セラフとセラフ
「僕が三流?君に劣る?」
「ああ。すでに行動が劣ってるんだよ」
三流と言われ、額に青筋を浮かべる宗介。
悠馬は自分なりに、自分の力で悪羅へと復讐することを考えた。
危険になるものを遠ざけた。花蓮の時だって、自分といれば幸せになれないから別れを切り出したくらいだ。
要するに、悠馬は自分一人を道具として見て、悪羅を仕留めようとしたのだ。
対する宗介はというと、真っ先に娘を中年オヤジに差し出し、総一郎を仕留める道具に仕立て上げた。
自分だけで復讐をしようとせずに、あろうことか娘を道具として扱い、娘の身体を売ることで自分の復讐を有利に進めたのだ。
「調子に乗るなよ。子供の分際で」
「調子に乗ってねえよ。事実だろ。お前は娘に最低な仕打ちをしたんだ。三流…いや、三流以下だろ。自分が一流だとでも思ってたのか?めでたい頭してるな」
「ガキが…!」
悠馬に散々煽られ、激昂する宗介。
空中に待機している数多の剣を悠馬へと向けた宗介は、先ほどと同じく手を挙げると同時に剣を射出する。
手順は先ほどと同じだが、先ほどよりも数倍はあるであろう、剣の数。
「待ってたぜ。セラフ化」
このタイミング、宗介が激昂し大量の剣を攻撃へと回す局面を待っていた悠馬は、白銀のオーラを纏い、そのオーラで宗介の放った剣を銀色の塵へと変貌させる。
悠馬の白銀のオーラが降り注ぐ剣を次々と銀色の粉に変えていく。
砕け散った剣たちは、月明かりにキラキラと反射して地面へと落下した。
「まさか…その年で僕と同じ領域に…」
「セラフ化を使えるのは宗介さん、アンタだけじゃないんだよ。俺はタイミングを待ってただけだ」
宗介の攻撃の手数を一撃で減らせるタイミングを。
宗介の優位性を減らした悠馬は、油断することなく落ち着いた様子で話しをする。
「ふふ…ははは!でもね少年。僕の実力はこんなものじゃないよ」
「だろうな…」
総帥候補にまでなった人間の手数が1つ、それが防がれたら降参です。なんてことはまずありえない。
きっと自分が最も得意とする異能が破られた時のために、それなりの手段、異能は隠しているはずだ。
例を言うなら、総一郎だ。
総一郎は元総帥であり、レベル10という絶対的強者の立場でありながらも、肉体的にも相当な実力だった。
彼は4.50代という体力の衰えた年齢で、体力が全盛期、加えて冠位に鍛えられていた悠馬と互角に戦えるのだからかなりのものだろう。
宗介にだって、他の手はいくらでもあるはずだ。
「正直、ここまでしてやられるとは思っていなかったけど…僕がその気になれば、刀一本で君の命などどうとでもできるよ」
「武器の大半を失っても、刀で戦うんだ」
宗介の異能の最大の特徴は、異能の同時操作による手数の多さだ。
だから奥の手は他のもの、つまり他の金属を動かす系だと判断していた悠馬からすると、刀一本での戦いというのはかなり拍子抜けなものだ。
それほどに自信があるのか、何か信念があるのか。
「僕はね。幼少の頃から、剣技で兄さんに勝つため、たゆまぬ努力をして来た」
「へぇ…そうなんだ。結果は?勝てたの?」
「…君に教える筋合いはない」
悠馬に勝敗を聞かれ、話を中断する宗介。
きっと、総一郎に勝つために努力はして来たものの、一度も勝ったことはなかったのだろう。
「なら…俺が勝つかもね」
昨日の美哉坂邸での木刀での戦い。
結果的に相打ちで終わっている悠馬からしてみると、宗介は大した敵ではないかもしれない。
セラフ化のオーラを消した悠馬は、氷の異能で刀を生成すると、それを宗介に向けて構える。
「来いよ。同じ土俵で戦ってやる」
「ふ…痛い目を見るぞ」
距離を詰める宗介は一本の刀を握りしめ、悠馬の上半身へ斬りを入れようとする。
その刀を難なく防いだ悠馬は、ニヤリと笑みを浮かべ、カウンターと言わんばかりに腹部へと蹴りを入れようとする。
「っ!?」
しかし蹴りが入る直前、銀色に煌めく何かがその蹴りを阻害し、悠馬は目を見開く。
それは先程まで室内に飾られていた、中世風の甲冑だった。音も立てずに、そして宗介の異能だからこそ殺気を向けてこない甲冑に反応が遅れる。
宗介の異能によって動く中世風の甲冑騎士の剣が、頬をかすめた。
殺気がない分反応が遅れてしまった悠馬は、頬に熱を感じながら舌打ちをした。
おそらく悠馬が鳴神を使用していなければ、今の攻撃は首元を捉え、勝敗は決していただろう。
「…セコい大人だな」
「異能を使わないとは言ってない。君が勘違いをしただけだ」
