投票
「ねぇ、誰に投票するか決めた〜?」
「私は戀センパイかな〜?戀センパイの異能、なんかよくわかんないから、もっと見てみたいし!そっちは?」
「私は暁くんかな!やっぱ、異能祭優勝の立役者だし!」
騒がしい教室内。
クラスメイトたちの服装が徐々に中間服から冬服へと変わり始める10月末。
入学してからはやくも7ヶ月が経過した。
入学当初は様々な生徒たちが、様々な野望を抱いて入学したわけだが、今ではその影などほとんど見えなくなり、和気藹々としている姿しか見えない。
入学当初のような装いになった生徒たちも多数いる中で話される内容は、フェスタの投票についてだった。
「はぁ…」
しかし、和気藹々な教室の中には、あからさまに凹んでいる様子の男子生徒の影も2つある。
1人目は悠馬だ。
深いため息を吐いた悠馬は、自分自身に投票されることなど分かりきっているのか、それを全て受け入れた様子で座っている。
「暁くん、大丈夫ですか?あ、あの…私は以前助けてもらったし…困ってることがあるなら力になるよ?」
元気のない悠馬を励ますのは、金髪の女子生徒、アルカンジュ。
7月のアメリカ支部の一件で、悠馬が事件を解決したと知っているアルカンジュは、その時の恩を返そうと声をかけてくれているようだ。
「あはは…ありがとう、アルカンジュさん。でも大丈夫。大した悩みじゃないから」
そんな彼女の嬉しい申し出を断った悠馬は、笑顔を浮かべながら頭を下げる。
なぜ悠馬がため息を吐いたのか。
それはオクトーバーの一件の数日後の出来事。
悠馬は連太郎の勧めもあって、総帥邸見学を終えた翌日に、異能島にある病院へと足を運んでいた。
その病院というのは、悠馬が異能祭の時からよくお世話になっている病院で、悠馬の細胞年齢の話をしてくれたお医者さんが居るところだ。
悠馬はそこで、きちんとした検査を受けた。
身体に生じた大きな違和感から、些細な違和感まで口にして。
最近感じ始めた吐き気や頭痛、視界の違和感といった症状を話した悠馬に返ってきた言葉というのは、予想だにしないものだった。
「君ねえ、それ、緑内障だよ」
お医者さんの言葉を思い出した悠馬は、全身を震わせて机に突っ伏す。
本来であれば、起こる可能性がほとんどない病気。
本来であれば、この年齢では起こらないはずの病気。
特に今まで健康体だった悠馬が突然緑内障になる可能性なんて、万に1つあるかないかくらいの確率だ。
そんな緑内障に、悠馬はなってしまった。
幸いなことに、現代医学では手術をせずとも薬で進行を抑え、そして治療をしていくことが可能な病となっているため、目が見えなくなるという可能性はほぼ考えなくていい。
それは救いだった。
手術をするといえば、彼女たちには気づかれてしまうだろうし、原因を知られると大騒ぎ間違いなし。
この事を隠しておきたい悠馬からして見れば、薬で治るというのはかなり嬉しい事実だった。
だが、悠馬が凹んでいるのは、それ以上の原因があるからだ。
緑内障も、正直泣きたくなるくらい悲しい事実だったが、治るためそこまで重いものではなかった。
問題は、悠馬の細胞年齢がさらに老化し、ついに60代に突入したという事だった。
オクトーバーの一件で長時間のセラフ化及び、フルパワーのセラフ化を余儀なくされた悠馬。
ただでさえ寿命を消費している悠馬にとって、セラフ化の対価というのはかなり大きなものだった。
ここまでくれば、脳裏にはある程度の恐怖と焦燥感が現れる。
これ以上セラフ化を使えば、ほぼ確実に死ぬ。
細胞年齢が限界を迎えれば肉体が朽ちるという事を知っている悠馬は、自分の細胞の限界を想像し、そして焦っていた。
もうセラフ化は使えない。
いや、使わなかったとしても、果たして何年生きることが出来るのだろうか?
