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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
入学編
16/474

初めては苦味と共に

「お母さん?」


 目を覚ますと、キッチンの前でエプロンを巻いている懐かしい母の姿が映っていた。いつも見ていた、あの日を境に望んでも見ることが出来なくなった景色。


「悠馬はいいね。あの時私たちを助けてくれなかったのに、自分は家族ごっこ?笑える。貴方が死ねばよかったのよ」


「え…?そんなつもりは…」


 ゆっくりと振り返る母の影。そんなつもりはない。そう告げようとした悠馬は、母の顔を見て叫び声をあげた。


 母の顔は、何もなかった。


「うぁぁぁぁあっ!」


 目を覚ます。最悪な夢だった。少しだけ気分の悪そうな表情をした悠馬は、寝汗で濡れていた寝間着とシャツを脱ぎ捨て、新たなシャツを着て制服を着る。


 今から3日前。悠馬は初めて、夕夏の食事を食べた。それから夕夏の申し出もあって、毎日、あの日のような状況が続いていた。夕夏がご飯を作り、悠馬の寮に持ってきてご飯を食べる。それが日常の1ページになるのだろうと考えている。


 多分、今日の夢は自分の罪悪感から現れた夢だろう。

 このくらいの小さな幸せは許してほしい。何しろ、俺はそれ以外の全てを失ったんだ。


 心の中でそう呟いた悠馬は、姿鏡の前で髪の毛を弄る。


「さて。学校の準備だ」



 ***


 入学5日目ともなれば、クラス内も騒がしくなる。誰がどの子を狙っているとか、隣のクラスのアイツが何かしでかしたらしいよ。とか、昨日のテレビ番組の話だ。


 見慣れ始めたクラスの景色を見ていた悠馬は、左後ろの席の女子から肩を叩かれ、振り返った。


「どうかしたの?赤坂さん」


 赤坂加奈。入学試験では夕夏と行動を共にしていた、めんどくさそうな性格をした女子だ。偶に夕夏と一緒にいるところを見るが、朝や小さな休み時間は1人で過ごすのが好きなご様子で、1人で本を読んでいるところを何度か見た。


 そんな彼女が一体、何の用なのだろうか?


「夕夏が今日の放課後、人がいなくなるまでここで待ってろって。要件は伝えたから」


「え?」


 どゆこと?夕夏と悠馬は、連絡先も交換していた。それなのに言伝を頼むって、一体何があったのだろうか?告白?慌てて夕夏の方を振り返るが、夕夏は女子たちと楽しそうに会話をしている。

 流石にあの中に突入するのは無理だ。


 そう判断した悠馬は、他の空き時間を使って接触を図ろうとした。


 1限目終了の休み時間を見計らい、声をかけようとする悠馬。徐に席を立ち上がったその姿を見ていた通によって、悠馬の行動はあえなく阻まれた。


「どうしたんだ?悠馬」


「あ、いや。なんでもないんだ」


「なら聞いてくれよ!俺ら3日前ドーナツ屋言っただろ?あの時に俺がかっこよ過ぎて悩殺しちまったお姉さん覚えてるか?」


 もちろん覚えているとも。悠馬からしても、あのお姉さんは嫌でも忘れられないほどのイメージを植え付けられていた。なんてったって、通に声をかける前には、悠馬自身に声をかけていたのだ。あまり周りに興味のない悠馬でも、流石に記憶している。


 通は悠馬が覚えていると判断したのか、悲しげな表情をしながら、まるでどこかの会社の社長の如く、机の上で両手を組んだ。


「実はよお、あの後から昨日の夜まで連絡取り合ってたんだ」


「そうなんだ」


 特に興味のない悠馬は通の真剣な話を、軽くあしらう程度で聞き流す。顔は女子たちの方を向いていないように見えるが、悠馬の目はきちんと夕夏をロックし、彼女がどのような胸中で自分に告白する気なのかを考えている。


「そしたらよぉ、レベル幾つ?って聞かれたから8って、ちゃーんと盛りもせずに答えたんだよ!俺は!」


 当然のことを、あたかも当然じゃないように言ってのける通。普通の人間はレベルの詐称なんてしないし、そもそも詐称をするなんていう思考に至らない。だがここに、通とは違った形で詐称していた男が居た。


