選ばれるのは誰?
パーティーも終盤に差し掛かり、用意された食事の容器は9割方空になっている。
時刻は20時を少し過ぎた頃。
一面を赤いカーペットで覆われ、複数の丸テーブルを囲むようにして仲のいいメンバー同士で集まっているグループが見える。
本日の主役である夕夏は、クラスメイトたちから話しかけられ大忙しだ。
夕夏は元々女子からの人気も高いため、当然と言えば当然のことなのかもしれない。
「おい悠馬、そろそろ時間だぞ、お前は準備できてるか?」
「ああ。大丈夫」
その片隅、会場の角の椅子に座っていた悠馬の元へと歩いてきたのは、黒髪小柄の男子、通だ。
準備というのは、夕夏に渡すプレゼントのことだろう。
22時が補導開始の時刻ということは、21時半までにはケーキを食べて、プレゼント渡しを終えていなければならない。
約半分の時間が過ぎた現在、通は緊張しているのか、ぴょんぴょんとジャンプをしながら悠馬の方を見つめていた。
「へへ、まぁ勝つのは俺様だけどな」
「そ、そう…」
通は自分が用意したプレゼントに、よっぽどの自信があるようだ。
八神が勝手に脱落した今、最強の敵とも言えるクラス1のイケメンと名高い悠馬に向かって、不敵な笑みを向けている。
そんな通を見て不安を抱いた悠馬は、今日自分が用意したプレゼントで本当に良かったのか、最善だったのか?という疑問に苛まれる。
「はぁ〜、美哉坂ちゃんと俺様って、マジでお似合いだよな〜」
「身長ほぼ同じだけどな」
「うぐ…!言うな!」
ヒールを履いたら、夕夏の方が絶対に高いだろう。
夕夏とお似合いを自称する通は、身長という痛いところを突かれ、憤慨したように地団駄を踏む。
彼も彼で、身長のことは気にしているようだ。
「さぁ〜ではでは、プレゼント渡しを始めていきましょうか〜、夕夏にプレゼントを用意している人、挙手!」
そこそこの時間が経過していることと、食べ物がほとんどなくなったことに気づいてか、プレゼント渡しを始めようとする美沙。
『はーい!』
男子たちは待ってましたと言わんばかりに手を挙げてアピールをしている。
みたところ、八神以外の男子は、全員手を挙げているように見える。
夕夏に1番プレゼントを喜ばれた男子が、クラスメイト全員の男子に道を開けてもらえる、妨害なしでお近づきになれるという契約なのだから当然というべきか。
これで勝利して夕夏に近づけば、誰にも文句は言われないし、妬まれないのだ。
男子たちが、そんな機会を逃すわけがないだろう。
「おーおー、さすが夕夏、男子から大人気ね〜、夕夏の大好きなあの人は、プレゼント用意してくれたのかな?ん〜?」
「ちょ、ちょっと!美沙!」
盛り上がる男子たちに釣られてか、際どい話を持ち出した美沙。
合宿の時に夕夏の好きな人を聞いた美沙は、もちろんのことだが彼女の好きな人がクラス内にいることを把握している。
チラッと悠馬の方を見ながら悪戯っ子のように笑みを浮かべた美沙は、顔を赤面させる夕夏の頭を撫でる。
「え!?美哉坂さん好きな人いたのか…?」
「まじかよ…俺ワンチャンあるかな?」
美沙の声を聞いて男子たちは大興奮だ。
なにしろこのクラスの中に、この中に夕夏の好きな人がいるというのだから、好かれているのが自分自身という可能性はそこそこ高い。
悠馬と夕夏が付き合っていることを知らない男子からすれば、自分かもしれないという期待をしてしまう。
「はいじゃあ、プレゼント渡したい人は並んで〜」
『はーい!』
美沙の指示に従い、夕夏の前に1列で並び始めるAクラスのメンバーたち。
女子たちも、大半の生徒は夕夏のプレゼントを用意していたようで、八神と少しの女子を除いて、約7割のクラスメイトがプレゼントを持ってきているという状況だ。
一番最初にプレゼントを渡すのは、美哉坂愛好会の木下だ。
少し大きな包みを運ぶ木下は、夕夏の前までたどり着くと、そのプレゼントを勢いよく開けて跪く。
「美哉坂さん。この真珠のネックレスは貴女にこそふさわしい。どうか受け取ってください」
『えっ…』
「葬式?葬式のネックレス?」
「てかなんで首マネキンごとなの…?」
後ろに並んでいた女子たちの小さな声。
彼女たちが驚くのも無理はないだろう。なにしろ木下は、売り物を掻っ攫ってきたのかと聞きたくなるほど完璧に、展示品の状態のままプレゼントを持ってきているのだ。
