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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
オクトーバー編
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総帥のお仕事

「ったく…寺坂は人使いが荒い」


 掃除の行き届いた、ホテルの一室とも見受けられるトイレの中で顔を洗う男。


 仮面を外している死神は、自身の顔を鏡で確認しながら深いため息を吐いた。


 何故、異能島を管理する仕事をしている死神が総帥邸にいるのか。


 その理由は、鏡花が怪我をしたことにあった。


 つい昨日、足を骨折した鏡花に総帥秘書という仕事が勤まるはずもなく、加えていうなら鏡花はAクラスの担任。


 今日緊急の死神の仕事は、寺坂の側近である総帥秘書として、第1異能高等学校の生徒たちの前に顔を出すというものだった。


「俺をなんだと思ってるんだよ…」


 何度か顔を洗いながら、ぐちぐちと呟く死神。


 死神は自身の顔を鏡で確認する。


 それは悠馬の顔と全く同じ。


 現在の悠馬となんら変わらない容姿で、唯一違うところがあるとするなら、それは死神の髪色は黒だということくらいだ。


 悠馬は元々、黒髪だった。


 ではなぜ、現在は茶髪なのか。


 その理由は単純なもので、悪羅と同じ髪色が嫌だったから。


 ただそれだけだ。


 死神は悪羅と因縁などないのか、真っ黒な髪を変える事も、気にするそぶりも見せずに、仮面を付け直す。


「さて…そろそろ行くか」



 ***



「うぉー、総帥って、こんな部屋で仕事すんのか!」


 栗田は周りのことなど気にせず、大きな声で呟いた。


 和風の造りの部屋の中。


 壁際には本棚や観葉植物、そして掛け軸などが掛けられている部屋。


 その中へと入ったAクラスのメンバーは現在、総帥の仕事部屋へと案内されていた。


「しっ。静かにしなさい!ここは総帥の仕事部屋だぞ!」


 栗田の大きな声を聞いて、教師という立場の磯部は、人差し指を口に当てて注意する。


 どちらかというと、注意をする磯部の声の方が大きいという悲しい現実だ。


 そんな光景を見つめ、書斎に座っている人物、寺坂は苦笑いを浮かべていた。


「磯部くん。気にしなくていいぞ、私も昔は総帥邸を見てはしゃいでいた側の立場だからな」


 日本支部の学生ならみんなが憧れる就職先。


 日本支部の総帥邸に訪れて、興奮をしない生徒などいないだろう。


 生徒たちが声を出すことを容認した寺坂は、目を輝かせる学生たちを眺めほんの少し微笑む。


「あと、君らも気になることがあればどんどん質問してくれ。可能な範囲で答えよう」


 総帥邸の中。


 目を輝かせ辺りを見回す生徒たちにそう告げた寺坂は、書類をパラっとめくり、如何にも仕事をしている雰囲気を醸し出す。


「はい!質問です!」


「どうぞ」


「横の人はなんで仮面つけてるんですか?どんな仕事してる人なんですかー?」


 女子生徒の質問。


 寺坂の横に立っている男、死神を指した彼女は、不思議そうに問いかける。


 それもそのはず、総帥秘書は元々鏡花のはず。


 総帥の秘書というのは、世間でも知られているわけであって、素顔を隠して仕事をしているなどあり得ないのだ。


「こ、こいつは極度の人見知りでな…仮面を付けていないと、まともに会話すら成り立たないんだ。いつもは書類の整理をしている」


「へぇ〜、そうなんですね!ありがとうございます」


 第1関門、死神の設定を難なく突破した寺坂は、安心した様子で手を挙げている生徒を見る。


「じゃあ次。そこの黒髪の小柄な…」


「総帥ってなんの仕事するんですか!」


 黒髪の小柄な男子。


 そう言おうとする直前で、もう自分が当てられることがわかったのか大声を上げる男子生徒。


 それは悠馬の友人の、桶狭間通だ。


 まさかの質問に、寺坂は唖然としていた。


 総帥の仕事内容というのは、検索をすれば全て出てくる。


 勿論、1日の間に何をどのようにしているのかまではわからないし、機密事項は記されていないのだが、それでもネットでは小学生でもわかるように、できるだけ簡単に仕事内容が記されているのだ。


