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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
夏休み編
150/474

勘違い

「君…そいつを今すぐ殺せ!そいつが僕の…!私の人生を!」


 凍りついた室内。


 悠馬がゲートで引きずり出した人物を見た宗介は、総一郎と出会った時よりもはるかに激昂した様子で凍りついた体を動かそうとする。


 その姿を見るからに、宗介にとってこの人物はかなり因縁深い相手なのだろう。


「まぁ落ち着いてくれや。宗介はん…ガキ…いや、悠馬くんも何か言ってくれや」


「そうだね。組長さん」


 悠馬に宗介をなだめるように促す、50代ほどの男。

 見た目と口調からするに、かなりヤバそうな人物であることに違いない。


 この男は宗介を貶める元凶の一つとなった、宗介と繋がりがあるような証拠をでっち上げた暴力団の組長だ。


 悠馬がタルタロスへ訪れる必要があった真の理由。

 それは彼を宗介と再会させることにより、ありのままの事実を伝えてもらう必要があったからだ。


 死神の助言が功を奏し、切り札を手にした悠馬は、物音1つしない室内をゆっくりと歩く。


「宗介さん。これはアンタにとってかなり重要な話だ。黙って聞いてくれ」


「こいつの話など聞きたくない!僕はコイツに人生を…!嫁を殺されたんだぞ!!」


「僕だってそんなことになるとは知らんかったんや。本当に。だって僕ぁ、暮戸はんに言われた通りに、組を守ってくれるっちゅうからアンタを嵌めたんやで?」


「な…は…?」


 話は聞きたくない。そう喚く宗介に対して組長が放った一言は、確実に宗介にダメージを与えた。


 なにしろ、自分の現在のパートナーの名前を挙げられたのだ。

 何が何だかわからないと言いたげな表情の宗介は、口をぽかんと開けて狼狽する。


「それなのに暮戸はんは、僕らの組を守るどころか、見捨てよーった。じゃけん僕はタルタロスに収容されて、本当のことを話せんやったんや」


 普通の刑務所にいたのなら、暮戸に裏切られたことを腹いせにして、宗介に情報を流すこともできただろう。


 しかし組長ともなれば、普通の刑務所に入るはずもなく、タルタロスへ直行。


 宗介とのつながりをでっち上げてから十数年、組長は暮戸に逆襲できる日をずっと待ち望んでいた。


「ここへ来た時は驚いた。なにしろ宗介はん、アンタを嵌めた張本人と、仲睦まじく自分の兄さんを嵌めようとしてたんやから。こりゃ傑作やと」


「なにを…!そんなはずがない!だって私は!兄は私に手など差し伸べてくれなかった!」


 宗介が地に落ちた時も、総一郎は見て見ぬ振りをした。

 助けてくれないってことはつまり、邪魔ものである自分を消したかったんだ。

 宗介はずっとそう感じていた。


 だからずっと総一郎を恨んで、憎んできた。


「宗介さん、アンタが総一郎さんの立場で総帥になっていたら…犯罪者と繋がりのある可能性のある弟に、手を差し出せますか?」


「…それは…」


 宗介は言葉を詰まらせた。彼は頭では理解している。自分が兄と逆の立場だったらどうしたのかなんて、答えはとうの昔に出ている。


 きっと出来ないはずだ。

 総帥になりたての時こそ、世間からは風体を見られやすい。


 もし仮に、総一郎が宗介に手を差し伸べていたとしたら、世間がそれを許さなかったはずだ。


 犯罪者の兄。こんな奴が総帥に。今すぐ辞めさせろ。などなど。


 間違いなく宗介だけでなく総一郎も共に地位も名誉も失墜したはずだ。


「宗介はん、アンタぁ、ここでなにしとるん?聞けばアンタ、娘まで暮戸はんに差し出したようやな。悠馬くんから聞いたで?」


 朱理の話題を振られ、徐々に顔が青ざめていく宗介。


 それはそうだ。


