それぞれの文化祭3
「うぉー、やってんな〜」
賑やかな道沿い。
文化祭、通常の授業がお休みということもあってか、たくさんの生徒で行き交う道路。
中にはチラホラと見かけたことのある顔も見えるし、きっとみんなお楽しみ真っ最中なのだろう。
そんな中を歩く悠馬と八神、そして通の3人組。
ようやく着替えも終わり、わけのわからない会議を終えた悠馬たちは、こうして外へと出ていた。
チョコバナナを持って歩く学生を見送りながら、嬉しそうな声を上げる通。
「これだけ人がいれば、俺様を逆ナンしてくる女もいるんじゃねえか?」
「いや、いないだろ」
「んだと八神ィ!」
ナルシストな発言をする通に、無慈悲な現実を伝える八神。
八神の言う通りだ。
異能祭というお祭りの場面で逆ナンもされず、夏というイベントでも逆ナンをされなかった人物が、果たして文化祭で逆ナンをされるだろうか?
答えは限りなく否に近い。
「まぁ、お前らといれば、自然に女は釣れるからいいけどさ…」
「俺たちは撒き餌じゃないぞ」
「そうだそうだ!」
自分に女が来なくても、2人がいれば女は近づいてくる。
撒き餌のような扱いを受ける悠馬と八神は、口々に不満を露わにする。
「まぁまぁ、チョコバナナ奢るから落ち着けよ」
「まぁ…」
「それなら…」
安い男たちである。
たかが数百円、2つ合わせて千円にも満たないチョコバナナのために、撒き餌になってしまう2人。
人間、奢るから落ち着けと言われると、そこそこのもの、嫌いなものでなければ、案外受け入れてしまう。
特に、チョコバナナのことが嫌いな人なんてあまりいない。
いや、いるのかもしれないが、八神と悠馬はその類ではなかった。
2人が撒き餌となることを承諾したことによりしめしめと笑う通は、小走りにチョコバナナの屋台へと向かう。
「チョコバナナ1つ!」
「300円でーす、じゃんけん勝ったらもう一個だけど、やってく?」
「うんうん、やるやる!」
どこの学校の生徒かは知らないが、女子生徒とじゃんけんができるということもあってか、やる気満々の通。
「最初はグー!じゃんけんポン!」
「ポン!」
「よっしゃ!」
女子生徒の掛け声に合わせ、じゃんけんをした通。
結果は見事勝利だ。
じゃんけんの報酬としてチョコバナナをもう一つ手に入れた通は、女子生徒に見送られながらスキップ混じりに近づいてくる。
「ほらよ、買ってきてやったぜ!」
「…ありがとう」
俺はちゃんと見ていたぞ。
一本分の値段でチョコバナナを二本手に入れるところを。
多分だが、じゃんけんで負けていたらもう一本購入したのだろう。
なんてこすい奴なんだ。
祭りごとのチョコバナナのような、一本500円などというふざけた値段ではなく、一本300円という比較的安い値段で販売されていたチョコバナナ。
その300円を出し惜しみ、しかも恩着せがましく買ってきてやったというのだから、なんというか、ちょっと引く。
八神も微妙そうな表情でチョコバナナを受け取る。
悠馬と八神が手にしているチョコバナナの片方は、タダメシである。
「きゃー!暁くん、八神くん、こんにちは〜!」
「んっ…こんにちは」
「こんにちは」
チョコバナナを口に含むと同時に投げかけられた声。
名指しで呼ばれたため挨拶を返した八神と悠馬の前には、見知らぬ制服の女子グループが立っている。
胸元にはⅥと記されていることから、ナンバーズ、第6高校の生徒であることは間違いなさそうだ。
「もしかして、2人って今暇してますか?」
「もしよかったら、一緒に文化祭回りませんか〜?」
第1の美男子2人が、揃って歩いている。
片方はレベル10で、片方はレベル9。
そんな場面に出くわした第6の女子グループは、横にいる通のことなど視界にすら入っていないのか、2人という限定の仕方をして悠馬と八神に詰め寄る。
これが通の言っていた、撒き餌というやつだ。
八神や悠馬にお近づきになりたい女子たちが、それとなく言い寄ってくる。
通はそれに便乗して、可愛い女子を捕まえるつもりでいたのだろう。
「お、俺も行っていいですか!?」
眼中にすら入れてもらえなかった通は、純粋に気づかれていないのだと誤解して猛アピールを始める。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら自分を指差す通を見た女子たちの反応は、微妙なものだった。
まぁ、悠馬と八神と比較されてしまえば仕方のないことなのだが、これだけは間違えないでいただきたい。