 だというのに目の前の学生ときたら、何も知らないときた。


 仮にも日本支部の異能島に入学した学生が、総帥の仕事を知らないなどあってはならない。


 なにしろ通にだって総帥になる可能性はあるわけで、異能島は総帥を排出するための勉強もしているわけだ。


 流石に周りの男子も、通がバカな質問をしたせいで失笑している。


「…まぁ、総帥の仕事としては、こういった日本支部に関わる書類に不備がないかを確認し、不正や不備があれば、その部署に問い合わせをしたりする」


 大まかに話をする寺坂。


 端的に言ってしまえば、日本支部内での不正や不備の確認をしているということだ。


「他には、異能に関する規則の見直しや、各支部と連絡を取り合い、犯罪の抑制を図っている」


 近年というか、異能が発現してから早300年。


 300年という膨大な時間が経過する最中、各国は異能の規制をどのようにすべきか、どのような規制が正しいのか四苦八苦していた。


 何十年経とうが、何百年経とうが、一見完璧に見える法律の中にも、少しの綻びはある。


 どの時代だって、いつの時代だって、異能がない時代でだって、そういった法の抜け道を見つけ出し、ギリギリを攻めた行為をする輩はいるものだ。


 特に異能は人それぞれ。


 人によって違うため、規則化、ルール化というのが極めて難しい。


 つまり、未だに異能における法律には抜け道があるのだ。


 総帥は何代にも渡り法律の見直しを、そして新たに抜け道を見つけ出した輩から学び、規則の厳罰化を行なっている。


「あんま忙しくなさそうだな…」


「ば…声がでけえんだよ!」


 総帥の仕事を忙しくないと呟いた通は、横にいた八神に頭を引っ叩かれる。


 当然だ。


 今のは通の声が大きすぎて、絶対に寺坂に聞かれている。


「ったぁ〜…」


 頬を痙攣らせる寺坂のことなど知らずに、八神に叩かれた頭をさする通。


 そんな光景など気にすることのない悠馬は、本棚に置かれている本を眺めながら、死神の方を一度見る。


 いつものような道化の仮面。


 ピエロのようなふざけた仮面をしているヤツは、死神の他いないだろう。


 唯一、この空間にいる学生の中で鏡花の秘密を知っている悠馬は、死神が代役としてここに呼ばれていることを考えながら、つい先ほどの出来事を思い返す。


 何をするためにここにいるのか。


 何故自分が2人存在しているのか。


「お前は冠位になって何をするつもりだ…?」


 総帥に近づき、異能王に近づき、自分自身は冠位になってまで成すべきこと。


 死神の素顔を知ってしまった今、悠馬は総帥邸見学よりも、死神の顔の方が気になっている。


「悠馬くん?」


「うわ!?」


 悠馬が死神を横目で睨みながら、さまざまな憶測を立てている最中。


 背後から柔らかな声が聞こえ背筋をビクッと震わせた悠馬は、額に冷や汗を流しながら、ゆっくりと振り向く。


「夕夏…どうかした?」


「うーん、悠馬くんがずっと深刻そうな顔してるからさ…大丈夫?」


「あ、うん。大丈夫だよ。難しい本が色々あるから、ちょっと真剣にタイトルを読んでただけだよ」


 不思議そうに、悠馬の顔を覗き込む夕夏。


 亜麻色の髪がサラッと靡き、悠馬の瞳の奥を見透かすように、茶色の瞳が動く。


「そう?」


「うん。心配してくれてありがとう」


 夕夏の可愛らしい顔を見つめながら、軽く微笑む。


 ああ。かわいい。抱きしめたい。キスしたい。


 彼女の表情を見ていると、無性にそんな気持ちが湧き上がってくる。


「おい暁ぃ、お前総帥邸でイチャイチャするなよ〜」


「うぉ!?」


 夕夏の顔に見惚れる悠馬の横に現れた、そこそこ体格のいい影。


 坊主のその男は、悠馬を恨めしそうに見つめると、先ほどまで悠馬が何を想像していたのか理解しているのか、目を細めながら肩を叩く。


「山田…どうしたんだよ」


「こっちのセリフだ!てめぇ、片っ端から美女を掻っ攫った挙句、総帥邸でも接近かぁ?」


 第1の美女と呼ばれる面々と付き合い、そして総帥邸でも取っ替え引っ替えで話をしている。


 悠馬は別にそんな意図があって会話をしていたわけではないのだが、周りの男子から見て見ると、悠馬が相当タラし込んでいるようにしか見えないはずだ。


 それに、今は夕夏に割と真面目に触れようとしていたわけだし、山田の言い分は理解できる。


「いや、そういうのじゃないから…なぁ?夕夏」


「う、ウン、ソウダヨ?」


 自分がやましいことをしようとしているのがバレた悠馬は、視線を泳がせながら夕夏へ話題を振る。


 しかしそれは悪手だった。


 夕夏は視線を泳がせながら、片言で返事をする。


 おそらく夕夏も、あ、これは悠馬からキスしてくるパターンだ…などと、変な期待をしていたのだろう。


 ここが総帥邸だということも忘れて、イチャイチャするその度胸は賞賛に値する。


「羨ましい…どうやったら美哉坂さんにそんな顔させれるんだよ…」


 夕夏の雌の顔。


 いや、そんなこと言ったら失礼だから、恋をしている顔と言っておくべきか。


 悠馬にデレデレなその表情を見た山田は、本音を混ぜながら愚痴をこぼす。


 しかし夕夏にこの顔をさせる可能性は、誰にでも等しく訪れていた。


 夕夏が悠馬に完全に恋に落ちたのは、結界事件の時。


 命を助けられた、その時に好きだと言われた、様々な要因が重なって夕夏は恋をしたわけだが、その中でも最も大きな要因は、悠馬が助けてくれたということが大きかったと思う。