 この数年間、宗介は朱理を暮戸に献上することによって、仲良くやって来た。


 朱理が犯されようが、暴力を振るわれようが、知らぬ存ぜぬで貫き通し、暮戸からクレームが入れば暴力という名の躾で朱理に言うことを聞かせてきた。


 だと言うのに根本、根っこの宗介を狂わせる原因となったのは、暮戸ときた。


 つまり宗介はなにも知らない状態で、自分を貶めた張本人に娘をプレゼントし、事あるごとに抱かせていたのだ。


「朱…理…」


 その嫌悪感といったら、計り知れないものだろう。


 項垂れる宗介の表情には生気は感じられない。


 しかし彼は震えていた。それは寒さが理由などではなく、もっと心の奥底にある煮えたぎるような衝動だ。


 騙し続けられていた自分。自分のために犠牲になった娘。それを暮戸は裏で笑っていたことだろう。


 宗介は今すぐ暮戸を殺したいと言う衝動に駆られる。愚かな自分への怒りなんかよりも、妻と娘を傷つけた暮戸は絶対に許せるものではない。



「ありがとう組長さん。保釈した甲斐があったよ」


「ええんや。僕も、こんな胸糞悪いままタルタロスに何十年もあるのは御免やったから」


 組長も暮戸に嵌められた側の人間。


 自分たちを助けると言ってきた暮戸の話に乗っかった結果、タルタロスへとぶち込まれた。


 そんな奴が、暮戸に対する忠誠なんてあるはずもないだろう。


 事の真相を正直に宗介に話した。話すためだけにここへ来てくれた。


「僕は…勘違いを…何年もしていたのか?」


「うん。そうだよ。アンタがもう少し落ち着いて周りを見れてたら。朱理は傷つかずに済んだ。総一郎さんに危害を加えることもなかったはずだ」


 勘違いから起こった不幸の連鎖。


 その中心にいた宗介にとって、この事実は到底受け入れられるようなものではないだろう。


 なにしろ、得たものはなにもなく、失ったものが大きすぎる。


「おい!美哉坂の宗介!ワシを助けろ!お前ならこんなガキども…ふぐっ!?」


「はいはーい、テディベアは黙ろうか〜?よぉ悠馬、おもちゃ連れてきたぜ!」


「……お前」


 なんてタイミングで連れてくるんだ。

 ニコニコと笑う連太郎と、引きずられている暮戸を見て、悠馬は右頬をぴくぴくと痙攣させながら頭を抱える。


 宗介の怒りの矛先が全て暮戸へと向いたタイミング。


 もしかすると、連太郎は意図的にこのタイミングで連れてきたのではないかと疑いたくなるほどバッドタイミングだ。


 今の宗介が暮戸を見ると、なにをしでかすかわからない。


 体力は残っていなくても、なにかしてしまうかもしれない。


 暮戸の叫び声を聞いた宗介は、組長と悠馬のことなど無視して、声の主人を睨みつける。


「おい…赤坂暮戸。お前が僕を嵌めたのか?」


「今はそんなことどうでもいいだろ!助かりたいならキサマも協力せんか!」


「答えろ!事実を答えないなら僕は協力しない!」


 尋問口調の宗介の声が、夜の赤坂邸の中に響く。


 きっと答えがなんであれ、宗介は協力できるほどの余力を残してはいない。


 しかしそんなことを知らない暮戸は、自分が助かると誤解し、口を開く。


「根回しはした!じゃがワシはそれ以外はなにもしておらん!お前の嫁が死んだのも全てお前の責任だろ!」


「……はは…はははは!そういうことかい…」


 人はピンチになると、自分の助かりたい気持ちが先行し、相手の望む答えを口にする。


 そりゃそうだ。事実を言わなければ社会的な死、手に入れたものが全てなくなる。

 しかし事実を話せば助かる可能性があるのなら、誰だってその人の求める答え通りの応答をするに決まっている。


 ピンチに陥った暮戸は、なんの躊躇もなく大声で根回しをしたことを告白した。


「言った!言ったぞ!はよぉワシを助けんか!」


「今の僕を見て、お前は本気で助けてもらえると思うのかい?」


 首から下は凍りつき、身動きは取れない。


