誕生日パーティー
8月14日、午後19時。
おそらく結構な金額を叩いたであろうパーティー会場へと集まったAクラスの面々は、男子を除いて賑やかにお話をしている。
和気藹々と話す女子生徒たち。
手には本土に帰省していたためか、おそらく出身地のお土産がチラホラと見え、女子同士での交換会が行われている。
お土産を渡しながら、本土へ帰省した時のお話をしている彼女たちを見ていると、かなり和むものだ。
ちなみに男子はというと、殺伐としている。
理由はもうお分かりだろう。
理由は昼間の、通の発した言葉のせいだ。
あの後通はあろうかとか、男子グループで夕夏の話を持ちかけたのだ。
無論、大半の生徒はそれを承諾し、この場に臨んでいる。
つまりここにいる男子はほぼ全員が敵同士で、夕夏にアタックするために睨み合っているということになる。
これから始まるのは戦争だ。クラス内で最も競争倍率の高い夕夏の心を誰が掴めるのか。それを決めるためのプレゼント渡し。
「いやぁ、悠馬も大変だよな。彼女の奪い合いが始まるなんて」
「まぁ、全部俺のせいだからな。お前が競争から外れてくれて助かったよ、八神」
夕夏と付き合っている件を、炎上したくないがためにひた隠しにしてきたせいで巻き起こったのがこれだ。
悠馬が勝てば全て解決するが、負ければ何も好転はしないし、むしろ悪い方向に転ぶこの状況。
そんな状況の中、八神は不戦敗を選んだ。
つまり誕生日プレゼントを買って来なかったのだ。
それはひとえに、悠馬を勝たせたいからなのだろう。
八神という強敵がいなくなった今、最も勝率が高いのは悠馬だ。
強敵がいなくなり少し安心している悠馬は、小さな声で助かったとつぶやく。
「ま、安心するにはまだ早いだろ?愛好会連中もいるわけだし…」
「そだな…」
忘れてはいけない。木下たち美哉坂愛好会のこと。
彼らはきっと、今日のような日を待っていたはず。
そして今回のような日のために、妨害策なんかも考えているはずだ。
男子の中で唯一悠馬の秘密を知っている八神は、大きな荷物を抱える木下を不安そうに見つめる。
「ではでは〜、時間にもなったし、そろそろ始めさせてもらいま〜す!司会進行は私、國下美沙で〜す!」
「うぇーい!」
「ふ〜!」
時刻はちょうど19時。
夏休みではあるものの、22時までに帰らないといけないという異能島の校則は生きているわけであって、3時間というわずかな時間でプレゼント交換、夕食、お祝いを終えなければならない。
連太郎や加奈の姿は見当たらないし、お盆ということもあってか、合計で7.8名のクラスメイトは見当たらないものの、さすがは夕夏というべきか、彼女を祝うためにクラスの8割程度が集結している。
特に男子は、連太郎以外の男子がほぼ揃っている。
「では早速、本日の主役の入場で〜す!」
「わわっ、ちょっと!目隠し外してほしいな!美沙?聞こえてる?」
美沙がステージ脇に逸れてから、耳栓と目隠しをされた夕夏を引っ張り出す。
おそらく、夕夏は今日のことを何も知らされていないのだろう、美沙が手を離せば真っ先に目隠しを外すはずだ。
「焦ってる美哉坂さんも可愛いよな!」
「あー、惚れそう」
「てか惚れた!私服の美哉坂さんくそ好みなんだが!」
男子たちは夕夏の姿を見て、大興奮だ。
大半の男子たちは、夕夏の私服姿というものを見たことがないのだろう。
入学後からほぼ毎日夕夏の私服を見ている悠馬と違い、大半の男子は夕夏と遊ぶということ自体が初めてなわけであって…
初見の夕夏の私服姿ほど、刺激の強いものはない。
美哉坂愛好会なるものを開いている木下は、顔を真っ赤にして拝んでいるほどだ。その姿はどこかの宗教の熱心な信者に近い。
「仕方ないな〜、夕夏ったら!すぐ取ったげるから!みんな、入り口で渡したもの準備してー!」
夕夏の目隠しを外そうとする美沙が、入り口で渡したものを準備しろと呟くと、Aクラスのメンバーたちは大人しくその指示に従う。
美沙が渡したものというのは、クラッカーだ。
まぁ、シンプルイズベストと言うし、変なことをやって滑るよりも、オーソドックスなものをやって喜んでもらった方がいいだろう。
悠馬も八神も、渡されていたクラッカーを手に持ち、美沙が耳栓と目隠しを外すのを待つ。
「え…っと…なんでみんな揃ってるの…?」
夕夏は恐る恐る目を開いた後、広がっていた光景を見て、真っ先に疑問を口にした。