通は身長こそ低いものの、顔立ちは平均的だし、こんなに性格が歪んでいなければ、今頃彼女の1人くらい出来ていたはずだ。
「俺、何人でも愛せるタイプなんで!全然付き合えますよ!」
ほら、こうやってすぐに余計なことを言う。
黙っていたら、多分通も引き連れて3人でもいいですよ!と言われ、通の願い通りに事が運んでいたはずだ。
しかし通が余計なことを言ったせいで、女子たちの表情はあからさまに変貌した。
「え?何この人…」
「ちょっとキモくない…?」
「まじ引くんですけど…」
見知らぬ男子にいきなり「俺何人でも愛せるから付き合える」などと言われれば、誰だってドン引きする。
それが意中の相手ならまだしも、眼中にない相手なら尚更だ。
「えっ…」
女子たちの本音は、通にも聞こえている。
彼女たちの心の声を聞いた通は、呆気にとられた表情で立ち尽くす。
「ちょっと冷めたし…」
「行こうよ」
「まじ最悪」
軽いノリ、チャンスを不意にされた女子たちは、妨害をしたような形になってしまった通を睨みつけながら去って行く。
まぁ、獲物を前にして妨害をされたのだから、機嫌も悪くなるだろう。
「な、なんだよアイツら!話しかけて来たのはあっちだろ!クソビッチどもが!」
話しかけて来たのは向こうからなのに、返事をしたらドン引きされた。
実際は悠馬と八神に話しかけたわけであって通には話しかけていないが、彼はどうやら自分も話しかけられたと誤解をしているようだ。
「まぁ…」
「うん…」
通に彼女が出来ない理由は、これでほぼ確定してしまった。
空気が読めなくて、下ネタ大好きで衆人環視の前で変な発言をする。
場の雰囲気をぶち壊すのに特化しているのだ。
場の雰囲気を重要視する大半の日本人とは相入れない存在だろう。
彼はきっと、生まれる国を間違ってしまったのだ。
生まれる国が異なって入れば、もう少し上手くやれていたかもしれない。
女子たちに逃げられ、地団駄を踏む通。
そんな彼を、チョコバナナをつまむ2人が哀れみの目で見つめていた。
***
昼休憩。
第1異能高等学校の西校舎裏にある東屋。
文化祭ということもあってか、人通りのないその空間に1人座り込む女子生徒、朱理は、小さな口でドーナツを啄ばみながら怪訝そうに携帯端末を見つめていた。
「これって…果たし状ってやつですかね?」
携帯端末に映る、ある人物からの呼び出し。
朱理が覗く携帯端末には、昼休憩の間に屋上に来て。話がある。 という、ごく短い文章だけが記されていた。
もちろん、これは男子からのメッセージではない。
男子からのメッセージなら、真っ先に悠馬に報告しているだろうし、それが出来なくても夕夏や加奈に相談をする。
それをしなかったということはつまり、同性の人物からということになる。
「篠原美月さん…本性を現したんですね…」
あからさまに嫌そうな表情で、身体をさする朱理。
朱理はこういうのをなんというのか、最近学んだ。
同じ人物を好きになってしまった女子同士が、裏でやることといえばただ一つだ。
そう、暴力を振るい、脅し、周りにデマカセを流しまくって競争相手を貶めるという、最低な行為だ。
屋上呼び出しということは、どっちが上でどっちが下か、ここでハッキリさせましょう?ということなのだろう。
朱理が知っている学校生活というのは、漫画の世界と悠馬の知識だけだ。
女子同士の争いが稀にあることだけ知った朱理は、現在自分がその状況下にいるのだと誤解をしている。
「さすがはギャルを引き連れて歩くだけあります」
夜葉や湊、愛海と言った、Aクラスの中でもかなり気の強い女子たちに囲まれている美月。
そんな美月を見ていた朱理は、実は美月も裏では…などと考えていた。
気の強い女子たちを従えているのだから、裏ではかなり厳しい人間に違いない。
「私としては、仲良くなりたかったんですけど…」
自身と同じく、現状悠馬の恋人である美月。
そんな彼女と仲良くしたい朱理にとって、このメールというのは恐怖そのものだ。
屋上に行ったら、多分ギャルたちがたくさんいて袋叩きにされるのだろう。
そんな予想が、脳裏に浮かぶ。
「でも、行くしかないですよね…」
これでメールを無視した方が、後でもっと酷い目に遭わされそうだ。
クラス内でも、スクールカーストの上位に君臨する美月。
そんな彼女に睨まれてしまえば、転校生という朱理の立場すぐになくなってしまうはずだ。
クラスのメンバー形成が出来上がっている現状、クラス内というのはより安全な方に着こうとする。
例えば、夕夏と加奈が対立したら周りはどちらに着くだろうか?
