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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
夏休み編
151/474

幕間5

 静かな室内。


 3人もの人物がいるというのに、しんと静まり返った室内の中で、1人の男は冷や汗を流していた。


 なんなんだ?一体どうしてこんな修羅場になってしまったんだろうか?


 今日は暮戸が逮捕された、その翌日。


 夜のデートという名の散歩を終えて美哉坂邸へとたどり着いた悠馬は、新たな彼女の朱理を連れて、鏡花の指示に従い別室で泥のように眠った。


 そして現在。


 なんでこうなったんだ?


 再び同じ疑問を脳内で繰り返した悠馬は、両手を引っ張り睨み合う2人を見て、冷や汗を流す。


「悠馬くんのメガネを選ぶのは私!」


「いいえ。悠馬さんのメガネを選ぶのは私です。夕夏、貴女センス無いですし、いつもお母さんに服選んで貰ってるって聞きましたよ?悠馬さんのためを思うのなら、私に選ばせるべきです」


 なぜ2人が揉めているのか。


 その原因は、悠馬の視力に原因していた。


 朱理と付き合うという話は、夕夏にも花蓮にもしていたため、ご報告をしても特に何も言われなかったしむしろ褒められたのだが、修羅場の原因はふとした瞬間に訪れてしまった。


 悠馬はまた一つ、寿命を削ってしまったのだ。


 ここまでくれば悠馬だって、自分の何の異能が寿命を削ったのかわかってしまう。


 セラフ化の使用によって、悠馬はまた一つ細胞を老化させてしまった。

 医者の言うことを聞かなければ、当然こういうことになる。お医者さんの話はちゃんと聞こう。


 おそらく、細胞年齢は50代ほどなのだろう。

 身体に大きな異変があるわけではないが、突然視力が悪くなってしまった悠馬は、なんとなく自分の体の状況を察する。


 無論、彼女たちに細胞が老化しましたなどと報告できるはずもなく、目が少し悪くなった。とだけ告げたのだが、どうやらそれが悪手だったらしい。


 夕夏と朱理はセンスが真逆らしく、悠馬の話を聞くや否や似合うメガネを探し始め、こうして揉めているのだ。


「私の方が先に付き合ってるから私なの!」


「あら。愛の大きさでは私が優っていると思いますけど…先に付き合ったくらいで調子に乗らないでもらえますか?」


「うっ…私だって悠馬くんのこと愛してるもん!」


「だいたい、異能島で同じ学校に通ってるんですから、貴女が先に付き合うのは当然の道理でしょう。本土の学生、悠馬さんと一度しか顔を合わせたことのない私に対して付き合いの長さをアピールして恥ずかしくないんですか?」


「うぐぐぐぐ…」


 ぐうの音も出ない。

 悔しそうに歯をくいしばる夕夏が可愛い。


 珍しく口論に陥り、そして言い返せなくなっている夕夏を微笑ましく見つめる悠馬は、こんな修羅場の中、可愛いなーと、呑気なことを考える。


「ま、まぁ、メガネは俺は2つでもいいんだけど…」


「悠馬さんがそう言うなら…あは。悠馬さん♪」


「ちょっと!朱理!朝から悠馬くんにべったりしないでよ!私もしたいんだから!」


「え"っ」


 悠馬の腕にべったりとくっつき、デレデレとする朱理と、それを見て嫉妬する夕夏。


 負けじともう片方の腕にべったりとくっつく夕夏の本音を聞いた悠馬は、耳まで真っ赤だ。


 両手に花とは、このことを言うのだろう。

 彼女が昨晩身体を洗うのに使ったであろう仄かな石鹸の香りが、柔らかな肌の感触が直に伝わってきて、胸がドキドキする。


「ところで悠馬くん…加奈は…」


 今回の事件の主犯の娘。


 途中で暮戸が裏で糸を引いていると気づき、そして悩んでいた夕夏は、総一郎が逮捕を免れたと言うことはつまり、親友の名誉が地に落ちるのではないかという不安を抱きながら問いかける。