1対1。単純に考えて数的優位、そして手数の優位性がほとんどないと判断していた悠馬にとっては、この状況はあまり好ましくない。
この室内には、見えるだけでも甲冑騎士が5体配置されているのだ。
その全てが人が入っているように動くとなると、6対1となってしまう。しかも普通の人間と違って音も立てないし殺気もないのだから、周りを警戒しながら宗介と打ち合う必要がある。
「結界…クラミツハ」
「結界…ね」
「余裕そうだなぁ…!」
甲冑が全て動き始める前に勝敗を決める。
鳴神を使用している悠馬は、宗介に向けて全力で氷の刀を振るうと、闇の異能を甲冑に向けて放ち、闇で呑み込む。
「!!闇…君は一体いくつの異能を…!」
雷に氷。
2つの異能を目にしていた宗介は、悠馬の異能はそれが全てだと勘違いしてくれていたようだ。
異能祭を最後まで見られていれば、そう簡単にはいかなかっただろうが、宗介が異能祭を最後まで見ていなかったことが幸いした。
「5つだよ…!舞え!スイセン!」
宗介と剣を交えながら、氷の粒のようなものを周囲に舞わせる。
その粒の1つ1つは、入学試験のあの日、悠馬がいじめっ子を氷漬けにしたものと全く同じものだった。
「剣よ…!相殺し…」
「時間切れだよな」
悠馬の放った謎の異能を相殺するべく、異能を使おうとした宗介。
しかしながら、遠くから浮かび上がった複数の刀は、宗介が操作を行う直前に、金属音を立てて地面へと落ちる。
「な…」
セラフ化は、異能の中でもっとも燃費が悪い。
まぁ、人の領域を超越するのだから、そのくらいの代償は付き物なのだろうが、タイムリミットは異能王で7分。
それが人類が使用できるセラフ化の最長時間だ。
つまり、宗介も悠馬も、絶対にそれ以上は使えない。
宗介がセラフ化を使用してから、約5分が経過していた。
後出しでセラフ化を使った悠馬と違い、最初からセラフ化を使っていた宗介の体力が先に尽きるのは当然の道理であって、何もおかしいことはない。
悠馬が近くにあった刀のほとんどをセラフ化で細切れにしてしまったせいで、100メートル以上放れた場所にしか刀はない。
セラフ化を使えなければ50メートル以内の距離にある金属しか操作できない宗介は、これで一つの甲冑と、そして自分が手に持つ刀しか扱えなくなったことになる。
加えて言うなら、体力的な問題で甲冑もすぐに動かなくなるだろう。
悠馬が発動した氷の異能、スイセンは、ニブルヘイムの改良版。悠馬がオリジナルで作った異能だ。
周囲を一度に氷へと変容させる異能は、その瞬間にその場に足を付いていなければ氷漬けにはできない。
つまりタイミングがかなりシビアな異能なのだ。
その点、今回使ったスイセンは、雪のように降りしきる氷の粒一つ一つがニブルヘイムと同程度の冷気を保有しているため、タイミングなど関係なしに相手の身動きを徐々に奪うことができる。
氷の粒が一つ一つ、ゆっくりと宗介と、そして甲冑、室内に降りしきり、辺りはニブルヘイムのような光景に変わっていく。
「私は…こんなところで終わるわけには…!兄さんに復讐をせずに捕まるわけにはいかないんだ!解放しろ!」
身動きが取れない。
首元から上を除いて、完全に氷漬けにされた宗介は叫び声をあげる。
「ああ…その件について、俺から話したいことがある」
完全に身動きが取れない宗介を見てセラフ化を解除した悠馬は、ゲートからある人物を引きずり出して、笑みを浮かべた。
「その男は…!」
***
「ふぅっ…ふぅっ…」
真っ赤な絨毯の上を、ズカズカと歩く足音が響き渡る。
差ほどの距離を歩いているわけでもないし、走っていたわけでもないのだが、顔を真っ赤にしながら歩く暮戸の姿は、まさにデブという言葉がふさわしい。
「まったく…次から次へと邪魔者が…!」
加奈に加えて連太郎、そして悠馬という邪魔者が現れたことにご機嫌斜めな暮戸は、血管がぷちんとキレそうなほど怒っているように見える。
「まぁいい…明日には美哉坂の優梨と夕夏がワシの女になるんだ!ガキは宗介が屠るであろうし…げひゃひゃひゃ!」
悠馬が宗介に勝てるわけがない。
そう判断している暮戸は、明日以降のことを考えて怒りを鎮めようとする。
「ごめぇーん、多分その2人はお義父さんのモノにはならないと思うなぁ」
「キサマ…宗介に消されたはずでは…」
妄想をする暮戸の前に現れた黒髪の男。
サングラスをかけて、壁に寄りかかる連太郎を見た暮戸は、つい先ほどの宗介の報告を受けていたため、連太郎がピンピンしているのが信じられないご様子だ。
「あー…あれは結構焦ったけど、宗介ちんが死亡確認していかなかったから助かったな〜」