つまり、首マネキンごとネックレスを渡しているということになる。
流石の夕夏も少し驚いている、というか引いているご様子で一歩後ずさる。
「さ、流石にこれはもらえないかな…?」
明らかに値段がヤバそう。
大きな真珠の美しい揃い具合を目にした夕夏は、さすがは前総帥の娘、高いやつだと一目で察し、これは受け取れないと即答する。
木下が用意した真珠のネックレスのお値段はなんと、15万円だ。
これでもう、お分かりいただけただろう。
木下は美哉坂愛好会を遊びでやっているのではなく、本気でやっているということを。
15万というのは、学生、とくに中高生にとっては破格の金額だ。
しかも高校1年生ともなると、まだバイトを始めて1.2ヶ月、早い人でも4ヶ月にも満たないのだから、そんな大金を簡単に用意できるわけではない。
「受け取ってください」
「無理です。このプレゼントに見合った物をお返しできる自信がありません」
冷静に考えてみると、夕夏はこれだけの生徒からプレゼントを受け取ると、お返しをする際にかなりの金額になる。
木下に15万のお返しをしたとすると、夕夏はかなりの損害だ。
「そ、そんなこと言わずに…」
「き、気持ちだけで…ありがとう、木下くん。嬉しいよ」
木下、玉砕。
プレゼントを全力拒否されるのは当然のことだが、ありがとう、嬉しいという単語を夕夏から頂いた木下は、不満なそぶりを一切見せることなく、賢者タイムのような表情を浮かべている。
「好きだ…」
それから木下に続いて、クラスメイトたちがプレゼントを渡して行く。
まぁ、学生のプレゼントともなると高が知れているし、木下以降はあっと驚くようなプレゼントはなく、無難なものが続いて行く。
栗田は香水を、モンジはピアスを、山田は少し豪華なキーホルダーを渡している。
割と自信満々だった彼らのことだから、きっと変なものを用意していると思っていたが、無難すぎるプレゼントに驚きを隠せない。
正直、無難すぎてそれで勝つ気あるのか?と聞きたくなるレベルだ。
そしてプレゼント渡しは終盤に差し掛かり、悠馬の前。
悠馬と近くで話していたということもあって、1つ前に並んでいた通は、夕夏に見えないようプレゼントを背後に隠し、一歩前へ出る。
「み、美哉坂ちゃん!お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、通くん」
ここまではいつも通り、というか、日常的な会話で、いつもの通の片鱗は一切見えない。
いや、通だってさすがにこの空間で、篠原ちゃんの乳揉みて〜!などと言う発言をできるほどの度胸は持ち合わせていないため当然なのだが。
「俺からのプレゼント!これ、あげる!」
ピュアというか、なんというか。
いつも自信過剰の通にしては、落ち着いているというか、かなりベタにでているというか。
緊張をしているように見える通は、背後に隠していた花束を夕夏へと渡すと、返事を待たずに一目散に退散して行く。
通が渡したのは、赤い薔薇の花束だった。
本数は7本。
ほんと、コイツはちゃっかりしちゃってるよ。
赤い薔薇、そして7本という本数。
花言葉を思い出した悠馬は、通が美月以外にも夕夏を狙っていることに気づき、呆れた笑顔を浮かべる。
「はいじゃあ、ラストは悠馬〜。ちゃんとプレゼントは用意してきたのかな〜?」
「なんで俺の時だけ冷やかすんだよ…」
夕夏の好きな人を知っている美沙。
最後の最後に悠馬がきたということもあってか、愉快そうにマイクで話をする。
「玉砕しちまえ!」
「変なもん渡したら袋叩きだからな!」
「渡すわけないだろ!」
男子たちの野次に反論しながら、一歩前へと出て、プレゼントを差し出す。
「これ…プレゼント。気に入ってもらえるかはわからないけど、ちゃんと選んだつもりだから。受け取ってほしい」
そう言って、紙袋を手渡す。
その紙袋は、悠馬が手にしていた小さな箱とは違うようにも見える。
「中身、見てもいい?」
「う、うん…」
衆人環視の前でプレゼントを見られるのは、かなり緊張する。
悠馬が何をあげたのかクラスメイトたち全員が注目する中、袋を開き中身を確認した夕夏は、数秒間硬直した後に笑みを浮かべる。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「っ…よかった…」
夕夏の笑顔。