みんながまだ10代を謳歌しているというのに、自分だけ細胞年齢が60代なんて笑えない。
単純に考えれば、オクトーバーよりも歳をとっていることになるのだ。
周りの生徒の両親よりも、細胞は老けている。
誰にも相談できない秘密を抱えている悠馬は、頭を抱えながら再びため息を吐く。
そして一方、もう1人凹んでいる男子生徒がいた。
白髪好青年の男子生徒。
悠馬とは対角線状の、1番後ろの窓際の席に座る彼は、悠馬のように机に突っ伏し小さなため息を吐いていた。
「ねぇ八神くん、あの噂って本当なの?」
「あの鬼神の息子って、やっぱ八神くんも強いんだよね!レベル9だし!」
いつも関わってくる面倒な女子たちに囲まれながら、それをがん無視する八神。
八神はつい先日、自身の秘密を知られてしまった。
それは八神が1番知られたくなかった内容。
一番知ってほしくなかった家族関係についてだ。
八神は日本支部軍で隊長を務め、テレビのドキュメンタリー番組でもよく話される〝鬼神〟八神隊長の息子だった。
悠馬や朱理は、異能祭の時に大人たちの話を耳にしていたため事前に知っていたし、2人にだって隠したい過去があるため、八神を気遣ってこの事を話しはしなかった。
しかし興味本位、好奇心というのはどんな人物にでもあるわけで、今現在、八神が鬼神の息子だと知れ渡った現状では、悠馬たちが聞かずとも、周りの生徒たちが話をしてくる。
「よぉ八神ぃ〜、寝んなよ〜!」
そんな、八神が女子たちから質問責めをされる中。
空気を読めない表情で八神に近づいてきた人物は、女子たちのことなど御構い無しで八神の机に座る。
「げ…桶狭間…」
「行こ行こ」
「また後でね、八神クン♪」
クラス内でも女子からの人気はほとんどない通。
勘違い野郎で下ネタを言いまくり、本人の前ですらそんな発言をしてしまう通は、当然女子たちから距離を置かれていた。
通が八神に近づいてきたことにより、女子たちはそそくさと八神の元から去っていく。
「通…さんきゅー…」
「お前老けたな!髪も白いし、じじいみてぇだ!」
八神の感謝など意に介さず、いつも通り能天気な表情の通は、彼の精神状態など全く気にせず遠慮のない言葉を投げつける。
「やっぱ、この一件か?」
テンション低めの八神を見て、携帯端末を開いて見せた通。
そこには、英語で書かれた文章が映っていた。
「ああ…そんなとこ…」
これはつい先日、八神が鬼神の息子だとバレる原因となった文章だった。
発信元は、アメリカ支部の異能島の3年生から。
内容は、〝日本支部の国立高校には、どうやら鬼神八神の息子がいるらしい。各支部も、きっと鬼神の息子の活躍を期待しているだろう。
私も鬼神八神の息子がフェスタに出場する事を、心から願っている。〟
というものだった。
八神の父親は、大抵どの国にでも名が轟いている。
日本支部軍の中で最強。総帥の次に強いなど。
特に連合国側に属した国では、彼は本当に強かったと、軍人たちが話しているため尚更だった。
そして当然のことだが、大抵の人物が鬼神を知っている中で、その趣旨の呟きが拡散されないはずもなく、こうして日本支部にまで届いてしまった。
八神という名前の生徒は、国立高校には第1のAクラスの八神しかいなかったため、現在に至るというわけだ。
アメリカ支部の学生がどういう意図でこんな書き込みをしたのかはわからないが、八神からすれば飛んだとばっちりである。
「いやー、親が有名だと大変だなぁ…」
父親が強すぎるが故に、息子の八神が跳びこえるはずのハードルはどんどん高いものになってしまう。
期待値が上がっていけば、期待外れだと言われることも、見限られることも増えていく。
八神はレベル10じゃない。
絶対的な力も有していないし、格上を凌駕できるほどの実力も持っていない。
「はぁ…」
「ま、さすがに、お前に大量票が入ることはないだろ!この世代には悠馬も双葉先輩も、一ノ瀬先輩もいるんだ!」
八神が出場できるような枠はないはず。
異能祭でも圧倒的な実力を見せた学生がいるわけで、そんな中、実力も隠れている八神が出場する機会なんてないだろう。
そう考えた通はにっこりと笑みを浮かべ、そして勢いよく開いた扉の音を聞いてビクッと体を震わせる。
「はい!みんな!席につけ!フェスタの投票を始めるぞ!」
