幕間6
真っ暗な空間。
照明もつけずに、外の光すら入ってこない空間。その中には1人の少年が立っている。
「クラミツハ。出てこい。聞きたいことがたくさんある」
不機嫌そうな、怒り気味の声を上げた茶髪の少年、悠馬。
彼の瞳は真っ黒ではなくレッドパープルのため、激昂している、本気で怒っているというわけではないのだろう。
ここは悠馬の心の中、精神世界だ。
「なーに?」
悠馬がそこまで怒っていない、激怒していないことを確認したのか、珍しく実体化するクラミツハ。
以前は黒いモヤのようなもので悠馬に纏わりついていたが、今回は綺麗なお姉さん。という言葉が相応しい姿で、悠馬へと手を伸ばす。
紫の着物に、真っ黒な髪。真っ黒な瞳。
「触んな」
「ユウマって、私に対してひどいよね」
近づいてくるクラミツハの手を叩いた悠馬の瞳は、冷ややかなものだった。
もし仮に、手を伸ばしてきたのが夕夏や朱理、花蓮や美月だったのなら、悠馬は喜んでその手を受け入れ、舌でペロペロしていたレベルだというのに、扱いの差が凄い。
態とらしく悲しむそぶりを見せるクラミツハを見た悠馬は、一歩詰め寄ると、クラミツハの着物の袖を掴み睨みつける。
「お前…何隠してる?全部話せ」
「え?なに?なんの話?」
「トボけるなよ。お前ら神は、悪とは契約しないんだよな?お前、契約の時にそう言ったよな?」
悠馬が1番先に尋ねたのは、結界の話。
その原因は間違いなく、オクトーバーが結界を使ったせいだろう。
なぜオクトーバーが結界を使えたのか、なぜ神々は犯罪行為を容認しているのか。
その全てが理解できていない悠馬は、トボけて見せるクラミツハを押し倒し、迫る。
「…さあ?神って言っても、みんな性格は様々だし…それに、極論を言ってしまえばユウマ、貴方だって悪でしょう?」
「っ…それは…」
確かに、悠馬は神宮を殺した。
やむを得ない事情、どうしようもないことだったとしても、それは極論、犯罪行為だ。
クラミツハの言う通り、悪と断言されても否定できない。
「だから、物好きな神もいるんだと思うなぁ…オクトーバーくん?さん?だっけ?彼が契約している神が、偶々偶然、悪いことを容認してくれる神だった。多分そんな理由じゃないかしら?」
いい加減な憶測を立てるクラミツハ。
そんな彼女を訝しく見つめる悠馬は、コイツ、本当に神なのか?と言いたげだ。
「じゃあ次。夕夏についてだ」
「ああ。あの、Fカップのマシュマロちゃん」
「いい加減その呼び方をやめろ。夕夏だ」
以前夕夏と花蓮のことをマシュマロと評していたクラミツハは、彼女の名前を聞いてマシュマロと呟く。
悠馬はそれが気にくわないようで、再び彼女を睨みつけた。
「それで?あの子がどうかしたの?」
「…通常とは異なるセラフ化を使ったらしい」
「あー…あのピンク色の…でも、異なるって?具体的にどんな風に異なってたの?」
オクトーバー、悪羅との戦闘中は結界を使っていたし、クラミツハも悠馬の目を通して、夕夏を見ていたようだ。
しかし、それ以降は悠馬の目を使ってはいない。
悠馬の話がよくわからないクラミツハは、不思議そうな顔を浮かべる。
「さっき、夕夏と話をした」
「うん」
「夕夏の心の中には、俺の中にクラミツハ、お前がいるように、天照がいるそうだ」
「でしょうね。だって、契約してるんだもの。暇な時に遊びに行くのが筋。契約者の心を支えるのが筋ってものじゃない?」
なんらおかしい話じゃない。
悠馬の中にクラミツハがいるように、夕夏の中には天照がいる。
決して矛盾も感じないし、それが普通のことであるのは事実だ。
「話はここからだ。…夕夏の中には、もう1柱…ナニかがいる」
「……へぇ?…私でも気づかなかったんだけど…二重契約者ってこと?」
結界を二柱の神と契約する。
本来、普通の人間ではそれを行うことは不可能だが、悠馬がゴッドリンクを使い花蓮とシヴァの契約を繋いでいるように、二重契約というものは、理論上できるものだ。
ただ、実際に二重契約をしている人間はほとんどいないし、何より、契約失敗して使徒になるリスクが上がるのだから、よっぽど欲にでも呑まれていない限り、契約をしようとは思わない。
「それが二重契約なのかどうかも、俺はわからなかった」