到底作り笑いとは思えない嬉しそうな表情を見た悠馬は、安心したように頬を緩めると、一歩後ずさり夕夏と距離を置く。
「はいじゃあ、みんなプレゼントは渡し終わったし、ここで夕夏に、誰のプレゼントが一番嬉しかったか聞いてみましょう!」
「え!?なにそれ!?」
想定外の事態。
男子とも結託していない美沙の想定外の発言に、夕夏も男子も驚きを隠せない。
これは美沙が気を利かせて、夕夏と悠馬を急接近させようとして発言したことだ。
誰とも打ち合わせなんてしてないし、この場で思いついたから口にしただけ。
夕夏が悠馬からのプレゼントが一番嬉しかった。といえば、悠馬は間違いなく、え?もしかして美哉坂って俺のこと…と、意識を始めるはずだ。
合宿の時から進展していないと誤解をしている美沙は、夕夏のためを思って行動を起こしたのだ。
「それ気になる!」
「みんな一位とかはナシね!」
「えぇぇぇえ?」
突然の無茶振り。
優しい夕夏からしてみれば、ここはわだかまりを作らないようにみんな1番だと言って締めたかったところだろう。
しかし悪ノリをする女子たちがそれを封じたことによって、夕夏は引くに引けない状況に陥る。
「男から1人、女から1人選んでネ♪」
嵌められる夕夏。
女に逃げる可能性を考えた美沙は、釘をさすように悪魔的な笑顔を浮かべ、夕夏の背中を押す。
しんと静まりかえる室内。
ひと呼吸置いた夕夏は、ゆっくりと口を開くと顔を真っ赤にしながら、ボソボソと話し始めた。
「女子は…湊さんの入浴剤が1番嬉しかった」
「女の子だもんね、入浴剤嬉しいよね?で?男子は?」
「ゆ…」
「ゆ?」
男子たちが全員、夕夏を食い入るようにして見つめる。
自分が選ばれるのではないか、夕夏に気に入られるのは自分だと、飢えた獣のように夕夏を直視する。
「悠馬くんのプレゼントが1番嬉しかったです!」
「きゃー!」
「え?暁くん×夕夏カップル?」
「うぁぁぁぁあ!」
男女の入り混じった悲鳴。
男子は間違い無く自分たちが敗北したためで、女子は間違い無く、カップリングを妄想しているからだ。
「え?ちなみに何が良かったの?」
「えっと…だって付き合ってるし……」
『ん?』
夕夏の発言を聞き、そっとその場から逃げ出そうとする悠馬。
完全にやった。夕夏地雷踏んだ。
悠馬の計画では、これで自分が1番になって、夏休みの間に色々あって付き合った、と全てをうやむやにするつもりだった。
しかし悠馬の思惑とは裏腹に、夕夏がポロリと失言をしてしまった。
男子たちの視線が自分に向く前にこの場から逃げ出そうという英断を下した悠馬は、息を潜めるようにして逃げようとする。
「ってことはつまり?」
「悠馬ハーレム!?え!?あの黒髪の子と、花咲さんと夕夏!?やばくない?」
「おい!暁探せ!あいつどこ行った!」
「あの裏切り者だけは絶対に許すなよ!探せ!」
今日の男子たちの賭けは、最初から悠馬が勝つように仕組まれていた。いや、そうなっていた。
そのことに気づいた男子たちは、悠馬に親を殺されたのかと尋ねたくなるほど血相を変え、会場内を見回し始める。
これは誕生会どころじゃない。
1人の異端者を見つけ、それを磔にして石ころを投げるやつだ。
「ひっ…!」
ここで全てのツケが回ってきた悠馬は、身を屈ませながら、必死に会場外への脱走を試みる。
「あ、ごめん悠馬くん!言っちゃった!」
「いいよ!気にしなくて!」
夕夏のせいじゃない。
完全に自業自得だと自覚のある悠馬は、女子たちに囲まれながら謝罪する夕夏に向かって叫ぶ。
「いたぞ!追え!」
「アイツだけは血祭りに上げてやる!」
「アホ死ね!」
「だぁー!」
なんでこうなるんだよ!
薄々勘付いていた、というか、最初からこうなるのが嫌で付き合っていることを隠していた悠馬は、結局地雷を踏みぬき、大量の男子を引きつけて、パーティー会場から去っていく。
「ん…?」
そんな中、唯一会場に残った男子生徒の八神は、自身の横の椅子に置いてある小さな箱を見て硬直する。
それは昼ごろ悠馬が寮で見せていた、夕夏に贈るための誕生日プレゼントに他ならない。
「悠馬、アイツ何渡したんだ?」
つい先ほど夕夏にプレゼントを渡したはずなのに、ここにも存在していたプレゼント。
八神の小さな疑問は、女子生徒たちの話し声によって、誰にも届くことなく消えていく。
今年のクリスマスケーキも1人で食べましたとさ…




