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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
入学編
17/474

初めては苦味と共に2

全然関係ないけど、エルフってイイですよね

 教室の中に響き渡った、夕夏の透き通るような声。


「先ず、わざわざ残ってくださってありがとうございます」


 決意を秘めたような瞳で、スカートの両端をギュッと握りしめたい彼女は、その瞳で真正面に立つ茶髪の男子生徒を見つめる。


「き、気にしなくていいよ。どうせ暇だったし」


 夕夏の今にも震えそうな声を聞いて、悠馬は極限まで緊張していた。この展開は、鈍感な悠馬でも勘づくほどベタな展開だ。

 夕暮れの教室に呼び出し、学生2人っきりですることなんて、相場が決まってる!


 次の言葉を口にしようとする夕夏。しかし、彼女の喉は緊張のせいか思ったようにいかないようで、何度か口を開けては、悠馬の方を向いて口を紡ぐ。という行動を繰り返す。

 側から見ていた悠馬は、そんなに頑張らなくていいから。もう君の気持ちは伝わってるから!と何度言いたくなったことか。

 その言葉を必死に堪えた悠馬と、何かを告げようとする夕夏の間に数十秒の沈黙が続く。


「あ、改まって話すと、すごく、緊張しちゃうね」


 彼女は一度長いため息を吐くと、脱力したような表情で、いつもと変わらぬ口調で話し始めた。その口調1つで、悠馬自身にも安心感がもたらされる。

 いつも寮で話している口調。ここ数日聞き続けていた口調を聞いて、悠馬の緊張も、ほんの少しだけ解けていた。


「そ、そうだね。無理に改まらなくていいよ…その、言葉さえ伝われば、俺はどんな形であれきちんと答えるから」


 結果は夕夏にとっては苦いものにはなるだろうけど、彼女の告白にきちんと向き合い、最後まで付き合おう。そう心に決め、悠馬は彼女に微笑みかけた。


 もしかしたら引きつっていたかもしれないが、その表情を見た夕夏にも、ほんの少しだけ笑顔が見えてくる。


「ありがとう。その、実はね。今日はお話ししたいことがあって、教室に残ってもらいました。どうしても今日じゃないとダメで…先ずは、暁くんの予定もわからないのに、しかも面と向かってじゃなくて言伝を使ったことを謝らせてください。ごめんなさい」


 入試の時のように、髪が床に着くほど深く頭を下げているわけじゃないが、それでも普通の謝罪に比べれば深いお詫びに見える。


「気にしなくていいよ!」


 深々と頭を下げる彼女を見て、悠馬は身振り手振りを織り交ぜながら、謝られるような事じゃないから!と伝えようとしたが、思い通りに気持ちが表現できていない。外から見れば、滑稽な操り人形が人を引かれているようにしか見えなかった。


「それで…本題に入るね」


 ついにこの時が来てしまった。さまざまな断り方を考えて来た悠馬は、何を伝えるべきなのか、どう伝えれば良いのかを、彼女を見つめながら全力で考える。


 これが人生で初めてされる告白。悠馬は過去に一度、自分から告白をしたことはあったものの、告白されたことはなかった。

 悠馬は小学校の頃、スポーツが出来たわけじゃない。足の速さも平均的なタイムだったし、体育の授業でやるスポーツも人並み程度。


 小学校でモテる対象。それは容姿が整っているのが条件でも、話術があるのが条件でもない。ただ1つ。足が速くて、そこそこ運動ができればモテるのだ。

 だから、良く言えばなんでも平均的にこなせて、悪く言えば全てが中途半端だった悠馬は、小学校生活でラブレターを貰うどころか、アイツ、お前のことが好きらしいぜ!という冷やかしすら受けたことがなかった。


 続いて中学校でも、似たり寄ったりだ。クラスの中である程度グループが固まっている状態で、いきなり見ず知らずの土地、学校に転向させられた悠馬は、当時は家族を亡くしたということもあり、精神的におかしくなっていた。実際は今もおかしいのだが、中学校の時は今以上におかしかった。そして師匠との出会いが悠馬の心を少しだけ変えたのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。


 顔が良くても、頭がおかしい。近寄り難い。そんな男が告白されるわけがなく、結局、悠馬は今まで一度も告白されたことがなかったのだ。


 その悠馬が、今日、この時、この瞬間に、人生初の告白をされる。一度は解けたはずの緊張が再び戻ってきて、手足を震わせる。それを隠すように両手を後ろにした悠馬は、ぎゅっと目を瞑り、その時を待った。