「な?レベル詐称なんて屑だろ?そんなことする奴はくたばった方がいいぜ!」


「うぐっ」


 そう。3日前のドーナツ屋での自己紹介の時。悠馬はレベルを詐称していた。そんな悠馬からすれば、他人事ではない。いつもは通を正論で正す側の悠馬が、本日は通に正論で正される側に回ってしまっていたのだ。


 通に正されることに納得のいかない悠馬の心には、少しずつダメージが蓄積されていく。


「したらよぉ!やっぱり元彼のこと思い出しちゃったから、君とはやめておく。ってよぉ!そりゃあおかしいだろ!世の中はレベルが全てなのか!?」


 まるで演説をしているような通は、瞳に涙を溜めながら同意を求めて悠馬の肩を掴んだ。


「ち、違うと思う」


 同意を求められた悠馬は、通の必死な形相にビビり、即答する。半ば言わされたような感じだったが、通はそれで満足したようにペタン。と椅子に座りなおした。


「って事で、俺の恋は終わっちまったんだ」


 まるで燃え尽きた男のように、通の体がみるみるうちに白黒に変わっていくように見える。もしかすると、通の異能は白黒になる事なのだろうか?そんなありもしない異能の妄想をしていると、休み時間終了のチャイムが高らかに鳴り響き、夕夏に接触できなかった悠馬は絶望する。


 2限目が終了した、休み時間。

 勢いよく席を立った悠馬は、チャンスと言わんばかりに夕夏へと話しかけようとする。

 このスピードなら通に引き止められる事もない!そう安心しきっていた悠馬は、後ろのホワイトボードに書いてある時間割を見て、自身の急ブレーキをかけた。


 なんたる不安。どうしたなんだ。3限目の授業を見た悠馬は、悲しげに夕夏の方を見た。彼女は悠馬の視線に気づいていないようで、たくさんの女子たちに囲まれて廊下へと出て行く。


「おい悠馬、さっさと着替えようぜ?まさか体操服忘れたとか言わねえよな?」


 通の席を少し通過したところで、ホワイトボードを見て立ち尽くす悠馬。その光景を目にした通は、今日はお前が怒られるところが見れるのか!嬉しーなー!などと呟き始めた。


 結局、3限目の体育が終了した後は移動教室で出くわすこともなく、昼休みは女子御一行は校舎外側にある東屋で楽しく食事を食べて居た為に話すことができず、5限目はまたしても通に引き止められた悠馬は現在、絶望の淵にいた。


 6限目の授業を聞きながら、悠馬は気が気でなかった。なにしろ、美哉坂夕夏という女子生徒は、第1異能高等学校のマドンナ的な存在になっていた。


 休み時間は上級生たちが夕夏を見に来る有様だし、彼女自身は男女問わず、クズでもバカでも、平等に接してくれる。おまけにスタイルもいいし、顔も可愛い。実家はお金持ちでレベル10ときた。


 そんな彼女から、放課後教室で待っていてほしいと言われたのだ。少しは期待してもいいのだろう。だが、期待と同時に不安もあった。悠馬は、もし仮に告白されたのならばその申し出を断るつもりでいる。


 もし仮に断ったとしたら、もう寮に来て一緒にはご飯を食べてくれないだろう。あの家族のような温かみが好きだった悠馬からしたら、どうすればいいのか判断しかねる状況に陥っていたのだ。


 どう振れば彼女からの告白をきちんと断り、尚且つ今までの距離感でいられるのか。ホワイトボードに板書される文字をノートに執りながら、ひたすらに穏便な振り方を考え続ける。


 好きな人がいるからごめんなさいはダメだ。好きな人がいるんなら、寮には行かないほうがいいねと言われて、ご飯を食べられなくなる。


 闇堕ちだからごめんなさいはもっとダメだ。夕夏が他人に人の秘密をバラすような人間じゃないとは思っているが、バラされた時のリスクが大きすぎるし、俺が女子だったらもう絶対に近寄らない。


