負けられない戦い(バカの集い)
8月14日。
異能島へと戻ってきた悠馬の寮は、昼間だというのにカーテンが閉められ、薄暗くなっている。
そこはまるでどこかの司令室のように、6人のメンバーが無言のまま座り込んでいた。
しんと静まり返った室内。何か重要なことでも話しているのか、この空間には緊迫感が漂っていた。
「ではこれより、会議を始める」
沈黙を破ったのは、黒髪小柄男子の桶狭間通だ。
仕切りたいのか、それとも雰囲気を出したいのか。
いつもと違って落ち着いた口調、落ち着いたトーンで話す通の瞳は、メラメラと燃えたぎっていた。
「では栗田くん。本日のお誘いはどう思う?」
「え?あ?俺?俺は十中八九罠だと思うな。今まで何の連絡も寄越さなかった女子たちが、突然あんなお誘いを…ありえねーだろ!?」
自分が一番最初に指名されるとは思わなかったのか、ほんの少しだけ驚いた栗田は、その後に冷静な分析を口にする。
「八神くん、君はこの件についてどう思う?」
「俺は…まぁ、イベントごとって言えば盛り上がるだろうし、女子から誘われるのは当然かなって。ってか通、お前その話し方なんだよ」
「ケッ、モテ男が」
八神に対してそう罵ったのは、モンジだ。
こいつは入学1週間目にして、教室でエロ本をぶちまけてからというもの、女子とお近づきになれていない。
まぁ、結構ドギツイエロ本だったようだし、女子から遠ざけられるのも仕方のないことだろう。
ちなみにタイトルは、若妻緊縛SMプ◯イ…新婚人妻が語る禁断の××××!みたいなやつだ。正直興味がないといえば嘘になる。
女子から距離を置かれているモンジからしてみると、八神の発言は気にくわないものだったようだ。
「ところでお前ら、なんで俺の寮で話ししてんだよ?」
話を戻そう。
先ほどまで黙って話を聞いていた悠馬だが、我慢の限界に来たのか、それともようやくこの状況に疑問が浮かんだのか、不思議そうに問いかける。
現在ここにいるメンバーは、Aクラスの八神、通、モンジ、山田、栗田、そして悠馬の6人だ。
八神と通は入学からの付き合いだし、100歩譲って寮にいることはよしとするが、なぜ変態四天王の残り3人までここにいるのか。
3人と大して仲良くもない悠馬からしてみれば、今の状況はかなり疑問だった。
「だってお前の寮広いって聞いたし」
「俺らのアジトとしてはちょうど良くないか?」
「そうそう、それに、お前の寮にいたら花咲花蓮くるかもしれないだろ?」
「悔しい…ですよね」
「最高に腹立つなお前ら」
出来ることなら、今すぐ帰ってほしい。
建前を使う栗田と、勝手にアジトを作り始める山田。そして自分の欲望を口にするモンジを見つめる悠馬の視線は、氷点下並みの冷たさだ。
「んで?悠馬はどう思うよ?今日の美哉坂さんの誕生会!」
「事実だろ。だって今日、ゆ…美哉坂の誕生日だし」
なぜ彼らが悠馬の寮に訪れているのか。
その原因はつい昨日、夕夏を除いたグループが作成され連絡が来たからだ。
明日は夕夏の誕生会なので、来れる人は是非来てください。
もちろん誕生日プレゼントは忘れずにね♪
そんな文章とともに、パーティー会場の位置情報が添付されていた。
「罠の線はないのか!?」
そんな女子たちからの誕生会お誘いのメッセージ。
女子とあまり関わりのなかったモンジや、夕夏を狙っているであろう山田や栗田にとって、この状況は一世一代の大勝負。
ここでいいところを見せれば、夕夏とおつきあいができるかもしれない。などという淡い期待を抱いているのだ。
しかし、そんな彼らも警戒は怠らない。
男子たちを冷やかす罠じゃないのか!?と、捻くれたモンジが呟いたことにより、こうして現在悠馬の寮に上がり込み、相談会をしているのだ。
…実際、夕夏はすでに悠馬という彼氏がいて、他の男には見向きもしないだろうが…
「あのなぁ…女子だって、お前らを引っ掛けて楽しむほどの暇人じゃねえだろ…」
夏休みという学生にとって貴重な時間を、モンジや栗田、山田に通を引っ掛けるという人生の無駄とも言える行動に使うはずがない。
彼らを引っ掛けて遊ぶくらいなら、家でクソして寝たほうが100倍有意義だと思う。
彼らの疑り深さは、一周回って自意識過剰に近いものとなっている。
「言われてみれば確かに!まぁ、俺様は美月ちゃんのおっぱいのことしか考えてねえけど!」
「お前それ次言ったら篠原に報告な」
「う…勘弁してくれよ悠馬ぁ…美月ちゃん、悠馬には少し優しいから、すぐに信じ込んじまうよぉ…」
信じ込むも何も、通が発言したのは事実な訳で、美月が信じてもなんの問題もないと思うが。
彼女の胸の話をされて、気分が良くなるやつはいないだろう。
ただでさえ機嫌が微妙だったというのに、さらに不機嫌になってしまった悠馬は、頬杖をつきながらふて腐れたようにつぶやく。
焦ったように悠馬にしがみつく通は、飼い主に見捨てられた犬のようだ。
「言われてみれば、篠原さんって、悠馬に甘いよな…」
「ケッ、どうせ世の中、イケメンが勝つようにできてんだよ!」
モンジ、コイツはとことん捻くれてるな。
美月が悠馬に対して甘い説を提唱した通と、それに同調した山田の話を聞いて、悠馬を睨むモンジ。
これが童貞の逆恨みってヤツだ。