 こっちから伝える言葉は最初から決まってる。彼女の告白がどんなものであれ、この気持ちは変わらないから。これから夕夏は、一生懸命悩んで、頑張って考えた告白文を口にするのだろう。だが、答えは決まっている。顔を真っ赤にしている夕夏を見て、胸がぎゅっと締め付けられるような、申し訳なさが心の中をかき乱す。


「実は私…」


 数秒の間。時間的には2.3秒ほどの間だったが、悠馬の中では数分に近い間が流れている、そんな奇妙な感覚だった。速く終わって欲しい。今すぐこの場から逃げ出したいという気持ちを堪えながら、耳だけは彼女の声をきちんと聞いていた。


「告白されるみたいなの!」


「ごめ、ーえ?」


 思い切って声をあげた少女を見て、すぐにごめんなさいと即答しようとしていた悠馬だったが、思っていた内容と違う発言が聞こえたような気がして、言葉を途中で中断させる。


 今、告白されるって言った?しかし、悠馬の混乱など御構い無しに、夕夏は会話を続ける。


「私、こういうの初めてだから!どうすれば良いのかわからないっていうか…言葉選びは慎重にしないといけないからさ…」


 つまりどういうこと?限界を越えて活動し始めた悠馬の脳内は、自身の思っていた状況と、夕夏が伝えたかった話しとの擦り合わせを始める。


 俺が思っていた状況と全然違う。てっきり告白されると思っていたし、その為に6限目とホームルームを潰してまで必死に彼女の告白に対する、今後に問題がなさそうな断り方を考えていた。

 そんなことを考えていたからこそ、他の相談事の告白が来るなんて想像なんてしていなかったし、油断もしていた。


 不意を突かれた夕夏の相談に、悠馬は口をぽかんと開けたまま、1つの疑問が浮かんだ。


「どうして俺に聞くんだ?」


 悠馬からしてみれば、それが一番不思議な点だった。なにしろ、そういう類の相談というのは基本、女子同士、男子同士でする事であって、異性同士で相談なんてするものじゃないのでは?というのが悠馬の見解だった。そして、彼女はクラスの女子たちのほとんどと仲がいい。それはつまり、相談する相手なんて、クラスを見渡せば山ほどいるということになる。


 そんな彼女が自分を指名した理由というのが悠馬にはわからなかった。男子だったら八神の方がずっと話しやすいだろ!と心の中で叫ぶ。


 自分が想像していたシチュエーションじゃないとわかり冷静になってきていた悠馬は、その疑問と同時に、今すぐ逃げたい気持ちに囚われていた。


 つい先ほどまで、告白されると思っていた自分をぶん殴りたい。数日前に自分がかっこいいと言われて調子に乗っていた自分を今すぐ戻ってぶん殴ってやりたい。


 勝手な妄想で、ノートにまで正しい女の子の振り方を考えていた悠馬は、思い返すと恥ずかしい妄想ばかりしていたということに気づき、頭を抱えた。


 唯一の救いは、下手に吹聴して回らずに、自分自身の中の問題だと判断し、周りの誰にも相談をしていなかったという事くらいだ。しかしながら、悠馬は夕夏で勝手に妄想をしていたわけで、罪悪感と恥ずかしさが募っていく。


「だって中学校時代の暁くん、すごくモテてたんでしょう?クラスで噂になってるもん!」


「んん?」


 悠馬の疑問に対して、夕夏はなぜ悠馬を頼ったのかを口にする。悠馬からすれば身に覚えのない話だ。中学校時代なんて、思い出しただけでも8割は悲惨だった。修学旅行はハブられるし、クラスメイトと仲良くなれたのは3年の後半。そんな悠馬がモテているはずなどない。


「聞いたよ?学年全員の女子に告白されたって!だから聞かせて!その告白をどうやって断ったら、居心地悪くならずに学校生活を過ごせるの?」


 なんだよそれ!!!真剣な眼差しで問いかけてくる夕夏を見て、悠馬は目を丸くしながら一歩後ずさる。

 そんなわけないだろ!もし仮に学年全員の女子に告白されるような男子がいたとしたら、気まずさのあまりその学校辞めるわ!引っ越すわ!