「あれは加奈さんの望んだ結末です。彼女は自分の父親を逮捕したいと言っていました。だから夕夏、貴女が心配するようなことじゃありませんよ」


「そう…なんだ…」


 不安を払拭されたのか、それでも不安そうにしていた夕夏だが、一度首を振るとデレデレモードに移行する。


「悠馬くん、今日は何が食べたい?私が何か作ってあげよっか?それともデートする?」


「夕夏、抜け駆けは良くないです」


「お邪魔するぞ。夕夏。実は暁くんに渡したいものがあ…って…」


 なんて間の悪い奴なんだ…


 夕夏と朱理が両腕にべったりとくっつき、悠馬を奪い合っているタイミング。


 そんな中に小さな箱をもって現れた総一郎は、扉を開けた時はにこやかな表情だったというのに、その表情を徐々に曇らせたいく。


 総一郎が怒るのは当然のことだろう。


 自分の家の娘の部屋で、2日前に知り合ったばかりの男が、自身の娘と、そして弟の娘に風俗店じみた体制で抱きつかれているのだ。


 とてもじゃないが気分のいいものではないし、こいつクソだな。と思われてもおかしくないワンシーン。


 もし仮に悠馬が父親の場面だったら、「よし、殺せ」などと言っているところだ。

 いきなり斬りかからないあたり、総一郎は優しい人なのかもしれない。


「……覚悟はできてるんだろうなぁ?」


「あ…っと!その…」


 この状況は不味すぎる。


 総一郎の不穏な空気をいち早く察した悠馬は、彼が手にしていた小さな箱が床に落下するのを見つめながら、冷や汗を流す。


 これは不味すぎる。


 絶対に怒ってる。


 渡したいものと言って持ってきた箱を床に捨てるくらいだから、総一郎のご機嫌メーターは最底辺を振り切っていることだろう。


「暁くん、君は夕夏と結婚を前提に付き合っているんじゃなかったのか?新たな女を引っ掛けて、何をしてる?」


 世は一夫多妻といえど、娘がこんな風に扱われている、というか、挨拶をしたわずか2日後に新たな女子がいるのが気にくわないのだろう。


 誰だって、この光景を見ればいい気分にはならないはずだ。


「…あの…これはですね…2人とお付き合いをさせてもらうことになって…あははは」


 もう弁明もできない。


 とりあえず事実の報告だけしておこう。


 にこやかな笑顔で返事をする悠馬を、総一郎は冷ややかな眼差しで見つめる。


「よし、殺す」


 結局、総一郎も悠馬と同じ答えに至った。彼が無表情のまま冷たく吐き捨てた言葉を聞いた悠馬は、唖然とした表情で硬直した。


 こうして悠馬の新たな日常は、幕を開けた。



 ***



「貴方、友達いないの?」


 真っ白なカーテンが大きく靡き、蝉の鳴き声と生暖かい風を運んでくる。


 真っ白な室内、真っ白なベッドの上に、病衣姿で上体を起こしている少女、赤坂加奈は、椅子に座り携帯を操作する男に問いかける。


「んや〜、そういうわけじゃないけど、やっぱさ?目覚めた時に1人って、寂しくならない?」


 元々いない母親と、昨日居なくなってしまった父親。


 完全にひとりぼっちになってしまった加奈の病室に、お見舞いに来る人物など、まず居ないだろう。


 いざという時に頼れるはずの親は、加奈にはもういない。


「だからまぁ、退院までは俺が加奈ちんの話し相手しようかなーって!」


「…暇なの?」


 連太郎の思いやりを、恥ずかしいのか突っぱねる加奈。


 その表情は不機嫌というよりも、少し嬉しそうに見える。

 彼女の頬は、少しだけ緩んでいるように見えた。


「いや、実はこれもお仕事でさ〜、叶うことなら早く帰りたいよね〜」


「なら帰れば?」


 ほんの少しだけ連太郎を見直したというか、ドキッとしてしまった加奈は、最後の余計な発言を聞いて一気に不機嫌になる。


 早く帰りたいならすぐにこの場から消えろ。


 そう言いたげな加奈がギロッと睨むと、連太郎は両手で口を塞ぎ、頭を下げる。


「あはは、冗談だよ。加奈ちん怖ーい」


「数秒前まで少しでも貴方になにかを期待して居た私を殴りたいわ」


「そんなに!?」


 自分の望んだことといえど、悲惨な結末を迎えてしまった加奈からすれば、不意な発言でドキッとしてしまう。


 心のどこかにぽっかりと穴が空いたような、脱力したような気持ちを感じる彼女は、驚く連太郎を見て鼻で笑う。


「ふ…ところで…私は途中で気を失ってたんだけど、どうなったの?」


 ここに元気な連太郎がいるということはつまり、暮戸は逮捕されたのだということはわかるが、問題はそれ以外の人物たちだ。


 宗介と朱理。それに総一郎。


 自分の父親のせいで狂わされた人間たちがどうなっているのかどうしても気になる加奈は、恐る恐る連太郎に尋ねる。


「美哉坂宗介は捕まったよ。まぁ、暮戸とも繋がりがあったからね」


