オクトーバーの悪夢5
何故?どうして立っていられる?
そもそも、つい先ほど負ったはずの傷が何故消えている?
朱理の闇の連続攻撃が終わり、声のした方向を向いたオクトーバーは、脳内に過ぎる疑問を振り払いながら、さらに一歩後ずさる。
「私は確かに、君に大怪我を負わせたはずだが…」
それは間違いない。
暗示をかけられたわけでも、何か手違いを起した可能性もない。
「種明かしする気はないな」
「再生…それが君の異能か」
「そうかもな…!鳴神!」
「な…に!?」
黄金色の雷を体内に収束させ、急加速する悠馬。
その異能は、総帥なら一度は目にしたことのある秘技だった。
チャンの鳴神。
中国の雷帝と言われ、冠位、覚者としての称号を得ている人物と全く同じ技。
それを高校生が突然使ったのだから、驚きもするだろう。
「剣よ…!」
耳につけてあったピアスを引きちぎったオクトーバーは、その銀色のピアスを剣の形に戻すと、猛スピードで突っ込んでくる悠馬の剣戟を受け止める。
「その技、どこで学んだ?どこで体得した?」
「多分アンタが想像してるヤツに教えてもらったんだよ…!」
あえて名前は言わないが、オクトーバーの推測は正しいだろう。
「そうか。それは惜しいな…どうだい?少年。私と共に来ないか?チャンが認めたということは、君は世界を変えるのに相応しい」
「生憎、世界がどう変わろうが、俺には関係ない。俺はやりたいことをするだけだ」
どうせ、オクトーバーの言う世界を変えると言うのは、犯罪を犯すということなのだろう。
そんな誘いを受け入れるほど、悠馬だってバカじゃない。
誘いを即答で断った悠馬は、剣技だけに集中するオクトーバーに蹴りを入れ、雷の槍を放つ。
「お前の目的、そろそろ聞かせろよ。何の目的で夕夏を狙う?」
「世界の形を変えるため。と言っても、わからないだろう?」
「わからねえな」
オクトーバーが何を言ったところで、犯罪者の戯言。
抽象的すぎて何をするのかもわからないのに、そう簡単に夕夏を渡すわけにはいかない。
いや、そもそも、オクトーバーにどんな大義名分があったって、悠馬は夕夏を渡す気など微塵もないのだが。
「なら道を開けろ。少年。それが今の君にできる、最善の手段だ」
「開けねえな。俄然。俺は俺のエゴのために戦うって、もう決めてんだよ」
「そうか…残念だよ。ここで惜しい存在を亡くすことになるとは」
剣を交えながら言葉を交わす2人。
交錯するオクトーバーの剣は、悪というよりも、なにかの正義のために振るわれているような、そんな重みを感じる。
「結界 ミカエル」
「なっ…!は…?」
オクトーバーの唱える声。
近距離で戦っていた悠馬は、その声を聞き逃さなかった。
しかしながら、そのせいで同時に頭が混乱してしまう。
「どういうことだ?」
どうなってやがる?この世界は。
結界の契約というのは、まず大前提として、善人でなければいけなかったはず。
つまり犯罪行為に手を染めた時点で、神が見放せば、契約は一方的に解除されてしまう可能性があるということだ。
良い例を挙げるなら、宗介。
彼はもともと、何らかの結界を所持していたものの、総一郎を貶めようとする過程で神に見放され、結果として結界を使うことができなくなった。
つまり、他人の人生を狂わせるほどの行為をした人間は、等しく神に見放され結界を失うのだ。
だから世間では、犯罪者は結界を使えない、神々から見放された存在と揶揄されることもある。
だというのに今、悠馬の目の前に立つ男は、結界と唱えた。
世界でもno.2と言われる犯罪者が、世界大戦の引き金となり、大人数の人生をめちゃくちゃにした男がだ。
そんなこと、あるわけがない。あって良いはずがない。
悪羅に次ぎ神々に見放されているとされているオクトーバーが結界を使うなんて、本来ありえない。
なぜなら、オクトーバーが結界を使えるということはつまり…
神々がオクトーバーの行為を容認していることになる。
「どうなってやがる!クラミツハ!」
自分の結界であるクラミツハに投げかける悠馬。
しかしながら、悠馬の疑問に対して返ってくる答えはなかった。
「もうわかったんじゃないのか?私が…いや、私たちが行おうとしている行為を、神々は悪だと定義していない」
「お前は何のために…何をしようとしている?」
「君には関係のないことだ。君が誘いを断ったのなら、知る必要もないこと。汚れるのは私たちだけで良い」
「っ〜〜!」
先ほどよりも重みの増した一撃に、歯をくいしばる。彼の重い攻撃で筋肉が悲鳴を上げているのが伝わってくる。
オクトーバーの一撃をギリギリ受け流した悠馬は、焦りに疑問、不安感を募らせながら刀を振るう。
こいつは一体なんなんだ?