勢いよく開いた扉から入ってきたのは、担任教師の鏡花。ではなく、体育教師の磯部。
磯部は鏡花が怪我を負って入院してしまったため、現在緊急代理としてAクラスの担任になっている。
だから現在の磯部の立ち位置は、Aクラスの副担任といった感じだ。
鏡花が教室へ入ってきた時とは違い、めんどくさそうに席に座り始めるAクラスのメンバーたち。
「よし、みんな座ったな!」
めんどくさそうな生徒の様子など気づいていないのか、教卓に勢いよく手をついた磯部は、みんなが座ったのを確認すると同時に話を始めた。
「みんなももう知ってるだろうが、今日はフェスタに出場する代表選手5名の投票会だ!」
今月に控えたフェスタに出場する選手をみんなで選ぶ日。
「投票権は1人一票まで。最終的に、最も票が多かった生徒上から5名がフェスタへの出場権を得ることができる!」
国立高校、つまりはナンバーズのみで行われる投票。
ナンバーズの学生たちは、自分がフェスタに出場してほしい生徒を1人指名し、そして最も投票が多かった生徒が5名、フェスタに出場できることとなっていた。
名誉あるフェスタへの出場。
それは入学当初からほとんどの学生が夢見ていたものであって、大抵の生徒は出てみたいという気持ちを抱いているに違いない。
「そして不正票、というか、嫌がらせで投じられた票、つまりはレベルがそこまで高くないにも関わらず、不自然に大量得票を得ている場合は、島側の判断で無効にされることも覚えておくように!」
唯一の問題点、というか難点。
この投票システムには、明らかな欠陥がある。
それは言うまでもないだろうが、集団によるイジメや買収といった行為によって、大した実力のない生徒がフェスタに強制的に出場させられる、もしくは出場できると言うことだ。
異能島側もその可能性は考えているようで、低レベルの生徒の不自然な得票は無効にするよう考えているようだ。
フェスタは毎年行われているため、当然の対策と言うべきか。
「だから君らはこの紙に、出場してほしい選手、まぁ、自分の名前でもいいけど、名前を書いて、この投票箱に入れる!」
銀色の箱を叩いてニヤリと笑った磯部は、生徒たちの引き締まった顔を見て、瞳をメラメラと燃え上がらせている。
「君らはフェスタの見学権を手に入れている!試合を見て見たい生徒の名前を書くといい!」
各支部の最強、トップクラスの生徒たちが一同に集まり、力を競う大会。それがフェスタ。
磯部の説明を受けた生徒たちは、緊張感のある趣で配られた紙をじっと見つめる。
適当に投票することはできるが、フェスタの見学権利を勝ち取っている第1の生徒からしてみれば、つまらない戦いを見るというのは絶対に避けたいところ。
各々が出場してほしい魅力的な生徒を頭に浮かべながら、誰に投票するのかを真剣に考えている。
自分に投票するか、はたまた他人に投票するのか。
その選択もまた、このフェスタの投票においては重要になってくるかもしれない。
「俺様は悠馬に入れるぜ」
「…まぁ…いいんじゃね?」
受け取った紙を、後ろの席の通へ渡そうとする悠馬。
そんな彼に向かって小さな声で悠馬に投票すると宣言した通は、迷いなく悠馬の名前を書いていく。
この投票でほぼ確実に出場することが決まっているのは、悠馬だ。
異能祭でレベル10、そして複数異能持ちであることを知られ、つい先日のオクトーバー戦で、クラスメイト、そして第1の一年全体には暁闇だとバレてしまっている。
そんな悠馬は現在、迷ったら暁に投票すればいい、変なところに入れるよりも、暁に投票しておけばなんとかなるだろうという、暁ならなんとかしてくれるだろムードに陥っていた。
つまり悠馬は、どうあがこうがすでに出場が決まっているようなもの。
悠馬自体、もともと出場してみたいという気持ちもあったため、全ての件において否定も拒絶もしなかった。だから大半の票を獲得するのは悠馬で間違いなしだ。
「ま、悠馬と戀パイはほぼ確定だろうな。お前ら次元違うし」
戀パイ、というのは、第6高校レベル10の双葉戀先輩を略して戀パイと言うらしい。
誰が言い始めたのかはわからないが、言いやすいため戀パイと呼ばれている。
今回の大穴2人。
間違いなく得票率もトップでフェスタの出場権を得るであろう2人。
誰もがそう考える中、投票は始まった。
覇王くん、フェスタ出場できるかな…?




