それぞれの文化祭2
「ひゅっ、べしっ」
「あべしっ!」
寮の中に響き渡る、2人の間抜けな声。
ここは悠馬の寮の中だ。
着替え中の悠馬は、奇声を発し部屋にあった教材や筆記用具を武器のようにして遊ぶ八神と通を、冷ややかな目で見つめていた。
八神は頭は悪いが、精神年齢は高いと思っていた。
しかしながら、どうやら八神の精神年齢も3歳児程度らしい。
他人の寮に上がり込み、他人の教材を振り回して奇声を発しているのだから、とても高校生とは思えない。
八神への評価を改めた悠馬は、続いて変顔をしながらシャーペンを振り回す通を見て鼻で笑う。
こっちはもう、手遅れだ。
成績的には真ん中あたりで平均的なものであっても、こいつは人格形成の段階で失敗している。
加えて精神年齢も低いのだから、手遅れとしか言いようがないだろう。
現代日本が生んだモンスターだ。
「てか、マトモなの俺だけじゃん…」
ふとした時に判明した、衝撃の事実。
八神は入学当初はなんでもできる好青年だと思っていたが全然違うし、通に至っては、入学当初からヤバイ奴だ。
なんでこんな奴らとつるんでいるんだろうか?
そんな疑問が浮かんだ悠馬は、眉間にしわをよせて首を傾げる。
「おい、インコみたいに首かしげてないで、早く着替えろよトリ頭」
「そうだ!早くしろ!」
「……」
断言しよう。
こいつらとは、友達にならない方が良かったかもしれない。
つい先ほどまで友達がいた!などとはしゃいでいた悠馬は、見事に手のひら返しをすると、黙って着替えを終わらせる。
最初は良い奴らだと思ってたのに、どうやら違ったようだ。
「着替え終わったぞ」
2人が人の寮で教材を振り回し、通が消しゴムを投げ始めたところで着替え終えた悠馬は、不機嫌そうなご様子で席に座ると、テーブルを叩き2人を座らせる。
「では会議を始めようか?八神君」
「そうだな。桶狭間君」
「そのくだり、やらないとダメなのか?」
夕夏の誕生会の前も、似たようなことをしてきた気がする。
悠馬の寮に来るたびに会議をしたがる通と、珍しくそれに乗り気な八神。
間抜けな2人を冷ややかに見つめる悠馬は、呆れた声を出す。
「おい悠馬!お前、なんでそんなに冷めてんだ!?」
「そうだぞ!お前クールぶってるんじゃねえよ!」
「何がだよ!おかしいのはお前らだろ!?」
悠馬は平常運転だ。
平常運転じゃないのは、通と八神。
いや、もしかするとこれが平常なのかもしれないが、異常なのは2人に違いない。
なぜ怒られているのかわからない悠馬は、声を荒げながら席を立つ。
「おかしくねえよ!今日はなんの日だと思ってる!」
「文化祭だよ!」
「アホ死ね!ちげぇよ!文化祭なんてどうでも良いんだよ!」
「ならなんだよ!」
高校三大イベントの文化祭を、どうでも良いと一刀両断して見せる八神。
どうやら2人には、文化祭とはまた違う目的があるらしい。
おそらくテンションが高い理由も、そのことが原因しているはずだ。
「…お前、知らないのか?」
「何がだよ…」
「第7の1年の出し物、花咲花蓮のライブだぞ!」
「はっ!?」
八神が興奮する、そして精神年齢が低くなってしまうのも仕方のない理由。
八神が大ファンの花蓮がライブをするというのだから、嬉しすぎて幼児退行してしまうのも納得できる。
「え?それどこ情報だよ?」
花蓮からなんの情報も貰っていなかった悠馬は、身を乗り出すようにして尋ねる。
「第7の出し物一覧に書いてあったんだよ。多分、外は今頃大騒ぎだろうよ」
サプライズなのか、それとも意図的に隠していたのか。
花蓮の真意は定かではないが、出し物一覧に書いているということはつまり、決行されることは間違いないだろう。
「てかお前、花咲さんと付き合ってるのに知らなかったのか?」
「あ、ああ…」
花蓮はライブをするなどということは一言も言っていなかった。
ただ、2日目は忙しいからデートはできないという返事だけ。
悠馬は今初めて、花蓮がライブをするということを知ったのだ。
「ははは!お前、振られるんじゃねえの?」
「そ、そんなわけないよな!?だって毎晩電話かかって来るし!会いたいって言ってくれるし!?別れないよな!?なぁ!?」
花蓮がライブの情報を隠していたため、不安症の悠馬は大パニックだ。
通に振られるなどと言われたことも相まって、悠馬は八神にしがみつく。
「話せ!くそ!自慢話かよ!毎晩電話してるとか!リア充消え失せろ!」
しがみつく悠馬を強引に蹴落とす八神。
八神は花蓮の大ファンなため、悠馬が毎晩通話しているなどという情報や、花蓮が悠馬にデレデレな話など聞きたくもないのだろう。
忿怒の表情を見せる八神は、悠馬を床に倒すと何度も踏みつける。
もちろん、体重はそこまでかけていない。
「なぁ!答えてくれよ!別れないよなぁ!?」
「知るかよ!自分で連絡しろ!」
「怖いよぉ!」
花蓮大好き人間の悠馬からしてみれば、振られる可能性は死ぬのと同義なほどの衝撃だ。
自分で確認したくない悠馬の泣き叫ぶ声が、寮内に響き渡る。
3人が寮から出発するのは、まだまだ先になりそうだ。
***
「はぁー…どうしてこうなったんだろ?」
椅子に座り、姿見と睨めっこをする花蓮は、独り言をつぶやく。
文化祭の2日目。
本来だったら、クラス一丸となって出し物をしたり、友人と他の学校をまわったり、好きな人とデートをしたり…
青春と呼べる自分のやりたいことがやれるはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうか?