「どういうこと?」
「そいつは夕夏に、結界という恩恵じゃなくて、セラフ化という恩恵を与えたんだよ」
「!!そんな神居ないわ!それだけは断言できる」
神が人にセラフを与える。
前例のない出来事に悠馬が驚いたように、神であるクラミツハも、驚きのあまり声を荒げる。
「やっぱり…神は人にセラフ化を与えられないんだよな?」
「当たり前でしょう。肩入れする神なら、道標くらいは示してくれるだろうけど、セラフ化をいきなりプレゼントだなんて、そんな芸当できる神はいない。ゼウスでも、オーディンでも、シヴァだってできない」
みんなが知っているような神の名前を具体例として挙げ、そしてそんな神もセラフ化を人に与えるということはできないと断言する。
そもそも神々は、セラフ化については関与していない。
ただ単に、人間が異能を極めた結果がセラフ化なのだから、いくら神といえど好き勝手にセラフ化を与えることなどできないのだ。
「ユウマ、その神の名前は?」
「椿。と言うらしい。自称人らしいが、俺はコイツを人だとは思わない」
「……なるほど…」
「何か知ってるのか?」
「ええ。椿は間違いなく人よ。人でありながら、神に近い存在でもあるけど」
夕夏をセラフ化させた存在、椿のことについて知っているご様子のクラミツハ。
そんな彼女は悠馬の質問に答えるべく、人差し指で悠馬を指す。
「この世界に異能王がいるように、神々の世界にも、一応神を束ねる存在がいるの。ルールを決めて、役割を与える、そんな存在」
「へぇ…」
「まぁ、そんな彼もミスを犯すの。たった1つの、些細なミス」
突如始まった、神々の世界の事情。
神々になんて特に興味のない悠馬だが、夕夏関係ということもあってか珍しく聞き入る彼は、何もない空間に椅子を生成し、そこに座り込む。
「彼は自分の権能、人間でおける異能の数%を、人間の世界に落としてしまった。まぁ、人を調整するのに失敗したというべきかしら?」
本来存在しないはずの異能を、神が地上に落としてしまった。
「そして生まれたのが椿。数百年前の話よ」
「その人間が…どうして夕夏の中にいる?」
いくら神の力を数%持っているといえど、セラフ化を使えるようになった原因にも、夕夏の中にいる理由も、そして夕夏が狙われる理由も解決したわけじゃない。
「ここからは私の憶測だけど…マシュマ…夕夏ちゃんの先祖が椿なのか、それとも椿のDNAと、夕夏のDNAの構造が全く同じで、ふとした衝撃でリンクしたのか…」
「そんないい加減な仮説…」
「あるのよ。本当に。前例があるから言ってるの」
適当な仮説は聞きたくない。そう言いたげな悠馬に対して答えたクラミツハは、ふざける様子もなくそう告げた。
「夕夏が狙われた原因も…椿なのか?」
「多分そう。椿の異能は、自分の思い描いた通りに物事を変えるという異能。うまく使えば神にも匹敵するし、世界を簡単に滅ぼせる異能よ」
「…夕夏が…」
きっとオクトーバーはその異能を使って、世界を何らかの方向に変えるつもりだったのだろう。
「でもまだ完全覚醒はしていないようだし、夕夏ちゃんにそこまでの力があるとは思えない。ほら、私が気づかなかったのよ?本来の椿の力とは程遠いし、あの子1人で世界を変えられるとは思えない。オクトーバーさんの理想論よ」
夕夏の力は本来の椿の力とは程遠く、神であり椿の存在を知っているクラミツハですら気づかない程度の微弱な力だ。
情報を手にした悠馬は、黙り込んでいた。
夕夏のセラフ化、椿、オクトーバーが求めるもの。
その全てにおいて、ある程度の回答は得られたものの、納得がいかない様子の悠馬は、ゆっくりと顔を上げてクラミツハを見る。
「これがお前の知ってることと、憶測か?」
「ええ。全部話した。私の知り得る、全ての話よ」
「…ありがとう。少しだけ気が済んだ」
夕夏がセラフ化を使えた訳、椿という存在が神でないこと、椿の力が覚醒すれば、世界を変えることができるかもしれないこと。
要点はそのくらいだ。
心残りは、オクトーバーが結界を使えたことだが、この件についてはクラミツハもわからないと言っているし、答えは見つからないだろう。
「それじゃあ…また気になることがあったら、ここに来るから」