神々が容認?
それはつまり、神々はオクトーバーの行おうとしていることを、正義だと定義づけているということか?
「考え事か?剣が疎かになっているぞ?」
「くっ…考えてもラチがあかねえ…」
いくら考えたって、納得のいく答えは出てこない。
一度距離をとった悠馬は、呼吸を整え、再びオクトーバーの間合いへと入る。
「ムスプルヘイム」
「っ…!一体いくつの異能を…」
想定外の異能。
雷の最上位異能、名前付きの鳴神を使ったことにより、オクトーバーの脳内では悠馬=雷、そして再生という認識が強くなっている。
その不意をついて放った悠馬の一撃は、オクトーバーの脳内を混乱へと陥れる。
「舞え。スイセン!」
宗介戦で見せた、ニブルヘイムの改良型の異能。
悠馬が神器を掲げると同時に、10月の道路には雪が降りしきる。
「小細工を…!剣になれ!」
悠馬の放ったスイセンを防ぐように、上空へと鉄粉を撒き散らしたオクトーバーは、剣を傘のようにしてスイセンをいなす。
「なるほど…」
ミカエルの結界は、オクトーバーの能力を強めるためにあると考えたほうがいいだろう。
つまりは、クラミツハと似た効果を保有している。
シヴァのような再生といった特殊な力ではなかったため、そこまで怯える必要もない。
「正直、学生がここまでやるものだとは考えてもいなかったよ。でも…これはどうかな」
「おい…嘘だろ」
オクトーバーが取り出した、拳銃のパーツのような物体。
オクトーバーの手に持つそれを瞬時に悟った悠馬だったが、彼が遠距離に対する攻撃手段を持っていないと思っていただけに反応が遅れる。
道路にこだまする、銃声。
バン!という大きな音が東京の街中に響く。
オクトーバーは、銃のパーツを元に戻すことにより、拳銃を作って見せたのだ。
「ほう…それが君の全力か…1.2.3.4.…5つの異能を保有しているとは、恐れ入ったよ。君のそれは、悪羅に限りなく近い」
「あんな奴と一緒にすんなよ…」
刀に纏わりつくような黒い影、悠馬の全身から溢れ出すドス黒い闇を見たオクトーバーは、拍手をしながら上空を眺める。
ギリギリだった。
刀に纏わりつく闇がなければ、間違いなく心臓部に銃弾が撃ち込まれていただろう。
反射的に闇の異能を発動させていた悠馬は、金属音を立てて落下する弾丸を眺めて冷や汗を流す。
「君が暁闇か」
「だったらなんだ?」
「いや。初めて見たから、せめて名前だけでも、と思ってね」
「そうだ。俺が暁闇だ。よく覚えとけ。今からお前を取っ捕まえてやる」
「その前に…君は周りをよく見たほうがいい」
オクトーバーの指摘を受けて、彼だけに集中していた悠馬は、ゆっくりと振り返る。
その間、オクトーバーに攻撃されるということは一切なかった。
「っ…」
ゆっくりと振り返った先に見えたのは、ホテルの窓からこちらを伺う、同じ学校の生徒たちの姿だった。
当然だ。
銃声が響けば、何があったのかと気になるだろうし、外の様子を伺いたくもなる。
闇の異能を発動させている悠馬は、今まで隠していた異能が、ここにきて露呈してしまったということになる。
「…その様子だと。君はその異能を隠して生活してきたんだろう。やめておけ。力を手にした人間というのは、みんな揃って孤独なんだよ。君はそこにいるべき人間じゃないんだ」
誰もが通る茨の道。
オクトーバーが自身の異能を嫌っているように、強大な力というのは、疎まれ、恐れられ、隠しながら生きていくしかないのだ。
だから今、悠馬がどういう気持ちなのか、手に取るようにわかる。
周りからの落胆、畏怖、日常の崩れ去る音。
積み上げて来た青春は、積み上げて来た日常は、思い出は…簡単に崩れ去る。
総帥なら誰もが通る道。
そこで心が折れる人間も、いくらでもいる。
「やはり君は…こちら側へ来なさい。私なら君を正しく評価できる。君を恐れはしない。彼らの顔が見えるだろ?」
悠馬のドス黒い闇を見て怯えたような、驚いたような表情をする生徒たち。
ほぼ間違いなく、悠馬が暁闇だということには気づいていることだろう。
「さぁ。こちらに」
悠馬のことを正しく評価できる。
そう明言したオクトーバーは、悠馬に何か見出したのか、再び勧誘を始める。
手を差し伸ばし、ゆっくりと。
「…いいよ」
「悠馬くん…?」
「悠馬さん!」
1つ返事で承諾した悠馬。
その姿に笑みを浮かべたオクトーバーと、悲鳴にも近い声を上げた夕夏と朱理。
悠馬の表情は、暗くてあまり見えない。