連太郎は宗介に勝てないと判断した直後に発動した結界で、自分と全く同じ姿形をした木偶を作り出していた。
そしてその後に自身の異能を使用し、宗介の視界を防いでから、木偶を置いて物陰に避難。後は植物で出来ている木偶を人間風に操って、負けたように見せれば隙は作れる。
レベル9の植物系異能力者だからこそできる、華麗な身代わり術だ。
宗介が暮戸を心配し生死の確認をせずにその場を後にしたことと、室内が薄暗かったこともあって、連太郎本人は無傷のままだ。
「美哉坂の宗介めが…使えんやつよ…」
本日大したことをしていない暮戸に対して、連太郎と悠馬を相手にしている宗介。
絶対に使えないのは暮戸の方なのだが、どうやら暮戸はそう思っていないらしい。
「それで?どういうことだ?優梨がワシのものにはならんとは」
「え?だって捕まるのはお前の方だよ?正直、婚約の返事が今日来てたらかなりヤバかったけど、悠馬が阻止してくれたからね〜」
何故悠馬がこんなにも遅れて到着したのか。
その理由は、タルタロスに時間を要したからではない。
確かにタルタロスを登るのに15時間近くは要したが、そのあとは美哉坂邸に戻り事情を説明、そして暮戸に返事をしないように。というお願いを行ってからこの場所へ来たのだ。
だからいくら待とうが、暮戸に返事が返ってくるとはない。
絶対に結婚できないのだ。
「お前はもう終わりなんだよ。赤坂暮戸。証拠も全部控えてある。あと数十分もすれば、この国の裏が揃ってお前の首を取りに来るぜ?」
「く…!まさか…ワシがこんなところで!」
子供には何もできまい。
悠馬や連太郎、そして加奈や朱理を見下していた暮戸にとって、子供というのは1人では何もできない、自分の権力一つで黙らせることのできる存在でしかなかった。
そんな存在に、今日は事あるごとに躓かされ、反論された。
暮戸にとって、これ以上の屈辱はないだろう。
「紅桜は何が欲しい?ワシが欲しいものをプレゼントしてやろう」
「お前の首♡」
「…ガキが!殺してやるわ!」
連太郎の即答。
金で解決しようとした暮戸に対し、自分の首が欲しいなどというふざけた言葉を抜かした連太郎にブチギレだ暮戸は、ポケットをガサゴソと漁ると拳銃を取り出して鼻で笑ってみせる。
「フン、この距離ならワシでも当てれるわい。命が惜しければ跪け!そしてワシが逃げるための時間を稼げ!」
自分はまだ捕まりたくない。
そんな気持ちがひしひしと伝わってくるお話だ。
「はぁ…この状況、この局面で逃げきれるわけないだろ…このクソデブ…」
「なぁにぃ?キサマは死ねぃ!」
この国の裏が動くということはつまり、暮戸を有罪と認めたことになる。
総帥直々、警察よりも格上の裏が動き始めれば、この国のどこへ逃げたって、結末はもう変えられない。
だというのに、まだまだ逃げる気でいる暮戸は、クソデブと罵る連太郎が気に食わなかったのか、銃の引き金を引く。
カチッと引き金を引くような音が聞こえた後、数秒の静寂。
「なんで…弾が出ない!くそ!壊れておるではないか!」
「いや、流石にねぇ?」
引き金を引くだけで弾が出たら、ポケットの中で暴発してるだろうし、安全性のカケラもないだろ。
慣れないことをしているせいか、拳銃の扱いすら知らない暮戸は、自分が手順を間違っているため弾が出ないとは分からずに拳銃を投げ捨てる。
「はい、それじゃ〜〜〜ぁ!加奈ちん居ないけど、始めちゃいましょ〜!赤坂暮戸の鳴き声は、果たして人なのか、それとも豚なのか選手権〜!」
すでに自身を防衛する武器を失っている暮戸。
慌てふためく暮戸を目にした連太郎は、愉快そうに異能を発動させると、彼の右肩を木の槍で貫き、まるで動物を観察するように転がる暮戸を見つめる。
「ぐぁぁぁあ!痛い!痛い痛い!キサマ!ワシに何を…ふぐっ!?」
「くっそ、豚だと思ったけど…人だったかぁ…」
暮戸が何かを言おうとしたが、それを最後まで言わせない連太郎。
暮戸の口の中に靴を突っ込み踏みつける姿は、悪魔だった。
「さて。時間はもう少しあるし…悠馬のお手伝いでもするかなぁ…」
宗介とは違い、いとも容易く処理ができた暮戸。
そんな暮戸を踏みつけながら外の月明かりを見つめる連太郎は、悠馬の場所へと向かうべく、歩き始めた。
悠馬のセラフ化について補足です。
悠馬のセラフ化は発動時、周囲に白銀のオーラを放ちそのサークル内に入る物体、異能を全て無効化・粉砕します。
つまり悠馬のセラフ化時は無敵ということになりますね。
…おや?悠馬のサークル内に入って無傷だった人が1人いますね…