 だからと言って、思わせぶりな態度もダメだ。もう少し仲良くなってから考えよう?とか言ってしまったら、変な期待を持たせてしまうことになる。付き合う気もないのに、そんなことを言うのは彼女に対して失礼だろう。


 同じ理由で友達以上恋人未満などと言うのもダメだ。これはナルシストや自意識過剰が言う言葉だ。


 友達のままがいい。と言うのは、完全に脈なしって言っているようなものだし、俺が女子の立場だった場合、勇気出して告白したのに何その中途半端な返事。となってしまうからダメだ。その発言をして友達のままでいられるとは思えない。


 いつの間にか、悠馬の執っているノートは授業の内容ではなく、どのような断り方が1番いいのかと言う内容になっているが、どうらや本人はそのことに気づいていないようだ。

 ぎっちりと綺麗な文字が並べられ、その全てが告白の断り方という、女子だけではなく男子もドン引きな内容となっている。


「うーん…」


 どう伝えるのが正解なんだろうか?ノートに書かれている1つ1つの断り方に添削を入れ、納得がいかないものにばつ印を書いていく。

 逆に、夕夏はどんな断られ方だったら喜んでくれるだろうか?


 ついに悠馬は、自分の視点ではなく夕夏の視点で妄想を始めた。悠馬の心の中はすでに重症のようだ。今ここに、心の中の全てを見ることができる異能を持っている生徒がいたなら、大パニックになっていることだろう。そんなこと御構い無しの悠馬は、ノートを書くそぶりを見せながら目を瞑り、夕暮れ時の教室を再生させていた。


 俺、お前のことが好きなんだけど、これは恋愛としてじゃないんだ。お前を家族として迎え入れたい…ってそれ告白の返事にプロポーズで返しとるやないかい!


 女の子が言われたら喜びそうなセリフを思いついた悠馬だったが、告白よりも大きな事態に発展しそうな発言だった為、自分自身にツッコミを入れる。


 これはダメだ。ダメすぎる。確かにきちんと告白は断っているのだが、それよりもいけない方向に進んでしまっている。


 次はこれだ。


「暁くん、私あなたの事が好きです!付き合ってくだ」


「え!?何!?聞こえなかった!」


 略してえ、な、き!作戦だ。今回考えた中で、もっとも成功しそうな作戦だろうと勝手に喜ぶ悠馬の背中から、1つの声が聞こえた。


「そりゃあクソだな。告白のシーンで聞こえなかったって、そりゃあねえよ」


 悠馬は肩をビクッと震わせ、額に汗を浮かべながらそっと振り返る。何故背後の席に座る彼が、悠馬の妄想の内容を知っているのか。まさかお前、さっきの白黒になる異能と人の心を透視する異能の2つ持ちなのか!?くっ!なんて野郎なんだ!


 信じられないと言った瞳で、悠馬は通のことを見つめる。


「んだよ。俺は男に興味ねえぞ。前向け」


 悠馬が後ろを向くと、通は顎で悠馬に指示を出し、悠馬は通の異能について考えながら前を向く。

 桶狭間通という人間は只者じゃねえ。こんなにやべえ異能を使いこなせるんだ。どっかで裏の仕事してるぜ。

 ありもしない妄想を浮かべながら、教室前方のホワイトボードを見た悠馬は、通が何故え、な、き!作戦を否定したのかがわかった。


 本日の国語は、昔の恋愛を描いた作品が問題となっていたようだ。そしてそこに登場する男は、どうしても穏便に告白を断りたく、四苦八苦するという作品になっている。


 作品の男も、え、な、き!作戦が最終手段だったようだが、結局穏便に済ませることは叶わず男の願いは叶わなかったそうだ。


 まさに今現在の悠馬である。自身が思いついた最高傑作であるえ、な、き!作戦がこの世の女には通用しないと知ってしまった悠馬は、まるで何千回も見た映像を眺める人間のように、瞬きもせずに思考を停止させた。


