
好きな人に密着されて、身体が反応しない奴なんているはずもない。
大きく柔らかい女性の胸の感触も伝わってくるわけだし、これで反応しない方が無理だろう。
顔を真っ赤にして朱理から離れようとする悠馬は、絡められた両手を優しく払おうとするが、それはあえなく失敗する。
「悠馬さん…私、貴方としたいです」
「んぇ?」
「悠馬さんはいつも優しいです。私を優しく抱きしめてくれますし、優しい言葉を投げかけてくれます」
情けない声を上げた悠馬に、話を始める朱理。
それは悠馬に対する、悠馬に抱いている感情の話だった。
「でもひとつだけ…ひとつだけ不安があるんです。キスもしてくれるし、身体にも触ってくれる。なのにどうして、私としてくれないんですか?」
悠馬は朱理に対して、非常に甘い。
朱理がお願いをすれば大抵のことは許してくれるし、ベッドで寝たいと言えば一緒にベッドで寝てくれる。
しかし悠馬は、それ以上のことはしなかった。
朱理と付き合い始めてから、はやくも2ヶ月が経過し、もうすぐ3ヶ月。
夕夏と花蓮の時は、彼女たちの誘いもあってか即日一線を越えたわけだが、朱理にはボディタッチ程度で済ませていた。
きっと朱理は、夕夏か花蓮からその話を聞いて不安に思っているのだろう。
「私が処女じゃないからでしょうか?それとも、あんな男が抱いた女は嫌ですか…?」
凄く不安そうな表情だった。
飼い主に見捨てられた子犬のような、本当は怖くて質問できないことを、思い切って質問したような。
悠馬を掴んでいた朱理の小さな手のひらに、徐々に力が加わって行くことに気づく。
「違う!そんなんじゃない!ただ…朱理は暮戸に…無理やりされてるから…俺も似たようなことをして嫌われるのが怖かった…」
だからどこまでが許されるのか、それとなく身体に触れたり、キスをしたりして確かめてきた。
結局、朱理がどう思っているのかを把握できずに、こんな事態に陥っているわけだが。
朱理の身体と精神面を気遣いすぎた悠馬は、朱理の気持ちを蔑ろにしてしまった。
「そんなこと…私、悠馬さんになら無理やりでも…荒くても…力づくでも嬉しいんですよ?」
「嬉しいんだ…」
「はい♪ だって、好きな人に強引に犯されるのって、愛って感じで凄く良さそうなので」
意外と特殊な朱理の性癖。
好きな人になら強引にされても愛だと明言した彼女は、抵抗を辞めた悠馬の首筋に舌を這わせ、一筋の線を描く。
「くすぐったいよ…」
「悠馬さんの気持ちはどうでしょうか?私は、悠馬さんとしたいです。今まで堪えてきましたが、もうこの気持ちに嘘はつけません」
「うん、朱理が大丈夫なら、俺もしたい」
「あは♪ 悠馬さん」
悠馬に頬ずりする朱理。
その様子は初々しいカップルさながら、朱理が本気で悠馬を愛していることが容易に理解できた。
朱理の制服に手を伸ばし、ボタンを一個ずつ外す。
綺麗な黒色の下着に、花柄の装飾。
気品のある雰囲気を醸し出しながらも、男心をくすぐってくる豪華な下着。
夕夏や花蓮よりもひとまわり大きい胸を目にした悠馬は、小さな声を漏らしながら室内の明かりを消した。
***
「死神!もう限界だぞ!」
セントラルタワー最上階。
11月ということもあってか、放課後間もないというのにオレンジ色に染まる空。
そんな美しい日差しが差し込む中、いつものような皮肉たっぷりの声ではなく本音を呟いた男、十河は大きな机を叩いた。
「何がだ?」
「何が、だと〜?キサマ、忘れたわけではないだろ!病院で秘密裏に匿っとる奴らのことだ!」
机をバンバンと叩きながら、いつものような皮肉のこもった声へと変わっていく十河。
残り少ない髪の毛と、そして大量についた脂肪を揺らす彼は、顔まで真っ赤だ。
「あー…ジャクソンのことか。容体はどうなってる?」
「容体は…まぁ普通だろ普通!」
7月に起こった、アメリカ支部の一件。
バース副隊長に裏切られたジャクソン隊長は奇跡的に一命を取り留め、日本支部異能島の病院へと搬送されていた。
そしてその一件についての報告を、死神は上層に伝えてはいなかった。
つまり、7月に起きたアメリカ支部の不法入国からジャクソンが入院していることまで、寺坂に伝えていないのだ。
日本支部の安全を守る総帥の寺坂に、こんな重要な話を黙っている。
下手をすれば、というか、下手をしなくても国際問題になりかねない重要な話を、死神は報告していないのである。
すでに4ヶ月も経過しているためか、流石にやばいと判断したのだろう、十河はかなり焦っていた。
「安心しろ。これも全部計画通りなんだ。お前はいつものように、どんと構えていればいい。そう思わないか?間宮」
椅子に座る死神は、いつものような冗談を言うこともなく間宮へとパスを送る。
壁際のソファに座っていた間宮は、驚いた表情を一瞬だけ浮かべると、すぐに不機嫌そうな表情になる。
