マザコン
アメリカ支部異能島。
日本支部の異能島とは違い、南国系のヤシの木やハイビスカスの花が道端を綺麗に舗装している、美しい島。
日本支部より遥かに景気がいいのか、それともお国柄なのか、豪華な建物が並ぶアメリカ支部の異能島は活気のある所だ。
各国のトップや異能王がいなければ、世界を率先して引っ張る立場のアメリカ支部。
その異能島に、活気がないと言うことはまずないだろう。
その中の、アメリカ支部第1異能高等学校。
3年Cクラスの教室の中は、1人の生徒を囲むようにして生徒の輪が出来上がっていた。
入学してから3年も時が経てば、クラス内の輪が出来上がっているのは当然だし、中心人物が出来上がっているのも納得できることだ。
しかし、制服につけてある名札を見ると、この輪が少しおかしなことにはすぐに気づく。
ここに集められている生徒たちの名札は、それぞれクラスが違う。
正確には同じクラスに属している生徒もいるが、全員が同じクラスと言うわけではないのだ。
そんな奇妙な教室内。
中心にいる大柄の人物は、周りに立っている生徒たちを見渡すと、口元を緩めて席を立った。
「日本支部の経過はどうだ?」
「おい、1年」
「え?」
中心にいる男に同調するように、クラス内に集まっているどの生徒よりも体格のいい大男が、1年生へと話題を振る。
1年生は話題を振られるとは思っていなかったのか、驚いたような間抜けな声と同時に、睨みつけてくる大男を見て一歩後ずさる。
「使えねえな。お前ら、なんでここに呼ばれたかわかってないみたいだな」
ただ立っているだけでいい。
3年生に向かって大した発言権もない1年生からしてみると、その場を静かにやり過ごそうとするのが賢明な判断だった。
だからここにいる1年生は、下手な発言をしないように黙っていることを選択した。
しかしそれは仇となる。
重い腰を上げた大男は、間抜けな声を上げた1年生の前まで歩み寄ると、にっこりと笑みを浮かべる。
「は…はは…すみません…」
弱者という立場に置かれている人間は、その場凌ぎで笑うことしかできない。
愛想笑いのように、大男につられて引きつった笑顔を浮かべた1年生は、次の瞬間、教室の角まで吹き飛ぶこととなった。
大男から振り下ろされた拳がモロに直撃した鈍い音。
大男の拳が顔面にクリーンヒットしたせいか、絵に描いたように宙を舞った1年生は、机に数度激突しながら教室の角まで滑っていった。
「ぅ…ぐぅぅぅ…」
殴り飛ばされた1年生の、声にもならない声。
痛みからなのか、殴られた場所を抑えながらのたうちまわっている姿を見るからに、大男の一撃は加減されたものでないことは容易にわかる。
「お前、1年なんだからそのくらい気を利かせろよ。な?わかるよな?」
気を利かせて、質問されるであろうことの答えを準備しておけ。
そんな無茶ぶり、未来予知に近い異能がなければ実現できないような無謀な脅しをかける大男。
その光景は日本支部の異能島の、異能祭前の合宿さながらの、いや、それ以上に暴力的で野蛮な光景だった。
「す…すみませんでした…」
先輩にいじめられた後輩が、必死に許しを乞う。
力がない生徒は、そうするしかない。そうせざるを得ない状況。
痛みで顔を歪ませながら頭を下げた1年生の顔には、怒りという感情よりも、恐怖が先行しているように見える。
「おい、やめろヴァズ。せっかくの仲間が1人減ったらどうするつもりだ?」
謝罪をして許を乞う1年生に、ゆっくりと歩み寄ろうとする大男、ヴァズ。
そんな彼を止めたのは、つい先ほどまで中心にいた人物。大柄の男、ヴァズよりも一回り小さい体格の男だった。
パーマがかった髪を指先でいじりながらヴァズの追い討ちをやめさせたその男は、やめろと言った割に、1年には目もくれずに話をしている。
「キング…すまない…」
「いい。お前の性格は知っているし、それを咎めようとは思っちゃいない」
どうやらこの場において、誰よりも体格の大きいヴァズよりも、キングと呼ばれた男の方が立場は上らしい。