 チャイムが鳴り響き、帰りのホームルームが始まる。

 6限目で思いついた全ての作戦が無駄だとわかってしまった悠馬は、もう既に担任教師の鏡花の話など耳に入らない様子で、机と睨み合っていた。


 逃げるか?逃げるべきなのか?ホームルーム終わると同時に、駆け出すという作戦が頭に浮かぶがそれでは延命をしたに過ぎない。夕食中に告げられて、今以上に気まずい状況に陥ってしまうのが目に見えている。


 ならばどうする?どうすればいい?どうすれば俺は助かるんだ。まるで自分の命が狙われていて、そのタイムリミットが目前の主人公が、どうにかして助かろうと作戦を考えているように、悠馬は真剣な表情で考え込む。


 そして1つの名案が浮かぶ。そうだ、通を買収して、完全下校時間までここにいさせればいいんだ。

 加奈の話によると、放課後人がいなくなった時間帯という話だった。それは裏を返すと、人が居なくならなければ話は始まらないということになる。そして寮に誰かを呼んで1日泊めれば…完璧じゃないか!


 究極のプランを見つけ出した悠馬は、ガバッと顔を上げ、目を輝かせながら鏡花の方を見た。


「先日、お前らの学年で友人同士で寮に泊まり、問題を起こした奴がいる。お前ら、呉々も馬鹿な真似はするなよ?」


「あ…」


 終わった。最後の作戦すらも、何者かにより阻まれた悠馬は、全身から力を抜き、瞳を閉じて投了した。


 そうだ。今回のこの状況は、加奈から話を持ちかけられた時点で詰んでたんだ。美哉坂が、俺に何があっても逃げられないように、答えを濁されないように、綿密に計画して、俺自身の心の隙を突いてきたんだ。

 あの女、かなりやるな。勝手な妄想を繰り広げた悠馬は、まるで死期を悟ったような表情をすると、小さなため息を吐いた。


 俺だって男だ。覚悟を決めて、彼女と真正面から向き合おう。

 悠馬が心に誓うと同時に、スーツを着た女教師が廊下へと出て行き、それに続くようにして生徒たちが一斉に下校を始めた。


「今日どこ寄っていく?」


「どこがいいかな?先輩に聞いてみようぜ!」


 生徒たちの賑やかな声が廊下へと消えて行き、教室の中からは瞬く間に人が居なくなった。

 まるで人払いをしたかのように、事前に打ち合わせをしていたかのように、10分が経過した頃には教室の中には誰も居なかった。2人を除いて。


 オレンジ色の夕焼けが、ちょうど二階の窓から差し込み、教室の中を照らす。その二階の窓から見える桜の木は、少しピークを過ぎたからか、風に吹かれて、ピンク色の綺麗な花を散らして居た。少しだけ、木の枝だけになっているのが季節の流れを感じさせる。


 そんな中、教室に残された2人。

 男子生徒の方は目を瞑り、一度深呼吸をすると、ゆっくりと、音も立てずに立ち上がる。

 対する女子生徒は、亜麻色の髪を指で触りながら、夕焼けのせいなのか、それとも緊張のせいなのか、顔が真っ赤に見える。ゆっくりと立ち上がったその少女は、思い切って、教室の中に残っていた男子に向けて、声をかけた。


 まるで、大好きな人に勇気を振り絞って声をかけるように。


「暁くん」


「はい!」


 夕夏から名前を呼ばれ、まるで卒業生として名前を呼ばれたかのような返事をした悠馬は、若干カクカクとした動きで、名前を呼んだ少女の方へと向かった。


 夕陽と舞い散る桜を背景に、高校の教室の中で悠馬を見つめる夕夏。

 この空間を外から盗み見ている生徒が居たとするなら、男でも女でも、間違いなく嫉妬している状況だ。


 学校1のマドンナと、クラス1のイケメン。その2人が今、2人だけの空間を作り、お互いに向き合って立っているのだ。見ているだけでも心臓が飛び出しそうなほどキュンキュンするし、これが青春だ!と叫びたくもなる。


 そんな漫画のような青春の1ページを作り出した亜麻色の髪の少女、美哉坂夕夏は、瞳を閉じて、深呼吸をすると、大きく切り出した。


 

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