「嫌われても…恐れられてもいいよ。疎まれてもいい…ここに居場所がなくなってもいい…」
「…なんだ?」
「もう決まってる。決めてる。こんな時が来ることくらい、最初からわかってた。ずっと考えていた。だからいいよ」
悠馬は真っ暗な瞳で、口元に笑みを浮かべる。
それは歪んだ笑顔ではなく、清々しく、とてもすっきりとした笑顔だった。
「大切な人が守れるなら、俺は暁闇だってバレてもいいよ。それでみんなが笑って生きれるなら、それでいい」
「これは…恐れ入ったよ。どうやら私は、君のことを過小評価していたらしい」
周りの友人たちの顔を見ても、心が折れるどころか、より冷静になった悠馬。
そんな悠馬の姿を見たオクトーバーは、自身が過小評価を、誤解をしているたのだと気づき深々と頭を下げる。
「では。どちらかが動かなくなるまで。戦うとしようか…」
「そうだな。ヘルヘイム」
もう周りのことなんて気にしなくてもいい。
少し寂しいような気もするが、どこか心地いい。
振り返った先に見えたのは、怯えた友人たちの姿。
通や栗田、そして山田にモンジ。
誰だって、今まで接して来た人間が化け物で、犯罪者予備軍だなんて知ったら、怯えもするだろう。
足枷が外れたような、急に心が軽くなったような、虚無感とも呼べる感情を抱いた悠馬は、辺り一面を闇で覆うと、オクトーバーの足元を沈めていく。
「そこまで純度の高い闇…やはり少年、君は素晴らしい逸材だ」
「余裕そうに話してるけど。いいの?このまま闇に沈んじゃうよ?」
泥沼のようにオクトーバーの足を引き摺り込んでいく闇。
先ほどから悠馬のことを褒めてばかりいるオクトーバーは、足掻くこともせずにゆっくりとポケットから銀色の球を取り出す。
「すまないね。使うつもりはなかったんだが…君は総帥にも匹敵する力を手にしているようだ。私も本気を出させてもらう。セラフ化」
「っ!?」
周囲を包み込む、銀色の閃光。
その眩しさに目を細めた悠馬は次の瞬間、自身の左手が転がっていることに気づく。
「それがお前のセラフか…オクトーバー…」
「そう…これが私のセラフ化の力」
先ほどまでオクトーバーの異能は、形状を元に戻す。というものだった。
剣の屑を撒くことにより、無数の剣を生成する。
それだけでも十分厄介な異能だったというのに、今のオクトーバーの周りには、無数の剣で出来たゴーレムのようなものが立っている。
「セラフ化をした私の異能は…形状を戻す。ではなく、元の形から、さらに作り変えるという異能に変容する」
元に戻すことができる上に、作り変えることができる。
それはつまり、これらの全てを破壊したところで、元に戻しさらに作り変える。を無限ループさせることが可能ということになる。
セラフ化の時間を考えると、最長で5分、オクトーバーの作った軍勢は不屈状態になるということだ。
「なるほど…んー…少し試してみたいし…やってみるかな…セラフ化」
「やれ。ゴーレムたちよ」
悠馬がセラフ化と唱えると同時に、オクトーバーの作った剣の軍勢は、悠馬へと襲いかかる。
そんな光景を呑気に見つめる悠馬は、髪の色を真っ白に変え、翠色の瞳に変わり、周囲を白銀のオーラで覆う。
剣の軍勢が、悠馬へと攻撃を加えた刹那。
悠馬に触れる直前で、金属と金属が接触したような音を響かせたゴーレムは、銀色のオーラに直撃し、そして呆気なく鉄粉へと変貌していく。
その光景が何度も繰り返され、まるでシュレッダーの中にゴミを捨てているように、僅か数秒で元の静寂が蘇る。
次から次へと無意味に繰り返される、剣のゴーレムによる攻撃。
その光景をじっと見つめる悠馬は、最後の一体が消滅するのを見送って、風に舞っていく数多の剣を見送る。
「…終わりだな」
「少年…君は一体どこで…」
総帥のセラフ化を上回る力。
相性の問題もあるかもしれないが、奥の手を僅か数秒で壊滅させられたオクトーバーは、その場で小さく呟く。
この戦いは、オクトーバーの負け。
いくらオクトーバーに手数があったって、悠馬がセラフ化を使用した時点で勝敗が決してしまった。
一歩一歩着実に、セラフ化を解くことなくオクトーバーへと近づいた悠馬は、手に持っている神器を大きく振りかざし、オクトーバーを斬り裂こうとする。
「殺しはしない。少し眠ってろ」
「それは困るなぁ…暁悠馬くん♪」
悠馬のトドメの一撃。
それがオクトーバーへと振りかざされる直前、遥か上空から、漆黒の影が舞い降りた。
オクトーバーが夕夏を狙うワケ、詳しいことは幕間で触れるつもりです。