 裏で総一郎を貶めるため、様々なことを画策して居た宗介が無実というわけもなく、暮戸との関わりがあったため即逮捕。


「そんな…」


 加奈からすれば、かなりショックなのだろう。


 なにしろ宗介は、自分の父親によってあんな風になってしまったのだ。


 後ろめたさと、罪悪感が胸の中で渦巻く。


「美哉坂朱理は悠馬が連れて帰った。多分、美哉坂邸でこれからは過ごしていくんじゃないかな」


「暁くん?」


「ああ、加奈ちんが気絶している間に、悠馬が乱入してね。裏を動かしたのは俺だけど、表向き、正規の方法で暮戸を追い詰めたのは悠馬だよ」


「夕夏の彼氏だもんね…」


 悠馬の強さを夕夏から耳にタコができるほど聞かされていた加奈は、悠馬が現れたことに納得しながら深く頷く。


「んで、総一郎さんはもう釈放されてるよ。多分、今回の一件に加担した暮戸側の警察官は、全員解雇だろうね〜」


「よかった…」


 宗介のことは残念だったが、朱理と総一郎は特に問題なくこれからを過ごしていける。


 そう言い聞かされた加奈は、安堵のため息を吐き、ベッドに寄りかかる。


「それで?加奈ちんはどうするの?」


「私?」


「うん、これからどうすんの?」


 加奈のこれから。


 加奈は暮戸の逮捕後、その先についてなにも考えていなかったのかもしれないが、暮戸が逮捕されたという事実が明るみに出れば、ダメージを負うのは加奈自身だ。


 犯罪者の娘。汚い政治家の娘。


 ただでさえ友達のいない加奈は、今まで以上にクラスで浮き、嫌がらせもされることだろう。


 異能島は世間からは守られているかもしれないが、学生同士のいざこざなんて、どこにでもある。


 マスコミが加奈に直撃しなくても、興味本位で話しかけてきたり、冷やかす生徒も現れることだろう。


 これから先、加奈に待っているのは茨の道だ。


 暮戸のしでかした罪を、全て自分一人で背負うこととなる。


「そうね…とりあえず、いつも通り学校に行ってみようかな?」


「図太いな…」


 父親が逮捕されて周りからは変な目で見られるだろうが、いつも通りに学校に行く。


 そう明言した加奈を見て苦笑いを浮かべる連太郎は、携帯端末を操作しながらため息を吐く。


「はぁ。もしよかったら、紅桜加奈になる〜?なんて言おうと思ったんだけど、その必要はなかったかー」


「………は?」


 ため息交じりの、連太郎の声。


 晴れた表情を浮かべていた加奈は、一気に曇った表情へと変わると、連太郎を睨みつける。


 連太郎は、加奈がどうしようもなくなってしまった時、自分の紅桜家の立場を利用して加奈を自身の家に引き込むつもりでいた。


 まぁ、通常ではそんなことが許されるわけもなく、紅桜という国家公認の裏であるからこそできる手法なのだが。


 加奈を世間の目から守るための、連太郎の優しさだ。


 しかし加奈は、別の意味で捉えていた。


 まぁ、世間一般の人間、普通の学生なら加奈と同じ意味で捉えるはずだ。


 加奈は、連太郎が自分と結婚して、紅桜にならない?と言っているのだと誤解している。


 人のものになってしまえば世間からも叩かれづらいし、紅桜家ともなればなおさら。


 マスコミが近づいてくることはまずないだろうし、学校生活だって普通に送れることだろう。


「紅桜くん、一言言わせて?」


「え?なに?」


 なぜ加奈が不機嫌になったのか、理解できていないご様子の連太郎。


 連太郎も連太郎で、悠馬のことを鈍感だのバカだの好き勝手言っているものの、こういう局面では悠馬と同じくバカだったようだ。


 バカだったというか、自分の言葉の意味を誤解されるとは微塵も思っていないらしい。


「自惚れないで。私貴方のこと、カケラも好きじゃないし、たしかにゴキブリ以下のゴミクズっていう評価から、そこらへんを飛んでる蚊っていう評価にはなってるけど、その程度だから」


 つまり、連太郎がうざったいことには変わらない。


 ゴキブリ以下から蚊に昇格したと言われた連太郎は、なぜ自分が罵られたのか、わけがわからないと言いたげに微妙な表情を浮かべる。


「…ねぇねぇ、加奈ちん」


「なに?」


「そんなこと言ってるから友達できないんじゃないの?」


 まさに水と油。


 一度は混ざりそうに見えたものの、再び分離し相容れない存在となった2人の間には、ピリピリとした空気が広がっている。


「…やっぱり、貴方のこと嫌いよ」


「ははっ、俺は好きだぜ?加奈ちん!」


「そういうところが嫌いなの!」


 誤解をし合う2人。


 2人が仲良くなるには、まだまだ、長い時間が必要なようだ。

加奈ちゃん…もしかして…

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