 悠馬の噂。その始まりは入学式の時、女子生徒の不意な発言だった。「暁くんって、絶対中学の時モテてるよね」その日常のほんの一コマにしか過ぎない発言が、「暁くん中学でモテてたらしいよ」に変わり、「暁くん告白されたらしいよ」になり、「暁くん中学校時代告白されたらしいよ?」になってから、「誰に?」「わかんないくらい沢山って聞いた!」「学年全員らしいよ?」と、言伝で話のスケールが大きくなってしまったのだ。


 当然、女子の裏での会話が男子たちにいくはずもなく、こうして取り返しのつかないほど大きな嘘となって、全く関係のないご本人に押し寄せてきたのだ。


「や、八神とかの方が…」


 俺告白された事ないんだけどな…けど、そんな真剣な表情で見つめられると、ガッカリさせたくないという気持ちも出て来る。


「暁くんに聞いたのが間違いだった。もういい。さよなら」


「全部嘘?私勇気出して相談したのに!最低!」


 ありのままの事実を告げたら、見損なわれそうな気がしてならない。失望した夕夏が自身に向けて告げそうな言葉を脳内で再生した悠馬は、自身の評価を下げずに、他人に全てをなすりつけるという保身に走ろうとした。


「八神くんはダメだよ!相当タラし込んでるって聞いたし!絶対穏便に済まないと思う!」


 当然、悠馬の噂が流れているということは、八神の噂も流れていた。しかもそれは、悠馬の噂とは比べ物にならないほど酷いものであった。

 八神の噂は、中学校の時は将来結婚してやると言って最高で8股をして、高校へ進学すると同時に、その全ての女子を切り捨てたという、クズ中のクズという言葉が相応しくなるような噂だった。


 もちろん、八神は悠馬と同じく交際経験ゼロの為、完全なガセネタなのだが。


 夕夏はそれを信じきっている様子で、悠馬の手を握った。


「時間がないの!もう約束の時間になっちゃうから!」


 え!?ちょっと待って!?もうそんな時間なの!?

 悠馬が慌てて時計を見ると、時刻は16時40分。おそらく告白なんて一世一代の大勝負なのだから、キリがいい時間を指定して来るはずだ。つまりは17時がタイムリミットということになる。


 そこまで考えたところで、悠馬はある重大なことに気づいてしまった。


 そう、夕夏がもしこの告白をオッケーしたい場合、当初危惧していたように、彼女はもう自身の寮にご飯を作りに来なくなるのでは?という不安だ。


 自分が告白されないと判明しても、結局は背水の陣だ。何処にも逃げ場などなく、水の中に落ちるしかない。


 夕夏とご飯を食べることを楽しみにしている悠馬は、オロオロとしながら、夕夏の手を握り返した。


「美哉坂は…この申し出を受けるのか?」


「断ります。好きじゃないですから」


 悠馬の不安を一刀両断するように即答する夕夏。求めていた返事が返ってきた悠馬は大歓喜だ。今すぐ廊下に飛び出て、叫びながら帰宅したいくらいに。


「そっか。それなら、なんで付き合えないのかを正直に話して見たら?相手がどうであれ、本当に美哉坂の事を思ってくれているなら、納得してくれると思う」


 素人が素人にアドバイスをするという奇妙な光景。しかし、それを知らない夕夏は、目を輝かせながら二度深く頷くと、納得した表情を浮かべて悠馬から手を離した。


「わかった!ありがとう暁くん!今から行って来るね!」


 言われたい言葉でも言われたのだろうか?それとも、そこそこ納得のいく話だから信じてしまったのか。小走りに廊下へと向かう亜麻色の少女は、教室の扉へと手をかけた後、一度悠馬の方を振り返り、微笑みながら大きく手を振った。


 それを目にした悠馬も、微笑みながら手を振り返す。

 側から見れば、これはカップルと勘違いされてもおかしくはない光景だが、そんな事を1ミリも理解していない2人。友達として当然のことだろうと、満足げな表情だ。


 夕夏が教室から見えなくなり、室内には静寂が訪れる。つい先ほどまでの緊張と不安が嘘のように消えた悠馬は、安心して力が抜けたのか、背後にあった机に腰を掛ける。


 果たして告白をされたことのない素人が、今から告白をされに行く人物にアドバイスをして良かったのだろうか?


 引くに引けない状況だったと言えど、自分のアドバイスしたことが正しかったのかと不安になった悠馬は、ふと、夕夏の机に置いてあったカバンを見て、力なく笑ってみせた。


「忘れてるじゃん」


 スポーツ万能頭脳明晰、レベルは10で実家はお金持ち。スタイルも良くて可愛くて、性格も良い。そんな完璧少女でも、忘れ物をするんだな。


 なんだか心が穏やかになったような気がした悠馬は、座っていた机に寝転ぶと、目を瞑った。


「結果も気になるし、少し待つか」

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