注意をされて深々と頭を下げたヴァズを見る限り、上下関係ではキングの方が上だということがわかる。
「2年、お前らならわかるだろ?俺の欲しい情報が」
キングと呼ばれた男は、それ以上1年生に何かを追求することもなく、2年生へと話題を振る。
「は、はい」
まさか話題が2年にまで及ぶとは思っていなかったのか、一瞬だけ硬直する生徒。
返事だけ返した2年生は、慌てて携帯端末を開くと、あらかじめ文章を作っていたのか日本支部のことについて話を始めた。
「こ、今年の日本支部のフェスタ出場者は、昨日の時点で確定したようです」
「ははっ。誰が出る?」
携帯端末を見つめる2年は、キングの様子をチラチラと伺いながら端末を操作し話をする。
それはつい昨日、日本支部で行われたフェスタ投票について。
「まず投票5位は、松山覇王と記されています」
「知らないな。興味もない」
日本支部の異能島の総合投票5位の覇王。
フェスタ出場という誉ある権利を手に入れた1人目は、第7異能高等学校の松山覇王だった。
キングは名前を聞いたものの、興味もないし知りもしないためか、顎で指示を飛ばし次の出場者を急かす。
「投票4位は一ノ瀬炎也です」
「ああ。去年の炎の奴か。確かエジプト支部に負けてたな」
「投票3位は双葉戀です」
「ほう…?知らない名前だな」
「キング、そいつぁ日本支部の切り札だ。去年は問題を起こして出場できなかったと噂されている」
戀の噂。
去年のフェスタ前に問題を起こした戀は、フェスタへの出場を停止処分にされ、投票で1位だったにも関わらずその場に現れることはなかった。
そのため、去年は繰り上げで一ノ瀬が投票1位として、フェスタに出場していた。
結果はまぁ…そこそこといったところだ。
一ノ瀬に興味を持たず、そして去年は出場していなかった生徒の名前を聞いたキングは、面白そうな笑みを浮かべながら机を叩く。
「ははは。なるほど?だが不思議だな…切り札で3位か?」
切り札で3位。
もし仮に日本支部最強ならば、投票で1位を取っていたとしてもおかしくないはず。
だというのに、戀は3位という結果で投票を終えていた。
「2位ならまだわかるんだけどな。2位は誰だ?」
「2位は〝鬼神〟の息子、八神清史郎です」
「ふっ…ははははは!」
ヴァズに急かされた2年生が、投票で2位になった八神の名前を口にする。
それと同時に額に手を当てて笑い始めたキングは、肩を震わせながら歪んだ笑みを浮かべる。
「バカだバカだとは思っていたが…日本支部は本当にバカしかいない!」
なぜ、キングがこんなにも笑っているのか。
その理由は単純に、八神を出場させる計画を企てたのがキングだったからだ。
「あんな短い書き込みで、まさか俺の理想が実現してしまうとは思わなかった!これで俺も母親に…」
「マザコンが…」
「あ?」
嬉しそうに母親と口にしたキング。
そんな彼に向かって火の玉ストレートを投げたのは、1年や2年のように、キングには臆していない生徒だった。
その雰囲気からするに、キングとは同学年なのだろう。
「その口…喋れないようにしてやろうか?」
「…総帥の息子だからって調子に乗りやがって…」
小さな声で毒づく。
キングの脅しを聞いて軽く睨みつけた3年は、席を立つとその場を後にする。
キングはアメリカ支部現総帥の息子である。
つまりは、あの小人のアリスの息子。
体格的にはキングの方がアリスよりもはるかに大きく、一緒に並んでいれば、親子関係が真逆と思われてもおかしくないレベルの家族。
いや、今はそんなこと、関係のない話なのだが。
キングは母親に、あるコンプレックスを抱いていた。
母親が総帥。
この世界を、この国を背負って立つ立場の総帥が子供の世話などできるはずもなく、キングはずっと孤独な生活をしてきた。
別に、本当に孤独だったわけじゃない。
アリスは総帥という立場なため、お金だってそれなりに持っているし、不自由ない生活、そして家政婦もいて、欲しいものだって言えば買い与えられた。
でも、キングの心は満たされなかった。
いつの日だろうか?