夕夏からしてみれば、お盆の実家帰省の時期に、こんなにクラスメイトが集まっているということが驚きなのだろう。
『夕夏、お誕生日おめでとー!』
「おめでとう!」
「美哉坂さーん!可愛い!」
誕生日を祝うように、口々に大声を上げる生徒たち。
その光景を見て呆気にとられた夕夏は、一歩後ずさると、今まで悠馬にしか見せてこなかったような笑顔でクラスメイトたちを見る。
「ありがとう。みんな大好き!」
「うぉぉぉぉお!」
これだけで盛り上がれるんだから、男子ってのは幸せな生き物だよな。
自分自身もその生き物の中にカテゴライズされていることを自覚しながらも、そんな言葉が頭によぎった悠馬は、頬を緩めながら壁に寄りかかる。
「それじゃあ、まずは夕食!みんなじゃんじゃん食べてね〜!」
会費はすでに払い終えているため、遠慮はいらない。
夕夏の感謝の言葉を聞いた後、美沙からよしが出たと言うこともあってか、Aクラスのメンバーたちは一斉に食事の奪い合いを始める。
その光景は、まさに戦場だ。
「うわ〜…すげぇ…」
そこそこの量は用意されているものの、30人近くが一気に押し寄せると、当然取りにくくなる。
食事が並んでいるテーブルを囲むようにしてご飯を取り合っている生徒を見つめる悠馬は、その取り合いに参加している八神を眺めながら声を漏らす。
別にここで大量に食べなければ死ぬ、と言うわけではないし、あんな押し合いの中に参加するのは御免だから、後で取りに行こう。
「にしても…よくよく考えると、入学してから色々あったよな…」
入学してから…いや、入学試験の日から思い返して見ると、本当に色々ある高校生活だ。
勝手に回想に入る悠馬は、異能島に訪れてから起こった出来事を思い返す。
「なんだかんだで、強くはなったよな…」
異能島での生活にうつつを抜かし、復讐を忘れている。と言うことはない。
むしろこの島に来てから、恋人ができて、守りたい人が出来てから、悠馬はたしかに強くなったと言えるだろう。
悠馬が求めていたような過酷な学校生活とは違ったものの、これはこれでいいというか、むしろ今が大切な悠馬は、満足そうな笑みを浮かべる。
「悪い。父さん、母さん、悠人。復讐はもう少し先になりそうだ」
遠くで微笑む夕夏を眺めながら、小声でそう呟く。
「わっ!」
「うわ!?」
そんな悠馬を脅かすようにして現れた銀髪の少女。
突然声をかけられたということもあってか、体をビクッと震わせた悠馬は、声の主人を見てギョッとする。
「美月!?」
学校の中ではほとんど関わりのない美月。
連絡のやりとりは頻繁にするし、現在は恋人ということもあって学校外ではよく話をするのだが、クラスメイトたちの前で話すということは滅多にない。
この光景を見られたら、きっと通は発狂するはずだ。
「俺様の美月ちゃんが悠馬のものになっちまった!」と。
クラスメイトの前では、滅多に話しかけてこない美月が話しかけて来たということもあって、何事かと辺りを見渡す悠馬は、かなり警戒をしているようだ。
「そんなに驚かなくても大丈夫だよ。今日はいろんな人と話す予定だし」
「そ、そう!」
その言葉を聞いて一安心の悠馬。
男子たちから目の敵にされる可能性は考えなくていいらしい。
「これ、お土産。悠馬も東京に行ってたって夕夏に聞いたけど、もう買っちゃったからさ。食べて」
「あ、ありがとう」
彼女は悠馬と目を合わせることを躊躇いながら、バッと紙袋を差し出す。
照れながら紙袋を渡す美月が可愛い。
東京へ行っていたと言っても、夕夏の実家に挨拶をしに行って、その日のうちに父親逮捕、そしてタルタロスへと直行し、墜落し…から、朱理救出という流れだったため、悠馬は何も楽しめていない。
可愛い彼女は手に入ったが、唯一の外出記憶といえば、赤坂邸から美哉坂邸まで朱理と2人きりで歩いて帰ったことくらいだ。
当然、夜中だったためお店は閉まっていたし、何も満喫できていない悠馬にとって美月のプレゼントは嬉しいものだ。
「それじゃ、また今日の夜にでも」
「夜?」
「私、今日夕夏の家に泊まるからね。悠馬の寮にも、お邪魔するかも」
「待ってる」
早々に退散する美月を見送りながら、今日の夜、寮に彼女が来るかもしれないと聞いて上機嫌の悠馬。
そんな悠馬のもとに、食事を取り終えた八神が戻ってくる。
「彼女からお土産とか、羨ましいな〜」
「お前だって、その容姿ならすぐに彼女作れるだろうが」