美月は入学試験のときから悠馬に好意を抱いていたわけで、彼女が悠馬にだけ甘いのは仕方のないことだ。
しかしそんなことを知らない面々は、不思議そうに首を傾げている。
「ま、まぁ落ち着けよ。忘れたのか?お前ら。悠馬にはあんなに美人な黒髪の彼女と、花咲花蓮がいるんだぜ?他の女に手出すわけないだろ」
悠馬のことを信用しきっている栗田。
異能祭のあの日、直で朱理を見た栗田にとっては、他の女に手を出すことはまずあり得ない。という考えが普通のようだ。
栗田の演説の手前、実は話題に上がった2人とすでに付き合っています。などと口が裂けても言えない悠馬は、冷や汗を流しながら目をそらす。
「ま。そうだな。あんな黒髪美人とアイドルと付き合えてるんだから、他の女に手出すわけないよな?」
「これで手出してたら処すぞ」
「手出したらお前の席ねえからな」
なんなんだコイツらは。
花蓮の件でのほとぼりも冷め、夕夏と美月と付き合っていることを報告しようなどと考えていた悠馬は、バツの悪そうな顔でテーブルを見つめる。
今この場で言ったら、絶対に殺される。
殺意のこもった童貞たちの視線が、悠馬を襲う。
「お前らいい加減落ち着けよ。篠原さんも美哉坂さんも女の子なんだから、悠馬を好きになる可能性だってあるし、お前らを好きになる可能性だってある。恨みっこなしだろ?」
いいことを言うな!八神!
それを数ヶ月前、花蓮と俺が付き合った時に襲ってきた自分自身に向けて言っていただきたい!
ブーメランがぐっさりと突き刺さる八神の発言。
その発言を聞いた悠馬は、心の中でそう呟きながら、場を宥めてくれた八神に親指を立てる。
「ま、まぁ、そうだな…」
「俺らにも可能性が…」
「俺は今日から、縁結びの神社に通おうと思う」
ちょろい奴らだ。
八神の意見を素直に聞き入れる、山田、モンジ、栗田。
彼らは捻くれてはいるものの自惚れているため、自分に可能性があると言われ自信がついたようだ。
「あ、いいこと考えたぜ!」
「なんだよ…」
何か思い浮かんだのか、席を立つ通を見て、なんとなく嫌な予感がする悠馬。
他の男子たちも悠馬と同じようで、訝しそうに通を見つめている。
コイツが言う良いことというのは、大抵ろくなものじゃない。
「今日の美哉坂ちゃんの誕生会、きっと男は本気を出してくる!」
クラスで1番、いや、学校で1番可愛いと言われる夕夏の誕生会ともなれば、男子たちは豪華なプレゼントを用意するはずだ。
なにしろ誕生日プレゼントは記憶に残りやすいし、豪華なものであればあるほど印象に残る。
端的に言って仕舞えば、夕夏との親密度を深める大チャンスなのだ。
そんなチャンスを、男子たちがみすみすと見逃すことはないだろう。
「だから今回、各々でプレゼントを用意して、美哉坂ちゃんが1番喜ぶプレゼントを用意した人に美哉坂ちゃんを譲る!どうだ!?」
よっぽど自信があるのか、目を輝かせる通。
つまり通は、夕夏が1番喜ぶプレゼントを用意した人にアタックチャンスを授けるということだ。
夕夏のことを本当に思っているのなら、彼女が喜ぶものをプレゼントできるのは当然。夕夏の今欲しいものがわかる人物にこそ、彼女の隣に相応しい。というのが通の見解だ。
まぁ、彼の言うことはあながち間違いではない。
好きな異性と付き合うためには、当然相手の欲しいものを言い当てれるくらいにはならないといけないし、異性の1人すら喜ばせることのできない人物に付き合う権利はない。
「まぁ、アリだよな。いつまで経っても睨み合いじゃ、卒業までに付き合えるわけねえし」
「ここで絞るのがベストだろうなぁ」
夕夏の競争率はただでさえ高い。
そんな夕夏の奪い合いから、少しでもメンバーが減ってくれるのは嬉しいことなのだろう。
自信ありげな栗田と山田は、賛成派のようだ。
異能島の生徒は、大抵が自信に満ちているし、この2人のような人が大半なのだが。
この戦い、負けられない。
通の話を聞いて、真剣な表情になる悠馬。
それもそのはず、悠馬は現在夕夏と付き合っていることを、周りには報告していない。
ということは今回の一件で、悠馬が夕夏を喜ばせることができた場合、周りから文句を言われることもなく、夕夏と付き合えましたー!と報告できることになる。
平和的に、そして安心して事実を告げることができる。
悠馬にとっては、かなり魅力的な提案だ。
「いいか?妨害は禁止、負けても恨みっこなしだからな!」
『おう!』
全員の元気な返事。
どうやら全員、夕夏を喜ばせるプレゼントを買ってくる気でいるらしい。
「そんじゃあ、タイムリミットは今日の19時、誕生会の始まる直前までだ。間に合わなかったら不戦敗、文句は受け付けない!野郎ども!プレゼントを買ってこい!」
『おう!!』
活きのいい返事。
それと同時に、八神と悠馬を除いた男子たちは、ドタドタと悠馬の寮から出て行く。
今からプレゼントを買いに行くのだろう、我先にと玄関先で押し合っているような声が響き、悠馬は苦笑いでその声を聞き続ける。
これから始まるのは、男同士の熾烈な競争だ。
「なぁ悠馬、薄々思ってたんだけどさ」
「なんだ?」
そんな悠馬に向かって、八神が声をかける。
一体どうかしたのだろうか?