「そう思うも何も、私は何も聞いていない」
「ははは」
「笑い事じゃないわぃ!キサマ、間宮さんの首まで飛ばす気か!」
「バレたらお前の首も飛ぶだろうよ」
「くっ、減らず口を…」
何を行おうとしているのかわからない2人を笑い飛ばす死神と、それに怒る十河。
自分の人生を左右しかねない情報なのだから、笑っているのが許せないのだろう。
なにしろ十河の年齢は40を過ぎ、肥満体型だ。
そんな男が再就職できる可能性はかなり低いものになるだろうし、年齢的にも家族がいるはずなわけで、リスクを背負いたくはないのだろう。
「ま。お前らには話しておくか。今回のフェスタ」
「日本日付で11月20日から開催されるフェスタがどうかしたのか?」
「その裏でアメリカ支部とジャクソンの引き渡しを行う」
「なるほど…」
一年に一度行われるフェスタでは、各国の総帥や異能王、そして戦乙女に、異能王が招待したお偉方が観戦権を獲得することができる。
そして当然のことながら、総帥や異能王はフェスタでの観戦を義務付けられており、その間においては自国の仕事やその他諸々を、総帥秘書や代理に任せることとなっている。
つまりはフェスタ会場の数時間の間では、総帥は総帥としての仕事を失い、セキュリティが手薄になるということだ。
死神はその機会を突いてアリスとの接触、並びにジャクソンの引き渡しを行おうとしているのだ。
「私はフェスタを観に行ったことがないから何も言えないが…寺坂総帥にはバレずに動けるのか?」
「ああ。各国総帥は、各々のVIPルームからの観戦を義務付けられていて、他国の総帥と一緒に観戦をしているという可能性は低い。だから俺の異能を使えば、アリスとの接触は容易というわけだ」
悠馬と全く同じ異能、ゲートを持つ死神からしてみれば、アリスのいる場所さえわかっていれば、ほかの輩の隙をついて接触できるという極めて単純な作業だ。
「それで?キサマは何がしたいんだ?ジャクソンを匿っていた理由はなんだ?」
「それは追い追い話すとしよう。とにかく、この件についてはもう時期終わるから、あと少しだけ黙っていてくれ。別に悪さしようってわけじゃない。この国のためを思っての行動だ」
「…まぁ良かろう。キサマはいつもなんとかして来たし、キサマが赴任してから、異能島が少しずつ良くなって来ているのも事実だ。今回の件については、これ以上口出しはせん」
「私もだ。…ただ、もし仮にこれが失敗した場合、私と十河くんは知らぬ存ぜぬで通させてもらうとしよう」
「ああ。それで構わないぞ」
死神の独断、勝手な行動の影響で2人まで被害を被る必要はない。
間宮の告げた条件を呑んだ死神は、両手を上げながら豪華な椅子の背もたれに背中を預かる。
「して、フェスタの投票の件だが…」
「それがどうかしたか?」
「これはちと問題だろ…」
アメリカ支部への引き渡しの話が終わり、胸ポケットから1つの紙を取り出した十河。
彼が手にしている紙には、5名の生徒の名前と所属高校が記されていた。
これはフェスタに出場する生徒たちの名前が記されたプリントだった。
「異能祭で目立ってもいない八神の息子がフェスタに出場。こんなこと、前例がないぞ!」
本来、異能祭で目立った生徒たちの出場が決まるフェスタ。
異能祭の延長線上にあるそのフェスタに、異能を使う種目に出ていなかった学生の出場が決まるというのは、過去に一度もなかった。
「アメリカ支部の連中が何を考えているのかはわからないが、これは無効にするべきじゃなかったのか?」
ほかの目立った生徒たちの活躍の機会を奪うという結果。
当然、秋雨やレオ、フィナーレで戦った生徒たちからしてみれば、不満の声が上がってもおかしくはない。
「アメリカ支部の学生が何を考えているのかはさて置き…今更大量得票で2位の生徒を無効にします。とは言えないだろ」
「だがなぁ…!これは生徒たちで決めたというよりも、噂に流されたようなものではないか!」
鬼神の息子という噂に流された結果、八神に票が集まった。
「ならどうする?八神はレベル9だぞ?下手な言い訳では生徒の反感を買いかねないぞ?」
八神のレベルは9とかなり高い分類に位置し、十数人しかいないレベル10位能力者の次に強いとされる。
そんな八神が投票で票を集めるのは、正直なところ可能性がなくはない話であって、これを取り消せば、八神父の権力が〜と噂されることになるだろう。
つまり、投票が終わった時点で、公表をしてしまった時点で変更は効かなくなっているのだ。
「だが…アメリカ支部の学生がこの情報を使うというのは、どうも裏があるようでなぁ…」
態と八神を引きずり出そうとしているような書き込み。
何か大問題が起こるのではないか?と不安に駆られる十河は、死神の話を聞きながらも微妙そうな表情で声を上げた。
この描写はセーフですよね?アウトじゃないですよね?