 そして宗介の顔は、暮戸を見つめる瞳は、冷え切ったものだった。


 侮蔑と憎悪、怒り、殺意、全てが混ざった目。


「ひっ…!そうか!キサマはワシを裏切るんじゃな!マヌケな男めが!お前の娘の身体は最高じゃったよ!お前がマヌケなおかげで、ぜーんぶあの娘から幸せを奪ってやれたわ!全部お前の責任!キサマの責任なんじゃよ!げひゃひゃひゃひゃ」


「少し黙れ。俺の気分を害するな」


「ぐ…ああああああ!」


 暮戸の返答に腹が立ったのは、宗介だけではない。


 悪気のなさそうな暮戸を見て、ギロッと睨みつける組長と、片手に持っていた氷の刀を投げつける悠馬。


 悠馬の投げつけた刀は、暮戸の太ももに突き刺さり、情けのない悲鳴が室内に響き渡る。


「おーおー…誰もやらんなら僕がやろう思うたけど、悠馬くん、優しいナリしてなかなかドギツイな〜」


「悠馬、ナイッス〜!」


 この状況下で、暮戸の味方をする人間など存在しない。


 イケイケムードの組長と連太郎は、悠馬の行動に歓喜している。


「キサマらぁ!覚えておけよ!いつか必ず、釈放された時に報復するからなぁ!」


 宗介という最後の救いを失ってしまった暮戸は、もう脅すことしかできない。


 痛みのせいか、大粒の涙を流しながら脅す暮戸の姿は、実に醜いものだった。


「ご苦労、連太郎」


「親父…」


 暮戸が脅し始めて、わずか数秒。


 なにもなかったはずの空間に突如として現れた8つの影を目にした組長と悠馬は、驚きのあまり目を見開き、一歩後ずさる。


「さすがぁ、この国の裏のトップやわ…研ぎ澄まされとる」


「お前らは赤坂暮戸の捕縛、そして美哉坂宗介の捕縛に回れ…そこの元暴力団組長には手を出すな。保釈中だ」


『はっ』


「離せ!このワシを誰だと思っとる!離せぇぇ!」


 最後まで醜く足掻く暮戸と、もう脱力しきっているのか、ピクリとも動かない宗介。


 凍りついているから当然なのだが、抵抗する気もないらしい。脱力した表情で、隙だらけの姿で俯いていた。


 5つの影が宗介、組長、悠馬のいる場所まで歩み寄り、炎の異能で氷を溶かし始める。


「暁くん…」


「はい」


「君は娘を助けると言ったね」


「はい。言いました」


「もし朱理が君を選んだのなら…その時は…彼女を幸せにしてほしい…」


 異能祭の時から、朱理が悠馬になにかを感じているのは気づいていたのだろう。


 それが別段特別な気持ちなのかは分からなかったが、朱理が悠馬を選んだのなら、全てを悠馬に託したい。


 疲れ果てた表情でそう告げた宗介は、溶けていく氷を見つめながら口を噤んだ。


「はい。その時は俺が…責任を持って幸せにします。だから…宗介さん。釈放されたら…朱理が貴方に向き合えるようになったら。必ず謝って…もう一度家族としてやり直すと約束してください」


 きっと朱理だって、父親に褒められたい、優しくされたいという気持ちはあるはずだ。

 もしかするとお節介で、ガキが偉そうに何を言っているんだと思うかもしれない。


 でも、家族を失った悠馬からして見ると、やり直しが効くかもしれない宗介にはどうしてもやり直して欲しかった。


 自分はもう、やり直せないから。


 大切なものは、失ったものはもう二度と戻ってこない。


 宗介にだって、戻ってこないものはたくさんある。でも…朱理は、朱理だけはまだ生きている。

 彼には1つだけ、やり直せるものが残っている。

 父親と娘という、どこの家庭にでもある関係が。


「…わかった。約束しよう」


 それから宗介はなにも話さず、話されるわけでもなく、無言のまま紅桜家を筆頭とする裏に引き渡された。


 その後ろ姿は、本当に寂しいものだった。


「んじゃ、悠馬。後は俺らに任せとけよ。総一郎さんの件は世間に出ることはないだろうし、暮戸の一件も朱理ちんを除いて全て解決。俺は加奈ちんの病院に付き添うから、ここで別れることになる」