「ふふ、仕方ないじゃん!っていうか、私はむしろラッキーなのかな?」
「由希奈ぁ…アンタは本土の学校だからラッキーだけどさ〜…」
花蓮の背後に現れた、1人の女子学生。
由希奈と呼ばれたその女子は、真っ黒な髪を靡かせ、水色の瞳で花蓮を見つめる。
彼女は花蓮と同じアイドルであり、そして花蓮の相方でもある。
由希奈と花蓮は、2人でアイドル活動をやってきた。
まぁ、花蓮が異能島に行ってからは、由希奈は1人でテレビ番組に出演もしているが。
本土の学生である由希奈にとって、異能島に訪れるのは願っても無いチャンスだ。
なにしろ異能祭は抽選倍率が高いし、保護者優先。
本土の学生が遊びに行くような場所ではないため、実質入場できないのと同じだ。
だから今回特例で異能島に入れたのは、かなり嬉しい出来事のご様子だ。
「そうだね!ほんとラッキーかも!花蓮の王子様も生で見れるし、一石二鳥?いや、それ以上かしら?」
「あー…悠馬は呼んでない…っていうか、このこと話してないわよ」
「はっ!?なんで?せっかくの舞台なのに!」
せっかくの自分の晴れ舞台。
そんな舞台が整えば普通、彼氏や好きな人、家族を真っ先に呼びたがるものだ。
しかしながら、花蓮はそうしなかった。
彼女の予想だにしない発言を聞いた由希奈は、目を見開くと、花蓮を揺さぶりながら問い詰める。
「だ、だって…!」
「だって?」
「恥ずかしいのよ!好きな人の前で踊るとか、考えただけでも無理!歌詞が飛んじゃうわよ!」
顔を真っ赤にさせ、それを隠すように手で覆う花蓮は、足をジタバタとさせながら呼吸を荒くする。
花蓮がなぜ、ライブが開催されることを伝えなかったのか。
その理由は、ただ単純に、花蓮が恥ずかしいからという理由だった。
誰だって、好きな人の前では良い格好を見せたいわけで、花蓮はアイドル衣装の自分の姿を悠馬に見られるのが恥ずかしいらしい。
まだまだ現役女子高生のため、衣装に違和感などは感じないはずだが、どうやら花蓮は、悠馬には見られたくないようだ。
「えー…この仕事、事務所に無理言って通してもらったの、4割くらい花蓮のカレシ見たさだったんだけど…」
この仕事を引き受ける際に頑張ったのは、花蓮のカレシが見たかったからだ。
カレシが見れないのなら、半分くらいここにきた意味を失ってしまうと言いたげな由希奈は、不満そうに花蓮を背後から抱きしめる。
「今から連絡しない?」
「絶対嫌よ!」
「えー!でも、王子様探すために活動してきたのに、恥ずかしいの?」
悠馬を探すために、知名度を上げてきた花蓮。
知名度を上げれば悠馬も見てくれる、悠馬から手紙や連絡が来るかもしれない。などという気持ちを抱いて活動してきた花蓮からしてみると、これは絶好のチャンスではないだろうか?