この寮の持ち主である悠馬が1番最後に出るのは当然なのだが、八神が最後まで残っている理由は見当たらない。
十中八九、悠馬に何か聞きたいからここに残ったのだろう。
「お前、夕夏さんと美月さんと付き合ってるだろ?」
「ふぇ?」
八神の質問に、頭が真っ白になる悠馬。
キョロキョロと挙動不審に辺りを見回す悠馬は、冷や汗をタラタラと流しながら机に突っ伏す。
「なんの話?俺何も知らないよ?」
「いや、俺は2人狙ってるわけじゃないから。付き合ってても怒らないぞ」
「うぐっ…」
ここにきての緊急事態。
そのうち気づかれるだろうとは思っていたものの、2人と付き合っていることをいち早く察知したのは八神だった。
「どうしてわかったんだ?」
「俺、観察力はある方だから。夕夏さんが悠馬を意識してるって気づいたのは、5月くらいかな。美月さんは、この前のバーベキューのお前の行動でわかった」
「お前…すげぇな…」
恋愛に関して、人類でもトップクラスに疎いであろう悠馬にとって、夕夏が5月ごろから想いを寄せていた、と八神が感じているのは大変素晴らしいことだった。
洞察力がすごいというか、なんというか。
「それで?花咲さんはちゃんと愛でてるんだろうな?お前、放置してたらマジで殺すぞ?」
「花蓮ちゃんは今仕事だよ!休みの日はほぼ毎日会うか通話してるっての!」
きっと、八神が聞きたかったのはそこなのだろう。
他の女にうつつを抜かし、遊び呆けているようなら、お前を殺す。
殺害予告にも近い発言をした八神は、悠馬が花蓮とも順調に進んでいることを知り、背もたれに背中を預ける。
「花咲さんには話してるのか?」
「当たり前だろ…黙って付き合う方がどうかしてる」
「ならいいや」
本題である花蓮の話を出来たからか、満足なご様子の八神。
八神はもはや、花蓮追っかけのストーカーというか、犯罪者予備軍に近い立ち位置になっている気もする。
信じられないよな、こんなイケメンなのに、推しのアイドルのために(逆恨みで)親友に殴りかかるんだぜ?
「ところでお前、今回の勝負勝てるのか?」
「え?ああ。多分勝てるよ」
「随分と自信ありげだな」
今回の勝負。
夕夏へ贈るプレゼントを用意しているのか、勝てると明言した悠馬は、余裕そうな笑顔を向け八神に綺麗に包装された箱を見せる。
「当たり前だ。夕夏の好きなものは、よくわかってるつもりだ。それに、夕夏がテレビを見ていて、物欲しそうにしてたからな!美月にも相談したし、花蓮ちゃんにも相談した!…それでも負けるかな?」
自信満々だったのに、その自信をわずか数秒で失った悠馬。
好きな人に贈るプレゼントというのは、考えれば考えるほど不安になってくるものだ。
何を贈ればいいのか、本当にそれで喜んでくれるのかがわからなくなり、プレゼントを渡すのが億劫になり誕生会を断念する。
年頃の男子ならば、一度は迷ったことがあるはずだ。
「いや…負けねえだろ…だってお前、彼氏だろ?それに美人2人のセンスだって、相当なもののはずだ。それに相手はあいつらだし…」
「だよな!安心した…」
八神はすでに勝敗が決しているように視線を泳がせる。
通と中学時代から苦楽を共にしてきた八神にとって、彼がまともなプレゼントを買えるだけの知能がないというのが答えだった。
モンジたちも似たり寄ったりだ。消去法で考えても、真っ当に考えても、悠馬が選ばれるのは目に見えている。
不安そうな悠馬へ適当な返事を返した八神。
こうしてバカたち(悠馬と通たち)の戦いは幕を開けた。
誕生日プレゼントは真剣に選びましょう。