「ああ。ありがとう」


 連太郎が居てくれたおかげで、随分とスムーズに事が進んだ。


 加奈の病院に付き添うと言って去っていく連太郎を見送った悠馬は、静まり返った室内に組長と2人きりで取り残される。


「組長さん、まだ時間あるけど、どうします?」


「タルタロスに帰らせてもらうわ。十数年ぶりにシャバの空気が吸えて満足やし、僕ぁやり残したことは一つもない。次はちゃーんと罪償って、胸張って釈放されたるわ」


「はは。期待してます」


 まだタルタロスに帰るまでの時間はある。


 十数年ぶりの外だから少しくらい遊ぶだろう、などと考えていた悠馬は、組長の発言に少し驚きながらも、罪を償おうとする姿勢に感服したのか、深々と頭を下げる。


「やめいやめい。男の頭は、好きな女の前と、本気でミスをした時と、本気でお願いをするときに下げるもんや。僕みたいな犯罪者には下げんでええ」


「…はい。それじゃあ、ゲート使いますね」


「ああ。楽しかったわ。次会う時は、あと5年後くらいか?その時は東京に遊びに来てや。悠馬くんとは仲良くなれそうや。ほな」


「はい、お元気で」


 満足そうに、悠馬の発動したゲートの中へと消えていく組長。


 彼の後ろ姿を見送った悠馬は天井を見上げ、そこから顔を覗かせる黒髪の少女を見て頬を緩める。


「朱理。全部終わったよ。君を縛るものは、もうなにもない」


「…」


「え、は!?ちょっとぉ!?」


 ちょっとカッコつけた悠馬に対してだんまりの朱理は、なんの迷いもなく天井に空いた穴から飛び降りた。


 悠馬さん、大好きです!などとまでは期待していなかったが、少しラブラブな展開になることを期待していた悠馬は、想定外の行動に出た朱理に慌てふためきながらも、彼女を見事にキャッチする。


「あ、危ないだろ…!何考えて…っんん!?」


 お姫様抱っこ。


 空から降って来た朱理をキャッチしてみせた悠馬が説教をする前に唇を合わせた朱理は、悠馬の背中に手を回して、彼が離れないようにぎゅっと抱きしめる。


「誰でも良かったんです。私を助けてくれるなら、貴方じゃなくても。他の誰でも良かったんです」


「えぇ…」


 なんだこの肩透かし感は。


 唇まで合わせられたというのに、直後に誰でも良かったと言われた悠馬は、微妙な表情を浮かべる。


「でも。今は違います。悠馬さん、貴方だから良かったんです。貴方じゃないとダメだったんです。…私は汚れてます。中年の汚い男に犯され、身体は傷だらけです。誇れるものなんて1つもありません」


「うん。だからなんだよ」


「処女じゃないです。友達もいません。親もいなくなりました。世間の常識なんて、なにもしりません」


「ああ。知ってる」


「こんな私でも…貴方の側にいてもいいですか?好きになってもいいんでしょうか?」


 朱理の告白。


 自分の汚点、言いたくないであろうことを全てさらけ出した彼女の瞳は、綺麗に輝いていた。


 美しいオッドアイ。


 悠馬は彼女の姿を見て、弾けるような笑顔で口を開いた。


「うん。ずっと側にいてくれ。気が済むまで…いや、気が済んでも側にいてくれ。朱理だから良いんだ。一緒にいよう」


 こうして歩き始めた、1人の少女。


 彼女の新たな一歩のその先が、幸せであることを…

ふと思ったんですけど、これってローファンタジーなんですかね?

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