 つまり悠馬が助けに来ずとも、他の男子が助けに入っていたら、そこそこな容姿さえ整っていれば夕夏は恋に落ちていたのではないだろうか?


 その機会を棒に振った山田は、嘆かわしく悠馬を見つめる。


「ま。山田も頑張れよ」


「お前…それ慰めってより見下してるように感じる…」


 たくさんの美女と付き合っている男から、お前も頑張れよ。などと言われても何も嬉しくないし、むしろ煽ってるのか?とイラっときてしまう。


 悠馬の言葉に肩を竦めた山田は、膝に軽く蹴りを入れるとしょんぼりとした様子で去っていく。


「なんか…悪いことした…」


 悲しみに暮れる山田の後ろ姿を見送りながら、そう呟く。


 取り残された夕夏と悠馬は、お互いに微妙そうな表情で見つめ合うと、クスッと笑い合う。


「あのね悠馬くん、今日は悠馬くんと一緒にいたいの。だから今日はずっと、私の隣にいて?」


「あ、ああ!わかった」


 夕夏からの嬉しい申し出を受けた悠馬は、鼻の下を伸ばしながら口元を緩める。


 好きな人から一緒に居たいと言われたら、男なんてイチコロだ。


「さ。質問はある程度済んだかな?そろそろ他クラスの見学も入るから、Aクラスのメンバーは退出しようか!」


 悠馬と夕夏が話している間にも進んでいた質問会。


 ある程度質問に答え終えたのか、満足そうな寺坂を横目に見ながら、そろそろ時間だと告げた磯部は、手を上げながら大声を上げる。


 1番迷惑なのは、磯部の大声だと思う。


「それじゃあ、整列!一同、礼!」


 体育をしにきているように整列をさせる磯部。


 体育教師の鑑というべきなのか、ただの馬鹿野郎なのか。


 とりあえず流れで整列をした生徒たちは、磯部の合図に合わせて、頭を下げる。


『ありがとうございました』


「こちらこそ、見にきてくれてありがとう。君らのフェスタに期待をしているよ」



 ***



 数時間の総帥邸見学を終え、時刻が16時を回った頃、第1の生徒たちは興奮さめやらぬまま各々のバスの中へと乗り込んでいた。


「俺総帥秘書でもいいから、あそこで働きてえ!」


「絶対給料いいぜ!」


 バスの中でそんなことを話しているのは、栗田とモンジ。


 総帥邸の内部の待遇を見てしまえば、誰だって総帥邸で働きたいと思ってしまう。


「朱理ちぃん、どうしたの〜?」


「羨ましい…」


 そんな中、1人だけあからさまに不機嫌な朱理。


 面白いおもちゃを見つけたように、隣に座っていた連太郎は朱理をチラチラと見ながら冷やかしてみせる。


 なぜ朱理が不機嫌なのか。


 その理由は単純に、夕夏が悠馬の隣に座っているから。


 元々、行きのバスは夕夏と朱理が隣同士の席で、悠馬と連太郎が隣同士だった。


 しかし夕夏がワガママ、というか、彼女が隣にいたいと言った影響で、夕夏と連太郎がチェンジすることとなっていた。


 朱理からしてみると、自分も悠馬の隣に座りたかった。という思いがあるのだろう。


「へぇ、朱理ちん嫉妬すんだ?」


「そうですよ?私、結構重い女なんです」


「俺はそういう女好きだな〜」


「私は貴方のことは興味ないですけどね」


「クールにドギツゥ…」


 加奈とは違った、本気で興味など抱いていない、そもそも敵意も嫌悪感も抱いていない朱理の発言。


 加奈は冷やかせばすぐに怒るが朱理は反応が薄いため、連太郎のおもちゃとしては相性が悪い。


 興味がないと言われてしょんぼりアピールをした連太郎は、不意に耳に入った女子たちの会話を聞いて、驚くこととなった。


 いや、焦ることになったというべきか。


「そういえば、異能島に鬼神八神の息子がいるってまじ?」


 携帯端末のSNSを眺めながら、そう話す女子生徒たち。


 八神はその発言を聞いて硬直した。

フェスタでは八神くんの過去にも触れていきます

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