どちらに非があったにしろ、夕夏が嘘をつけば、多分みんな夕夏側について非難を始めることだろう。
世の中、強者が勝つように出来ているのだ。
暮戸の一件で、そのことをよく理解しているつもりの朱理は、自分がこの誘いを断れる立場でないことを知っていた。
しかし、朱理だってようやく手に入れた幸せをみすみす逃す気はない。
最悪、異能を使って黙らせることにしよう。
真っ黒な片方の瞳から光を消した朱理は、その瞳を長い髪で隠しながら席を立つ。
「平和に終わればいいんですが…」
一抹の不安を抱えながら、朱理は屋上へと向かった。
***
「遅いなぁ〜…やっぱ私、嫌われてるのかな…」
綺麗な花々で彩られた屋上。
その端の手すりを掴んでいる少女、美月は待ち人を待ちながらため息を吐いた。
美月は朱理が入学してからの1ヶ月間、彼女と一度も話したことがない。
悠馬と付き合っているということは知っていたが、それ以上のことは何も知らないのだ。
美月はそのことを考えて、もしかすると自分は朱理に嫌われていて、避けられているのではないか?と考えているのだ。
「えぇ…嫌われてたらどうしよう…」
せっかく同じ人を好きになったのに彼女同士で仲が悪いとなると、恋人関係に軋みが出てくるはずだ。
そうすれば悠馬にだって迷惑がかかるし、何より争いごとを好まない美月にとっては大変嫌なことでもある。
仲良くなりたいけど、仲良くなれるのかもわからない。
そんな不安を抱く美月は、屋上の扉の開く音を聞いて、ゆっくりと振り返る。
「初めまして、かな?朱理さん」
屋上へと現れた黒髪の少女。
長い髪で片目を隠している彼女は、少し警戒したように美月から距離を置いて立つ。
先ずは、連絡をガン無視されるということはなかったらしい。
「はい。はじめましてですね。篠原さん。そして先に言っておくことがあります」
先手必勝だ。
いきなり畳み掛ける気満々の朱理は、美月が何かを切り出す前に自分の気持ちを伝えようとする。
「はい?なんでしょう?」
先に言っておくこと。
真剣な眼差しを向けてきた朱理を見て首を傾げた美月は、黙って話を聞こうとする。
「私は悠馬さんのことが好きです。本気で愛しています。だから私は、貴女に何を言われようが、今の関係を崩すつもりはありません」
「うん、いいんじゃない?」
何を言われているのかよくわからない美月は、とりあえず反論することもないので肯定してみる。
「いいって…貴女…」
「私はさ。悠馬に救われたの」
「?」
「私、入学する前はイジメられてて…酷いことも沢山された。暴力を振るわれるのだっていつものことだし、罵られるのだって日常。…悠馬はそんな私を変えてくれた」
「そう…だったんですか?」
悠馬は美月の過去について、一切を話してくれない。
なんの前情報も手に入れていなかった朱理からしてみると、容姿が整った美月が今の立ち位置にいるのは当然のことだと思っていた。
しかし違った。
今とは真逆の生活を過ごしてきたと聞いて驚きを隠せない朱理は、視線を逸らしタイルを見つめる。
「うん。だからね、朱理さんの今の気持ち、よくわかるよ。私も朱理さんと同じ気持ちを抱いてるから」
好きだという気持ちは、お互いに同じだ。
微笑んだ美月は、朱理へと歩み寄り手を伸ばす。
「朱理さん…私のこと、嫌い?」
「…え?」
「私、朱理さんとお友達になりたくて、ここに呼んだんだけど…」
「ああ…そういうことでしたか…」
てっきり虐められるものだと、脅されるものだと勘違いをしていた朱理は、ここにきてようやく美月の本心に気づき肩の荷を下ろす。
「いいですね。お友達。なりましょう♪」
青い空に、少しだけ涼しい風が花々を揺らす。
そんな中、美月の差し出した手を握った朱理は、微笑みながら返事をした。
チョコバナナ…美味しいですよね!