コイツ、さっきの光景を見ていたのか。
悠馬と美月が接触しているところを見ていたのか、冷やかしてくる八神に口を尖らせる。
「あはは。冗談だよ」
悠馬が少し機嫌を悪くしたためか、冗談だと弁明する八神は、お詫びなのか両手に持っていた取り皿の片方を悠馬に手渡す。
「ありがとう」
「どうも。なぁ悠馬、お前フェスタと文化祭のこと、考えてるか?」
「フェスタ?文化祭?」
八神の質問の意味がわからない悠馬は、彼が発した単語を復唱しながら、首をかしげる。
「…まさかお前、何も知らないのか?」
「なんだよ…」
そのまさかだ。
悠馬はもともと、この島を楽しむために入学したわけではない。
悪羅への復讐を果たすため、一般の授業でも異能の使用が許可される異能島へ入学したに過ぎない。
つまり悠馬は、異能祭の時のような三大イベントについて、何も知らないのだ。
異能祭だって船の中のパソコンで調べていたわけだし、その程度の知識しかないことはお察しだ。
「文化祭はわかるよな?」
「バカにするな。それはわかる」
文化祭程度、学校に通っていれば誰でもわかるだろう。
文化祭までわからないと思われていたのが心外だったのか、頬を膨らませながらわかると言った悠馬は、にやける八神の肩を叩く。
「まずな、異能祭と文化祭は、フェスタのためにあるようなものなんだ」
「??」
異能祭はつまり体育祭、それと文化祭というのは、どこの地区でも、日本国内なら大抵の高校がやっているイベントだ。
それをフェスタの前座のような言い方をする八神は、教師が生徒に教えるようにドヤ顔で話を始めた。
「フェスタというのは、簡単にいえば、異能祭の世界戦みたいなもんだ。各国の異能島の学生たちが、出場してほしい選手を選んで人気投票形式で出場選手が決まる」
つまり6月に行われた異能祭で、一際目立っていた悠馬や戀といったフィナーレの注目選手たちは、この島の生徒たちに大量投票されやすいということだ。
「そんで、フェスタを見に行ける学校は、異能祭の優勝校と、文化祭の優勝校ってわけだ。文化祭も優勝投票があるんだよ」
「へぇ…」
異能祭と文化祭の優勝校を1校ずつ、つまり2校の学生を、フェスタ会場に連れて行き観戦させる。
異能島の全ての学生が訪れるということは無理だろうし、1位になったご褒美という意味合いも含めているのだろう。
「フェスタって何するんだよ?」
「ま、要するに、各国の選りすぐりのメンバーと、トーナメント形式で戦ってく感じだな」
「ほう…」
それを聞いて、一気に興味を持つ悠馬。
各国選りすぐりのメンバーということはつまり、悠馬や戀クラスの学生もいること間違いなしだ。
同じ年代の、同じ世代で競うであろう生徒たちと手を合わせるというのは、かなり楽しみなものだ。
「ちなみに、総帥と異能王、そして各国軍のトップもくるから、アピールするには最適な空間だ」
「それは興味ないや」
悠馬以外の学生ならば、アピールをするために出場したいと思うだろうが、アピールなど微塵も気にしていない、考えていない悠馬は、八神の補足を軽く蹴飛ばしサラダを口にする。
「んじゃこれはどうかな?」
「なんだよ?」
「フェスタで優勝した学生は、異能王の権限のもと、何か1つ願い事を叶えてもらえる。もちろん、変なのは無理だけどな」
「それも別にいいや」
願い事を叶えるといっても、悪羅を殺してほしい。などというお願いをしたところで、現異能王が勝てるのかどうかもわからないし、現実的じゃない。
特に願い事が思い浮かばない悠馬は、何か疑問に思うことがあったのか、不思議そうな表情を浮かべる。
「なぁ八神、双葉先輩は去年、何位くらいだったんだ?」
1番の疑問。
おそらくこの島で悠馬の次に強いであろう戀は、去年どこまで勝ち上がったのだろうか?
悠馬よりも学年が上の戀なら、きっとフェスタも経験しているはずだ。
純粋な疑問を投げかけた悠馬に対して、八神は少し困ったような様子を見せながら、小さな声で話を始めた。
「双葉先輩、その時期に問題起こして、出場停止になってるらしい」
「なるほど」
つまり、相手支部の実力は全くの未知数ということか。
それはそれで楽しみだから、アリだけど。
この期待が全て空振りで終わることなく、新たななにかを見つけるいい機会になればいいんだけどな。
悠馬はサラダを食べながら、そんな期待を抱いていた。
クリスマスですね。聖夜ですよ聖夜…