キングは夜になると1人。
家政婦も帰り、夜遅くに帰ってくるアリスを待っていたキングは、知りたくもない情報を知ってしまった。
アリスは自分の家にはあまり帰ってこないくせに、孤児院に入り浸っていたのだ。
それも自分と大して年齢の変わらない子供達が住む教会の孤児院。
幼少のキングにとっては、それがとてつもなくショックだった。
自分は要らないのか。自分には興味を持ってくれないのか。自分のために時間は割いてくれないのか。
不自由のない生活だったからこそ、不満は募っていった。
教会に行って孤児とは仲良くするくせに、家に帰ってきたら疲れたからと相手にしてくれない。
血の繋がりはあっても、家族としての繋がりは家政婦以下だった。
そんなある日、キングの日常は、キングの性格は、徐々に歪んだものへと変えられていった。
それは孤児院の子供たちが、行方不明になったというニュースが流れ始めた日。
キングはこう思った。
ようやく邪魔者が消えてくれた。
これでお母さんは振り向いてくれるはず。相手にしてくれるはず。
ようやく孤児が消えてくれた。と。
しかし、キングの期待は簡単に裏切られてしまった。
アリスは遊ぼうと言ってきたキングに手を上げてしまった。
戦争中、我が子のように大切にしてきた孤児たちが行方不明。
総帥としての立場で追い詰められてしまったアリスは、キングに暴力を振るった。
そこでキングは気づいた。
いや、歪んだ結論にたどり着いた。
待っているだけじゃ振り向いてもらえない。
家族として、お母さんとして自分を認識してくれないんだ。
ならどうすればいいか。どうしたらアリスは、母親として自分と向き合ってくれるのか。
よくよく考えてみれば、答えは単純だった。
力を手に入れればいい。異能島で最強になればいい。周りをひれ伏させればいい。
息子が異能島で最強になれば、きっと振り向いてくれる。
きっと褒めてくれる。きっと笑ってくれる。
そんな期待を胸にキングは力を手にし、邪魔するものを叩き潰し、そしてアメリカ支部の異能島で強者という座を手にした。
だが、そう簡単にアリスは振り向いてくれなかった。
3年間、異能祭を見にくることもなく、どんな結果を残そうが褒めてくれることもなく、前と何ら変わらぬ日常。
もう3年。
あとは卒業しか残ってない。
そんな限られた時間で、自分は母親に振り向いてもらえるのか。
家族として、周りの人たちのように仲良くやっていけるのか。
そんな不安が脳裏によぎり、そしてキングは歪みを大きくさせていった。
フェスタだ。
総帥に異能王は絶対に出席しないといけない、各国の異能島最強の生徒たちが集う年に一度の大イベント。
ここで目立てばきっと、いや、絶対にアリスは振り向いてくれる。ちゃんと自分を見てくれる。
だが、見てくれるだけじゃダメなんだ。
見てくれるだけだったら、いつもと変わらない。
テレビを見ているのと同じだし、褒めてくれることもないだろう。
ならばどうすればアリスは褒めてくれるのか。母親はどうすれば褒めてくれる?
そんなことを考えている矢先、キングの耳にはある噂が入ってきた。
日本支部の国立高校に、〝鬼神〟八神の息子が入学したという噂だ。
これだと思った。
日本支部の軍人の中で最強、世界からも一目置かれている鬼神の息子。
そんな人物と戦えば、きっとアリスだって真剣に自分を見てくれるはず。
いや、見てもらうだけじゃ足りない。
鬼神の息子をボコボコにして、蹂躙して、完膚なきまでに叩きのめせば、きっとお母さんだって振り向いてくれる。褒めてくれる。
圧倒的な力を見せれば、アリスだって見直してくれるはずだ。
そんな期待を抱いているキングは、フェスタに八神を引きずり出すという暴挙に出たのだ。
都合よく動いてくれた、情報に流されてくれた日本支部の生徒たち。
大量得票を得て2位という結果でフェスタに出場が決まった鬼神の息子のことを考えるキングは、去っていく同学年の生徒を横目に見ながらある疑問が浮かんできた。
鬼神八神の息子。
きっと、異能祭でもさぞ目立っていたことだろうし、鬼神という情報で拍車がかかり、投票はダントツの1位でフェスタに出場するものだと思っていた。
「おい、1位はどこのどいつだ?」
鬼神を差し置いて、切り札と呼ばれた戀を差し置いて1位になった存在。
大量票を得たであろう1位の生徒のことが気になったキングは、眉間にしわを寄せながら2年生を見つめた。
「い、1位は…」
そんなキングの表情に気圧された2年生は、一歩後ずさりながら、冷や汗を流し口を開く。
「暁悠馬という生徒です」