「ええ。楽しみに待ってる。いってらっしゃい。私のユウマ」
「お前のじゃないだろ…」
ツッコミを入れながら立ち去っていく悠馬。
彼が遠くへ歩き始めると同時に、クラミツハの背後からは、赤く燃える影のようなものが現れた。
「随分といい加減な嘘ばかりつくのだな。オマエは」
「誰かと思えば…シヴァ。一体何の話?」
赤く燃える影をシヴァと呼んだクラミツハは、悠馬がこちらの声に反応していないことに安堵しながら冷ややかな視線を向ける。
「ミカエルの男。アレが契約できている理由は、神々ならみんな知っているはずだろう」
「…貴方ねぇ…悠馬に何を期待しているのかは知らないけど、あの子は貴方が思ってるよりずっと弱くて脆いの。第一、この世界に訪れている神々は、この事実を人間に話してない」
「なぜ俺たちがこの世界に、人の世界に降り立ったのか」
よくよく考えて見ると、疑問だらけのお話だ。
数百年前、地上には神など存在していなかった。
信仰の対象ではあったものの、姿を現わすことも、契約をすることもなかったのだ。
それなのに、異能が発現すると同時に、神々は一斉に下界へと降り、契約を始めた。
しかも高レベルを求めるように、低レベルの人間が触れると使徒になるような、そんな厳しい条件までつけて。
なぜ高レベルの人間と契約したがるのか、なぜ下界に降り立ったのか。
「しかし、ミカエルの男は答えに辿り着いているように見えたな。だから急いでいる。だから物語能力を手にしようとしている」
「そうね。いつの時代にも危機を事前に察知するのは、人間のすごいことだと思うけど…」
どの時代にだって、預言者は存在する。
それはすごいことなのだが、今回は未来を知る者が、真っ先に狂った可能性が高い。
「…ねぇ、彼が物語能力を求めてるってことは…そういうことよね?」
「ああ。間違いなく、この時代で俺たちの戦いは終わる」
神々の中での戦いは、近いうちに終わりを迎える。
物語能力が必要となるということはつまり、神々にとってはそういうことなのだ。
「これが神々の最後の戦いになることだろう。しかも今回は、代理戦争だ」
「今回は、じゃなくて、今回も。でしょ。まったく…胸糞悪いったらありゃしないわ…」
「人は死ぬが、我々は死なないからな」
気分悪そうな表情を浮かべるクラミツハと、同調するように俯いたシヴァ。
この戦争、神々の戦いにおいて、人が死ぬということはあっても、神々が死ぬという可能性はない。
何しろ神々は、人々と契約をしてこの地上に存在しているわけで、実態があるわけではない。
契約者が死ねば元いた世界に戻り、もう一度地上に降りて契約をするだけ。
要するに人間は、最悪使い捨て出来るのだ。
まぁ、そこまで割り切っている冷酷な神など、ほとんどいないのだが。
「シヴァ、貴方は300年前。初代異能王の時代の代理戦争までに契約者を見つけられなかったから知らないだろうけど、300年前は…人は殆ど死んだわよ」
300年前。
それは初代異能王の物語。
その全てを知っているのか、それとも結末を知っているのか、不機嫌そうなクラミツハはぶすくれる。
「…知っている。〝アイツ〟が混沌に物語能力を授けたということは、嫌という程聞かされた」
初代異能王と戦うこととなった、最終敵、混沌。
混沌は〝アイツ〟なるものから、夕夏が現在手にしている物語能力を授けられていた。
「そして残念なことに、初代異能王は混沌を倒せなかった。私たちは300年前、〝アイツ〟に負けたのよ」
契約した人々の大半を殺してしまった挙句、最終敵である〝アイツ〟どころか、混沌すら倒せずに戦いは終わった。
それは神々にとっての敗北と言ってしまってもいいだろう。
「だが。次は負けない。そうだろ?何の運命か、何の偶然か…この男の中には、零がいる」
それはつい先ほど、クラミツハが悠馬に説明していた、神々を束ねる存在だった神。
悠馬が契約していないはずの神であって、そしてクラミツハが、椿の憶測を立てる原因となった存在。
最高神、零。
3柱目の神が悠馬の中にいると明言したシヴァは、遠くに見えた真っ白な影を見て、炎のような影を靡かせる。
「噂をすれば…」
「目覚めたようね」
ところでセカイって誰が持ってるんですか?教えて椿さん!