黒髪を靡かせながら問いかける由希奈は、どうやら好奇心が優っているらしい。
悠馬の事が気になる。
あの毒舌で手厳しい花蓮を完全にデレさせる男が、いったいどんな容姿、どんな性格なのか。
王子様王子様と言われ続け、容姿のハードルはかなり上がっているが、果たしてそのハードルを乗り越えられるのか。
「恥ずかしい…なんか、今はすごく恥ずかしいの…緊張っていうのかしら…」
付き合い始めてから、他のことに手がつかなくなるのも、失敗したところを彼氏に見られていたらどうしよう?などという不安を抱くのも、よくある話だ。
花蓮もまた、不安を抱いている1人に過ぎない。
「花蓮、由希奈さん、飲み物持ってきたぞ。開演までまだ時間あるから、ちょっと狭いけど…ここでゆっくりしといてくれ」
2人の会話中に、ノックもなしに上がり込んで来る男子。
花蓮はその人物のことを良く知っているためか、飲み物を持ってきた男を軽く睨みつける。
もし仮に着替え中だったり、そういうことをしているタイミングだったらどうするつもりだったんだろうか?
ノックもせずに、勝手に扉を開ける神経がどうかしている。
「そこ置いといて。あと、私たち集中したいから。あまり不用意に扉開けないでね?覇王」
「お、おう…わかった」
いつものようにボロカスに叩くのではなく、業務的に対応した花蓮。
覇王も、今日の花蓮にはムカッと来なかったのか、素直にそれを受け入れ部屋を後にする。
「聞いたんだけど、あの人もレベル10なんでしょう?」
「そうよ」
レベル10と聞いて、目をキラキラと輝かせる由希奈。
異能島に来てからというもの、すでにみんなの感覚はおかしくなりつつあるが、レベル10の学生というのはそう多くいない。
日本支部に現在、高校生でレベル10だと確認されているのは、10人〜13人ほどしかいないのだ。
そのうちの1人が、今この場に現れた覇王で、もう1人が花蓮。
悠馬や花蓮の周りが異常にレベルが高いだけであって、本土の由希奈からしてみると、芸能人に会うよりも珍しいことなのだ。
「はぁー!どこにでも居そうな顔してるんだね!レベル10って、怖い人だと思ってたから安心した!」
「え、私って怖い?」
覇王の1番傷つく言葉を褒め言葉として使う由希奈。
花蓮は自分のことを怖いと思われているのだと誤解し、少し傷ついている。
「ほら、レベル10って、筋肉凄い人とかイメージしてたからさ!揉めると力づくで…みたいな!」
由希奈から見たレベル10というのは、限りなく空想に近いイメージだったらしい。
異能島の学生で、筋肉が凄いレベル10なんて知らないため、花蓮は不思議そうに首をかしげる。
「でもいいなぁ〜、今の人と付き合ったら、将来のことは心配しなくて済むんだよね。容姿も平均的でいい感じだし、私も…」
「やめときなさいよ。アイツ彼女いるし、そもそもアンタが思ってるようなヤツじゃないわよ」
覇王のお調子者っぷりを数ヶ月に渡りそばで見て来た花蓮。
彼の良い面も悪い面も見てきた花蓮が下した結論は、由希奈とは付き合わせない方がいい。というものだった。
「えー!人畜無害そうな顔してるのに?」
「アイツ、可愛い女には手当たり次第だから」
「へぇ、見かけによらず、凄いんだね!」
イケメンなら、あー、ナルシストっぽいしね…などとなるし、ブサイクなら、頑張ってるんだろうな…程度で終わるが、平均的な見た目の人物が手当たり次第女に声をかけるのは、一番意外に感じる。
実際、意外でもなんでもないのだが、見た目の問題で意外に感じてしまうのが凄いところだ。
「あの人、悪い人なの?」
「悪い人ではないけど…そう言ったら調子に乗るから、黙っといた方がいいわよ」
花蓮が煽てればすぐに調子にのるし、女子に褒められようものなら、学校の器物だって平気で破壊し、他人に迷惑を掛けるような輩だ。
そんなことをさせないよう、ストッパーの役割を担っている花蓮は、呆れた様子でそう呟く。
花蓮は覇王の保護者的な立ち位置らしい。
花蓮が怒ることによって、覇王は少しだけ沈静化する。
「ふぅん?じゃあやっぱり、花蓮の王子様狙いかな〜」
「ちょ…ちょっと!なんでそうなるのよ!」
「だって、花蓮のカレシとか、絶対レベル10だし、イケメンでしょ!私もそういう人がいーいー!」
「頑張ってそういう人を探しなさいよっ!」
にししと笑う由希奈に声を荒げた花蓮。
彼女たちは互いに目を合わせると、クスッと笑い合い、そして手を合わせた。
「とりあえず、今日のライブは成功させるわよ」
「おー!」
ソロじゃなかったんですね!花蓮ちゃん!




